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銃・病原菌・鉄
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【この小説が収録されている参考書籍】
銃・病原菌・鉄の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.07pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全476件 261~280 14/24ページ
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| 上下巻にわたる大部です。しかしテーマはなぜ欧州文明が人類をリードしているかというスケールの大きなものなのでむしろコンパクトというべきでしょう。 上巻の内容は、作物や家畜の種類が多いことと、東西に長いか南北に長いかがユーラシア大陸とその他の大陸での文明の差となったというもの。 下巻では民族の移動による文明の伝播を言語の分布から証していきます。そして最後に人類を代表する文明の決勝戦ともいうべき中華文明と欧州文明の対決と結果を論じて締めくくっています。端的には文明圏が一つの権力に支配されている場合、その意に沿わないアイデアは抹消されるが、複数の権力に分かれている場合はどこかで採用され日の目を見るから発展が妨げられない。中華文明は皇帝の意思が全てだが、欧州文明は例えばローマがダメならパリが、ベルリンが、ロンドンがあるといった具合。それは統一を夢見続けたヨーロッパ人にとって皮肉な結論というべきでしょう。 ただ、この見解には一つ穴がある。アイデアが採用される以前にそのアイデアを生み出す自由がなくてはならないことには触れられていない。少なくとも、ルネサンス期とそれ以降の華やかな欧州文明とそれ以前のローマカソリックの圧迫の時代の対比も説明する必要があった。 本作は意欲的ではあるが、もっとも重要な部分が半分しか描かれていない。よって辛めの感想にならざるを得ない。 | ||||
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| なぜ新大陸ではなく旧大陸、そしてなぜ欧州が世界を制覇できたか、これが本書のテーマです。 歴史では起こった事実の意味を検討するのが主になりますが、それが必然かどうかは考えることは少ない。なぜなら、それは「もし、何々だったら」という仮定論に過ぎないことが多く、学問としては邪道になる。それを逆手に取ったのが本書の面白さです。 さて、その概要は意外と単純です。軍事力は母体となる社会の生産力と技術力に依存するが、それが可能となる農作物と家畜の発明と発見は条件がそろっていた地域で実現した。それがいわゆる豊かな三日月地帯という。小麦等の主要作物と羊や牛、馬といった家畜の獲得が狩猟社会からのテイクオフとなった。 さらに、ユーラシア大陸は東西に長く温暖で雨の多い気候が西はスペイン東は日本まで続き、速やかに農産物と家畜が普及した。一方で南北アメリカ大陸はトウモロコシなどはあったが家畜に乏しくしかも気候の大きく異なる地域が南北に連なるため、その気候の違いが壁となって農作物の伝播が止まった。 結果、双方の大陸の経済力と技術力には大きな差が生じた。 大まかにはこんな感じです。説得力のある考え方で面白い。ある程度まで得心がいく。 しかし征服される前の北アメリカ大陸の人口が2000万人とかなり多く、しかも原住民の文化水準と勇敢さを考えると少々説得力が陰る。同じく中南米の人口もかなり多かったことを考えると単純に農作物の種類の差や家畜の存在、さらに銃の存在を考えても疑問を解決できたとは言いにくい。 最後に旧大陸から持ち込まれた病原菌が新大陸の人口を大きく減らしたと付け加えているが、旧大陸からの侵略とタイムラグがあることは否めない。 ただ、旧大陸の文化が新大陸のそれよりも多様性と規模においてはるかにしのぐものであったことは間違いない。少なくとも、それが豊かな三日月地帯からの贈り物であることは間違いないだろう。 | ||||
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| 既に何人もの方が指摘されてますが、このタイトルはミスリーディングかもしれません。実際は農業や畜産の話が延々続く、地味な本です。病原菌については記述されますが、銃とか鉄の話はほぼありません。 ですが、人類の衣食住の文化史については、ヨーロッパ中心的な視点から離れて広く描きだしたかなりの労作です。繰り返しや細かい話が多く、読みやすくはありませんが、一読の価値あり。とくにポリネシアやタスマニア地方の文化的差異が詳しく書いてある本は少ないので、その点でもユニークです。 低評価のレビュワー様が多いので何かと思ったら、著者の漢字論と刀狩り論に納得できない方が多い様子。たしかにその点はぬぬぬと思いますが、だからといって本書の価値が大幅に低下するものではないように思います。こういった文明論の書籍は100%真実が書かれていることなんてまずありませんし、日本文化が大いに誤解されたままの本もたくさんあります。 とりあえずは鵜呑みにせず、批判的に読むのが良いのではないでしょうか。ダイアモンド氏には漢字の良さをお伝えしたいものですが、本書そのものは食わず嫌いするには勿体ない内容です。 | ||||
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| この本は、なぜユーラシア大陸の人々が世界を席巻したのかを環境の視点から述べたものです。人種による差はなく、全て環境が世界の秩序を決定付けたという主張です。 この、人種による差はないという仮定が本当に成り立っているかの検討が全くなされておらず、著者がそう信じるということになっており、そのようなところが科学的ではないと感じました。 マラソンや短距離走の世界では、黒人しか勝てなくなっていますし、そういったことも環境が決めたことなのだろうかと疑問に思いました。 アーリア民族が優れているから、世界を支配すべきだとか、ユダヤ人を絶滅させるべきとかは論外だと思いますが、もし、アーリア民族が本当に民族として優れているとしたら、優れていると認める態度は科学的かと思います。そういうことに拒否反応を示して、本当に優れているかどうかさえ調べずに、人種の優劣はないという強い仮定をおいて、その仮定が間違えでないと根拠を示さずに述べることは科学的ではありません。 こなれた日本語になっており翻訳は良く、読み物としてはとても楽しかったですが、批判的に読むべきと思いました。 | ||||
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| 本書は、なぜ旧大陸のヨーロッパ人は新大陸の先住民を駆逐できて、その逆ではなかったのは何故なのか、を解説する、ピュリッツアー賞受賞作。上下巻で文庫で800ページほど、なかなかの大部である。 本書の結論として、白人の多くが信じているような「白人が有色人種より優れているから」ではないと説く。著者の専門が生物学であることもあり、基本的な論調はきわめてロジカル。反論が残りそうなポイントは逐一潰していったうえで、結論を導くというやり方である。このため、少々まどろっこしいという印象を受けるかもしれないが、厳密性を維持しようとするとどうしてもこうなるのは仕方ないだろう。 冒頭書いた結論がなぜそうなのかは、本書を通読したほうが正しく理解できるだろうから詳しくは触れない。端的に言ってしまえば、それは「たまたま周辺環境がよかったから」ということにつきる。この結論では、白人社会からは相当反発が起きることが想像でき、それもあって、論理展開が水も漏らさぬ様相の記述量になってしまっているものと思われる。章を改めるごとに、以前の章の総括をいちいち述べていたりするのも、部分的な拾い読みに基づく反論の類にプレッシャーを与える狙いのように読める。このあたり、著者はかなり気を使っている感。その分、通読している読者からすると、繰り返し的な記述や、何回も引用される総括的な文章が目につき、まどろっこしいのであろう。このあたりを刈り込むと80%くらいの分量にはなるのではないか。 ともあれ、本書の導く結論はなかなか衝撃的だ。上述したような白人社会にとっての衝撃は(有色人種たる日本人としては)ぼんやり想像するしかない。が、それは脇に置いておくとして、今日、地球人類がこの技術レベルに達していることそれ自体が、かなりの僥倖に恵まれていたためだ、と本書は言っているのに等しい。以下、本書の内容に多少触れるが、もしこの時代の陸塊が違う形状であったなら、人類はどうなっていただろう。陸塊が地軸に対してどういう形を呈するかは、マントルの対流パターンがたまたまどういう形で安定したかに殆ど依存しているはずで、カオス的な話であろう。もしこの地域の哺乳類が適当な性質を兼ね備えていなかったなら、人類はどうなっていただろう。生物が遺伝的に獲得している性質がどう選択されてきたかは、たまたま起きた突然変異(=宇宙線等の当たり方)の積み重ねであるはずで、これまたカオス的な話。 こんな脆弱な基盤に立脚して人類は技術文明を築いてきたということなのかと愕然としてしまう。 米国人が、神の存在、もしくはインテリジェントデザイン説を信じたくなる気持ちも少しは理解できるような気もする。 | ||||
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| ここまでの情報から(性行為のトラブル)を連想させる原因にしかならない銃を使う真相は何なのかが解明可能なのだ ポイントは(人間全般にとっての性行為全部レイプ)と言う点である これは(性行為を嫌がる)があるから銃を使うだけの話であり 言い換えれば(レイプを受けた)があるからこそ銃を使うだけの話であり (レイプを受けたは人間として当たり前の感情)と言う概念を(引き起こす)のを(懸念)していたから (故意に故障しない銃を開発しない)を行うことで (レイプを受けたは人間として当たり前の感情)と言う概念が広まるのを(妨害)していたのである だから(銃作りのイロハ)って何なのかを種明かしする事で (故意に故障しない銃を開発しない)は(おしまい)にしてください、お願いします | ||||
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| 何がなんだかさっぱりわからず、途中で読むのは断念。 タイトルからして難しいと思った。 | ||||
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| 人種や国家間の格差について○○人だから~と語っている本はあまり無いですが 本書籍は地政学・物資、発明の点からなぜ白人が優位に立ってきたのか? を偏見無しで説明しています。 ディスカバリチャンネルでも映像化されていますので海外旅行が趣味な方は 書籍と合わせて見ておくと海外の博物館へ行った時に楽しさが倍増します。 | ||||
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| 「欧米が先進国であるのはヨーロッパ人がほかの人種より優れていたから」と言う人種差別的な固定観念に一石を投じた著書。 ジャレド・ダイアモンドの名前を世間に知らしめた作品。 ただ、読んでみると分かるのですが著者もなかなか偏見に満ちている。 何と言うか取材が甘い。 生物学者としては一流の部類なのでしょうが、本著を読むと他国(と言うか日本)の地理や文化様式をちゃんと理解してないのが伺える。 題材も内容も非常に面白いのに、この程度の理解力で他国の分析してるのかと思うと少々残念だと思うところがある。 | ||||
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| 白人は優れていて黒人は劣っている? そんなことはないよなぁと思っていたけどそれが確信に変わる 人類史を学ぶなら読んだほうがいい | ||||
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| 上巻を読み終わった読後感としては、「ローマ人の物語」のような印象であった。 すなわち、歴史や、考古学等の学術結果の個々のピースを、著者の主観により組み合わせることで、人類の栄枯必衰、という物語を紡ぐものである。 よって、学術的なところは部分部分には確からしいが、総体としては著者の論説の域は出ていないことに注意せねばならない。 さて、本書のテーマである、著者の友人ヤリ氏の疑問「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」に対する著者なりの回答は、結局、文庫版上153ページの図4-1にまとまっている。 白人(ヨーロッパ人)がニューギニアに持ち込んだもの、すなわち、新大陸等への侵略時に持ち込んだ、「銃」、「病原菌」、「鉄」は、どのようなプロセスにより、生み出されたのか、を逆にたどることで、その根源的な理由を解き明かそうとしている。 一つ一つのプロセスをたどるその理由づけを丁寧に論説しているがために、大部となっているが、その結論だけを取り上げれば、結局、馬や牛等の大型家畜がユーラシア大陸に偏在していたこと、ユーラシア大陸では東西に長く同緯度であるために、同じような気候が多く、麦や稲等の栽培植物が迅速に他の地域へと持ち込まれたこと、がその主因として説明されている。 ただ、上記の理由だけだと、「ユーラシア大陸」のどこの地域でも同じように発達することもあり得、ヨーロッパ人だけが世界を征する事ができた理由としては、やや弱いように思えるが、文庫版上284ページにて著者が言及しているように、「新しい作物や家畜、技術を取り入れることができる社会の人びとは、実際に取り入れることにより強力とな」るという主張から察するに、可能性として世界を征する可能性があったユーラシア大陸の人々のうち、上記のような選択をした「ヨーロッパ人」が優位な立場に立った、ということなのかもしれない。 究極的には、人種の問題ではなく、地政学的な理由により、白人はたくさんのものを発達させた、という主張をしたかったのかもしれないが、上記のような観点を踏まえると、やや論理が弱いようにも感じてしまう。 だが、一つの論考としては面白く、価値があるとも思えるので、読む価値が全くない、という意見には賛成しかねる。 | ||||
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| なぜ戦争は起こるのか、逆に、なぜ石器人は少数なのか。 世界には6000の言語があり、1000がニューギニアにあるという。 多数の部族が毎日のように争いを起こす。 しかし集団は大きくならない。 戦争は文明の高い所から低い所で発生する。 だから同じレベルでは紛争止まりになる。 このあたりが日本のガラケー市場に似ていると思った。 文明が進歩するにはどうすればいいのか 長々と書いてあったが、要は突発的に発生する。 会社で部下に発明を命令するのではなく、買収するのが正解なんだなと思った。 前編の半分くらいはとても面白かった。 凄いと思った。 しかし無駄に長すぎなので減点。 | ||||
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| ダイアモンド博士による人類史の栄枯必衰の根本原因を追及するための論考の下巻。 上巻にて、根本原因を説明してしまっているので、その補足要因としての発明・技術と、社会制度の論考についての主張がメイン。 正直、上巻のみでも話としてはわかるので、あえて、下巻の内容を入れ込む必要があったかどうかはわからない。 要は、人口稠密社会が出現することによる必然の歴史、というものを説明している。 エピローグにて、なぜ中国や肥沃三日月地帯ではなく、ヨーロッパが世界を征しえたのか、という論考はしており、個人的には、ここが一番に参考になった。 しかしながら、その理由として挙げられている中国には十分な競争環境が無かったや、肥沃三日月地帯は自然環境が適していなかった、という論考は、やや推測が強く、あまり説得力をもってはきくことができなかった。だが、理由の一つとしては傾聴に値するとは思う。 上下巻を読み込んでみてのおすすめ度合としては、長々とした論考を読むことを苦にしない読者であればお勧めするとしか言いようがない。 一般の普通の読者の方には、全くお勧めできない。残念ながら。 | ||||
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| 同著者の「文明~」も決して易しい内容ではなく、この文庫もそれと併せて読むことで、人類史の発展や文化の最近の予想を知ることができます。 学術的な内容が多く、一歩進んだ世界史としての印象があります。 | ||||
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| 私がこの本を初めて手に取ったのは小学校5年生の頃である。 気候学・疫学・地質学等といった複眼的な観点から徹底した論理により、懇切丁寧に歴史を紐解いている。 この本に書かれていることは、現代及び未来の国際情勢を予測することにも大いに役立つと思われる。 | ||||
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| 私がこの本を初めて手に取ったのは小学校5年生の頃である。 気候学・疫学・地質学等といった複眼的な観点から徹底した論理により、懇切丁寧に歴史を紐解いている。 この本に書かれていることは、現代及び未来の国際情勢を予測することにも大いに役立つと思われる。 | ||||
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| 人類は過去、病気、餓え、戦争等に果敢に立ち向かい、生き残ってきたのが我々の先祖であり、最終ランナーが今を生きる我々である。 弱い遺伝子は滅び、強いヤツしか生き残れなかった。 故に、我々は強いんだよ。 簡単にマイッタしたらアカン。 脈々と命繋いできたんだから、どんなものにも克服できるパワーがあるんだよ。 生まれながらの才能よりも、環境(出自)のウェイトが占める割合が大きいっていうくだり「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」(上巻:45P)は、現世にも通じるものを感じられる。 出自が良ければ、労せず恵まれた人生を送れる(成功の階段を登れる)。 凡人は、ハンディを背負ってるように思うんだけど、これを克服すると、もの凄いパワーを発揮できる。 自分の中に眠る素晴らしい力に気付く方法が、魔法の言葉「わたしは神です。 あなたも神です。 みんな神です。」(斎藤一人) さしずめ、成功のエレベーターに乗るようなもの。 凡人には、ならではの闘い方がある。 凡人ナメたらアカンぜよ! 魂の成長のために、あの世にいる時、自ら描いてきた運命だもの、乗り越えられないはずがない。 運命幸転は、思いのままに。 | ||||
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| 現代の国力差はどこからきたのか?を真剣に考えた名著。 文庫になって書いやすく、読みやすく、持ちやすくなった。 | ||||
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| なぜヨーロッパ人が他の地域の人より進んだ文明を持ち世界を席巻したのか。 進化生物学者がその問いに答える。 誰もが一度は抱いたことのあるこの疑問。 著者はそれは民族の差ではなく彼らがいた環境の差であると答える。 それらの違いは作物として得られる植物種や家畜に向いた動物種といった他生物のことであったり、それが伝わる場所の広さであったりするわけだが、その一つ一つが唸らされ、どんどん先が読みたくなる。 私達が今ある地位は民族の努力もあるだろうが、大半は運であるという謙虚な気持ちにさせてくれる一冊。 これは本当の世界史の本だ。 | ||||
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| 下巻は、まず文字の発明、技術の受容、社会の集権化を概説した後に、上巻で示した仮説を敷衍して個別の地域への検証を行っている。 大胆な仮説を提示した上巻に比べると、やはり地味な印象はぬぐえないが、ところどころ興味深い事実の指摘があったり、独特の視点からの解釈などがあって、読んでいて飽きさせない。 興味深かった点をいくつか拾い上げてみる。 ・初期の文字はメソポタミア、エジプト、中国、メキシコなど農耕がが最初に始まった地域から生まれてきた。当初、文字は用途が限定されていて、表現できる幅も非常に狭かった。文字はあくまで支配の道具だった。 ・技術に対する社会的受容性は、同じ地域において、常に同じだとは限らない。 ・オーストラリアのアボリジニとニューギニア人との間の発展の差は、アボリジニが農耕に適さない広大な砂漠が広がるオーストラリア大陸で狩猟生活に適応したために起きた。 ・地形状の障壁が比較的少なく、なだらかな平地が続く中国では、政治的な統一が早くに始まったが、そのために返って、権力の集中を招き、政治的な自由を制限し、内部での競争を阻害してしまった。 本書の題である銃・鉄・病原菌がどれほど歴史の発展に関わったのかということは最後までほとんど触れられておらず、著者の理論からすれば、それらは、地理的な差によって現れる付随的な結果としての役割しか果たしていない。銃・鉄・病原菌を主題に据えて、それらが果たした役割をもっと考察してもまた違った面白い議論が出来たのではないだろうか。 それと原著では、日本に関する章が新しく追加されているが、本書では訳出されていない。原著で参照してみたが、日本人から見ればそれほど目新しいことは書かれていない。ただ、日本がナショナリズムにこだわるがゆえに、歴史学的、考古学的な議論を受け入れられていない、といった著者の理解には疑問を感じる。日本人のルーツが韓国、中国(特に雲南)、東南アジアといった広い地域から渡って来ていることは当然のことだろう。 浩瀚な書物だが、読んでいて最後まで飽きさせない面白さはある。だが、非西欧社会はなぜ技術の進歩が遅れたのか、産業の発展がなかったのか、支配される立場となったのか、という問題提起の仕方には最後まで納得がいかなかった。地域の差を発展の差として理解することそのものが、そもそもの間違いなのではないだろうか。人種的な要因に還元する議論を一見乗り越えているかのようで、そもそもの前提に差別的な違和感を覚える。地域差を発展の差としてではなく、純粋に多様性の差として理解する発想が初めからあれば、本当の意味で人種的議論から離れた歴史を語ることができたと思う。 | ||||
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