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銃・病原菌・鉄
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【この小説が収録されている参考書籍】
銃・病原菌・鉄の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.07pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全476件 1~20 1/24ページ
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| ページ数は多いが、所々に著者の要約が繰り返し述べられており、読みやすい。 なぜ世界中の経済格差、富の分布に至ったのかが、人種や人の性質に由来するのではなく、栽培家可能な食料、家畜化可能な原産種の分布に依存するという示唆が非常に興味深い。 また中国は環境面では恵まれていたが、政治的に統一されていたため、ヨーロッパと比較して、技術の伝播や発展を妨げていたという考察も納得性が高かった。 今後、アフリカも含めて成熟社会になっていくと、より均質化された世界に近づいていくのか、考察が深めていけそうだと感じる。 | ||||
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| 人間ならざる力から構成する文明の進化史! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 本書を読んだのはちょうど一年前であるが、もう一度読み返しても面白い発見のある本である。今回、本書を読んでみて自分なりに考えたことを書かせてもらう。 この本は、人間の知の営みとはどのようなものなのかということを甚く考えさせてくれるものであると思う。それは、この本の著者の視点とその内容が語ってくれる。 本書『銃・病原菌・鉄』は世界史の本である。しかし、このイカした名前の著者ジャレド・ダイアモンドは、歴史学が専門ではなく、実は鳥類学者であり、言うなれば理系の人間である。私は、この理系の人間が書く歴史書というものは、著者の専門分野の考え方が色濃く反映されているというところにその本の醍醐味があると感じる。 先ほども言ったと通り、ダイアモンド博士は鳥類学者である。そして現代の生物学は進化学を土台として成り立っており、どんな生物の分野の専門家も進化学と関わっている。進化というものは生物のもつ歴史である。そして生物の進化は、人間の行動とその変化を記述する民族の歴史と違って、非常に主体にとって消極的な理屈で記述される。それは、環境→行動→変化という理屈であり、生物の行動は環境の因果によって支配されているという前提がある。陸生脊椎動物の進化史を例に挙げよう。周知の説として、我々人間を含む陸生の脊椎動物はみなヒレを持った水中を泳いでいた魚の末裔である。それでは、いつその魚が、ヒレを四肢に進化させ陸を闊歩するようになったのか。ある有名な説では、植物の残骸塗れの水圏に棲む魚の種が、それをかき分けるために使いやすい四肢をヒレから進化させ、それが陸上に進出という予期せぬ出来事に役立ったというものだ。当然のことだが、これは、魚が積極的に我が種の歴史を作り上げようと意志を持って行動したというものではなく、自然環境が、生物を予期せぬ方向へ導いたというものである。そして、一方で陸に上がらなかった魚たちは、そのまま水中で独自の進化を遂げていった。これは、別に彼らが陸に上がろうという意志を持たなかったのではないし、彼らが陸に上がった種よりもポテンシャルのないやつらだったわけではない。どのようなきっかけを持つ環境にいなかっただけなのだ。 このように生物の進化史は、その主体である生物の意志だとか努力だとか優劣のようなものでその理屈を記述しない。それは、まるで、生物は凹凸のある板の上を転がるボールのようなもののように視る。どんな場所で転がされたのかによって行きつく末が決まっているのだ。 少々長くなったが、ここで本書について話そう。この『銃・病原菌・鉄』は、まさに進化史の視点で人間の歴史を見通した本である。本書の内容は、なぜ人間の歴史はこのような展開をしたのかについて語ったものである。なぜ発展している民族とそうなっていない民族がいるのか、なぜスペインがインカ帝国を破壊でき、なぜその逆は起こらなかったのか。それについてのダイアモンド博士の見解は、人間の歴史の展開は、自然環境によって左右されているというものなのだ。高度な技術を持つ民族はなぜ生まれたのか。それはその民族が優秀であったということではない。そのような民族はみな横長のユーラシア大陸に棲む人々である。イノベーションは人の数とそれに伴う交流ネットワークの数によって生まれるものだと言われている。大陸が横に長いと同じような自然環境を持つ同緯度の地域での交流経路が長くなるから、様々な物が伝わりやすい。逆に、アフリカや南アメリカ大陸のような縦長の大陸では同緯度地域よりも異なる緯度の地域面積の方が多く、自然環境も千差万別である。高山も砂漠もジャングルもあっては、交流は様々な環境を横断せねばならず容易ではないだろう。鉄の精錬や銃のような複雑な武器の開発は、一つの民族がイチから発想して完成を成し遂げるのはとても難しいものだ、やはり物と言葉の伝達が容易な自然環境に棲む民族でないと無理なのだ。また、高度な技術だけでなく、農業や畜産のような初歩的な文明の営みもその環境みよって発展するかしないかが左右されてしまう。このように、ダイアモンド博士の見解は、この人類の大いなる歴史を、意志だとか努力だとか優劣のようなものでその理屈を記述しない。発展していない民族とそうでない民族がいるのは、陸に上がった魚とそうでない魚がいるのと同じことなのである。人間の歴史の駆動力を人間ではなく、人間ならざる自然環境の力で説明したのである。これは、まさに前述した生物の進化史のような人間の歴史の見方ではなかろうか。この本は、生物の進化史の研究をしてきたダイアモンド博士だからこそ書くことのできる書物なのだと私は強く思った。 人文知というのは、人の営みから汲み取る知である。それは人間なるものによって造られ人間なるものによって汲み取られる。天文知(理科知)といものは、自然の営みから汲み取られる知である。それは人間ならざるものによって造られ、人間なるものによって汲み取られる。本書「銃・病原菌・鉄」は、歴史という人文的知識を、天文知で読み解く作品である。しかし、実は、そのような作品ができたのもダイアモンド博士という歴史を持った一人の人間の営みがあったからこそである。この本は、「人文知を天文知で読み解いた」という人文知を学ぶことのできる本なのである。この本のこういうところに私は甚く面白さを覚えた。本当に面白い学びとは、人文知と天文知を併せ持つハーモニーを感じることなのだと実感したのである。 最後にこのレビュー(真剣に読む人はいないと思うが)だけを読んで、この本を歴史の環境決定論の本だと思われてしまっては、ダイアモンド博士に怒られてしまうので話しておきたい。ダイアモンド博士は決して環境決定論で歴史を全て記述しようとは思っていない。本書の下巻の終盤を読むと分かるが、文化的特異性などの超絶人文知的な要因の重要さも説いており、いかに人類の歴史が複雑なものかを語っている。どちらかに偏るのではなく、やはり人の営みと自然の営みその間に歴史というものがあることを忘れてはならない。 | ||||
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| 厚い本ではあるが、興味を持って読み切ることができた。 個人的にまとめとして納得したのは、「人類の長い歴史が大陸ごとに異なるのは、それぞれの大陸に居住した人びとが生まれつき異なっていたからではなく、それぞれの大陸ごとに環境が異なっていたからである」という訳者のまとめのところ。 また、中国は太古の昔から国が発達する好条件が整っているのに、ヨーロッパに覇権を握られてしまっている疑問が説明してあるところは大変興味深かった。著者は未来に対して意見をしていないが、この世界の先を想像するには十分なアイデアを与えてくれている。 | ||||
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| 現代はなぜ西洋の土台の上に成立しているのか、アメリカ先住民やアフリカ人ではないのはなぜか、1万3000年の歴史を遡り検証。歴史を学ぶことはロマンではなく、今を知り未来を考えるための礎。知らなかったこともいっぱいで斬新でした | ||||
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| おすすめの本に出てきて読んでみたが、読み応えがある本。今の世界は欧米を中心とした世界で人種として白人が優れているという感覚が少なからずあった。ただ、それは勝手な思い込みであるということを説明してくれている。著者によれば、地理的な要因が大きく関係している。上巻では狩猟生活から農耕生活へ移行していくところが説明されている。少し読みにくいが、興味を持って読める本。 | ||||
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| 文章の情報量が多すぎて少々読むのに手間がかかった。 だが期待どおり素晴らしいと感じました。 | ||||
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| ニューギニア人と欧米人になぜ格差があるのか。平均的にどちらもあまり差がないのになぜ生活は歴然とした差があるのか。 大変勉強になる一冊だし、オススメですね。 | ||||
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| 人類の歴史を地理や環境といった視点から大胆に読み解く一冊です。歴史の勝者と敗者がなぜ分かれたのかを、「民族の優劣」ではなく「環境要因」によって説明しており、読んでいて目からウロコが落ちるような感覚がありました。とくに農耕の始まりや家畜化の背景にある地理的条件の重要性は、普段考えることのない視点で新鮮でした。 一方で、学術的な説明が続く部分はやや難解に感じることもあります。歴史や科学にあまり馴染みがないと、少し根気が必要かもしれません。また情報量が多く、じっくり時間をかけて読み進めるタイプの本です。それでも読み終えたときには、世界の成り立ちを見る視野が大きく広がった実感がありました。知的好奇心を刺激してくれる、読みごたえある一冊です。 | ||||
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| 上巻で示された「環境が文明を分けた」という仮説をさらに掘り下げ、具体的な地域や歴史的な事例をもとに展開していきます。ヨーロッパの拡張やアメリカ先住民、アフリカの発展の違いなど、どれも単なる歴史の事実ではなく、その背景にある地理・気候・生態系の要因を読み解く視点が新鮮で、非常に考えさせられました。 一方で、内容がかなり専門的な領域に入り、やや冗長に感じる部分もありました。上巻に比べて読み進めるのに集中力が必要でした。それでも一貫した論理が流れており、読み終えたときの達成感は大きかったです。 歴史を知るというより、文明とは何かを考えるための骨太な一冊。最後まで読んでこそ、この壮大な議論の全体像が見えてくる気がします。 | ||||
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| 情報量が多すぎて、消化が大変だが、とても内容が濃い。人類史のバイブルといってよい。 | ||||
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| 人類の発展過程について、環境要因の切り口から分かりやすく解説。 | ||||
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| 世界には、裕福な先進国と貧困状態にある発展途上国がある。もともと同じホモ・サピエンスどうしなのに、地域によってそのような大きな経済的格差ができたのはどうしてなのか?本書は、その理由として、それぞれの地域に住む人たちの生物学的(遺伝的)な違いによるものではなく、地理的、環境的な影響でそうなったのだという説を、多くの証拠を元に検証していく。上巻では、農耕牧畜、つまり食料生産の開始が地域で大きく違っていたことを論じてきた。下巻では、その先の文字、技術、社会制度の起源、そして、オーストラリアとニューギニア、中国、太平洋の島々、アメリカ、アフリカといった各地域の特性について述べている。 章ごとに、気になったポイントを下記にメモしておきたい。 【第12章】文字をつくった人と借りた人 ・食料生産をおこなわない狩猟採集民たちは、農耕民たちのように余剰食料というものを持たず、文字の読み書きを専門とする書記を養うゆとりが社会的になかった。文字が誕生するには、数千年にわたる食料生産の歴史が必要だった。ちょうど、集団感染症の病原菌が登場するのに食料を生産する社会が必要であったように、最初の文字が、肥沃三日月地帯、メキシコ、中国で登場したのは、それらの地域が食料生産の起源とされる地域だったからである。文字は、いったん発明されると、交易を通じて急速に広がっていった。勢力の拡大や宗教の流布活動を通じて、経済的および社会的に似た社会へと浸透していった。 【第13章】発明は必要の母である ・技術は、非凡な天才がいたおかげで突如出現するものではなく、累積的に進歩し完成するものである。また、技術は、必要に応じて発明されるのではなく、発明されたあとに用途が見いだされることが多い。この二つの結論が、記録が残っていない古代の技術に、もっとよく当てはまることはたしかである。 ・土器の考案は、自然界に広く存在する粘土の、乾燥したり熱を加えたりすると固くなるという性質に注目した結果と思われる。そのため、土器は、日本では約1万4000年前に、肥沃三日月地帯と中国では約1万年前に登場している。さらに、これらの地域につづいて、アマゾン川流域、アフリカ大陸のサヘル地域(サハラ砂漠の南縁)、アメリカ合衆国東部、そしてメキシコでそれぞれ登場している。ー―この記述によれば、土器は世界で最も早く日本で生み出されたことになる。 【第14章】平等な社会から集権的な社会へ ・社会は、小規模血縁集団(食料生産なし)、部族社会(食料生産なし→あり)、首長社会(食料生産あり→集約的)、国家(食料生産集約的)の順に、発展していった。 ・小規模血縁集団や部族社会を長期にわたって、詳しく観察した調査では、殺人が主な死因の一つであることが明らかになっている。女を取る取られた、のような個人的な恨みで男たちの殺人が起きていた可能性がある。争いの解決は、小規模血縁集団や部族社会では非公式だった一方で、首長社会では首長が、国家では法律・裁判が行っていた。ーーということは、小規模血縁集団や部族社会では、戦争はなかったとはいえ、殺人が野放しで放置されていた怖い社会だったのかもしれない。 ・集団が大きくなるにつれ、他人同士の紛争が天文学的に増大することになる。1対1の人間関係は、人口20人の集団では、20×19÷2で190通りしかない。しかし人口2000人の集団では、199万9000通りある。こうした1対1の人間関係は、諍いがときには殺人にまで発展しうる関係である。そして小規模血縁集団や部族社会では、1つの殺人が、それに対する復讐を呼び、その復讐に対する復讐がさらなる復讐を呼ぶというように、人びとを社会不安に陥れるような復讐殺人がつぎつぎに起こることがよくある。 【第15章】オーストラリアとニューギニアのミステリー 【第16章】中国はいかにして中国になったのか ・食料生産の副産物である感染症については、旧世界の主な病気の誕生血を旧世界のどこと特定することはできない。しかし、ローマ時代と中世以降に書かれたヨーロッパの記録には、腺ペストが東方からやってきたとはっきり書かれているし、天然痘も東方からやってきたらしいと書かれているので、中国または東アジアがそれらの病原菌の発祥地であったとも考えられる。インフルエンザは、豚の持つ病原菌が人間に感染した病気であることから、豚が非常に早い時期に家畜化され、重要な動物として飼育されるようになった中国が発祥地である可能性がかなり高い。ーー近年では、SARSや新型コロナウイルスが中国から発生し世界を混乱に巻き込んだ。本書では、他の地域にない感染症とそれに対する免疫を持っていることが、他の地域を侵略するに当たって強い影響力を持つということが主張されている。恐るべき中国である。 【第17章】太平洋に広がっていった人びと ・オーストロネシア人(オーストロネシア語族の人びと)の拡散は、過去5000年間に起こった、人類史上最大の人口移動の1つである。オーストロネシア人で、太平洋を東進し、もっとも孤絶した島々に住みついてポリネシア人となった人びとは、新石器時代のもっとも卓越した船乗りであった。今日においてオーストロネシア語を母国語とする範囲は、マダガスカル島からイースター島までの、地表の半分以上をカバーする地域に広がっている。オーストロネシア人は、もともと中国本土から移動しはじめ、ジャワをはじめとするインドネシア島嶼部に入植している。 【第18章】旧世界と新世界の遭遇 ・人が密集して暮らす社会ではやる感染症の大半は、人びとが食料生産を開始し、家畜と日常的に接するようになった約1万年前頃に、もともと家畜がかかる病気から変化するかたちで現れた。したがって、多くの種類の家畜が飼われていたユーラシア大陸において、これらの感染症が多く見られたのである。それに反して、南北アメリカ大陸では、わずかな種類の家畜しか飼われていなかったので、動物の病原菌から変化して人間い感染するようになった病原菌は少なかった。 【第19章】アフリカはいかにして黒人の世界になったか 【エピローグ】科学としての人類史 ・世界の食料生産の発祥地の一つである肥沃三日月地帯と中国は、現代においても世界を支配している。この二つの地域は、そこにいまでも存在する(現代中国のような)国々を通じて、それらの周辺に位置していて古くから影響を受けていた(日本、朝鮮半島、マレーシア、ヨーロッパのような)地域を通じて、あるいは、それらの地域から移住していった人びとが作った(アメリカ合衆国、オーストラリア、ブラジルのような)国々を通じて、世界を傘下に収めている。この先、サヘル地域(サハラ砂漠南端)の人びと、オーストラリアのアボリジニたち、そしてアメリカ先住民たちが世界を支配することは望み薄である。紀元前8000年前の歴史の御手は、いまもなおわれわれの頭上に大きくかざされている。 | ||||
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| 特定の人種が他の人種より優れているというわけではなく、様々な条件が重なって現代の世界が形成されたことを理解しました。その結果、現在の白人が優位な社会が生まれたのです。条件次第では、黄色人種や黒人が世界の覇権を握っていた可能性もあったのです。 まず、人類の発展に欠かせないのが地理的・環境的な条件です。ヨーロッパや中国が昔から強い国家であったのは、ユーラシア大陸が東西に広がり、気候帯が比較的一様だったため、農作物や技術の伝播が容易にできたからです。これに対して、アフリカ大陸やアメリカ大陸は南北に長く、気候帯や温度の違いが大きいため、農作物や技術の伝播が困難だったと説明されています。 本書の主張は、人類社会の発展は地理的・環境的な条件に大きく依存しており、特定の人種が他の人種よりも優れているわけではないということです。今の世界は偶然の積み重ねによって形成されたものであり、人を優劣の基準にしてはいけないというメッセージが込められています。 この本を通じて、歴史や社会の不均衡について新たな視点を得ることができました。非常に勉強になり、多くの人に読んでほしい一冊です。 | ||||
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| 世界には、裕福な先進国と貧困状態にある発展途上国がある。もともと同じホモ・サピエンスどうしなのに、地域によってそのような大きな経済的格差ができたのはどうしてなのか?本書は、その理由として、それぞれの地域に住む人たちの生物学的(遺伝的)な違いによるものではなく、地理的、環境的な影響でそうなったのだという説を、多くの証拠を元に証明していく論考である。英語原著は1997年、日本語訳は2000年に出版されており、人類化石の分子生物学的研究が現在のようにさかんになる前だったため、若干古くなっている内容もある。 章ごとに、気になったポイントを下記にメモしておきたい。 【プロローグ】ニューギニア人ヤリの問いかけるもの ・著者が鳥類の進化のフィールドワークを行っているニューギニアで、あるニューギニア人ヤリが著者に質問してきた。「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」この会話から、著者は人類の進化、歴史、言語などについて研究し、その成果を発表してきた。ヤリの疑問に対する25年後の答えを書いたのが本書である。 ・本書を一文で要約するとつぎのようになる。「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」 【第1章】1万3000年前のスタートライン ・ネアンデルタール人はクロマニヨン人がヨーロッパにやってくるまでの数十万年間、ヨーロッパで唯一の先住民であった。約4万年前にクロマニヨン人がヨーロッパにやってきて、数千年のうちに、ネアンデルタール人は一人残らず姿を消してしまっている。これは、クロマニヨン人が自分たちの優れた技術や言語能力、頭脳を使って、ネアンデルタール人を侵略し、殺戮したことを示唆している。ネアンデルタール人とクロマニヨン人とが混血したという痕跡は、まったくといっていいほど残されていない。ーーこれについては近年の研究によって、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが混血していて、我々の遺伝子の数%はネアンデルタール人に由来していることが明らかになっている。 【第2章】平和の民と戦う民の分かれ道 ・ポリネシアの種族間の争いを振り返ってみる。小さな孤立した狩猟採集民のグループであるモリオリ族は、彼らの祖先でもある人工の稠密なニュージーランドに住んでいた農耕民マオリ族によって滅ぼされた。 ・熱帯気候に適したマオリ族の農作物はモリオリ族が移り住んだチャタム諸島の寒冷な気候ではうまく育たなかったかもしれない。それで、彼らは狩猟採集生活に戻らざるをえなかった。そこで狩猟採集民となった彼らは、再分配したり貯蔵したりする余剰作物を持たなかったので、狩猟に従事しない物作りが専門の職人、軍人・兵士、役人、族長などを養うことができなかった。結局、強力な統率力や組織力に欠ける非好戦的な少数部族となったのである。 ・それとは対照的に、農業に適していたニュージーランドに残ったマオリ族は10万人を超えるまでに増えている。自分たちで作物を育てて貯蔵することができた彼らは、物作りを専門とする職人や、族長や、平時は農耕に従事する兵士たちを養うことができた。彼らは、農耕に必要な種々の道具や、さまざまな武器や工芸品を発達させた。手の込んだ祭祀用の建物や、おびただしい数の砦も建造している。つまり、地理的要因によって導かれた狩猟採集生活か農耕生活かという違いが、彼らの戦いにおける優劣の原因となっている。 【第3章】スペイン人とインカ帝国の衝突 ・少数兵を率いるスペイン人のピサロは、膨大なインカ帝国の兵に囲まれながら皇帝アタワルバを捕虜にできた。その要因こそ、まさにヨーロッパ人が新世界を植民地化できた直接の要因である。ピサロを成功に導いた直接の要因は、銃器・鉄製の武器、そして騎馬などにもとづく軍事技術、ユーラシアの風土病、伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。本書のタイトルの「銃・病原菌・鉄」は、ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた直接の要因を凝縮して表現したものである。 【第4章】食料生産と征服戦争 ・中規模な農耕社会では首長が支配する集団が形成されるようになるが、王国が形成されるまでにはいたらない。王国が形成されるのは大規模な農耕社会だけである。農耕社会に見られる複雑な政治組織は、構成員の平等を基本とする狩猟採集民の社会よりも征服戦争を継続させることができる。豊かな環境に居住する狩猟採集民が定住型の社会を発達させ、食料の貯蔵・蓄積を可能にし、初期の形態の族長支配を形成したが、そこからさらに進んで王国を作り出すまでにはいたっていない。ーー日本の縄文時代がこれに近いのかもしれない。 【第5章】持てるものと持たざるものの歴史 【第6章】農耕を始めた人と始めなかった人 ・移動しながら狩猟採集生活を営む人たちと、定住して食料生産に従事する人たちとははっきりと区別されるものだという間違った思い込みがある。自然の恵みが豊かな地域の狩猟採集民のなかには、定住生活には入ったものの、食料を生産する民とはならなかった人びともいる。北アメリカの太平洋岸北西部の狩猟採集民などはその例であるし、おそらくオーストラリア南西部の狩猟採集民もそうだろう。パレスチナ、ペルー沿岸、そして日本に居住していた狩猟採集民も、食料を生産するようになったのは、定住生活をはじめてから相当の時間がたってからのことである。 ・穀類やマメ類の栽培や家畜の飼育は、紀元前5000年までの数世紀を通じて、ヨーロッパ中央部全体にも急速に広がっていった。ヨーロッパ中央部と南東部に居住していた狩猟採集民のあいだに食料生産が広がっていったのは、食料生産を実践する生活と競合できるほど、この地における狩猟採集生活の生産性が高くなかったからである。ところが、南フランス、スペイン、イタリアなどの南西ヨーロッパでは、羊が伝えられてから穀物が伝えられたということもあって、食料を生産する生活様式はゆっくりと時間をかけて徐々に広まっていった。日本もまた、集約的食料生産をアジア大陸からゆっくりと時間をかけて少しずつ取り入れているが、それはおそらく、海産物や土着の植物が豊富であったため、狩猟採集生活の生産性が非常に高かったからであろう。 ・食料生産への移行をうながした要因はおもに5つある。1つ目は、この1万3000年のあいだに、入手可能な自然資源(とくに動物資源)が徐々に減少したこと。2つ目は、栽培化可能な野生種が増えたことで作物の栽培がより見返りのあるものになったこと。3つ目は、食料生産に必要な技術、つまり自然の実りを刈り入れ、加工し、貯蔵する技術がしだいに発達し、食料生産のノウハウとして蓄積されていったこと。4つ目は、人口密度の増加と食料生産の増加との関係である。5つ目は、食料生産者は狩猟採集民より数のうえで圧倒的に多かったため、それを武器に狩猟採集民を追い払ったり殺すことができたことである。 【第7章】毒のないアーモンドのつくり方 【第8章】リンゴのせいか、インディアンのせいか ・肥沃三日月地帯と呼ばれるメソポタミア地方が、人類の歴史において中心的な役割を果たしたことはよく知られている。地理学者マーク・ブルーマーは、人間にとって作物化することのできる植物の種類の豊富さが重要であることを示した。世界中に数千種ある野生種のイネ科植物のなかから、大きな種子を持つ56種を「大自然のあたえた最優良種中の最優良種」とした。これらの56種は、穀粒の重さが中央値より少なくとも10倍は重く、そのほとんどが地中海性気候か、乾期のある地域に自生している。しかもその圧倒的多数の32種が、肥沃三日月地帯か西ユーラシアの地中海性気候地帯に集中している。この事実は、肥沃三日月地帯の初期の農民にとってイネ科植物を栽培化するうえで選択の余地が大きかったことを意味している。これに対して、チリの地中海性気候地域にはたった2種が自生しているだけであり、カリフォルニアと南アフリカにはそれぞれ1種が自生しているだけである。この事実だけをとっても、人類の歴史において、肥沃三日月地帯と他の地域の果たした役割のちがいを説明することができる。 【第9章】なぜシマウマは家畜にならなかったのか 【第10章】大地の広がる方向と住民の運命 ・農作物や家畜は、南北ではなく東西に広まった。そのほうが適応しやすかったからである。肥沃三日月地帯で栽培化された農作物が東西方向に素早く広がった理由のひとつはここにある。そうした農作物は、伝播先の土地の気候にすでに順応していた。キリストが誕生する頃までには、肥沃三日月地帯を起源とする農作物は、ユーラシア大陸の西端であるアイルランドから東端の日本まで、じつに東西8000マイル(約1万2800キロ)にまたがる地域で栽培されていた。 ・最初に中国南部で栽培化されたり家畜化されたあと、熱帯の東南アジアやフィリピン、インドネシア、ニューギニアなどで新たな品種が栽培化・家畜化されるようになった亜熱帯性作物や家畜類は、肥沃三日月地帯の作物に比肩する速度で東方に広がっている。その結果、バナナ、タロイモ、ヤムイモといった農作物や、鶏、豚、犬といった家畜類は、1600年たたないうちに中国南部から5000マイル(約8000キロ)以上離れたポリネシアの島々にまで伝わった。 【第11章】家畜がくれた死の贈り物 ・非ヨーロッパ人を征服したヨーロッパ人が、より優れた武器を持っていたことは事実である。より進歩した技術や、より発達した政治機構を持っていたことも間違いない。しかし、このことだけでは、少数のヨーロッパ人が、圧倒的な数の先住民が暮らしていた南北アメリカ大陸やその他の地域に進出していき、彼らにとってかわった事実は説明できない。そのような結果になったのは、ヨーロッパ人が、家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を、とんでもない贈り物として、進出地域の先住民に渡したからだった。 | ||||
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| 終始、言葉や狩猟民族、農耕民族についての内容。タイトルに惹かれて読んだのですが、がっかりです。 | ||||
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|---|---|---|---|---|
| アメリカ大陸がなぜヨーロッパ人に開拓されたかが良くわかりました。 | ||||
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| 各地域の歴史の違いを,少数の環境要因,具体的には大陸の形状・規模と栽培・家畜に適した生物の分布で説明しようとする.そして,肥沃三日月地帯がこれらの環境要因に恵まれており,農耕を最初に初めて,他の地域を圧倒したストーリーである. 当然ながら,ヨーロッパ系が現在は他を圧倒していることの説明にはなっていないが,そのあたりの言い訳はエピローグの章ににあり,そのあたりはやや歯切れが悪い.この点で★を一つ差し引く. そうではあるが,いろいろな定量的なエビデンスに基づいて論考を進める姿勢は親しみが持てた.ただ,ゆかりのあるニューギニアの情報は広くとりあげられているが,東アジアの知識はあまりなさそうに思えた. | ||||
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| 問題なしです | ||||
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| 環境・場所など周囲の状況で結果とした起きた事象のつながりが歴史になっている。 なぜユーラシアの文明が今日主流になったのか、アフリカの人類史、広範な人類史を俯瞰してよくまとめられている。 | ||||
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| 環境・場所など周囲の状況で結果とした起きた事象のつながりが歴史になっている。 なぜユーラシアの文明が今日主流になったのか、アフリカの人類史、広範な人類史を俯瞰してよくまとめられている。 | ||||
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