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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
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【この小説が収録されている参考書籍】
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.19pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全254件 121~140 7/13ページ
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| アンドロイドは電気羊の夢を見るか フィリップkディック この小説はアンドロイドと比較して人間の生を浮かび上がらせる作品だと考えた。 高度な知能を有するアンドロイドに唯一できないのが、感情移入だ。 作品中では人々は生命の不在による孤独を生き延びるため、共感ボックスを用いて皆の個性を感じることで生きている。 そう、みんなとつながる事で孤独を耐えているのだ。 しかし筆者は共感ボックスが不可欠な人間(イーラン)の事を自己価値を見失った感情鈍麻な人間としている。作中でイーランは日々憂鬱になっている。 また、筆者は共感ボックスのある孤独は真の孤独ではないと述べている。 イジドアが3人のアンドロイドを受容出来なくなりマーサーをイカサマだと認知した時と、リックがマーサーさながらに本当に一人で登坂したときが真に孤独と言える。 そして、作中に出てくるマーサーが繰り返し、「己の本質に悖る行為をイヤイヤさせられるのが人生の基本条件」と言う。マーサーは人間なら誰しもが持つもので、フィリップkディックの考える人生の道徳的規範でもあると思う。 マーサーはイジドアにいった、「これからも、きみが弱音を吐いてやめるというまでそれを続けていく。だが、きみはもうわしを探し求めるのを辞めなくてはいかんよ。わしの方では決してきみを探し求めるのを辞めはせんのだから。」、、、、① この意味は作中に出てきたムンクの絵の名前「思春期」とリックの変化を考える事ではっきりする。 リックはバウンティハンターとしての自己の本質に悖る行為をしたために、石ころで肌を傷つけられるように、心を痛み、自己を喪失した(不自然な自己)。それはマーサーが言うように、人生の運命なのだ。そうして、死ににいく先でリックは本当の孤独を経験し、人生を直観する。リックは人生を受け入れられる自己になった。痛みを伴いながら生きていく決意をしたのが、「もうやめられないんだ」。この一連のリックの変化は、「思春期」におけるアイデンティティの確立の問題ではないだろうか。僕もどん底に悲しんで結局一人なんだと思ったと感じたことがある、それで人生を直観したわけじゃないが、一つまた別の自分になれた気がした。マーサーの哲学はこういう僕を支えてくれるかもしれない。 こうして①に戻って考えると、イジドアはまだ子供を表しているんだと考えられる。マーサーの言葉は子供に対して、「自分一人のの力で大人になろうとするんだよ。誰かが貴方のことを見ているんだから、ゆっくり頑張りなさい。」という温かい筆者のメッセージが込められている。これは、アイデンティティを確立できていない、自己価値を確立できていない人間に対する啓発でもあると思った。 このように真の孤独を経験し、それを受容して自分の人生を自力で歩むという人間の普遍的な姿を描いたのがこの作品だと考えた。 | ||||
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| ありがとうございます。 題名が気になり購入。 生き物が住むのが難しくなった地球。 そんな中で動物を飼うことが一種のステータスに。 まだ、読み終わっていませんが(^^;; 読み終わったら、追記します。 面白かった。 バウンティハンターと一台のアンドロイドが 協力して、不法入国者(アンドロイド)を…。 | ||||
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| 題名はよく聞くと思います。 内容はそれなりにSFです。読みやすいかな。 | ||||
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| ここまでの情報から「実は主人公だからそれを選ぶ」を二次元業界が選ばない真相は何なのかが解明可能なのだ これは「実はアンドロイド」こそ「実は主人公の定義」を意味する図式であり 言い換えれば「アンドロイドを演じる存在」が「主人公の正体」を意味する図式なのである これは「アンドロイドが活躍する姿」及び「アンドロイドが周囲に認められる姿」が「本編の描写の定義」を意味する設定であり 言い換えれば「アンドロイドが世の中で認められる姿が見たい」が「通常の受け手の真意」を意味する設定なのである つまり「やはりアンドロイドでは人間には勝てませんでした」という内容になるから 「実は主人公だからそれを選ぶ」を二次元業界は選ばない事が判明するのである | ||||
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| かの有名な映画を数回鑑賞済み。小説の存在はかなり昔から知っていたが中々手を付けていなかった。読んでみたら映画よりもやはり細かく情景描写しているので分かりやすい。ロイ戦のシーンが若干あっけないな、という印象があったが全体的に好きな作品。何故もっと早くに読まなかったのか。 | ||||
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| 難解なのかと思いきや、すぐに物語の世界に引き込まれた。 独創的な世界観、シニカルでドライな視点。生物の存在意義、生命の意味を問う深いテーマ。 こう書くとひどく難解そうでしょう? ところが読みやすく、かつとても魅力的で、ぐいぐい引き込まれてしまった。 タイトルの持つ力(こんなタイトルよく思いついたなぁ)に何も負けていない、 タイトルの持つ卓越性そのままの世界を存分に味わえる一冊です。 さっそく注文したユービックも面白いといいな。読むのが楽しみ! | ||||
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| アンドロイドと人間の差とは?生命とは?という単なるアドベンチャーではなく、ある種の深い探究を行っているSF文庫です。 ですが、とても読みやすく面白い!! スラスラ読めてしまうのでとてもおすすめですね。 | ||||
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| AIの技術向上と未来予測の論争がますます白熱している今だからこそ、再読しました。 映画は映画で大変面白いですが、原作はかなり違います。 映画のかの有名な最後のセリフはありません。 いい意味でべたな人間ドラマはなく、もっとドライに、社会問題を掘り下げていると思います。 最近のIT専門用語などを駆使した、あるいは宇宙戦争系のSF作品よりも、 人間、そして社会問題を描いたこの時代のSF作品に惹かれます。 | ||||
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| カルト的人気を誇る名作映画『ブレードランナー』の原作として名高いこの作品ですが、「本物と偽物の差は何か」「本物であることには果たして意味があるのか」というディック流の主題は映画よりずっと濃厚です。 数々の映像化がなされたディック作品の中で唯一、ディック存命時に制作開始された作品でもあります。 (残念ながら劇場公開は存命中には間に合いませんでした。) 環境汚染により野生動物は絶滅、人類も汚染の無い宇宙への移住が進んでおり、地球は過疎化しつつある未来。 本物の生きた動物をペットとして飼うのがステータス(しかも馬や牛など飼育が難しそうなものほどステータス)であり、そんな懐の余裕がない大多数の人々は、ちょっと見ただけでは本物と区別がつかない精巧な動物型ロボ(電気羊、電気犬、電気猫...etc)をペットとして飼うことでお茶を濁しています。 また、遺伝子操作された生身の生体組織と電子頭脳とを組み合わせた精巧なアンドロイドが不足する労働力の足しとして用いられているのですが、あまりに精巧になりすぎたアンドロイドが自由を求めて逃亡するという事件が相次いでいます。 アンドロイドか人間かを判別するのは、簡単な心理テストと、かなり仰々しい生体組織の検査があるのですが、心理テストでは精神疾患の人間がたまにミスでアンドロイドと判別されるくらいで短時間に簡単にできる割にかなり信頼性が高く、生体組織の検査は絶対誤診はない代わりに時間と費用がかかり被験者には激痛も伴うので、ほとんどの場合は心理テストのみで判別されます。 主人公デッカードは、警察の依頼のもとに逃亡アンドロイドをハントして生計を立てている腕利きの賞金稼ぎ。 自らもペットとして電気羊を飼っています。 元々は妻の親から遺産としてもらった本物の羊を飼っていたのですが、病気で死んでしまい、周囲への見栄の為に元の羊とそっくりな電気羊を特注して飼っているのです。 そのデッカードのもとにある日警察のお偉いさんから「最新型アンドロイドのグループが主人を殺して逃亡した。そいつらに返り討ちを食らい腕利きの賞金稼ぎがER送りになった。あいつらをハントできるような腕の持ち主はお前しかいない。報酬は弾むから是非協力してくれ。」との依頼が。 依頼に基づきデッカードはハントを開始するのですが、その過程で、しれっと警察の人間に成りすましたアンドロイドやら、劇団に紛れ込んでいる、オペラ歌手としての才能がもしかしたら人間以上にあるんじゃないかっていうアンドロイドやら、急病で苦しむ本物の猫を故障した電気猫と勘違いして死なせてしまった動物病院のスタッフやら、まあいろんなのと出くわすわけですね。 あげく、「お前に依頼を持ってきたブライアント警視なんて奴は市警察には存在せず、きっとアンドロイドの成りすましに違いない」とか、他の賞金稼ぎについて「あいつは自分では腕利きの賞金稼ぎだと思ってるが、実はそういう偽の記憶を埋め込まれたアンドロイドなんだ」なんて言う奴が現れたり。 段々、何が本当で何が嘘なのか、誰がアンドロイドで誰が人間なのか、デッカードも読者もわからなくなっていきます。 ついには、デッカード自身「実は俺も偽の記憶を埋め込まれたアンドロイドなんじゃないか」なんて悩み始めます。 この辺、かなり明瞭なストーリーになっている映画版とは大きく異なります。 映画版は、人工生命として生まれた者の悲哀や、人間同士の差別は撤廃しても今度は人工生命を差別している人間の勝手さ、生命を弄ぶことの罪深さという方向にテーマが向かっていたように感じます。 小説版は、「本物と偽物の決定的な違いは何か」「偽物である時点で価値はゼロなのか」という哲学的な問いが何度も繰り返されます。 是非とも、本書を一読して映画版との違いを見ていただきたいです。 | ||||
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| 星を継ぐ者、や幼年期の終わり、を読んでいたので、アマゾンが薦めてくれた。 途中からぐいぐい引き込まれた。自分は67年生まれですが68年の作品とは思えない。 その頃からアンドロイドという言葉があったとは。 題名から、主人公リックはアンドロイドかと思ったが違ったようだ。 マーサー教はインチキだと暴露される。人間には感情移入能力があるとはいえ、 自分で体験せねば意味無し、ということか。 他者の感情に思いを馳せないのは人間とは言えない、というメッセージを感じた。 姿形が完璧な人間なら、アンドロイドだろうが幽霊だろうが、人は、人としてしか認識しない。 言葉にするのは難しいが、ゴキブリは平気で殺す、でもアンドロイドは見た目が人間だから 殺しづらい、この違いはなんなのだろうか。境界はどこにあるのか、考えさせられる。 | ||||
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| ブレードランナーを観た後に読みました。 人間が何か?という問いかけの観点が生命としての 定義と、人の思考、嗜好(価値観)の観点から細かく 描かれています。 映画の出来も素晴らしかったため、どうしても映画 のシーンを思い浮かべてしまい、情景をミックスして しまいがちですが、それでもなお考えながら、そして 恐怖と驚きを感じながら読むことができます。 SFだからと距離を置いてしまう人にもオススメです。 | ||||
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| 最初はいろんな種類のアンドロイドをあの手この手で処理して最後のボスを処理してハッピーエンドと思っていたのですが全然違いました!笑 もちろんアンドロイドを倒すのですが、心理的、倫理的な点で考えさせられたり、アンドロイドと人間の共存だったりと難しかったです笑 でも読み応えはありますし、面白かったです‼︎ | ||||
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| この本を読んでFKDにはまってしまいました。 独特の世界観とロジカルに組み上げられた物語、その割にあっさり終わる雰囲気がたまらないです。 他の本も買ってしまいました。 | ||||
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| 本作はフィリップ・K・ディック氏によるSF小説。 「ブレードランナー」というタイトルで映画化もされている。 SF小説の多くにおいて、まずは世界観を把握するのに時間を要する作品が多い。 なぜなら、著者が読者に対し、作品の時代背景や舞台設定、舞台装置の意味を丁寧に説明してくれることは稀だからである。 もちろん、読み進めるごとに理解は深まるのだが、その理解度合いは作品によってまちまちである。 例えば本作は序盤から容赦がなかった。 聞きなれない用語があたかも一般常識のように繰り出される。 「情調オルガンとは何か?」 読者はそれらを丁寧に拾いながら疑問として抱えつつ、この小説の世界観を自らの想像力を駆使することによってのみ構築しなければならないのだ。 今が西暦何年なのか? 物語の幕開けの直前に、どんな災禍が世界を襲ったのか? そしてその後、世界の人々はどのように暮らしているのか? そんなナレーションなどどこにもない。 読者は「この人はなんの話をしているのか?」から入り、人物のセリフや心理描写を注意深く読み解き、チンプンカンプンさをいかに早く脱しなければならない。 SFに慣れない読者は冒頭の数ページで匙を投げるだろう。 そんなSF作品が読みたくなったら本作をオススメしたい。 以前からずっとタイトルが気になってて、やっと読むことができた。 アクションあり、サスペンス要素もありでとても面白かった。最後まで楽しめた。 | ||||
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| SFの古典。映画も良いが、原作も良い。読みやすく、そんなに長くないのが良い。ブレードランナー好きなら必読。映画とはやや違う印象があるのも良いです。 | ||||
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| いい作品だと思います 序盤の方はアンドロイドのことをあれと呼んでいたのですが徐々に彼や彼女と変わっていくなど主人公の心の変化が細かく感じられる作品です 独特な世界観を理解するのには戸惑うかたがいるかもしれませんがすぐなれると思います 読む価値は十二分あります | ||||
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| 映画ブレードランナーの原作 登場人物や舞台は映画と似ているが、描いているものは全然違う。 陰鬱な印象。 持ち上げては落として、持ち上げては落としての繰り返しで、救いがない。作者は相当デッカードを鬱にさせたいらしい。 特に映画では官能的で繊細なヒロインのレイチェルが、小説では本当に最低のクソ女として描かれており、げっそりする。あの魂も心もない木偶の坊をデッカードの代わりに撃ち殺してやりたい。そうしなかったデッカードはなかなかの人格者だろう。 オススメの一冊 | ||||
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| ・哲学的なテーマを、わかりやすく楽しみながら伝えていく手腕が凄い 私はフィリップ・K・ディックの作家としての評価がどれだけのものか詳しくはわからないのですが、そんな私でも『人間に限りなく近い存在がいたとして、人間らしさとは何をもって定義するのか』という哲学的で根源的な難しいテーマに挑戦し「逃亡したアンドロイド集団との戦い」という読み物としての面白さと「2人の人物を軸として展開される物語」というひねりを加えた構成で、あっという間に読み終わらせてしまう手腕に感服させられました。 私が学生だった頃、遺伝子組み換えとかクローン技術がやたら報道されていて「もし自分とまったく見分けのつかない人間が出来たらどうなっちゃうんだろう」とひとり社会の行く末に不安になっていた頃を思い出しました。あの時感じたことを、1968年にすでに世に問うていたというのも驚異的なことです。 ・訳がわかりやすい 作品自体の面白さに加えて、自分があっという間に読めてしまった理由の一つが訳文でした。とても読みやすくて、この作品の良さを受け取ることが出来たのも訳文のぎこちなさがまったくなくて頭にスッと入ったからです。あとは最後の訳者あとがきで添えられる解説文も、物語の理解の手助けになっていて、これ自体も読んでいて楽しめました。 | ||||
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| 読んでいくうちに、人間とアンドロイドの違いは何だろう?と考えるようになっていった。 自分がアンドロイドだったらとか。 でも、ディックさんにとっては人間やアンドロイドという呼び名はただの記号でしかなく、訳をした方のあとがき読んでてなるほどなぁと思いました。 | ||||
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| 火星から地球へ逃亡をはたした8人のアンドロイドたち、それを追うバウンティーハンターの主人公の話。 文章は読みやすく、ハラハラする展開もあり、すぐに読み終えてしまった。 主人公側だけでなくアンドロイド側からも描かれる文章のおかげでアンドロイドにも同情の念が少し沸いた。 | ||||
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