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(短編集)

青の魔性



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青の魔性の評価: 4.60/5点 レビュー 5件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.60pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全5件 1~5 1/1ページ
No.5:
(3pt)

推奨できる短編はない。

収録されている九短編に推理要素はほとんどない。どちらかと言えば「意外な落ちに辿り着く物語」と、まとめればそのようになるだろうが、だからといって「意外な落ち」は強調するほどに意外なわけでもない。それどころか表題作は話が恭子とは関わりの薄い方向へ逸れてゆくし、「獣の償い」では極悪非道な犯人の一人は結末が付けられないので読む側としてはしっくりしない。それゆえ本当に意外な要素があり、かつ面白いと言えるのは「共犯の瞳」くらいだ。だが全体として、優れた作品として推奨できる短編はないし、書かれた年代も古いので、もはや懐古趣味的な読み方しかできないように思われる。
青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)Amazon書評・レビュー:青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)より
4041365341
No.4:
(5pt)

表題作を含む9編の短編集。「共犯の瞳」「途中下車」は秀逸です!

本書は1977年1月に新潮文庫から初出版されたものです。収録作は、すでに発表されたものですが、それを再選集したものです。「サギ・カンパニー」は「文学賞殺人事件」。「獣の償い」は「中禅寺湖心中事件」(どちらも1971年1972年にサンケイ新聞社出版局から出版)。その他の作品は1974年12月に出版された「肉食の食客」に含まれています。本作は、その後、角川文庫から再出版され、後に、新潮文庫と角川文庫でkindle化されています。
「サギ・カンパニー」
原野九郎は、小学生の頃に受けた屈辱的な経験から、絶対に人を信用しないことを信条にしている。小学校五年生の時、市長の息子、野沢弓彦と同じクラスになった。その時、同じクラスに大地主の娘の佐川清子もいた。清子は、目鼻立ちの整った生徒で、すべての男子生徒は、清子を意識していた。野沢も勿論、清子に興味を抱いている。九郎の家は、スラムにあるアパートで、崩れ落ちそうな老朽木造アパートだった。日雇い人工だの行商人だの行員などが、身を寄せ合って住んでいた。町の人も、気持ち悪がって近づかない。だから九郎は「アパート野郎」だとか「ノラクロウ」などと嘲られた。ところが、清子は九郎に対し、親切な素振りで接してくれていた。弓彦にとっては、面白くない。弓彦には、命令のままに動く子分が何人もいる。そこで、弓彦は清子の前で、九郎にいたずらをして恥をかかそうと考えた。子分に計画を説明し、打ち合わせ通り動くよう命令する。もはや、いたずらでは無く、立派な悪党の謀略だった。先ず、お姫様みたいに気取った清子を、解剖してやろう!と騒ぎたてた。九郎は、今まで優しくしてくれた清子の手前、黙って見ているわけにはいかない。「止めろよ!女の子を虐めるな!」と言った瞬間、弓彦の罠にまんまと嵌ってしまった。九郎は、清子や他の女子生徒も含め、クラス全員の前で下半身を露出(解剖)されてしまった。その時、九郎は、汚い物でも見る様な、目付きをしている清子と目が合った。それからは、絶対、人を信用しない、優しくしない事を信条としたのだ。それと同時に、自分を罠に嵌めた様に、弓彦に対して罠(詐欺・サギ)を仕掛けて、復讐しようと心に決める。そして、十数年後。それを実行する日がやってきた。
「獣の償い」
フーテンの寅さんが登場する日本の名映画があるが、森村氏が書いた、都内最大の繁華街に集まる“フーテン”は、映画とはほど遠い人間たちの集まりでした。希望を抱いて集団就職で上京した竹田伸二は、ベルトコンベヤーを見つめて暮らす仕事が不満だった。もっと他に自分の能力を発揮できる職場があるはずだと思い転職する。自分を高く評価してくれる会社が有るだろうと面接を繰り返すが、思う様にいかない。結局は、現在より低いところへ行くのだ。その後は、お決まりのコースで、どんどん低い方へ流れていく。竹田は、低い方へ流れ流れ、大都会の最大級の繁華街で立派なフーテンになってしまった。大都会にはフーテンが多い。その中には組織(派閥)があるのだ。竹田は、この繁華街でフーテンとなった時に、見知らぬ男から一本のタバコを貰った。その男は、この繁華街で最大の派閥のリーダー服部だった。好き嫌いも無しに竹田は、服部のグループの一員として構成されてしまった。フーテン生活をしていると、ある時、服部グループの福田が、一台のポンコツ車を何処からかもってきた。服部は、その車でガールハントしようと言うのだ。しかし、車もポンコツで見てくれの悪い男たちに女性たちは鼻もかけない。収穫の無いまま帰る途中に、エンジントラブルで立ち往生している女性と遭遇する。車を修理する様に装い、服部は、その女性を強姦しようと提案する。人目も有るので服部は竹田に見張り役を命じる。服部は用が済んだら、竹田に「おい代わってやる。お前も行け」と言う。森村氏も、かなりおぞましい話にしたものだ。
「褥の病巣」
島崎は、妻、靖子を浜名湖湖畔のホテルで待っていたが、遂に現れなかった。島崎は、大阪の鉄工所の工員で、靖子とは、雑誌の投稿常連として知り合い、文通をしている間に、愛情が芽生え結婚した。靖子は、東京大手町の一流商社に勤務していた。結婚にあたり、一戸の家庭が必要だった。だが、島崎の工員としての給与だけでは、少し足りなかった。靖子は、共働きをして家計を助けたいと言う。靖子は、島崎の給与の一・五倍の給与をとっていた。島崎は、靖子が島崎の少ない給与をおもんばかってくれた事を悟り感謝した。こうして、子供が出来るまでの条件で、大阪と東京での別居結婚が始まった。会うのは、週末の土日のみ。お互いに交通費の負担にならないよう、中間地点の浜名湖湖畔のホテルで落ち合うことにした。この日、島崎は、妻、靖子との再会が二週間振りだった。先週は、お互いの会社の残務のため会えなかった。若くて健康な体の島崎は、二週間の禁欲によって、欲望は、破裂しそうなほど膨張していた。だが、靖子は、来なかった。堪りかねて、靖子の会社に連絡すると、地下鉄駅のホームから転落して、電車に轢かれ死亡したと言うのだ。会社も島崎のアパートに何度も連絡していた。だが、島崎が、浜名湖湖畔のホテルに滞在していたので、連絡が付かなかったのだ。新妻の死に呆然とする日々を送っていた島崎だが、少し、違和感を覚え始めた。慎重な靖子が、ホームから転落するはずが無い。誰かに、突き落された事も考えられる。その発想は、頭の中で、みるみるうちに巨大化してしまった。そして、鉄工所には休みをもらい、東京へ捜査に向かうのだ。だが、そこで分かった事は、島崎が知らなかった、靖子の裏の素顔だった。
「枕に足音が聞こえる」
村を貫く様に架けられた木橋が老朽化して、荷馬車やトラックの往来が出来ない状況であった。川を挟むように住む樵(きこり)の男と、砂利採取業の男は、木の伐採権や砂利採取権を持っていたが、木や石を運び出せなかった。橋の架け替えを県に要望しても、小さな村のために、予算を使ってくれない。そこで、二人の男は、いっその事、橋をダイナマイトで爆発させてしまえば、県も否が応でも、橋を架け替えなければならなくなるだろうと考えた。そして、深夜、霧の濃い日に、橋桁の下に潜り込んで爆発させてしまった。だが、二人に予想もしなかった事が起こった。それは、たまたま、その時橋の上を歩いていた男がいたのだ。橋の爆発と共に、橋を渡っていた男は死亡した。死んだ男は、村でも札付きの悪だったため、誰も悲しまなかった。また、橋が架け替えられ、村の利便性は、向上した。それだから、村人たちは、二人の男の刑を減刑してもらうと、嘆願書を出した。そのお陰で、二人の刑の執行は、猶予された。しかし、一人の老刑事が、本当に事故だったのだろうか?と疑問を持った。そこに、爆発させた二人の男、そして二人の男たちと妻たち四人による四人四様の殺意があったことが分かってしまう。だが、老刑事は、殺意が有った事は、認めたが、殺人という犯罪の立証をしなかった。
「途中下車」
佐貫和夫は、手元に残った金を、自分の自殺の費用に充てることにした。そもそも、そのお金も、債権者に還元しなければならない性質のものだ。大学を卒業して、最初に就職した建設会社が倒産してから、彼の人生は、下流へ流れ始めた。その流れは、加速度を付けた上、下へ下へと流れた。決して上流には、戻らない。勤め先も、常に低い方へと流れた。サラリーマン社会からはみ出し、ブローカー、いんちきゼミナール屋、精力剤の販売代理店など、手掛けては、次々に失敗した。そして、最後の大逆転を狙って、大きな賭けをした。駅前の繁華街で、権利が売りに出ている物件があった。佐貫は、唯一の財産である、マンションを売り、手持ちの金を集め、借りられる金を総動員して権利を買った。高級ムードのスナックバーは、初めこそ、客を惹くことが出来た。だが、社用族が見向きもしなかったのが敗因だった。良い立地だと思ったが、そうでも無い事が分かった。ここで、刃折れ矢尽きた。残った物は、莫大な借金だけだった。そして、債鬼から逃れるため、自殺する事にしたのだ。そんな時に、一枚の葉書が来た。それは、三十年前に卒業した、郷里の小学校の同窓会の通知だった。なんて優雅な事を考えているんだ、と思い、そのままゴミ箱へ捨てた。だが、どうせ死ぬ場所を捜しに、旅へ出るのだから郷里に寄って、同窓会に参加してみようと思った。そして、参加した同窓会で知った事は、優雅で呑気どころか、三十年の年月が、出席した多くの同級生たちを、社会の下流へ流していた事だった。刃折れ矢尽きたのは、佐貫だけでは無かった。佐貫は、死へ向かう列車から途中下車して、次の同窓会が開かれる時まで、生きてみようと思う様になった。
「共犯の瞳」
山下は、その案内状がきた時、出席しようか迷った。それは、十五年振りの小学校の同窓会の知らせだった。なぜ迷ったかと言えば、当時の共犯者たちと会いたくなかったからだ。だが、マドンナ的な存在で、クラス全員から好かれていた三杉先生には会いたかった。迷った挙句、三杉先生の誘惑に負けた。山下と案内状を送ってきた渡部を含む十数人は、見てしまった。忘れ物を取りに帰った、理科室のカーテンの向こうで、三杉先生が篠原(先生)に襲われていた。篠原は、生徒たちに何の根拠も無く、気分気ままに折檻するので、鬼原と呼ばれるほど嫌われていた。子供ながら、カーテンの向こうから聞こえてくる奇声が、何を意味しているかは想像できた。憧れの美しく優しい先生に暴力を振るう鬼原が許せなかった。そこで、仲間十数人が集まって、鬼原を殺すことにした。それほどまで憎悪が増幅されていた。鬼原の行動を調べているうちに、居酒屋で酒を飲んだ後、小川に架かる橋から放尿する習慣がある事が分かった。後は、簡単だった。酔ったうえ、橋の端から放尿している無防備な鬼原の背中を押せば良い。居酒屋から橋まで一定間隔に見張りを付けて、鬼原が橋へ来るのを待った。橋の下に隠れた実行グループは、見張りの伝令から、あと数分で橋に到着することを知らされた。もう少しで来るはずだ。その時、待っていた実行グループは、橋の手前で何か大きな物が川へ落ちた音を聞いた。何かと訝しく思ったが、今、出て行っては鬼原に見つかってしまう。そのまま待ったが、何時まで待っても鬼原は来なかった。翌日、川へ転落して死亡している鬼原の遺体が発見された。警察の調べで、鬼原は、足を踏み外して川へ落ちた。そして、酩酊していたため、小さな川だが、這い上がれなかったと結論された。だが、少年たちは、見ていたのだ、誰かが鬼原を突き落した事を。少年たちは、その事を極秘にした。そして、十五年振りの再会なのだ。死刑にあたる罪の時効は、十五年である。そして、今日の午前零時で、その時を迎えた。三杉先生の時効は成立した。あの時、鬼原を殺そうとした少年たち、十二人二十四の瞳は、その時も見ていた。
「青の魔性」
若い教師が、教え子の女子小学生に恋心を抱いてしまった。その女子生徒は、不思議な魔力のようなものを身に付けていた。少女も秘かに教師に好意を抱いていた。クラスの中で、苛めの対象に成り兼ねない生徒だった。だけど何か、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。若い教師は、度々、少女の母親から、少女に対する苛めの相談を受けていた。だが、相談回数が増加するのに伴い、母親と親密な関係になってしまう。少女には、悟られていないと、二人とも思っていたが、少女は、その事実を知っていた。そして、少女は、自分の命と引き換えに教師に魔力を掛けた。若い教師は、少女の魔力に捕りつかれてしまった。教師が、精神病院へ、強制入院されたのは、少女の墓を掘り返して、少女の骨をボリボリ齧っているところを発見されたからだ。
「禁じられた墓標」
畔見は、金野きんを殺害し、きんが貯め込んだ金を強奪しようと、五年前に計画を立てた。きんは、“十一(といち)”と呼ばれる十日に一割の高利で貸し付ける、金貸しだった。銀行は、信用出来ないと言って、五千万円ほどの現金を手金庫に入れて仕舞い込んでいた。畔見は、金を借りた時に、その事を知って犯行を計画したのだ。すぐに犯行を実行すれば、当然、借主が疑われるので、五年間の猶予を設けた。畔見との関係が薄れた頃を見計らい犯行に及んだ。そして、計画通り、五千万円の大金を手に入れた。畔見は、五千万円を元手に事業を起こし大成功する。さらに、市の有力者から畔見の実業を認められ、娘との婚姻を申し込まれた。娘は、人も羨むほどの美人で申し分ない。市の有力者との繋がりが、さらに畔見の事業拡大に拍車をかけた。畔見の人生は、順風満帆であった。ところが、ある日、庭に無数の猫が集まっているのを発見した。そして、地面を一生懸命に掘り起こしているのだ。きんから金を強奪した時、些細な出来事があった。きんは、無類の猫好きで、猫婆と綽名されるほど、常に十数匹を超える猫を飼っていた。その愛猫の一匹がきんを撲殺する時、畔見に飛びつき、嚙みついたのだ。畔見は、反射的にその猫も撲殺した。証拠が残らないように、持ち帰り、家の庭に埋めて隠したのだ。きんは、猫たちに猫の大好物のマタタビを与えていた。埋められた猫の胃から、芽を出して成長したのだった。きんは、猫たちに飼い主名と猫名を彫った足環を付けていた。近所から異常の通報を受けた警察官が、駆け付け、土に埋められた猫の死骸を発見し、付いていた足環を調べられた。過去に起こった、老婆殺害五千万円強盗事件を覚えていた警察官によって、畔見の犯行だった事が発覚する。猫の怨念。
「鉄筋の猿類」
多摩丘陵の朝日ヶ丘団地に住む、桐生昌子は、同じ団地の奥様連から陰湿な苛めを受けていた。それは、昌子が“ふつうの主婦”では無かったからだ。昌子は、妻子を持つ会社の上司と不毛の恋をしていた。何度も止めようかと思ったが、当面の生活の面倒をみてくれていたので、彼の庇護に甘えていた。彼も、昌子を手放せなくなり、彼女の為に団地を買ったのだ。いわゆる“二号さん”“囲われ者”として近所の奥様たちは。拒絶反応を示した。無視され、悪口を罵られ、行ってもいない不始末の犯人にされた。彼女たちは、苛める事が刺激の少ない団地生活のレクリエーションだった。部屋に閉じこもる昌子は、寂しさを紛らわすためにペットを飼いたかった。だが、犬や猫は飼えない。そんな矢先に、近くの農家の子供から十数匹の蚕(カイコ)を貰った。最初は、グロテスクに感じたが、一生懸命に桑の葉を食べる姿は、ユーモラスで可愛かった。たちまち、昌子は、カイコの虜になってしまった。えさの桑の葉は、近くの桑畑にたっぷり有って困らない。この日も、いつもの様に桑の葉を採ってカイコに与えた。すると、数時間するとカイコが身をよじり、苦しみ始め、皆、死んでしまった。不思議に思った昌子は、桑の葉を良く見て匂いを嗅ぐと、殺虫剤の臭いがした。団地の奥様が、昌子のカイコを狙った悪意に満ちたいたずらだった。いたずらでは、済まされない。悪い事は続くもので、パトロンが帰った時、鍵を閉め忘れたのか、二十五、六の男が部屋に入ってきた。抵抗する間もなく押さえ付けられ、無理やり昌子の中央に侵入した。変に抵抗すれば、身の危険もあったので、為すがままにした。ことが済んだ男は、帰る時、「よし、一人済んだ。あと十四人だ」と言うのだ。昌子が、それを聞き咎めると、男の彼女が、昨年、この団地の広場で強姦されたと言うのだ。彼女は、そればかりか、悪い病気もうつされ、苦悩した挙句、自殺してしまった。団地の住人たちは、彼女の助けを求める悲鳴を聞いたが、助けに行かなかった。さらに、関わり合いになるのを避けて、カーテンを閉め、電気を消し寝たふりをした。彼女を見殺しにしたのだ。男は、だから復讐のため、この棟にいる奥様十五人を、順番に強姦するつもりだと言う。その時、昌子は、まだこの団地に入居していなかった。それを聞いた男も申し訳なさそうな顔をした。だが、昌子は、男に奇妙な提案をした。全く不案内の団地を狙うのは、たいへん危険だから、昌子が手伝ってあげると言ったのだ。昌子の死んだ、カイコの数も十五匹だった。昌子は、この男と一緒に、団地の奥様連にカイコの復讐をすることにした。
青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)Amazon書評・レビュー:青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)より
4041365341
No.3:
(5pt)

表題作を含む9編の短編集。「共犯の瞳」「途中下車」は秀逸です!

本書は1977年1月に新潮文庫から初出版されたものです。収録作は、すでに発表されたものですが、それを再選集したものです。「サギ・カンパニー」は「文学賞殺人事件」。「獣の償い」は「中禅寺湖心中事件」(どちらも1971年1972年にサンケイ新聞社出版局から出版)。その他の作品は1974年12月に出版された「肉食の食客」に含まれています。本作は、その後、角川文庫から再出版され、後に、新潮文庫と角川文庫でkindle化されています。
「サギ・カンパニー」
原野九郎は、小学生の頃に受けた屈辱的な経験から、絶対に人を信用しないことを信条にしている。小学校五年生の時、市長の息子、野沢弓彦と同じクラスになった。その時、同じクラスに大地主の娘の佐川清子もいた。清子は、目鼻立ちの整った生徒で、すべての男子生徒は、清子を意識していた。野沢も勿論、清子に興味を抱いている。九郎の家は、スラムにあるアパートで、崩れ落ちそうな老朽木造アパートだった。日雇い人工だの行商人だの行員などが、身を寄せ合って住んでいた。町の人も、気持ち悪がって近づかない。だから九郎は「アパート野郎」だとか「ノラクロウ」などと嘲られた。ところが、清子は九郎に対し、親切な素振りで接してくれていた。弓彦にとっては、面白くない。弓彦には、命令のままに動く子分が何人もいる。そこで、弓彦は清子の前で、九郎にいたずらをして恥をかかそうと考えた。子分に計画を説明し、打ち合わせ通り動くよう命令する。もはや、いたずらでは無く、立派な悪党の謀略だった。先ず、お姫様みたいに気取った清子を、解剖してやろう!と騒ぎたてた。九郎は、今まで優しくしてくれた清子の手前、黙って見ているわけにはいかない。「止めろよ!女の子を虐めるな!」と言った瞬間、弓彦の罠にまんまと嵌ってしまった。九郎は、清子や他の女子生徒も含め、クラス全員の前で下半身を露出(解剖)されてしまった。その時、九郎は、汚い物でも見る様な、目付きをしている清子と目が合った。それからは、絶対、人を信用しない、優しくしない事を信条としたのだ。それと同時に、自分を罠に嵌めた様に、弓彦に対して罠(詐欺・サギ)を仕掛けて、復讐しようと心に決める。そして、十数年後。それを実行する日がやってきた。
「獣の償い」
フーテンの寅さんが登場する日本の名映画があるが、森村氏が書いた、都内最大の繁華街に集まる“フーテン”は、映画とはほど遠い人間たちの集まりでした。希望を抱いて集団就職で上京した竹田伸二は、ベルトコンベヤーを見つめて暮らす仕事が不満だった。もっと他に自分の能力を発揮できる職場があるはずだと思い転職する。自分を高く評価してくれる会社が有るだろうと面接を繰り返すが、思う様にいかない。結局は、現在より低いところへ行くのだ。その後は、お決まりのコースで、どんどん低い方へ流れていく。竹田は、低い方へ流れ流れ、大都会の最大級の繁華街で立派なフーテンになってしまった。大都会にはフーテンが多い。その中には組織(派閥)があるのだ。竹田は、この繁華街でフーテンとなった時に、見知らぬ男から一本のタバコを貰った。その男は、この繁華街で最大の派閥のリーダー服部だった。好き嫌いも無しに竹田は、服部のグループの一員として構成されてしまった。フーテン生活をしていると、ある時、服部グループの福田が、一台のポンコツ車を何処からかもってきた。服部は、その車でガールハントしようと言うのだ。しかし、車もポンコツで見てくれの悪い男たちに女性たちは鼻もかけない。収穫の無いまま帰る途中に、エンジントラブルで立ち往生している女性と遭遇する。車を修理する様に装い、服部は、その女性を強姦しようと提案する。人目も有るので服部は竹田に見張り役を命じる。服部は用が済んだら、竹田に「おい代わってやる。お前も行け」と言う。森村氏も、かなりおぞましい話にしたものだ。
「褥の病巣」
島崎は、妻、靖子を浜名湖湖畔のホテルで待っていたが、遂に現れなかった。島崎は、大阪の鉄工所の工員で、靖子とは、雑誌の投稿常連として知り合い、文通をしている間に、愛情が芽生え結婚した。靖子は、東京大手町の一流商社に勤務していた。結婚にあたり、一戸の家庭が必要だった。だが、島崎の工員としての給与だけでは、少し足りなかった。靖子は、共働きをして家計を助けたいと言う。靖子は、島崎の給与の一・五倍の給与をとっていた。島崎は、靖子が島崎の少ない給与をおもんばかってくれた事を悟り感謝した。こうして、子供が出来るまでの条件で、大阪と東京での別居結婚が始まった。会うのは、週末の土日のみ。お互いに交通費の負担にならないよう、中間地点の浜名湖湖畔のホテルで落ち合うことにした。この日、島崎は、妻、靖子との再会が二週間振りだった。先週は、お互いの会社の残務のため会えなかった。若くて健康な体の島崎は、二週間の禁欲によって、欲望は、破裂しそうなほど膨張していた。だが、靖子は、来なかった。堪りかねて、靖子の会社に連絡すると、地下鉄駅のホームから転落して、電車に轢かれ死亡したと言うのだ。会社も島崎のアパートに何度も連絡していた。だが、島崎が、浜名湖湖畔のホテルに滞在していたので、連絡が付かなかったのだ。新妻の死に呆然とする日々を送っていた島崎だが、少し、違和感を覚え始めた。慎重な靖子が、ホームから転落するはずが無い。誰かに、突き落された事も考えられる。その発想は、頭の中で、みるみるうちに巨大化してしまった。そして、鉄工所には休みをもらい、東京へ捜査に向かうのだ。だが、そこで分かった事は、島崎が知らなかった、靖子の裏の素顔だった。
「枕に足音が聞こえる」
村を貫く様に架けられた木橋が老朽化して、荷馬車やトラックの往来が出来ない状況であった。川を挟むように住む樵(きこり)の男と、砂利採取業の男は、木の伐採権や砂利採取権を持っていたが、木や石を運び出せなかった。橋の架け替えを県に要望しても、小さな村のために、予算を使ってくれない。そこで、二人の男は、いっその事、橋をダイナマイトで爆発させてしまえば、県も否が応でも、橋を架け替えなければならなくなるだろうと考えた。そして、深夜、霧の濃い日に、橋桁の下に潜り込んで爆発させてしまった。だが、二人に予想もしなかった事が起こった。それは、たまたま、その時橋の上を歩いていた男がいたのだ。橋の爆発と共に、橋を渡っていた男は死亡した。死んだ男は、村でも札付きの悪だったため、誰も悲しまなかった。また、橋が架け替えられ、村の利便性は、向上した。それだから、村人たちは、二人の男の刑を減刑してもらうと、嘆願書を出した。そのお陰で、二人の刑の執行は、猶予された。しかし、一人の老刑事が、本当に事故だったのだろうか?と疑問を持った。そこに、爆発させた二人の男、そして二人の男たちと妻たち四人による四人四様の殺意があったことが分かってしまう。だが、老刑事は、殺意が有った事は、認めたが、殺人という犯罪の立証をしなかった。
「途中下車」
佐貫和夫は、手元に残った金を、自分の自殺の費用に充てることにした。そもそも、そのお金も、債権者に還元しなければならない性質のものだ。大学を卒業して、最初に就職した建設会社が倒産してから、彼の人生は、下流へ流れ始めた。その流れは、加速度を付けた上、下へ下へと流れた。決して上流には、戻らない。勤め先も、常に低い方へと流れた。サラリーマン社会からはみ出し、ブローカー、いんちきゼミナール屋、精力剤の販売代理店など、手掛けては、次々に失敗した。そして、最後の大逆転を狙って、大きな賭けをした。駅前の繁華街で、権利が売りに出ている物件があった。佐貫は、唯一の財産である、マンションを売り、手持ちの金を集め、借りられる金を総動員して権利を買った。高級ムードのスナックバーは、初めこそ、客を惹くことが出来た。だが、社用族が見向きもしなかったのが敗因だった。良い立地だと思ったが、そうでも無い事が分かった。ここで、刃折れ矢尽きた。残った物は、莫大な借金だけだった。そして、債鬼から逃れるため、自殺する事にしたのだ。そんな時に、一枚の葉書が来た。それは、三十年前に卒業した、郷里の小学校の同窓会の通知だった。なんて優雅な事を考えているんだ、と思い、そのままゴミ箱へ捨てた。だが、どうせ死ぬ場所を捜しに、旅へ出るのだから郷里に寄って、同窓会に参加してみようと思った。そして、参加した同窓会で知った事は、優雅で呑気どころか、三十年の年月が、出席した多くの同級生たちを、社会の下流へ流していた事だった。刃折れ矢尽きたのは、佐貫だけでは無かった。佐貫は、死へ向かう列車から途中下車して、次の同窓会が開かれる時まで、生きてみようと思う様になった。
「共犯の瞳」
山下は、その案内状がきた時、出席しようか迷った。それは、十五年振りの小学校の同窓会の知らせだった。なぜ迷ったかと言えば、当時の共犯者たちと会いたくなかったからだ。だが、マドンナ的な存在で、クラス全員から好かれていた三杉先生には会いたかった。迷った挙句、三杉先生の誘惑に負けた。山下と案内状を送ってきた渡部を含む十数人は、見てしまった。忘れ物を取りに帰った、理科室のカーテンの向こうで、三杉先生が篠原(先生)に襲われていた。篠原は、生徒たちに何の根拠も無く、気分気ままに折檻するので、鬼原と呼ばれるほど嫌われていた。子供ながら、カーテンの向こうから聞こえてくる奇声が、何を意味しているかは想像できた。憧れの美しく優しい先生に暴力を振るう鬼原が許せなかった。そこで、仲間十数人が集まって、鬼原を殺すことにした。それほどまで憎悪が増幅されていた。鬼原の行動を調べているうちに、居酒屋で酒を飲んだ後、小川に架かる橋から放尿する習慣がある事が分かった。後は、簡単だった。酔ったうえ、橋の端から放尿している無防備な鬼原の背中を押せば良い。居酒屋から橋まで一定間隔に見張りを付けて、鬼原が橋へ来るのを待った。橋の下に隠れた実行グループは、見張りの伝令から、あと数分で橋に到着することを知らされた。もう少しで来るはずだ。その時、待っていた実行グループは、橋の手前で何か大きな物が川へ落ちた音を聞いた。何かと訝しく思ったが、今、出て行っては鬼原に見つかってしまう。そのまま待ったが、何時まで待っても鬼原は来なかった。翌日、川へ転落して死亡している鬼原の遺体が発見された。警察の調べで、鬼原は、足を踏み外して川へ落ちた。そして、酩酊していたため、小さな川だが、這い上がれなかったと結論された。だが、少年たちは、見ていたのだ、誰かが鬼原を突き落した事を。少年たちは、その事を極秘にした。そして、十五年振りの再会なのだ。死刑にあたる罪の時効は、十五年である。そして、今日の午前零時で、その時を迎えた。三杉先生の時効は成立した。あの時、鬼原を殺そうとした少年たち、十二人二十四の瞳は、その時も見ていた。
「青の魔性」
若い教師が、教え子の女子小学生に恋心を抱いてしまった。その女子生徒は、不思議な魔力のようなものを身に付けていた。少女も秘かに教師に好意を抱いていた。クラスの中で、苛めの対象に成り兼ねない生徒だった。だけど何か、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。若い教師は、度々、少女の母親から、少女に対する苛めの相談を受けていた。だが、相談回数が増加するのに伴い、母親と親密な関係になってしまう。少女には、悟られていないと、二人とも思っていたが、少女は、その事実を知っていた。そして、少女は、自分の命と引き換えに教師に魔力を掛けた。若い教師は、少女の魔力に捕りつかれてしまった。教師が、精神病院へ、強制入院されたのは、少女の墓を掘り返して、少女の骨をボリボリ齧っているところを発見されたからだ。
「禁じられた墓標」
畔見は、金野きんを殺害し、きんが貯め込んだ金を強奪しようと、五年前に計画を立てた。きんは、“十一(といち)”と呼ばれる十日に一割の高利で貸し付ける、金貸しだった。銀行は、信用出来ないと言って、五千万円ほどの現金を手金庫に入れて仕舞い込んでいた。畔見は、金を借りた時に、その事を知って犯行を計画したのだ。すぐに犯行を実行すれば、当然、借主が疑われるので、五年間の猶予を設けた。畔見との関係が薄れた頃を見計らい犯行に及んだ。そして、計画通り、五千万円の大金を手に入れた。畔見は、五千万円を元手に事業を起こし大成功する。さらに、市の有力者から畔見の実業を認められ、娘との婚姻を申し込まれた。娘は、人も羨むほどの美人で申し分ない。市の有力者との繋がりが、さらに畔見の事業拡大に拍車をかけた。畔見の人生は、順風満帆であった。ところが、ある日、庭に無数の猫が集まっているのを発見した。そして、地面を一生懸命に掘り起こしているのだ。きんから金を強奪した時、些細な出来事があった。きんは、無類の猫好きで、猫婆と綽名されるほど、常に十数匹を超える猫を飼っていた。その愛猫の一匹がきんを撲殺する時、畔見に飛びつき、嚙みついたのだ。畔見は、反射的にその猫も撲殺した。証拠が残らないように、持ち帰り、家の庭に埋めて隠したのだ。きんは、猫たちに猫の大好物のマタタビを与えていた。埋められた猫の胃から、芽を出して成長したのだった。きんは、猫たちに飼い主名と猫名を彫った足環を付けていた。近所から異常の通報を受けた警察官が、駆け付け、土に埋められた猫の死骸を発見し、付いていた足環を調べられた。過去に起こった、老婆殺害五千万円強盗事件を覚えていた警察官によって、畔見の犯行だった事が発覚する。猫の怨念。
「鉄筋の猿類」
多摩丘陵の朝日ヶ丘団地に住む、桐生昌子は、同じ団地の奥様連から陰湿な苛めを受けていた。それは、昌子が“ふつうの主婦”では無かったからだ。昌子は、妻子を持つ会社の上司と不毛の恋をしていた。何度も止めようかと思ったが、当面の生活の面倒をみてくれていたので、彼の庇護に甘えていた。彼も、昌子を手放せなくなり、彼女の為に団地を買ったのだ。いわゆる“二号さん”“囲われ者”として近所の奥様たちは。拒絶反応を示した。無視され、悪口を罵られ、行ってもいない不始末の犯人にされた。彼女たちは、苛める事が刺激の少ない団地生活のレクリエーションだった。部屋に閉じこもる昌子は、寂しさを紛らわすためにペットを飼いたかった。だが、犬や猫は飼えない。そんな矢先に、近くの農家の子供から十数匹の蚕(カイコ)を貰った。最初は、グロテスクに感じたが、一生懸命に桑の葉を食べる姿は、ユーモラスで可愛かった。たちまち、昌子は、カイコの虜になってしまった。えさの桑の葉は、近くの桑畑にたっぷり有って困らない。この日も、いつもの様に桑の葉を採ってカイコに与えた。すると、数時間するとカイコが身をよじり、苦しみ始め、皆、死んでしまった。不思議に思った昌子は、桑の葉を良く見て匂いを嗅ぐと、殺虫剤の臭いがした。団地の奥様が、昌子のカイコを狙った悪意に満ちたいたずらだった。いたずらでは、済まされない。悪い事は続くもので、パトロンが帰った時、鍵を閉め忘れたのか、二十五、六の男が部屋に入ってきた。抵抗する間もなく押さえ付けられ、無理やり昌子の中央に侵入した。変に抵抗すれば、身の危険もあったので、為すがままにした。ことが済んだ男は、帰る時、「よし、一人済んだ。あと十四人だ」と言うのだ。昌子が、それを聞き咎めると、男の彼女が、昨年、この団地の広場で強姦されたと言うのだ。彼女は、そればかりか、悪い病気もうつされ、苦悩した挙句、自殺してしまった。団地の住人たちは、彼女の助けを求める悲鳴を聞いたが、助けに行かなかった。さらに、関わり合いになるのを避けて、カーテンを閉め、電気を消し寝たふりをした。彼女を見殺しにしたのだ。男は、だから復讐のため、この棟にいる奥様十五人を、順番に強姦するつもりだと言う。その時、昌子は、まだこの団地に入居していなかった。それを聞いた男も申し訳なさそうな顔をした。だが、昌子は、男に奇妙な提案をした。全く不案内の団地を狙うのは、たいへん危険だから、昌子が手伝ってあげると言ったのだ。昌子の死んだ、カイコの数も十五匹だった。昌子は、この男と一緒に、団地の奥様連にカイコの復讐をすることにした。
青の魔性 (1978年) (角川文庫)Amazon書評・レビュー:青の魔性 (1978年) (角川文庫)より
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No.2:
(5pt)

表題作を含む9編の短編集。「共犯の瞳」「途中下車」は秀逸です!

本書は1977年1月に新潮文庫から初出版されたものです。収録作は、すでに発表されたものですが、それを再選集したものです。「サギ・カンパニー」は「文学賞殺人事件」。「獣の償い」は「中禅寺湖心中事件」(どちらも1971年1972年にサンケイ新聞社出版局から出版)。その他の作品は1974年12月に出版された「肉食の食客」に含まれています。本作は、その後、角川文庫から再出版され、後に、新潮文庫と角川文庫でkindle化されています。
「サギ・カンパニー」
原野九郎は、小学生の頃に受けた屈辱的な経験から、絶対に人を信用しないことを信条にしている。小学校五年生の時、市長の息子、野沢弓彦と同じクラスになった。その時、同じクラスに大地主の娘の佐川清子もいた。清子は、目鼻立ちの整った生徒で、すべての男子生徒は、清子を意識していた。野沢も勿論、清子に興味を抱いている。九郎の家は、スラムにあるアパートで、崩れ落ちそうな老朽木造アパートだった。日雇い人工だの行商人だの行員などが、身を寄せ合って住んでいた。町の人も、気持ち悪がって近づかない。だから九郎は「アパート野郎」だとか「ノラクロウ」などと嘲られた。ところが、清子は九郎に対し、親切な素振りで接してくれていた。弓彦にとっては、面白くない。弓彦には、命令のままに動く子分が何人もいる。そこで、弓彦は清子の前で、九郎にいたずらをして恥をかかそうと考えた。子分に計画を説明し、打ち合わせ通り動くよう命令する。もはや、いたずらでは無く、立派な悪党の謀略だった。先ず、お姫様みたいに気取った清子を、解剖してやろう!と騒ぎたてた。九郎は、今まで優しくしてくれた清子の手前、黙って見ているわけにはいかない。「止めろよ!女の子を虐めるな!」と言った瞬間、弓彦の罠にまんまと嵌ってしまった。九郎は、清子や他の女子生徒も含め、クラス全員の前で下半身を露出(解剖)されてしまった。その時、九郎は、汚い物でも見る様な、目付きをしている清子と目が合った。それからは、絶対、人を信用しない、優しくしない事を信条としたのだ。それと同時に、自分を罠に嵌めた様に、弓彦に対して罠(詐欺・サギ)を仕掛けて、復讐しようと心に決める。そして、十数年後。それを実行する日がやってきた。
「獣の償い」
フーテンの寅さんが登場する日本の名映画があるが、森村氏が書いた、都内最大の繁華街に集まる“フーテン”は、映画とはほど遠い人間たちの集まりでした。希望を抱いて集団就職で上京した竹田伸二は、ベルトコンベヤーを見つめて暮らす仕事が不満だった。もっと他に自分の能力を発揮できる職場があるはずだと思い転職する。自分を高く評価してくれる会社が有るだろうと面接を繰り返すが、思う様にいかない。結局は、現在より低いところへ行くのだ。その後は、お決まりのコースで、どんどん低い方へ流れていく。竹田は、低い方へ流れ流れ、大都会の最大級の繁華街で立派なフーテンになってしまった。大都会にはフーテンが多い。その中には組織(派閥)があるのだ。竹田は、この繁華街でフーテンとなった時に、見知らぬ男から一本のタバコを貰った。その男は、この繁華街で最大の派閥のリーダー服部だった。好き嫌いも無しに竹田は、服部のグループの一員として構成されてしまった。フーテン生活をしていると、ある時、服部グループの福田が、一台のポンコツ車を何処からかもってきた。服部は、その車でガールハントしようと言うのだ。しかし、車もポンコツで見てくれの悪い男たちに女性たちは鼻もかけない。収穫の無いまま帰る途中に、エンジントラブルで立ち往生している女性と遭遇する。車を修理する様に装い、服部は、その女性を強姦しようと提案する。人目も有るので服部は竹田に見張り役を命じる。服部は用が済んだら、竹田に「おい代わってやる。お前も行け」と言う。森村氏も、かなりおぞましい話にしたものだ。
「褥の病巣」
島崎は、妻、靖子を浜名湖湖畔のホテルで待っていたが、遂に現れなかった。島崎は、大阪の鉄工所の工員で、靖子とは、雑誌の投稿常連として知り合い、文通をしている間に、愛情が芽生え結婚した。靖子は、東京大手町の一流商社に勤務していた。結婚にあたり、一戸の家庭が必要だった。だが、島崎の工員としての給与だけでは、少し足りなかった。靖子は、共働きをして家計を助けたいと言う。靖子は、島崎の給与の一・五倍の給与をとっていた。島崎は、靖子が島崎の少ない給与をおもんばかってくれた事を悟り感謝した。こうして、子供が出来るまでの条件で、大阪と東京での別居結婚が始まった。会うのは、週末の土日のみ。お互いに交通費の負担にならないよう、中間地点の浜名湖湖畔のホテルで落ち合うことにした。この日、島崎は、妻、靖子との再会が二週間振りだった。先週は、お互いの会社の残務のため会えなかった。若くて健康な体の島崎は、二週間の禁欲によって、欲望は、破裂しそうなほど膨張していた。だが、靖子は、来なかった。堪りかねて、靖子の会社に連絡すると、地下鉄駅のホームから転落して、電車に轢かれ死亡したと言うのだ。会社も島崎のアパートに何度も連絡していた。だが、島崎が、浜名湖湖畔のホテルに滞在していたので、連絡が付かなかったのだ。新妻の死に呆然とする日々を送っていた島崎だが、少し、違和感を覚え始めた。慎重な靖子が、ホームから転落するはずが無い。誰かに、突き落された事も考えられる。その発想は、頭の中で、みるみるうちに巨大化してしまった。そして、鉄工所には休みをもらい、東京へ捜査に向かうのだ。だが、そこで分かった事は、島崎が知らなかった、靖子の裏の素顔だった。
「枕に足音が聞こえる」
村を貫く様に架けられた木橋が老朽化して、荷馬車やトラックの往来が出来ない状況であった。川を挟むように住む樵(きこり)の男と、砂利採取業の男は、木の伐採権や砂利採取権を持っていたが、木や石を運び出せなかった。橋の架け替えを県に要望しても、小さな村のために、予算を使ってくれない。そこで、二人の男は、いっその事、橋をダイナマイトで爆発させてしまえば、県も否が応でも、橋を架け替えなければならなくなるだろうと考えた。そして、深夜、霧の濃い日に、橋桁の下に潜り込んで爆発させてしまった。だが、二人に予想もしなかった事が起こった。それは、たまたま、その時橋の上を歩いていた男がいたのだ。橋の爆発と共に、橋を渡っていた男は死亡した。死んだ男は、村でも札付きの悪だったため、誰も悲しまなかった。また、橋が架け替えられ、村の利便性は、向上した。それだから、村人たちは、二人の男の刑を減刑してもらうと、嘆願書を出した。そのお陰で、二人の刑の執行は、猶予された。しかし、一人の老刑事が、本当に事故だったのだろうか?と疑問を持った。そこに、爆発させた二人の男、そして二人の男たちと妻たち四人による四人四様の殺意があったことが分かってしまう。だが、老刑事は、殺意が有った事は、認めたが、殺人という犯罪の立証をしなかった。
「途中下車」
佐貫和夫は、手元に残った金を、自分の自殺の費用に充てることにした。そもそも、そのお金も、債権者に還元しなければならない性質のものだ。大学を卒業して、最初に就職した建設会社が倒産してから、彼の人生は、下流へ流れ始めた。その流れは、加速度を付けた上、下へ下へと流れた。決して上流には、戻らない。勤め先も、常に低い方へと流れた。サラリーマン社会からはみ出し、ブローカー、いんちきゼミナール屋、精力剤の販売代理店など、手掛けては、次々に失敗した。そして、最後の大逆転を狙って、大きな賭けをした。駅前の繁華街で、権利が売りに出ている物件があった。佐貫は、唯一の財産である、マンションを売り、手持ちの金を集め、借りられる金を総動員して権利を買った。高級ムードのスナックバーは、初めこそ、客を惹くことが出来た。だが、社用族が見向きもしなかったのが敗因だった。良い立地だと思ったが、そうでも無い事が分かった。ここで、刃折れ矢尽きた。残った物は、莫大な借金だけだった。そして、債鬼から逃れるため、自殺する事にしたのだ。そんな時に、一枚の葉書が来た。それは、三十年前に卒業した、郷里の小学校の同窓会の通知だった。なんて優雅な事を考えているんだ、と思い、そのままゴミ箱へ捨てた。だが、どうせ死ぬ場所を捜しに、旅へ出るのだから郷里に寄って、同窓会に参加してみようと思った。そして、参加した同窓会で知った事は、優雅で呑気どころか、三十年の年月が、出席した多くの同級生たちを、社会の下流へ流していた事だった。刃折れ矢尽きたのは、佐貫だけでは無かった。佐貫は、死へ向かう列車から途中下車して、次の同窓会が開かれる時まで、生きてみようと思う様になった。
「共犯の瞳」
山下は、その案内状がきた時、出席しようか迷った。それは、十五年振りの小学校の同窓会の知らせだった。なぜ迷ったかと言えば、当時の共犯者たちと会いたくなかったからだ。だが、マドンナ的な存在で、クラス全員から好かれていた三杉先生には会いたかった。迷った挙句、三杉先生の誘惑に負けた。山下と案内状を送ってきた渡部を含む十数人は、見てしまった。忘れ物を取りに帰った、理科室のカーテンの向こうで、三杉先生が篠原(先生)に襲われていた。篠原は、生徒たちに何の根拠も無く、気分気ままに折檻するので、鬼原と呼ばれるほど嫌われていた。子供ながら、カーテンの向こうから聞こえてくる奇声が、何を意味しているかは想像できた。憧れの美しく優しい先生に暴力を振るう鬼原が許せなかった。そこで、仲間十数人が集まって、鬼原を殺すことにした。それほどまで憎悪が増幅されていた。鬼原の行動を調べているうちに、居酒屋で酒を飲んだ後、小川に架かる橋から放尿する習慣がある事が分かった。後は、簡単だった。酔ったうえ、橋の端から放尿している無防備な鬼原の背中を押せば良い。居酒屋から橋まで一定間隔に見張りを付けて、鬼原が橋へ来るのを待った。橋の下に隠れた実行グループは、見張りの伝令から、あと数分で橋に到着することを知らされた。もう少しで来るはずだ。その時、待っていた実行グループは、橋の手前で何か大きな物が川へ落ちた音を聞いた。何かと訝しく思ったが、今、出て行っては鬼原に見つかってしまう。そのまま待ったが、何時まで待っても鬼原は来なかった。翌日、川へ転落して死亡している鬼原の遺体が発見された。警察の調べで、鬼原は、足を踏み外して川へ落ちた。そして、酩酊していたため、小さな川だが、這い上がれなかったと結論された。だが、少年たちは、見ていたのだ、誰かが鬼原を突き落した事を。少年たちは、その事を極秘にした。そして、十五年振りの再会なのだ。死刑にあたる罪の時効は、十五年である。そして、今日の午前零時で、その時を迎えた。三杉先生の時効は成立した。あの時、鬼原を殺そうとした少年たち、十二人二十四の瞳は、その時も見ていた。
「青の魔性」
若い教師が、教え子の女子小学生に恋心を抱いてしまった。その女子生徒は、不思議な魔力のようなものを身に付けていた。少女も秘かに教師に好意を抱いていた。クラスの中で、苛めの対象に成り兼ねない生徒だった。だけど何か、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。若い教師は、度々、少女の母親から、少女に対する苛めの相談を受けていた。だが、相談回数が増加するのに伴い、母親と親密な関係になってしまう。少女には、悟られていないと、二人とも思っていたが、少女は、その事実を知っていた。そして、少女は、自分の命と引き換えに教師に魔力を掛けた。若い教師は、少女の魔力に捕りつかれてしまった。教師が、精神病院へ、強制入院されたのは、少女の墓を掘り返して、少女の骨をボリボリ齧っているところを発見されたからだ。
「禁じられた墓標」
畔見は、金野きんを殺害し、きんが貯め込んだ金を強奪しようと、五年前に計画を立てた。きんは、“十一(といち)”と呼ばれる十日に一割の高利で貸し付ける、金貸しだった。銀行は、信用出来ないと言って、五千万円ほどの現金を手金庫に入れて仕舞い込んでいた。畔見は、金を借りた時に、その事を知って犯行を計画したのだ。すぐに犯行を実行すれば、当然、借主が疑われるので、五年間の猶予を設けた。畔見との関係が薄れた頃を見計らい犯行に及んだ。そして、計画通り、五千万円の大金を手に入れた。畔見は、五千万円を元手に事業を起こし大成功する。さらに、市の有力者から畔見の実業を認められ、娘との婚姻を申し込まれた。娘は、人も羨むほどの美人で申し分ない。市の有力者との繋がりが、さらに畔見の事業拡大に拍車をかけた。畔見の人生は、順風満帆であった。ところが、ある日、庭に無数の猫が集まっているのを発見した。そして、地面を一生懸命に掘り起こしているのだ。きんから金を強奪した時、些細な出来事があった。きんは、無類の猫好きで、猫婆と綽名されるほど、常に十数匹を超える猫を飼っていた。その愛猫の一匹がきんを撲殺する時、畔見に飛びつき、嚙みついたのだ。畔見は、反射的にその猫も撲殺した。証拠が残らないように、持ち帰り、家の庭に埋めて隠したのだ。きんは、猫たちに猫の大好物のマタタビを与えていた。埋められた猫の胃から、芽を出して成長したのだった。きんは、猫たちに飼い主名と猫名を彫った足環を付けていた。近所から異常の通報を受けた警察官が、駆け付け、土に埋められた猫の死骸を発見し、付いていた足環を調べられた。過去に起こった、老婆殺害五千万円強盗事件を覚えていた警察官によって、畔見の犯行だった事が発覚する。猫の怨念。
「鉄筋の猿類」
多摩丘陵の朝日ヶ丘団地に住む、桐生昌子は、同じ団地の奥様連から陰湿な苛めを受けていた。それは、昌子が“ふつうの主婦”では無かったからだ。昌子は、妻子を持つ会社の上司と不毛の恋をしていた。何度も止めようかと思ったが、当面の生活の面倒をみてくれていたので、彼の庇護に甘えていた。彼も、昌子を手放せなくなり、彼女の為に団地を買ったのだ。いわゆる“二号さん”“囲われ者”として近所の奥様たちは。拒絶反応を示した。無視され、悪口を罵られ、行ってもいない不始末の犯人にされた。彼女たちは、苛める事が刺激の少ない団地生活のレクリエーションだった。部屋に閉じこもる昌子は、寂しさを紛らわすためにペットを飼いたかった。だが、犬や猫は飼えない。そんな矢先に、近くの農家の子供から十数匹の蚕(カイコ)を貰った。最初は、グロテスクに感じたが、一生懸命に桑の葉を食べる姿は、ユーモラスで可愛かった。たちまち、昌子は、カイコの虜になってしまった。えさの桑の葉は、近くの桑畑にたっぷり有って困らない。この日も、いつもの様に桑の葉を採ってカイコに与えた。すると、数時間するとカイコが身をよじり、苦しみ始め、皆、死んでしまった。不思議に思った昌子は、桑の葉を良く見て匂いを嗅ぐと、殺虫剤の臭いがした。団地の奥様が、昌子のカイコを狙った悪意に満ちたいたずらだった。いたずらでは、済まされない。悪い事は続くもので、パトロンが帰った時、鍵を閉め忘れたのか、二十五、六の男が部屋に入ってきた。抵抗する間もなく押さえ付けられ、無理やり昌子の中央に侵入した。変に抵抗すれば、身の危険もあったので、為すがままにした。ことが済んだ男は、帰る時、「よし、一人済んだ。あと十四人だ」と言うのだ。昌子が、それを聞き咎めると、男の彼女が、昨年、この団地の広場で強姦されたと言うのだ。彼女は、そればかりか、悪い病気もうつされ、苦悩した挙句、自殺してしまった。団地の住人たちは、彼女の助けを求める悲鳴を聞いたが、助けに行かなかった。さらに、関わり合いになるのを避けて、カーテンを閉め、電気を消し寝たふりをした。彼女を見殺しにしたのだ。男は、だから復讐のため、この棟にいる奥様十五人を、順番に強姦するつもりだと言う。その時、昌子は、まだこの団地に入居していなかった。それを聞いた男も申し訳なさそうな顔をした。だが、昌子は、男に奇妙な提案をした。全く不案内の団地を狙うのは、たいへん危険だから、昌子が手伝ってあげると言ったのだ。昌子の死んだ、カイコの数も十五匹だった。昌子は、この男と一緒に、団地の奥様連にカイコの復讐をすることにした。
青の魔性 (1977年) (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:青の魔性 (1977年) (新潮文庫)より
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No.1:
(5pt)

一途で純粋な男と、残酷でエゴイスティックな女の対比

昭和46年から49年の間に雑誌に発表した全九篇からなる短篇集。初めて読んだのは
高校生の時だったが、いずれの作品にも不気味さ、怖さ、陰鬱な空気感が背景にあり、
当時はこの作風に魅せられてしまい、次々と森村作品を古書店で漁っていたものだ。
本書収録作に共通してる要素がひとつあり、それは女の不実、エゴ、いつわりの愛を
これでもかと描いているところだ。女に深入りすると痛い目に合うことを親切にも教授
してくれているかのようで、『獣の償い』『褥の病巣』の二編は特にそれが顕著である。
結末はいずれも後味の良くないもので、ハッピーエンドがないのも作者の特徴といえ
よう。しかし短期間に良くこれだけ斬新な着想が湧くものだと今さらであるが感心する。

表題作『青の魔性』は妖しい魅力を持つ教え子の少女の虜になった小学校教師の悲
劇と狂気を描く、ロリータ文学ともいえる作品。この魔性の少女がとにかくコワい。『獣
の償い』は一方通行の愛に殉じた竹田伸二の償いに哀れみを感じると共に、女のエ
ゴと残酷さが鮮烈。『鉄筋の猿類』は団地の隣人の恨みを持つふたりの男女の復讐
譚だが、ラストに皮肉が利いている。これも女のエゴを描く。『共犯の瞳』の三杉先生も
『褥の病巣』の島崎靖子も、その美しい容姿の裏にいかがわしいものを持っていた。
男性の登場人物は一途で純粋なだけに、女の狡猾さ・エゴ・二面性が強調されている。
青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)Amazon書評・レビュー:青の魔性 (角川文庫 緑 365-34)より
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