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春にして君を離れ
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春にして君を離れの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全207件 141~160 8/11ページ
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| クリスティー文庫の存在と同時に、彼女の多作であったことを知りました。ミステリーだけではなかったのですね。面白かったです。今後の楽しみが増えたこと、うれしいです。 | ||||
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| にたよのとにめひこまてなぬのはにおくのゆこぬのゆとくるてぬきてにてぬのおやひね | ||||
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| クリスティーは昔大量に読みましたが、殺人がでてこないということで(!)、この作品はずっと無視してきました。でも、今回時間があったので、レビューで高得点のこの作品を手に取りました。結果、一気に読んでしまいました。クリスティーの筆の力にはまいりました。他の作家が同じ内容を書いても、途中で退屈して放り出してたと思います。読んだ後、いろいろと考えさせられ、こういう家族・人間関係はいっぱいあるよなあと実感。ぜんぜん特別じゃない家族・人間関係をこうも上手に書くクリスティーに乾杯!ほわーとした内容で来て、最後のページで怖い!と思わせサイコスリラーにしてしまうところにも乾杯!! 追記: 翻訳者の中村妙子さんに拍手!!! 言わずもがな優秀な翻訳者なしでは、この良作に感動もしないかもしれません。 | ||||
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| とても面白くて、一気に読んでしまいました。買って良かったです。 | ||||
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| アガサ・クリスティの本をいくつか読んだことがあるが、このような内容は初めてだった。自己満足の強い一人の女性、それを取り巻く人間たちの彼女へ対する接し方。彼女は自分がどのように思われているのかも知らずに、安堵し切って生きている。まるで、子供から大人へ移り変わることをやめてしまった少女のように。嫌なことを避け、自分だけを信じ、他者を顧みらず、深く考えることを放棄した彼女。 読んでいる最中はとても良い小説だと思ったが、終わってみれば、とても悲しい物語だった。ミステリー色はほとんどないが、まちがいなく傑作なので、最後まで読み通して欲しい。悲し過ぎる結末を読み終えた時どう思うかはその人次第だろう。わたしは明るいハッピーエンドを望んでいたが、こうなることが最良だったのだと思う。他になかったのだ。本書の選択肢は。こうなることでしか、物語は完結しえなかったのだ。だからこそ、この小説は何にも増して悲しいのだと思う。 | ||||
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| 作中で主人公が昔の学校の先生から「あなたは自己満足に陥りやすい」と言われているのを回想するシーンがある。 主人公はそう言われた時は何のことか分からない。 50歳近くになってようやくその意味が分かりかけるのだが、しかし根本的には分かっていなかった。 この主人公のような人は現実世界にもかなり多い。 私も見ず知らずの人にいきなり話しかけられた場合、「あ、これは自己満足のための会話だ」と思うことがある。 私にとっては何の根拠もない勝手な思い込みを無理やり聞かされているのだが、話しかけている人にとっては素晴らしいご高説を垂れていると思っているのだろう。 しかしこれは人間の本能なのかもしれない。 この本を読むと他人と会話するのが怖くなる。 私も他者にとっては「自己満足」に過ぎない言葉を投げかけているかもしれないからだ。 | ||||
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| クリスティのどんな推理小説よりも、心に沁みます。初めて読んだのは多分40年ほど昔でしょう。年をとるにつれてますますこの内容の重みがこたえてきました。 イギリスの田舎の弁護士の、決して不美人でも、愚かでもない妻、ジョーンはふとした中東への旅からの帰国の途中で、足止めを食らい、何日間か荒涼とした自然の中で無為に過ごすうちに、自分のこれまでの人生に疑いを持ち始めます。自分がこれまで良かれと思って家族、特に夫や子供たち、あるいは周りの人々に対応してきたことの一切が、いかに実は自分本位の思い込みでしかなく、その結果、人々を不幸に陥れてきたかが、突然分かり始めるのです。普通の人に起きた「回心」です。 彼女は帰国後は夫に謝罪して新しい人生を始めようと決意します。しかし、その後に道づれとなった中欧の貴婦人は、ジョーンの決心を喜びつつも、昔の聖者ならそうできたのでしょうけれど、と不吉な言葉を残します。 悲しいことに結果はその通りになります。イギリスに近付き、見慣れた風景が戻ってくるにつれ、あれほど堅かった決心が揺らぎます。あれは夢だったのだ、いままでどおりにしてどうしていけないのか。夫にはついに言い出せません。でも一度真実を垣間見てしまった彼女の心は安らぎません。心やさしい夫は妻の心の動揺を見抜きます。それでも、妻が結局は変わりきれないこともまた分かっているのです。君はいつまでもひとりだ、でもそのことにいつまでも気がつかないでいてほしい。最後に一人つぶやく夫の思いは何と哀切なのでしょう。 人間一般に持っている自己愛の醜さ、悲しさを描いてこれくらい感銘を与えるストーリーを作り上げたクリスティーの人生もまた穏やかではありませんでした。この著作の前には夫の裏切りによる離婚、自分の家出、自殺未遂という経験もしています。この作品はどうしても書きたかったことを、ほんのわずかの時間で書きあげた、と自伝に述べています。文章は平易です。原文にも分かりにくいところはありません。 読後、自分自身に思いをはせて、生きてゆくことの難しさをつくづくと感じる人が多くいてほしいと思います。 ちなみに題名はシェークスピアのソネットからとっています。これもまた味わいの深い詩篇です。 | ||||
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| ジョーンは私の母にそっくり!でも私の父はロドニーに似ていない。むしろジョーンに似ている。反面教師にしているつもりだがそんな2人に育てられた私は恐らくその血を受け継いでいる事は確かだと思う。私は50代で成人の子供がいる。もし若い頃こにの本を読んだならジョーンの事が大嫌いになったと思う。でも今はとてもじゃないけどそうは思えない。ジョーンのような事を私だってやりかねないからだ。いや気付かないだけでやっているだろう。ただジョーンはあまりにも人の痛みに鈍感で杓子定規にしか物事を考えられないのには呆れたけど。でもジョーンは1度だけでも自分を顧みれた事はとても素晴らしい事だったと思う。すごくつらかっただろう。いつも蓋をしめ開けない様にしていたものが開き、中から臭いものが次から次へと出てくる。私の父母は恐らくそんな事は1度も無く人生を終わって行くと思う。あとがきにロドニーはずるいとか嫌な奴とか書いてあるが彼を批判できる人はこの世界に果たしてどれ程いるのだろうか。妻と子供がいる自分を受け入れ泣く泣く弁護士を選んだが彼は立派に大成している。彼自身はそうは思っていないだろうがそれがどれ程素晴らしい事かこの年になると何となくわかる。全てを受け入れる勇気は見方を変えると彼にもレスリー同様に備わっていると思う。私も最後の数行にぞっとしたがでもひとりぽっちじゃない人間なんているのだろうか。ロドニー自身だってある意味ひとりぽっちのように思える。とにかく色々な読み方のできる本だし年齢やその時に自分が置かれている状況によって様々な感想が出てくると思う。 | ||||
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| 著者が探偵作家なので、あまり言われないのかもしれないが、この作品は間違いなく、現代文学の最高の到達点ま一角を占める作品だと思う、広く読まれたい。文庫本で買って決して損をしない。是非、読んで下さい。(マキノ慧) | ||||
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| 空気が読めない、自己中心的、いつも自分が正しいと思っている、そして、その考えを人に押し付ける、人に対して本当の思いやりがない、実際、周りを見回すと、こんな人は結構、多いような気がします。他人も家族も、こんな人とはかかわらないのが一番いいのだと思いました。 | ||||
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| 主人公の女が子どもや夫に自分の考えややり方を押し付け、 それがまったく子どもや夫のためになっていない典型的な毒親、悪妻 なんだが自分ではその意識がなく最も始末が悪い。 専業主婦は家庭内がすべての世界であり、それを誰も監督する人間が いないことから、自分が偉く、自分の意見が正しいと勘違いする。 世の勘違い専業主婦はこの本を読んで猛省するように。 | ||||
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| 実際にこの主人公のような人がごく身近にいた場合、自分たちの本当の感情や真実を面と向かって伝え、心の底から理解させるのは至難の業でしょう(主人公の夫と子供達がついに果たせなかったように)。何故なら、この作品の中の彼女がそうであるように、彼らの行動や論理はその表面と結果だけを捉えれば総じて「正しい」からです。 ごく普通の妻として母として主婦としての立場からは、夫が安定しステータスにも恵まれた職を投げ打って成功も覚束ない事業を始めると言い出したら当然必死で止めるでしょうし、娘が不倫に走ったり、筋の良くない友達や彼氏ばかりと付き合っていたら必死で説教するのは当然ですし、家計を割いて雇っているメイド達には極力完璧な仕事と成果を求めるでしょうし、周囲の殆どもそういう彼女に味方し同情することでしょう。そして、この彼女は夫を世間的に成功させ、子供たちも相応しい伴侶を見つけることができ、彼女自身も友人のように身を持ち崩すことも、知人の妻のように貧困と病苦に斃れることもありませんでした。それは間違いなく彼女の実力の証であり選択の成果です。 だからこそ、彼女の、彼女のような人たちの自己逃避や自己欺瞞を指摘するのは並大抵の人間や努力ではまず不可能ではないでしょうか。おのれの自制心や克己心の乏しさ故に失敗を犯し現実に背を向けてしまう人達の弱さなら簡単に批判できても、なまじ能力や魅力に恵まれている人達がまさにその能力や魅力ゆえに自身の欠陥と向き合うことがない、もしくは向き合わなくて済むように「正しさへ」「現実へ」逃避できてしまうものなのだとは思いも寄らないのではないでしょうか。それこそアガサ・クリスティのような人、およびそういう人が創りあげたこうした作品に触れた人間では無い限り…。 そして、このような逃避や欺瞞に陥りがちなのは決して(一部の、ある種の)女性だけではないということは、終盤近く、一見ストーリーとは脈絡無く唐突に登場するロシアの公爵夫人によってより明らかになります。この夫人はドイツによって引き起こされる大戦(※この作品が出版されたのは1944年)とその顛末を予言し、主人公はそれを信じず直ちに否定するのですが、どちらが正しかったのかは現在の私たちは知っています。この当時にドイツ帝国を支配したナチスは、まさに「心身共に美しく健全で、有能で、勤勉で、おのれの義務に忠実で、愛情と自負に満ちた」、まさにジョーン・スカダモアのような人々によって主に形作られ、支持されていたのですから。 こうした鋭く、恐ろしくかつ厳しいテーマをこれ以上無いほど容赦なく描ききりながらも、秀逸なサイコサスペンスでありながら一級のホームドラマ、そして哀切な恋愛小説であり、そしてやはり最上のミステリーとして仕上げてみせたクリスティの力量にはただただ敬服あるのみです。 | ||||
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| 学生の頃は理解できなかったので読み返す為に購入しました!!アガサ・クリスティーの中で一番好きな作品です!! | ||||
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| アガサクリスティーと言えばミステリーですが、 この作品では人は死にません。 事件も起きません。 ミステリーでもチラチラ垣間見える、 登場人物の心の機微がこの作品では存分に楽しめます。 文章が美しいので、思ったよりずっと楽しめました。 | ||||
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| 思春期の頃、栗本薫さんの書評が乗った帯に釣られて買いました。衝撃的でした。そして、今、時を経て読み返してみれば、主人公に寄り添う自分がいました。人はみな、自分が見たいものを見、聞きたいことを聞く。それが真実であろうとなかろうと。自分自身を見詰め直すチャンスを得てそれを知ったとき、今までの自分を変えるのは本当に難しい。私は変われるだろうか。変わりたいのだろうか。これからもこの本を胸に自問自答することでしょう。一生ものです。 | ||||
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| 純然たるミステリーではないのですが、主人公ジョーンが自分で自分は何者なのかという謎を推理するという意味では、一種の推理小説と言えなくもない小説です。 ですから、ネタバレになりかねないので、詳しくは書けません。 とにかく哀しい小説。 | ||||
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| この訳ではなく、ミステリーロマンスから出ている『オリエントから愛をこめて』(どうしてこんなタイトルになったんだ!?)と原文で読んだことを最初にお断りしておく。 それでもレビューを書きたくなったのは、ロドニー派がだいぶ少ないからだ。 主人公ジョーンと自分を重ねてみるのならば、確かに残酷な男に見えるかもしれないが、私は自分をロドニーと重ねて読んだ。 ジョーンのような人たちと、何度も何度も分かり合おうと、真実に目を開かせようとしてきたが、結局、彼女(たち)は別の世界の存在なのである。 どうしても理解しあえない相手と、関係を解消できなくなってしまったとき、できることは諦念を持って出来る限り日々をやり過ごしていくことではないだろうか。 真実に目を向けさせようとすることは不毛で、お互いを傷つけるだけで、日常の中では絶対に成功しない試みなのである。(Only saints can do.とあるように) もう一点、ロドニーを擁護しておくと、彼は子どもたちに対してはいい父親だと思う。 | ||||
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| ロドニーがジョーンに真実を言わなかったのは、女の武器をもって人生を潰された事への復讐だとしたら! | ||||
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| すぐに読める本かと思ったら、とんでもない、なかなか読めなかったのは、言葉一つ一つにアガサクリスティの心理分析が 入っていたからだと思う。ついに原文まで読みたくなって、買ってしまった。クリスティの推理作家ではない、ほんとうの 作家の本物の作品だと思った。 | ||||
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| 稀代の読書家・松岡正剛の愛弟子・大音美弥子がサイト「ほんばこや」の「いろは本箱」に『春にして君を離れ』の書評を寄せていると知り、以前、強い印象を受けた本書を無性に読み直したくなってしまった。 『春にして君を離れ』(アガサ・クリスティー著、中村妙子訳、ハヤカワ文庫)は、数々のミステリで知られるアガサ・クリスティーの数少ないミステリでない作品の一つである。 ヒロインのジョーン・スカダモアは、成人した3人の子の母であるが、夫・ロドニーの目には「物事に打ちこみ、万事をてきぱきとかたづける有能さ。首筋の線の若々しさ。皺一つない美しい顔。快活で、自身にみち、愛情に輝いている」と映っている。 ジョーンは、バグダードに住む末娘を見舞うため、周囲の反対を押し切って英国を旅立つ。この6週間の旅行中に、彼女は心を激しく揺さぶられるような経験をする。本書の終盤は、この経験の息詰まるような描写の連続で、本当に息苦しさを覚えるほどだ。そして、最終段階に至って、読者は強烈な逆転パンチを食らうことになる。このストーリー展開の巧みさは、さすが、「ミステリの女王」と呼ばれたクリスティーだけのことはある。 ジョーンの前に登場するのが、ジョーンとは何もかも正反対のレスリー・シャーストンという女性である。「後ろめたげな目ざしの前科者の夫をもったレスリー――酒に溺れている夫との貧しい生活、病気、そして死。・・・レスリーはちっともみじめでなんかなかった。沼地でも、耕地でも、川の中でも、構わず歩いて目的地に到達しようと心を決めている人のように、幻滅にも貧乏にもめげずに、彼女は歩んだ。快活に、もどかしげに・・・」、「彼は改めて彼女の勇気に感嘆したのだった。それは自分のための勇気以上のもの、愛する者のための勇気であった」。 私がこの作品から強い印象を受けたのは、3つの理由による。 第1は、愛とは何か、夫婦とは何か、勇気とは何かが、厳しく追求されていること。 第2は、価値観を共有するとはどういうことかが、具体的に語られていること。 第3は、人間が真に変化するとはどういうことがが、クリスティーの冷めた目で捉えられていること。 「あの日、アシェルダウンで彼女と10月の太陽を浴びながら一緒に――しかしひどく離れて坐っていたとき。あの苦悩、そして狂おしいまでの憧れ。二人の間には4フィートの距離があった。それ以上近づくことを恐れたからだった。・・・二人の間の空間は、憧れの火花に満ちみちていた」――本書の中で、私の一番好きな箇所である。 | ||||
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