■スポンサードリンク


仏陀の鏡への道



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
仏陀の鏡への道 (創元推理文庫)

仏陀の鏡への道の評価: 8.00/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(8pt)

やっぱり「決まり金玉!」ですわ

若き探偵ニール・ケアリーシリーズ第2弾。
今度の舞台は1977年の中国・香港。もちろん香港はまだ返還されておらず英国領のままだ。毛沢東亡き後、次の覇権争いが渦巻きながらも故毛主席の怨念が色濃く翳を落とす時代の物語。

第1作であった前作でも感じたが若き探偵物語という謳い文句で世間に喧伝されているが、本作では私立探偵物というよりも諜報物に近い。
CIAに中国スパイ。
1人の女と1人の男を巡る中国、アメリカの組織入り乱れての攻防。
味方と思っていた者が敵になり、敵と思っていた者が利害の一致から味方になる。
これはまさしくエスピオナージュの物語運びだ。

さらに終盤中国の奥深くの山々に分け入り、そこで繰り広げられる攻防戦有りといった冒険小説の色合いも強くし、もはや1つのジャンルに留まらない非常に贅沢なエンタテインメント娯楽作品になっている。

そして今回ニールは前作に陥った窮状が子供騙しだったと思わされる窮地に陥る。ターゲットでしかも恋に落ちた相手リ・ランに世界で最悪といわれる貧民街九龍に置き去りにされるのだ。
ここでのニールに対する仕打ちはまさに人間の尊厳などは全否定され、生きていることすら苦痛に思わされる境遇に陥る。この辺の件は主人公ニールに好感を抱いている多くの読者にとって息苦しさと悲愴感が痛切に心に響く場面だ。

今回もターゲットの化学者を捕まえるため、中国美術に造詣のある学生に成りすまし、仲間に取り入ろうとするが、ナイーヴな心を持ったニールは仲睦まじいペンドルトン博士と美しい中国女性画家リ・ランにほだされ、任務を放り出して彼らの恋の逃避行を応援しそうになる。

前作も家出娘の捜索のために麻薬の売人に取り入ってターゲットのアリーに心を動かされたが、これはニールが元ストリート・キッドである出自に大いに関係があるだろう。

両親の愛情を知らずに掏摸をして糊口を凌ぐ生活をしていたニールにとって仲のいい仲間たちやコミュニティは人生で体験したことがない心地よさを彼にもたらし、プロの探偵であってはならない感情移入をしてしまい、ミイラ取りがミイラになってしまう危うさがある。しかしこの青さと純粋さが大人になると失ってしまう誠実さを思い起こさせ、彼に共感を覚えてしまう。こういう稼業に仕えるには彼は優しすぎるのだ。
若干24歳の若き探偵ニール。技術は一流ながらも心はまだ純粋という名の宝石を秘めている男。
この手の諜報物では騙し合いの攻防戦は当たり前で、登場人物も歴戦の強者ばかりなので、いちいち傷ついてもいられないというのが定石だが、ニールの若さが探偵の、真実を知ることで自分の中で何かが失われている寂しさを体現しており、やはり私は彼にフィリップ・マーロウを重ねてしまうのだ。

またこのシリーズではあえて現代を扱わず、70年代と激動の政治・世界情勢そしてカルチャー時代を扱っており、当時アメリカが抱えていた危惧と懸念と不安がバックグラウンドとして描かれているが、本書ではまさに今の中国を予見する内容が書かれている。

この世界人口の1/4を占める一大王国が発展することで世界に及ぼす影響、そしてアメリカが中国人のどこでも生活でき、成功を収めることができるパワーを恐れていることが克明に書かれる。したがって当時の中国政治の混乱はアメリカにとって中国の成長を阻むことすれ、促進させるものではないと奨励していたのだった。
本書でCIA工作員シムズが得々と述べる発展した中国のエネルギー消費量の増加、食品消費量の増加と世界の需給バランスの崩壊はまさに現代我々が直面している問題だ。刊行されたのは原書が1992年、訳書が1997年と13年も前の作品だが、ここに語られるテーマは今日的なものだ。
『このミス』1位がきっかけでウィンズロウを手にしたが、出来るだけ多くの人に読んでもらいたいと思った。

また登場人物リ・ランが語る家族に起こった物語、毛政権が国民に当時何をしたのかという粛清の歴史が一家族の視点で語られる部分は、アメリカ人のウィンズロウがよくもこれだけ東洋思想・政治を曲解せずに書いたものだと感心した。歴史の一証言として残しておくに価値ある記述だ。

そしてやはり触れずにいられないのが通訳伍とニールの交流だ。ニールが伍に教えるスラングが物語のアクセントになっており、最後のシーンで実に効果的な演出をかもし出す。思わず「決まり金玉!」とこちらまで云ってしまいそうだ。
そして何よりも毎度書かれるニールの本に対する愛情が本読みの興趣をくすぐる。中国で九龍城から抜け出したニールが読書への渇望をもらし、西洋図書禁制下の中、町の書店に掛け合って表に出ない在庫に隠されたアメリカ文学の数々と遭遇するシーンは本読みならば自身の好きなジャンルに擬えて垂涎の思いを抱くところだ。

さて一見どのような物語なのか想像するのが難しいちょっと奇妙な題名だが、その中でも最も目を引く「仏陀の鏡」とは物語の終盤の舞台になる四川省の奥地にある峨眉山の山頂から深き谷を見下ろすと霧の中に本当の姿を映すという伝説から来ている。そこへ行くことが今回ニールが目指すべき所であり、知るべき真実が待つ所なのだ。
前作の原題「地下に吹く一迅の涼風“A Cool Breeze On The Underground”」も一見語呂が悪い―特に邦訳では―題名だと思うが読み終わってしまうとこれほどぴったり来る題名もないと思わせる。若き文豪、いや決まり文句遣い師ドン・ウィンズロウの絶妙のコピーだ。

しかしW杯中の読書は辛い!いつもは家でじっくり読むのだが、出来る限りW杯中継を見たいがために通勤時、職場での昼休みなど断続的な読書をせざるを得なかった。
ちなみに前作も海外出張中で移動時間や待ち時間を利用しての読書だった。これがもしいつものような読み方だったら評価はもっと上になったかもしれない。
すまん、ウィンズロウ。W杯が終わったらもっと誠実な態度で読みます。


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

仏陀の鏡への道の感想

探偵ニールのシリーズの2作目。
中国人の美しい女性に心を奪われ、会社の契約を放棄して戻ってこない化学者を連れ戻す依頼を受けて、イギリスでの隠遁生活から呼び戻されたニールですが、簡単にすむはずだった仕事なのにその女性に心を奪われてしまい、よせばいいのに香港まで追いかけてしってしまうのですが、その裏には2つの大国がからむ複雑な事情があって、どんどん深みにはまっていってしまいます。

それにしても文革直後の中国へ・・・と言うのがちょっと現実離れしているのですが、繊細でナイーブ、だけど思い込んだら納得できるまで突き進まなければ止まることができないニールの青臭さが上手く話と噛み合っていて面白いです。

あの当時の香港や中国は、そこにいた人間にしかわからない悲劇だと思いますが、そこはすごくよく調べられているので、フィクションでありながら結構リアリティを感じました。

いわゆるタフで渋い定番のような探偵とは全く違い、技術はあるものの暴力にはとんと縁がなく、銃もまともに扱えないようなニールですが、ストリートキッズ出身ゆえか、極端な環境の変化にもたくましくなじんでいってしまうところが若者らしくていいですね。

やっかいな仕事を押し付け、いつも憎まれ口をたたきながらも、グレアムもエドもニールをすごく大切に思っているのだなと改めて感じました。

たこやき
VQDQXTP1

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!