■スポンサードリンク


(短編集)

ぼくのミステリな日常



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

ぼくのミステリな日常の評価: 6.40/10点 レビュー 5件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.40pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

ミステリな日常の序章?

中堅どころの建設会社に勤めるOL若竹七海が突然社内報の編集長を仰せつかり、しかもその社内報に小説を載せたいという無理難題を命じられて、大学の先輩に助け舟を出したところ、その友人が匿名で短編小説を連載する事に協力する事になる、といった、これまでにないアイデアで纏められた連作短編集。
若竹七海が編集長に任ぜられたのは1年間で、各短編もそれぞれその時の季節に合わせた内容になっている。それらの中身はその匿名作家が自身の体験に基づく話で、先輩や街で出会った人から聞いた話に隠された真相を解き明かすアームチェア・ディテクティヴの体裁を取っている。

まず創刊号の4月号では花見を舞台に展開する「桜嫌い」。
その次の「鬼」はちょっとぞっとする話だ。
一転して6月号に掲載された「あっという間に」は、商店街の草野球チームが織成す下町風味のミステリ。
社内報も7月ということで怪談めいたミステリが登場。「箱の虫」がそれ。
そして続く8月号も怪談仕立て。というよりもこの「消滅する希望」はホラーそのものである。
9月号の「吉祥果夢」も「消滅する希望」を引き継ぐかのような幻想的なミステリ。
10月号掲載の「ラビット・ダンス・イン・オータム」は持病の療養で有意義な放蕩生活を満喫していたぼくが社会復帰をするところから始まる。
11月号は「写し絵の景色」。
12月号の「内気なクリスマス・ケーキ」はやはり定番のクリスマス・ストーリー。
新年を迎える1月号では「お正月探偵」が掲載。しかし題名とは裏腹に結末は重く、暗いものだった。
2月号の「バレンタイン・バレンタイン」は今までの構成とはガラリと変え、作品のほとんどが会話文で構成された黒崎緑氏の『しゃべくり探偵』を思わせる作品となっている。
最後3月号は「吉凶春神籤」。

まず短編集であるからには短編に関する感想から述べよう。
設定が社内報に掲載する短編であることから、作者はプロローグでの先輩との往復書簡でも書いているように1編原稿用紙30~40枚程度という制限を課しており、これが逆に各作品のクオリティにバラツキを与えている。特に「写し絵の景色」などは明らかにこの枚数では足りないような内容であり、中編向きである。また全編主人公の「ぼく」の閃きが逆に謎解きの性急さを感じさせた。

ちょっと気になるのは短編の中には展開するそれぞれの登場人物たちの立ち位置が解りにくいものもあった。1作目の「桜嫌い」の桜木荘の間取りと各登場人物の配置、「箱の虫」の箱根のロープウェイにおける乗客の位置関係や交通機関の連絡関係など、文章のみではかなり把握しづらい。
ただ全体を通して文章に伏線や布石をさりげなく散りばめる手腕は素直に上手いと思う。風景描写や人物描写として語られる一文が実に謎解きに有機的に働くのは読んでて小気味よかった。

収録作品中、ベストはやはり「内気なクリスマス・ケーキ」で、その他「あっという間に」と「お正月探偵」がそれに続くか。
「内気なクリスマス・ケーキ」はシクラメンの持つ性質の二面性といい、見事に引っかかってしまった。これこそこの作者のさりげない描写が十分に発揮された成果であろう。往々にしてクリスマスを題材にしたミステリにはハートウォーミングなストーリーが多いが、これもそう。色々な仕掛けが随所に散りばめられた好編。
「あっという間に」はオーダーメニューが相手チームに渡す情報のヒントというのまでは解ったが、この解答が思いつかなかった。
「お正月探偵」はざらりとした読後感が印象的。夜中に架かってくる電話という導入部から暗鬱な話だと連想されるが、内容はぼくの素人尾行の顛末。坊野という元野球部のスポーツマンタイプの男を設定し、カラッとした内容で物語は展開するが、明らかになる真相は逆にその軽妙さとのギャップがボディブローとして重く効いてくる。
「鬼」はぞっとする話だが、この人の心に潜むざらりとした感情を描くことこそ、この作者が持つ本質なのかもしれない。

逆にワースト2を云えば「ラビット・ダンス・イン・オータム」と「バレンタイン・バレンタイン」の2編となるか。
ワーストとは特別悪いという事ではないが、前者は謎は謎でもミステリというよりもクイズだろう。しかもある程度の知識を持っていないと解けないクイズで、非常に高度。まあ、納得はいくが。
後者は中身としては軽いミステリ。特に最後の設定は入らないでしょう。

その他佳作として、ミステリならぬ幻想小説仕立ての「吉祥果夢」が印象に残った。幻聴は幻聴として起こるという前提での謎解きで、この設定を高野山という霊験あらたかな地を舞台にしていることで、納得させている。最後の結末はちょっとやりすぎかなとも思ったが。

とまあ、上に書いたように正直な感想を云えば、各短編それぞれの謎のクオリティと、物語としての面白さには出来不出来の差がはっきりあり、全てが手放しで賞賛できるものではない。
しかし、この一種未完成とも筆足らずとも思える短編が最後になって一枚の絵を描く時、それらが単なるある1つの事件を告発する材料に過ぎないことが解る。そういった意味で云えば、やはりこの短編集は普通の短編集にはない1つ秀でた何かを持っているのは認めざるを得ない。
毎回わざわざ社内報の目次が載ることに最後に各短編が1つに繋がるヒントが隠されているであろう事は解ったのだが、それでもやはり私の眼はその謎を解き明かすには節穴だった。

そして全体を通して判明するこの短編集の意図は、やはりここでは後の読者の事を考えてあえてどんな物かは詳らかにすべきではないと思うが、かなり魂の冷える話だ。少なくとも私はそう感じた。
これほど読書前と読後の印象が変る作品も珍しいのではないか?

日常のなんでもない謎、あるいは謎ともいえないちょっと理解しがたい事象を主人公のぼくが独自の視点から思わぬ解答を披露する軽妙洒脱なミステリ、これが読中の印象だったが、最後の編集後記ならびに匿名作家からの手紙を読み終わると、闇の奥底に人の悪意なるものが息を潜めて狙っている、そんな冷えた読後感を得た。
冒頭でも話したとおり、これらミステリ短編が匿名作者自身の体験に基づく内容であるからこその題名『ぼくのミステリな日常』だというのが大方の感じ方だろうが、読後の今、私は実は匿名作者にとって本当の「ミステリな日常」が始まるのではないかと思えてならない。それも怖い意味で。

ところで作中で出てくる「ぼく」のニックネーム、「ちいにいちゃん」がどうしても解らないのだが、誰か解る人いるだろうか?


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!