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聖なる酒場の挽歌



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【この小説が収録されている参考書籍】
聖なる酒場の挽歌 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

聖なる酒場の挽歌の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

古き良き、むくつけき酒飲みたちの物語

前作『八百万の死にざま』でとうとう自身が重度のアルコール中毒であることを認めたスカダー。彼のその後が非常に気になって仕方のない読者の前に発表された本書はなんと時間を遡った数年前にスカダーが遭遇した事件の話だ。

今回はモグリの酒場モリシーの店に強盗が入った際、偶々スカダーが一緒に飲んでいた連中に纏わる依頼事を受ける、モジュラー型の探偵小説になっているのが今までのシリーズとは違う所だ。
スカダーが受ける依頼は3つ。

1つはモリシーの店の経営者ティム・パットからスカダーも居合わせた強盗事件の犯人の捜索。

2つ目はミス・キティの店の経営者の1人スキップ・ディヴォーから店の裏帳簿を盗んだ犯人の捜索。

3つ目はアームストロングの店の常連トミー・ティラリーの妻が殺された事件で容疑者として捕まった二人組が窃盗だけでなく妻殺しも犯した証拠もしくは証言を見つける事。

そのうち物語の中心となるのは2つ目の捜索。裏帳簿を片に大金をせしめようとする犯人との交渉はなかなか緊張感に満ちてサスペンスフル。しかし相手が完全なる悪ではなく、帳簿のコピーを取らないなど、脅迫犯にしてはクリーンなところがいささか物足りないが。

そしてこのようなモジュラー型ミステリの例に漏れず、3つの事件は意外な繋がりを見せる。

これは古き良きむくつけき酒飲みたちの物語。酒飲みたちは酒を飲んでいる間、詩人になり、語り合う。だから彼らは酒場を去り難く思い、いつまでも盃を重ねるのだ。
そんな本書にこの邦題はぴったりだ。まさにこれしか、ない。

しかしそんな夜に紡がれる友情は実に陳腐な張り子の物であったことが白日の下に曝される。もう彼らが笑いあって盃を酌み交わす美しい夜は訪れないのだ。

本書の原題は“When The Sacred Ginmill Closes”、『聖なる酒場が閉まる時』。
先にも書いたようにこれは遡る事1975年の頃の話である。つまりかつてはマットが通っていた酒場への鎮魂歌の物語だ。
この題名は冒頭に引用されたデイヴ・ヴァン・ロンクの歌詞の一節に由来しているが、その詩が語るように酔いどれたちが名残惜しむ酒場への愛着と哀惜、そして酒を酌み交わすことで生まれる友情を謳っているかのような物語だ。

そしてこのヴァン・ロンクは実在したアーティストで、題名の元となった歌「ラスト・コール」の詩が引用されているが、この詩が実にマット・スカダーの生き様を謳ったかのような内容で実に心に染み入る。

ところで書中、スカダーの探偵術について独りごちるシーンがある。彼は仕事を請け負いながらもどうやって犯人を推理し、謎を解くのかは解らないのだという。ただ街を歩き、人に逢い、そして何度も同じ場所を赴くだけだ。
警官時代、彼は暗中模索の中、いきなり有力な証拠が挙がって事件が解決に向かうパターンと犯人が最初から解っていて、それを証明するための証拠を見つけるだけのパターンがあった。しかしその過程は今でもどういう風にそこに至ったかは不明で、手持ちのカードを見つめ続けただけだった。それはジグソーパズルのように、当てはまらなかったピースが、ある時角度を変えた時にいきなり当てはまるような感覚に似ているのだという。つまり答えは常に目の前にあるのだというのだった。

短編「バッグレディの死」でもそうだったが、マットは確かに何か確証を持って捜査をするのではなく、とりあえず得た情報をきっかけに人に逢い、現場に向かうだけだ。
しかしそれを何度も繰り返すだけなのに、それが街の噂に上り、犯人が不安になって自ら馬脚を露すという不思議な味わいの作品だった。彼は自分が動くことで何かが変わることを知っているし、迷った時は発端に戻るという警官の捜査の鉄則に基づいて動いていることが解る部分だった。ちなみに件のバッグレディことメアリー・アリス・レッドフィールドも本書には顔を出す。

そして最後の1つの事件。トミー・ティラリーの妻殺しの真相もマットによって実に辛い結末を迎える。

マットは常に人殺しを許さない。それは自分が任務中の誤殺とはいえ、少女殺しであるからだ。彼は贖罪の為に警察を辞め、報酬を貰い、彼に助けを求める人たちへ便宜を図る。そんな暮らしを自分に強いているがために、人を殺してまっとうな社会に生きようとする人が許せないのだろう。
知らなくてもいい真実を敢えて晒すことで何か大事な物が壊れようともそれがマットの流儀ならば、彼は愚直なまでにそれに従うのだ。

物語のエピローグでは彼らの現在が語られる。彼が過去を振り返る現在ではあの頃飲み仲間だった連中は街を離れ、ある者は死に、ある者は別の地で新たな生業に就き、またある者は行方知れずとなっている。そして彼の街も様相を変え、今でも続く店もあるが、既に無くなった店の方が多い。なんとマット行きつけのアームストロングの店さえも、もうすでに無くなっている有様となっている。

シリーズがこの後も続いていることを知っている今ではこれがいわゆるマット・スカダーシリーズ前期を締めくくる一作である位置づけは解るが、訳者あとがきにも書かれているように、当時としては恐らく本書はローレンス・ブロックがシリーズを終わらせるために書かれた、酔いどれ探偵マット・スカダーへの餞の物語だったのだろう。
それくらい本書の結末は喪失感に満ちている。

しかしここからこのシリーズの真骨頂とも云うべき物語が紡がれるのだから、本当にブロックの才には畏れ入る。
まずは静かにアル中探偵マット・スカダーのアルコールへの訣別となるこの物語の余韻に浸ることにしよう。


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