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ミステリアム



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【この小説が収録されている参考書籍】
ミステリアム (ハーパーBOOKS)

ミステリアムの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

名作は名作のままであってほしかった・・・

クーンツ自身が大の犬好きであるためか、彼の作品ではしばしば犬が登場し、重要な役目を果たす物が多くあるが、その中でも最も評価が高いのは高いIQを持つ犬アインシュタインとアウトサイダーの戦いを描いた『ウォッチャーズ』だろう。

そしてそのアインシュタインを彷彿とさせる人語を解する知能の高い犬が再び登場するのが本書である。しかもそれは1匹だけでなく、何頭も登場する。ごく僅かな人間しか知られていない高度な頭脳を有する犬たち、すなわちミステリアムが存在する世界を描いている。

作中、ミステリアムの1匹キップを飼っていたドロシーがこの犬たちについて遺伝子工学の産物ではないかと話すシーンがある。彼女は画期的な実験で生み出された犬が研究所から逃げ出したのではないかと述べる。
『ウォッチャーズ』は知性ある犬アインシュタインの子供たちが生まれ、主人公がそれら遠くへ巣立っていき、そしてアインシュタインの子孫が広がっていくと述べて閉じられることから、このミステリアム達の存在はアインシュタインの子孫たちと思って間違いないだろう。従って本書は『ウォッチャーズ』から33年を経て書かれた続編と捉えることが出来よう。
クーンツはもしかしたらキングが『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』が36年後に書かれたことに触発されて本書を著したのかもしれない。クーンツはいつもキングを意識しているように思えるので。

さて本書は高度自閉症の少年ウッディことウッドロウ・ブックマンとその母メーガン、そしてミステリアムのキップと成り行きでこの犬をブックマン家に連れて行くことになった元海軍特殊部隊隊員ベン・ホーキンスと、以前の飼い主で資産家のドロシー・ハメルから彼女の全財産と共にキップの飼い主の座を譲り受けた住み込みの看護師ローザ・レオンらが導かれるようにブックマン家で一堂に会して、一種のチームとなる。そんな彼女たちを、自身の会社の研究所で培養していた古細菌を体内に取り込んで人獣化しつつある元CEOでメーガン・ブックマンの元恋人のリー・シャケットと、父親のヘリコプター墜落事故死が彼の上司で巨大コングロマリット、パラブル社のCEOドリアン・パーセルによる陰謀だったのではないかと彼のアカウントをハッキングしていたウッディを見つけて抹殺しようとする殺し屋集団〈アトロポス&カンパニー〉が抹殺しようと襲撃する。
この善と悪の戦いの物語なのだ。

善の側の登場人物の中心はなんといってもウッドロウ・ブックマンことウッディだろう。自閉症で生れ、11年間生きてきてこれまで一度も言葉を発したことがない。生まれて2,3年は泣き声を挙げていたがそれ以降はそれさえも無くなったと母メーガンの独白にはある。そして彼はIQ186を持つ天才少年で4歳で本を読み始め、7歳の時にはもう大学レベルの本を読んでいた。そして彼は天才ハッカーでもあり、自分の父親ジェイソンの死を上司による策略と疑って、2年近くに亘って書き溜めた『息子による復讐―忠実に編纂された怪物的巨悪の検証』を書きあげる。

そして彼こそはミステリアムと人間を結び付ける鍵となる。キップ達ミステリアムは〈ワイアー〉と呼ぶ独自の遠隔通信能力で会話をし、仲間たちと連絡を取ることが出来る。幕間に彼らの情報発信の中心犬であるベラが全米で発見されたミステリアムの仲間たちについて常に発信している〈M通信〉が挿入される。そしてウッディはこの〈ワイヤー〉を使ってミステリアムと通信できる能力を持った人物なのだ。
これによってミステリアムのキップは引き寄せられ、途中で知り合った元海軍特殊部隊隊員のベン・ホーキンズを連れてウッディ達ブックマン親子と合流することになるのだ。

また彼の母親メーガンも自立した強い女性として描かれる。
3年前に巨大IT会社パラブル社に勤めていた夫を事故で亡くした後は大学後からも続けていた絵描きの才能を磨いて、絵を売って生計を立てている。しかも彼女の絵は評価が高く、ニューヨーク、ボストン、シアトル、ロサンゼルスに支店を持つ大手画廊と契約を結んでいるのだ。
また彼女は言葉を発しないウッディにこの上ない愛情を注ぐ。母親として何か声を掛けてもらいたい気持ちを抑え、100パーセント気持ちを分かち合えないことに胸を痛めながらも、息子が時折見せる笑顔を癒しとして生きる女性だ。そのため、ウッディが初めて言葉を発したときの彼女の感動が目に浮かぶようだ。
ただその言葉が「ちがうよ、キップっていう名前なんだ」と突如現れた犬に関する説明だったことは少しばかり母親としては残念だったのではないだろうか。しかしその後ウッディは母親にずっと感謝していたこと、愛していたことを矢継ぎ早に告白するのだ。その時の万感の思いが推し量られるというものだ。

ちなみに本書の原題は“Devoted”つまり「献身」だ。つまりこのメーガンの献身こそが本書のメインテーマなのだろう。

さらに彼女は悪玉のリー・シャケットが寄りを戻したくなるほど、また捜査を担当する保安官ヘイデン・エックマンが顔を思い浮かべて部下でもある自分の恋人のリタ・キャリックトンとセックスに興じるほど、そしてキップを連れてきたベン・ホーキンスが惹かれるほどの美貌を持った女性でもある。
一方でその美貌ゆえに同性からあらぬ憎しみを受けることもあるようで、リタ・キャリックトンはメーガンが男を手玉に取る女だと決めつけたりもする。

一方敵方リー・シャケットはクーンツ作品ではおなじみのいつもエゴと自尊心が肥大した登場人物で、困ったほどに俺リスペクトの性格が増長している。メーガンと過去に付き合って、ちょっと気に入らないことがあったので気を惹くために他の女性と付き合っている最中に有人のジェイソン・ブックマンに取られたことを根に持ちながら、今でもメーガンが自分のことを好きであると信じて疑わない男だ。それはジェイソンとメーガンとの間に生まれた子が自閉症の少年であったことで彼は彼女がジェイソンとの結婚を後悔していると決めつけているからだった。

彼は自分の会社リファイン社のスプリングヴィルの研究所が親会社のCEOドリアン・パーセルの命令によって行っていた古細菌を適用する不老不死の研究によって起きた火災事故から一人逃亡した人物だ。92人の社員を犠牲にして一人逃げ出した彼はその際に古細菌を吸い込み、逃亡資金として1億ドルを持ってメーガンと共にコスタリカに高跳びしようと彼女の許に向かう。それは夫を喪った彼女ならかつて自分と付き合っていた自分と一緒になりたいと思うだろうし、またコスタリカに自分が行きたいから彼女も従うだろうと何とも身勝手な理由ばかりを並べて行動なのだ。

また彼の上司ドリアン・パーセルもIT界の寵児で世界を制する者と称されながら社交的な活動は一切せずに冷凍ピザや冷凍ワッフルにアイスクリームなどを好み、数多くのゲーム機器を備え持ち、1000枚近いハードコアポルノのDVDを所有するという思春期真っただ中の大人になり切れない大人である。

クーンツは昨今のIT業界のトップは子供のまま大きくなった大人ばかりだと揶揄しているようだ。

しかし何とも呆気ない幕切れである。

またもやクーンツの悪い癖が出てしまったように感じる。

しかし今後クーンツはこのミステリアムの連中が活躍する物語は書かないのだろうか?
例えばキップが述べている最高に賢いソロモンとブランディという犬のカップルも登場せぬままである。『ウォッチャーズ』の世界観を再起動させた本書によってクーンツはもしかしたら続編を書くかもしれない。

しかしやっぱりクーンツはとことんハッピーエンドの作家であると再認識した。
以前熱心な読者だった私はスティーヴン・キング作品を一つも読んでいなかったのでクーンツ作品を存分に楽しめたが、キング作品を読んでいる今ではクーンツ作品の粗さがどうしても目立ってしまう。
上に書いた纏め方もそうだ。ハッピーエンドに拘りすぎて、あまりに拙速、あまりに強引すぎるのだ。深みや余韻を感じられないのだ。

例えばメーガンがリー・シャケットに魅かれず、ベン・ホーキンスに興味を持ち、結婚するに至るが、これもリーが頭もよく、気も効くが感受性に乏しく、彼女の自閉症の息子が足枷になっているとしか思えなく、また彼女の描く絵も理解できないのに対し、ベン・ホーキンスが彼女の絵を見て感動し、そして彼女の美しさよりもこのような美しい絵が描ける内面の美しさに惚れる違いが描写されるが、これに準えるならばリー・シャケットがクーンツ作品であり、ベン・ホーキンスがキング作品とでも云おうか。

この差が今のキングとクーンツの訳出作品の数の差になっていると思うし、キングが何を書くか、どう描くかを熟考しているのに対し、クーンツはテーマやモチーフを変えて単に読者を愉しませるためだけの技巧とフォーマットに当てはめているだけのように感じてしまう。
それはこの前に読んだ田中氏の『髑髏城の花嫁』に登場する当時の人気作家ディケンズとサッカレーのエピソードと同じだ。そしてキングはディケンズに倣って分冊形式で『グリーン・マイル』を刊行したことを考えるとやはりこの2人は現代のディケンズとサッカレーの関係のように思える。
ただ2人が彼らほど仲が悪いかは不明だが。つまりキングが後に残る作家だとしたら恐らくクーンツ作品は後に残らないだろう。それはクーンツの既刊作のほとんどが絶版になっていることからも明らかである。

しかしこの作家は今後もこの道を進むのであろう。改めてクーンツ作品の読み方を認識させてくれた作品だ。
しかし今回は題材が良かっただけに本当に勿体ない。


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