■スポンサードリンク


待たれていた男



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

待たれていた男の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

長いのが玉にキズ

モスクワでの事件の発端、ロシア側の事なかれ主義による内部工作の策定、他国への協力要請に、それぞれの思惑を秘めたディベートゲーム・・・。
毎度お決まりのパターンなのだが、全く飽きない。それはこれらのやり取りが非常に高度な知的ゲーム、インテリジェンスを扱った駆け引きであるからだろう。

さらに今回チャーリーは前作『流出』で再会したナターリヤとの共同生活に踏み切っており、これが上層部に知られるとロシア永久追放され、さらには失職のうち、断罪される恐れがあるという実に微妙な立場にいる。
それはそうだろう。なんせ片やイギリスの諜報部員で外国の情報を探る身、片やロシアの内務省内部保安連絡局長という国内の問題を内密に処理する身なのだから。改めて考えるとものすごい設定だ。

さらに今回はナターリヤの妹イレーナが加わり、これが姉の持つものであれば略奪したくなる性分で、当然ながらチャーリーが彼女の標的となる。しかもイレーナはチャーリーを貶めるべく画策している英国情報部の財政監督官ジェラルド・ウィリアムズがモスクワのイギリス大使館に送ったスパイ、リチャード・カートライトの情事の相手でもあり、さらにFBIモスクワ支局長ソール・フリーマンとも寝てる尻軽女なのだ。イレーナはチャーリーに興味を抱き、色々探ってくる。
つまり今回は、シリーズで何度となく繰り返された、他国との共同戦線の中での駆け引き、国内ではチャーリー、ナターリヤをそれぞれ貶めようと画策している者達との丁々発止の駆け引きに加え、彼らの家庭でも他者に素性を知られまいとするための駆け引きが加わり、さらにスリリングになっているのだ。

特に面白いと思うのは実の妹であるイレーナが姉の仕事を知らない事だ。
映画“トータル・リコール”だったと思うが、確かアメリカでも夫の諜報員という仕事を知らない妻という設定があった。つまり国交や国務の機密を扱う部署に従事する者は身内にも隠さなければいけないという特殊な状況にあるのだろう。特にナターリヤは国内の治安を守る部局の要職にあり、社会主義国家ではその身元も親戚には隠しておかなくてはならないのだろう。

今回の目玉はチャーリーが記者会見の場に駆り出されるという不測の事態に陥るところだろう。かつてソ連の地だった場所からイギリスとアメリカの軍人と思われる遺体が発見されたという、過去のスパイ事実を証明するような事態である。それをむざむざとメディアの目に晒すというのは国際間の緊張を煽るもので、出来る限り内密に処理したい事件だろう。
こんな非常識と思われる展開をフリーマントルは、解体したソ連の国の1つ、ヤクート共和国というロシアを目の敵にするかつて領国で死体が発見されたという設定を持ち込む事でクリアしている。この辺が実に上手いではないか。
そしてこのメディアへの露出はもともと諜報員として活躍していたチャーリーにとって、あってはならないことである。しかも彼は今までのシリーズの事件で恨みを買った数は数知れず。それらの天敵どもに隠していた彼の生存、居場所まで知らされる事になる。さらにようやく手に入れたナターリヤとの甘い生活ともおさらばせざるを得なくなるのだ。

しかし我らがチャーリーはその逆境をさらに武器にすることで自らの使命遂行に有利に働きかける。
まず三国の中で一番最初に遺体の身元を突き止めるのは、やはりチャーリーである。しかしその時点でさらに謎は深まる。なぜなら、その遺体はベルリンの地にある墓に埋葬されているはずだからだ。死体のすり替えだけでなく、イギリス人の死体が異国のベルリンに埋葬されているという困難がさらに生じ、その経緯を探るには他の2名の身元を探る必要が生じる。
そこでチャーリーは身元不明の遺体の顔写真の開示をするよう働きかけ、広くマスコミから情報を集めさせるよう提案する。自らを安全圏に置きつつ、他者を出し抜くのがいつもながら上手い。結局、アメリカは特有のしたたかさを発揮し、それはロシア側のみしか適用されなかったわけではあるが。

さらに傑作なのはもう1つの出し抜き方だ。
今回の身元不明死体はアメリカならびにイギリス上層部のある2人―英国外務省事務次官ジェイムズ・ボイスと米国々務次官ケントン・ピーターズ―にとって歴史の陰に隠されるべき事態である事が、物語の早い段階で語られ、チャーリーらの捜査と同時進行で2人のやり取りが語られる―まあ、これはフリーマントル特有のいつもの創作作法であるが―。
したがって、今回チャーリーの捜査が進み、真相を明らかにされるのは彼らにとって好ましくない状況であり、チャーリーにはCIAの殺し屋が派遣される。それを独自の判断で察知するチャーリー。その身の危険を回避するため、チャーリーはなんとマスコミを利用する。ホテルで朝食を取っているヘンリー・パッカーという殺し屋の許にマスコミが大量に押し寄せるのは痛快極まりなかった。

こういう高度な駆け引きが毎度繰り広げられるのは、登場人物全てが上昇志向が高いからだろう。誰もがトップに立つことを望み、他者を出し抜こうと虎視眈々と権力者の椅子を狙っている。そのため、利害の一致する者とは手を組むが、自らが窮地に落ちようとするとスパッと切る事も辞さない。今日の友は明日の敵を地で行く連中ばかりだ。
だからこそ、一般的な駆け引きとは超えた次元で行われる彼ら・彼女らのゲームは読者の想像の遥か上の領域で進み、予想も付かない方向へ導かれていく。これこそフリーマントルの描くエスピオナージュの醍醐味である。

そして先ほど述べたように事件はイギリスとアメリカ双方が関わった歴史の暗部であり、明らかにすることもまた禁じられており、チャーリーは先に進むも地獄、失敗するのも地獄というのっぴきならない状況に陥る。なんともこのフリーマントルという作家の、思慮の深さを読めば読むほど思い知らされる物語だ。

しかし今回の話は長すぎたように感じる。謎また謎の展開は読書の興趣をそそるものの、なんせ情報量が多すぎて物語の先行きを理解するのに他の作家の小説よりも時間がかかるのでなおさらである。
更には登場人物の多さと関わる部署の多彩さ。今回は自国民の身元不明死体を探る話だっただけにイギリス、アメリカ、ロシアの国内外に渡って捜査が進むにつれ登場人物が続々と登場してくる。登場人物一覧に記載されていない人物で物語で重要な役割を果たす人物も結構おり、それも読書にいささかの難儀さを感じた。もっとコンパクトにすれば、爽快感を得られただろう。

とはいえ、永久凍土から50年ぶりに現れた死体の正体を探るだけでも十分ミステリ要素が高いのに、これが旧ソ連の地で、しかも眠っていた死体はイギリス、アメリカの軍人とロシア人女性という三国民とし、これに政治的思惑を絡めてエンタテインメントに仕立てるフリーマントルの着想の冴え。
全く以って衰えを知らない作家だ。


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!