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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 881~900 45/70ページ

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No.513:
(6pt)

全600ページの独白は、正直キツい

南ヴェトナムが崩壊した1975年に4歳で難民として渡米したヴェトナム系アメリカ人作家の長編デビュー作。MWA賞最優秀新人賞とピュリッツアー賞を受賞し、アメリカでは大ヒットした作品である。
主人公(最後まで、名前は出ない)は、フランス人宣教師がヴェトナム人メイドに生ませた私生児で、生まれた時から父親には認知されず、妾の子として迫害されながら育ち、南ヴェトナム秘密警察長官(将軍)に信頼される大尉として勤務し、駐ヴェトナムCIA局員からも可愛がられていた。1975年、サイゴン陥落を目前に、将軍たちはサイゴンを脱出し、アメリカへとわたる。難民として苦労しながら、将軍たちはCIAや米国保守派の助けを借りて南ヴェトナムへ侵攻する計画を進めていた。将軍の片腕として活動する主人公だったが、実はヴェトナム時代から南ヴェトナム秘密警察に潜り込んだ北ヴェトナムのスパイであり、今も親友で義兄弟の契りを結んだ北のハンドラーと連絡を取り合っていたのだった。しかも、義兄弟と誓い合ったもう一人の友人は、熱烈な反共主義者の南ヴェトナム軍人で、同じく将軍と一緒に行動しているのであった。
物語の中心は、スパイ活動と周辺の人々への愛情との亀裂をはじめ、西洋と東洋の血が流れる自身のアイデンティティの苦悩、祖国とアメリカ文化の対立、成功した革命が見せる変質への失望などなど、二つの精神のせめぎ合いと葛藤に置かれている。従って、いわゆるスパイ小説のスリリングさやサスペンスを期待していると裏切られる。言わば、ヴェトナム人の視点から描いたヴェトナム戦争小説である。
描かれている世界は複雑で、さまざまなエピソード、登場人物も魅力的なのだが、いかんせん全600ページ(文庫本2冊)がすべてが主人公の独白という構成が重苦しい。読み通すのに、かなりの気力と体力が必要だった。
スパイ小説を期待せず、現代アメリカ文学のヴェトナム戦争分野の異色作として読むことをオススメする。
シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヴィエト・タン・ウェンシンパサイザー についてのレビュー
No.512:
(9pt)
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ニュースがエンタメ化された現代の恐怖

2017年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞受賞作。あまり評判にはなっていないようだが、年間ベスト級の傑作ミステリーである。
2015年8月23日、日曜日の夜、高級リゾートの島からニューヨークへ帰る途中のプライベートジェット機が墜落した。乗客乗員11名のうち、47歳の貧乏画家スコットが生き残り、同じく夜の海に投げ出されていた4歳の男の子JJを助け、ロングアイランドの海岸まで泳ぎ着く。一躍、ヒーローとして注目を集めるスコットだったが、墜落の原因究明に当たる政府機関からは墜落への関与を疑われる。さらに、乗客がアメリカの右派ニュース専門局の代表夫妻やマネーロンダリング疑惑をもたれていた富豪夫妻だったことから、さまざまな陰謀論が巻き起こった。とりわけ、ニュース専門局の代表を狙ったテロだと主張する同局の看板司会者ビル・カニンガムは、執拗にスコットを追求し、過激な主張を繰り返すのだった。墜落は、事故だったのか、事件だったのか? 乗り合わせた11人の墜落前の足跡をたどることから、事態の真相が徐々に明らかにされる。
墜落したプライベートジェットに乗ったばかりに、運命が大転換してしまったスコットの人生と、墜落原因の解明を2本のメインストーリーに、乗り合わせた11名の人となりのドラマ、ニュース専門局を中心にした報道メディアの闇の暴露をサブストーリーにして、現代アメリカの脆さを描いた壮大な人間ドラマが展開される。その中心にあるのが、人を信じて素朴に生きようとするスコットと陰謀論に凝り固まって人を陥れようとするビル・カニンガムの対比である。こうした構成の場合、ヒーローか敵役のキャラクターが際立つほど面白いのだが、本作では敵役のビル・カニンガムが上手く造形されていて(現実のアメリカのアンカーマンや大統領候補をなぞっただけかもしれないが。日本で言えば、ナベツネと橋下徹とミヤネヤを足したような下衆といえば当たっているか?)、効果を上げている。
謎解き作品としても、社会派作品としても高く評価できる傑作サスペンスとして、多くの方にオススメしたい。
晩夏の墜落 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ノア・ホーリー晩夏の墜落 についてのレビュー
No.511:
(7pt)

シリーズをより深く味わうために必読

ドイツを代表する人気シリーズ「刑事オリヴァー&ピア」の第2作。日本では、3作目、4作目、1作目に続く4番目の刊行である。
田舎町の市会議員で高校教師の男性パウリーが、バラバラ死体で発見された。パウリーは環境保護活動に熱心で過激な言動を繰り返していたため、さまざまな立場の人たちと対立しており、直近では道路の建設を巡って地元の議会や市長、業界などから憎まれていた。オリヴァーたちのチームが捜査を進めると、パウリーを殺したいという動機を持つ人物が次々に登場してきた。さらに、パウリーに心酔する若者のグループやパウリーの家族関係でも不審な動きが見られるようになり、捜査は混迷を深めるばかりだった・・・。
物語全体の構成、伏線の張り方は実に見事で、犯人探しの面白さにどんどん引き込まれていく。また、シリーズ物の重要ポイントである主要な人物のキャラクターや関係性が作り上げられて行くプロセスという点でも、シリーズ読者には非常に興味深い。ただ、事件の背景や動機、捜査などの本筋以外の部分、特にキャラクターを表現した部分が、他の3作品より多少劣っている感じがした。
本シリーズの愛読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の方には、第1作「悪女は自殺しない」から読むことをオススメする。
死体は笑みを招く (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス死体は笑みを招く についてのレビュー
No.510:
(7pt)

過剰な技巧のオンパレードに幻惑された

1993年に刊行された折原一の代表作。ミステリーとホラーの構成要素を、これでもかと詰め込んだ重量級の作品である。
純文学と推理小説の新人賞を受賞したもののさっぱり芽が出ず、ゴーストライターとして生活していた島崎は、裕福な宝石商である母親から「息子の伝記を書いてほしい」と依頼された。高額な報酬に釣られて引受け、8歳で児童文学賞を受賞し神童と呼ばれながら作家として大成しなかった小松原淳の生涯を追い始めた島崎は、小松原淳の生涯につきまとう暗い陰に気付き、また不審な男の存在を感じた。さらに、何者かが島崎の仕事を妨害しようとしてきた。富士の樹海で行方不明になったと信じられてきた小松原淳は、本当に死んだのだろうか?・・・
最初に書いたように、作者が持っている技巧とモチーフを全部ぶち込んだような、力業の作品である。メインストーリー自体は単純で、仕掛けの大筋も途中で分かってくるので、技巧の部分をのぞけば、ミステリーとしては物足りない。また、登場人物が類型化されているのにもやや不満が残る。
ミステリーはトリックが命、という読者にオススメする。
異人たちの館 (文春文庫)
折原一異人たちの館 についてのレビュー
No.509:
(7pt)

こじらせたアラフィフ女子の騒動記(非ミステリー)

1986年に制作されたフランス映画「ベティ・ブルー」の原作者による長編小説。2016年に公開されたフランス映画「エル ELLE」の原作で、フランスでは有名な文学賞を受賞した作品である。表4の説明文や映画の売り文句ではサスペンスとかサイコ・スリラーとか言われているが、ミステリー作品ではない。
番組制作会社の共同経営者として成功したミシェルは、一人暮らしの自宅で目出し帽の男に強姦された。事件から立ち直ろうとするミシェルだったが、犯人らしき男からはミシェルを監視しているようなメールが届き、ミシェルは自衛のために護身具を購入する。その一方、ミシェルの周辺では元夫、息子、母親らがさまざまなトラブルを引き起こし、ミシェル自身の不倫相手も無理難題を持ち込むなど、心理的に安泰な日々は失われるばかりだった。そんなとき、強姦犯人がまた彼女に襲いかかってきた・・・。
サスペンス、スリラーであれば、ミシェルが犯人を撃退するプロセスが中心になるはずだが(当然、そういう展開を期待して読み始めたのだが)、作品の主眼は犯人との対決ではなく、ミシェルの生き方に置かれている。その生き方というのが、まさに「こじらせ女」を地で行くもので、賛否両論(というか、読者レビューでは「否」がほとんどだが)を引き起こすやっかいものである。
ミステリーとしてではなく、フランスのアラフィフ女性の生き方を垣間みる作品として読むことをオススメする。
エル ELLE
フィリップ・ジャンエル ELLE についてのレビュー
No.508:
(8pt)

誰にだって秘密はある

幼稚園の先生をしているときの園児や母親たちの会話から着想を得たという、新人作家の長編デビュー作。語り手の誰もが全面的には信用できないという、よくあるパターンのサスペンス・ミステリーだが、現代の若い母親たちの揺れる心情が上手に描かれており、どんどん引き込まれていく。
シングルマザーでブロガーのステファニーは、幼稚園に通う息子マイルズの友だちニッキーの母親エミリーと知り合い、親友として付き合っていた。ある日、エミリーは仕事で遅くなるからといってニッキーをステファニーに預けたまま迎えに来ず、失踪してしまった。警察に訴えても単なる家出として真剣に取り合ってくれず、時間ばかりが経って行った。行方不明のエミリーに代わってニッキーの面倒を見るうちにステファニーは、エミリーの夫ショーンに恋心をいだくようになり、エミリーの死体が発見されたあとは、ショーンとステファニーのそれぞれの家を行き来しながら4人で暮らすようになった。息子を愛し、仕事でも成功していたエミリーが、何故失踪したのか? そこには隠された秘密があったのだった・・・ラストは、結構、怖い。
各章はステファニー、ステファニーのブログ、エミリー、ショーンという一人称視点で描かれていて、しかもそれぞれに他人には言えない秘密を抱えているので、物語が徐々に複雑になり、サスペンスが高まって行く。そういう点では、「ささやかで大きな嘘」や「ガール・オン・ザ・トレイン」などと同じく、ホームドラマ系サスペンスである。
現在的な舞台装置での心理サスペンスがお好きな方にはオススメだ。
ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ダーシー・ベルささやかな頼み についてのレビュー
No.507: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ノルウェーのキャシー・マロリー?

珍しいノルウェー発のサスペンス・ミステリー。最後がちょっと腰砕けな気がしないでもないが、読み応えがある警察小説である。
オスロ警察殺人捜査課特別班のメンバーだったミアは、双子の姉をジャンキーにして死に至らしめた密売人を事件現場で射殺したことから休職し、離れ小島に隠遁し、死んで姉のところに行くことを考える毎日だった。そこへ、田舎警察に左遷されていた元上司のムンクが訪れ、ノルウェー全土を震撼させている6歳の少女殺害事件の捜査に参加しないかと、持ちかけてきた。ミアの復帰を条件に、ムンクは特別班を再結成することを上司に認めさせていたのだった。気心の知れたメンバーが再結集し、ハッキングに精通した新人を加えたチームは捜査に取りかかるのだが、何一つ判明しないうちに、第二の少女殺害事件が発生し、しかも、遺体にはさらなる事件の発生を予感させるメッセージが残されていた・・・。
警察小説の王道であるチーム捜査を主軸に、個性の強いメンバーが難関を突破するという、北欧ミステリーではよくあるパターンの作品である。こうしたケースでは、犯人がいかに魅力的(悪魔的)であるかで、作品のイメージが大きく左右されるのだが、本作は、クライマックス寸前までは犯人の存在感が大きく、スリリングなのだが、最後の最後でぼろを出してしまったのが残念。しかし、ヒロインのミアは魅力的(キャシー・マロリーほどは冷たくないが、頭が切れるのは同様)だし、リーダーのムンクをはじめとする班のメンバーもきちんと人間として描かれている。「特捜部Q」や「刑事ヴァランダー」、「犯罪心理捜査官セバスチャン」のようにシリーズとしても成功するのではないだろうか。
北欧ミステリー・ファン、キャシー・マロリー・ファンにはオススメだ。
オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン
No.506: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
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警察小説+法廷小説

佐々木譲初めての法廷小説という紹介もあるが、より正確には前半は警察小説、後半は法廷小説と言うべきか。いずれにせよ、傑作であることは間違いないエンターテイメント作品である。
東京・赤羽で一人暮らしの初老男性が殺害され、重要容疑者として、フリーの家事代行業の女・山本美紀が浮上した。赤羽署員が女の自宅を訪ねると、埼玉県警大宮署の係員が先着し、彼女の身柄を確保していた。山本美紀の周辺では、何人かの一人暮らしの老人男性が死亡しており、第二の首都圏連続婚活殺人事件かと騒がれる事態となった。
山本美紀の弁護人となった矢田部は、検察側の証拠が状況証拠ばかりであることから自信を持って裁判に臨んだのだが、ある瞬間から山本美紀は一切の証言を拒み黙秘するようになった。このままでは無期懲役以上の判決になってしまうのは明白なのに、それでも沈黙を守る理由は何か?
amazonなどのレビューでは、物足りない、どんでん返しがない、中途半端などの辛口な評価もあるが、ストーリー展開も事件の背景も、キャラクター設定も巧みで、警察小説としても、裁判小説としても読み応えがある作品に仕上がっている。まさに、佐々木譲が新境地を開いたと評価したい。
これまでの佐々木譲の警察小説ファンにはもちろん、さらに幅広いミステリーファンにオススメできる。
沈黙法廷 (新潮文庫)
佐々木譲沈黙法廷 についてのレビュー
No.505:
(8pt)

衝撃的なエンディング!

「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第3作。開かれた国・スウェーデンが抱えるテロ対策と移民の問題を背景にした社会派ミステリーである。
トレッキング旅行中の女性が偶然見つけた白骨は、ずいぶん前に埋められたらしい6人の死体の一部だった。トルケル率いる殺人捜査特別班が現地に入ることになり、セバスチャンも同行することになった。セバスチャンには、自宅に押し掛けてきて同居する女性・エリノールにうんざりしていたのに加えて、実の娘である刑事・ヴァニヤのそばにいたいという密かな願いもあった。ところが、ヴァニヤはアメリカでのFBIの研修を志願し、合格間違いなしと思われていた。ヴァニヤが離れることを阻止しようと考えたセバスチャンは、ヴァニヤを不合格にするために裏から手を回すことを決意する。
6人の死者の身元はなかなか判明せず、苦労する特別班メンバーたちだったが、地道な捜査を続けるうちに、関連がありそうな別の事件を発見する。
アフガニスタンからの移民・シベカは、9年前に夫とその友だちが失踪したことに納得がゆかず、警察やマスコミなどに訴え続けてきたが、誰も耳を傾けてくれなかった。ところが、公共テレビの記者が関心を示し、取材を持ちかけてきた。移民社会の反対に遭いながら調査を進めると、失踪には公安警察が関係している疑惑が浮かび上がってきた。
6体の白骨死体と失踪した移民の事件の捜査がクロスしたとき、見えてきたのは「開かれた国家」が抱える閉ざされた政治の闇だった。
2つの事件捜査も非常にレベルが高いストーリー展開で楽しめるのだが、それに加えて、セバスチャンを中心にした特別班メンバーの人間模様が非常に面白く、単なる社会派ミステリーでは終わらない作品である。特に、セバスチャンの変貌ぶりには驚かされる。さらに、シリーズの行方を大きく変えそうなエンディングには衝撃を受けた。
シリーズ未読の方は、第一作から読むことを強くオススメする。
白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)
No.504:
(7pt)

時刻表ミステリー?

おなじみ北海道警シリーズの第8作。人情もの+時刻表ミステリーっぽいところが、シリーズの中では新味さを感じさせる。
小島百合巡査部長は、工具類を万引きした小学生を補導し、大通警察署に連行しながら、署内から逃走されるという失態を犯した。責任を感じた小島が四苦八苦して連絡を取った少年の母親は半ば育児放棄状態で、小学生の行方は不明のままだった。同じ日、園芸店の侵入盗捜査に赴いた佐伯警部補は、盗まれたのが爆弾の原料になる硫安と分かり、緊張する。園芸店近くのコンビニの防犯カメラから目星をつけた車を洗って行くうちに、JR北海道の保線データ改ざん事件で解雇された男が浮上した。しかも、男はキャンピング用に改造した車で万引き小学生と一緒に移動しているらしいことが判明した。男の狙いは、何なのか? どこに爆弾を仕掛けようとしているのか? 佐伯、小島たちと機動捜査隊が必死に追いかけるのだが、男はすでに爆弾を仕掛けていた・・・。
安定した面白さではあるが、主犯の男の造形がいまいちのため、ぞくぞくするようなスリルに欠けるし、タイムリミットものには必須のサスペンスもやや物足りない。佐伯と小島の男女関係と同様に、やや緩くて緊張感が無いと言えば、言い過ぎだろうか。
シリーズファンにはもちろん、軽めの警察小説ファン、時刻表ミステリーファンにはオススメだ。
真夏の雷管
佐々木譲真夏の雷管 についてのレビュー
No.503:
(7pt)

最初から最後まで、暗くて重い

シドニー州都警察殺人捜査課シリーズの第2作。フランクとエデンの2人の刑事が主役の警察小説であり、エデンの養父・ハデスの過去が明かされるノワール小説でもある。
シドニーで行方不明になった3人の若い女性。シドニー郊外にある、怪しいコミューンの農場にいたことがあるという共通点に着目した警察は潜入捜査をすることになり、エデンが潜り込み、フランクが監視チームを率いることになった。一方、闇の稼業からの引退を決意したハデスだったが、何者かに監視されていることに気付き、エデンを通してフランクに監視者を突き止めるように依頼した。
危険な任務を引受けたエデンは、無事に帰って来られるのか、エデンのサポートとハデスの依頼の2つの任務をこなさなければならなくなったフランクは、両方を同時にこなして行けるのか。現在の厳しい捜査の進展と並行して語られるのは、「冥界の王」ハデスの誕生までの暗くて凄惨な物語である。
全編、暗くて思い物語で、読み通すにはかなりの体力が必要だし、読後感も爽快さとはほど遠い。それを覚悟のうえで読むことをオススメする。
楽園 (シドニー州都警察殺人捜査課) (創元推理文庫)
No.502: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犬のように真直ぐな愛と善の讃歌(非ミステリー)

「暴力の詩人」ボストン・テランの新作は、意表をつく犬が主人公の現代アメリカ人の再生の物語である。
イラクからの帰還兵ヒコックがケンタッキーの夜の田舎道を車で走っていて、瀕死の犬・ギヴに遭遇するところから物語がはじまる。虐待されていた檻を噛み破って逃げてきた、傷だらけの犬に自分の姿を見たヒコックは、ギヴを助け、元の飼い主に戻すべくギヴの生きてきた道をさかのぼることになったのだが、それは、9.11やハリケーン・カトリーヌやイラクでの戦いで傷ついてきたアメリカが、再び愛と善意を信じて立ち上がれるかを問う旅でもあった・・・。
「訳者あとがき」の一行目が「一風変わった小説である」とあるように、まさに常識破りの小説である。犬が主人公だからといって、ユーモラスでもハートウォーミングでもない。救いようがない悪意の人間もたくさん登場する。しかしそれでも「愛と善の讃歌」であるのは、人間の悪を覆い尽くす犬の善意と、それに応える人間の愛が貫かれているから。
犬好きにはもちろん、猫好きにもオススメ。いまの世の中のうんざりするような人間の愚かさやおぞましさを、良質な物語を読むひとときだけでも忘れたいという方にもオススメだ。
その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン・テランその犬の歩むところ についてのレビュー
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(9pt)

フロストは最後までフロストであった

言うまでもない人気シリーズの第6作。作者の遺作にしてシリーズ最終作は、フロストの魅力が満開の、期待に違わぬ傑作である。
マレット署長のごますりで人手不足に陥っているデントン署に、次から次へと降り掛かる難事件、怪事件の数々。運悪く捜査をまかされたフロスト警部は、外れてばかりの直感を頼りに寝る間も削って奮闘するのだが、事件は一向に解決せず、さらに新たな事件が起きるばかりだった。しかも、マレット署長と組んでフロストをデントン署から追放するために赴任してきたスキナー主任警部が何かと口を出し、フロストは疲労困憊するばかりだった。デントン署からの異動の日が近づく中、フロストはいつもの妙手・法律無視で未解決事件の始末をつけようとする・・・・。
最初から最後まで、フロスト節満開のストーリー展開、いつも通りのボケ具合で楽しませてくれる登場人物、これでもかってほど繰り返されるおバカなエピソード、まさに安定した面白さである。作者の死により、これが最後かと思うと、まことに残念でならない。
シリーズ作品とは言え、各作品は独立性が高いので、本作から読み始めてもフロストの魅力は十分に堪能できるだろう。
シリーズ愛読者にはもちろん、ユーモア系ミステリーファンには絶対のオススメである。
フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールドフロスト始末 についてのレビュー
No.500:
(7pt)

やや時代を感じるが、傑作

森村誠一が1973年から74年にかけて週刊誌に連載した、著者得意のホテルものに分類される社会派ミステリーである。
超高層ホテルの若きホテルマン・山名は、密かに憧れていた女性客が殺されたことから、同期の佐々木と二人で事件の真相を探ろうとする。その謎を解く鍵になったのは、ホテル内で殺害された新聞記者が山名に極秘で託したネガフィルムだった。
女性殺害事件の謎解きを主軸に、ホテル内でのトップの権力争いが絡み、さまざまな登場人物が錯綜する複雑なミステリーであるが、同時に、当時としては珍しかった超高層ホテルの内幕を暴露した娯楽小説でもある。従って、現在の読者にはやや古臭く感じられるのは仕方ないが、支配する者と支配される者の関係、サービスを提供する側とされる側にある差別などに対する筆者の厳しい視線は、いささかも古びてはいない。
落ち着いたストーリー展開の社会派ミステリーファンにはオススメだ。

鍵のかかる棺〈下〉 (徳間文庫)
森村誠一鍵のかかる棺 についてのレビュー
No.499:
(8pt)

誘拐の理由が、終盤まで不明のままなのが面白い

2008年に刊行された、五十嵐貴久の長編ミステリー。本サイトでも、amazonでも評価はイマイチだが、なかなか面白い作品である。
日韓友好条約締結のために韓国大統領が来日するのに備え、厳重な警備態勢がとられていたある日、総理大臣の孫娘が誘拐された。警察は、条約締結を妨害するための北朝鮮の犯行と判断して捜査を進めるのだが、大統領の警備に人員をとられており、少ない人員での捜査はなかなかはかどらなかった。一方、犯人の二人(最初から分かっている)は、捜査陣の思い込みを利用し、着々とかく乱作戦を成功させていくのだった・・・。
最初から犯人も犯行の様相も分かっているのだが、終盤、1/4ぐらいまで犯行の目的が判明しないというのが、スリリングで効果的。文章の読みやすさもあり、どんどん読み進めたくなる。犯行の目的が分かってから犯人逮捕までも、タイムリミット的で面白い。ただ、犯人逮捕のクライマックスで明かされる、真の犯行動機については、賛否が分かれるだろう(これが理由で、低い評価点になっている)。しかし、好意的に読めば、最初からちゃんと伏線が張られているので、誘拐物としては合格点だろう。
警察小説というよりは犯罪小説なので、警察小説ファンに限らず、多くのミステリーファンにオススメしたい。
誘拐(新装改版) (双葉文庫)
五十嵐貴久誘拐 についてのレビュー
No.498:
(7pt)

みんな純情なの? 悪人なの?

ジョン・ハートの長編第5作。前作「アイアン・ハウス」が面白かっただけに期待したのだが、ミステリーというよりアメリカ南部の人間模様を織り上げた人間ドラマで、ちょっと期待外れだった。
ノースカロライナ州の小都市の女性刑事エリザベスは、少女監禁犯2人を現場で拷問し射殺したとして州検事局から問題視され、停職中だった。犯人2人に18発の銃弾を撃ち込んだ理由の説明をかたくなに拒むエリザベスは、警察内部でも孤立化しつつあった。同じ頃、13年前に捜査中に知り合った女性を殺害した罪で服役していた元刑事ウォールが仮釈放された。ウォールを崇拝し、憧れていたエリザベスは彼の無実を信じていたのだが、ウォールが釈放された翌日、同じ手口で殺害された女性が発見され、警察はウォールを追い始める。
共に警察に追われる刑事2人と、監禁された少女、元刑事に殺された女性の一人息子が主役で、脇役には同僚刑事、刑務所長、弁護士などが配置され、それぞれに抱える心の闇、過去の陰が絡まって早大で複雑な物語が展開される。しかし、ミステリーとしては犯罪の動機、捜査手法などに疑問が多く、あまり出来がいいとは言えない。登場人物が全員、純情だから罪に関わってしまったのか、善悪を抜きにして行動するタイプなのか、めちゃくちゃ内省的でもあり、直情的でもあって、読んでいて混乱させられた。
「アイアン・ハウス」より「川は静かに流れ」や「ラスト・チャイルド」の方が好きという方にはオススメだ。
終わりなき道 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ハート終わりなき道 についてのレビュー
No.497:
(8pt)

チンピラの切ない恋

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで人気のジョー・ネスボのシリーズ外作品。70年代のオスロを舞台に、ノルウェーの実力派が技巧を凝らした切ない愛の叙情詩である。
殺し屋しかできないオーラヴは、かつて売春組織で痛め付けられようとしているのを救った聾唖のマリアを密かに恋しく思いながらも、ただ静かに見守るだけだった。ある日、ボスの若妻コリナが浮気をしているので殺せと命じられたオーラヴは、コリナを見た瞬間に一目惚れしてしまった。コリナを殺せないなら浮気相手を殺せばいいと考えたオーラヴは、浮気相手を射殺したのだったが、浮気相手の正体はボスの一人息子だった。ボスから命を狙われたオーラヴの逃避行に、コリナが関わり、さらにはボスと対立する組織も絡んできて、雪のオスロを舞台に「殺るか殺られるか」の壮絶な戦いが繰り広げられ、最後は・・・。
識字障害がありながら本を読み、詩情に満ちた文章を書く殺し屋という主人公のキャラクターが秀逸。純粋さと孤独感が、読者の心をつかんでいく。さらに、薄幸の元売春婦・マリアとボスの若妻・コリナも魅力的で、雪の中での物語が色鮮やかに膨らんでくる。ポケミスで170ページほどの短さながら読み応えがあり、読後感は深い。ノワール小説としても、純愛の物語としても傑作である。
幅広いミステリーファンにオススメだ。
その雪と血を (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・ネスボその雪と血を についてのレビュー
No.496:
(7pt)

瞬間湯沸かし器父娘の暴走捜査

スウェーデンを代表する警察小説・刑事ヴァランダー・シリーズの第9作。もうすぐ父親と同じイースタ警察署に勤務することになる娘のリンダが主役を勤める、シリーズ派生的な内容だが、舞台がイースタで登場人物も同じなのでシリーズ作品と言えるだろう。
警察学校を卒業し、故郷のイースタで警察官になるために帰ってきたリンダは、昔の友だちとの付き合いを復活させたのだが、幼なじみのアンナが突然行方不明になった。心配したリンダは、「お前はまだ警官ではない」という父の制止ものともせず、勝手に捜査まがいの行動をとり、何度も父親と衝突していた。そのころ、イースタ周辺では白鳥や子牛が焼かれるという不気味な事件が発生していたのだが、とうとう女性が惨殺されるという事件が発生した。アンナの部屋に勝手に入って日記を読んだリンダは、惨殺された女性の名前が日記に書かれているのを見て仰天する。二つの出来事がつながり始めたとき、そこに表われたのは、カルト集団の影だった・・・。
事件捜査が中心の警察小説ではあるが、主役が警官未満のリンダなので、これまでのヴァランダー・シリーズとはやや雰囲気が異なっている。事件の動機解明、犯罪捜査より、父と娘、あるいは親子の関係などの人間模様の方に目移りしてしまう。実際、事件捜査としてはありえないほど非常識な手法が、ヴァランダーの娘だということで許されているのは、かなり興ざめだった。
ヴァランダー・シリーズとしては出来が良くない作品だが、筆者の死亡により、シリーズ作品もあと2作しか読めないのかと思うと、ファンには必読である。
霜の降りる前に〈上〉 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル霜の降りる前に についてのレビュー
No.495: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

新シリーズ「リーバス部長刑事」?

ご存知「リーバス警部」シリーズの第19作。なんと、警察に復帰したのはいいが部長刑事に降格され、シボーン警部の部下として活動することになった「リーバス部長刑事」シリーズの幕開けでもある。
女子大生が負傷・搬送された自損交通事故の現場に赴いたリーバスとシボーンは、状況の不自然さが気になり、女子大生に聞き取りを行うが、彼女は自供を変えず、同乗者はいなかったという。女子大生が嘘を吐いており、事故の裏に何かが隠されていると感じたリーバスは、お得意の執拗な捜査で嘘を暴き、真相を探っていった。
いっぽう、警察の組織再編で犯罪捜査部に異動する予定の内部観察室のフォックス警部が、最後の仕事として、かつてリーバスが新人刑事として勤務した警察署の刑事たちがグルになって隠蔽したと思われる事件の調査を行うことになり、リーバスに協力を求めてきた。
現在の事件と30年前の事件の解明が並行して進行し、やがてひとつの物語に収斂されて行くという、本シリーズではおなじみのパターンだが、今回はストーリー構成がシンプルで読みやすい。ややサスペンスに欠ける作品だが、犯罪の動機や事件の背景、捜査の手法などがしっかりしているので、レベルが高い警察小説と言える。
それよりも一番の読みどころは、昔と上下関係が逆転したリーバスとシボーンの関係と、前作では徹底した敵役だったフォックス警部と一緒に捜査をすることになったリーバスの反応である。超がつくほど頑固一徹のリーバスが、こんな状況をどうやって克服して行くのか。リーバス部長刑事の成長物語でもある。
シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の警察小説ファンには、本作からでも面白いこと間違い無しなので、ぜひ読んでもらいたい作品である。

寝た犬を起こすな (ハヤカワ・ミステリ1919)
イアン・ランキン寝た犬を起こすな についてのレビュー
No.494: 7人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

平凡に生きることさえ困難な世の中なのか

デビュー作「ロスト・ケア」で鮮烈な印象を与えた葉真中顕の長編第二作は、デビュー作以上に衝撃的で面白い社会派ミステリーである。
国分寺市の単身者向けマンションで、死後数ヶ月を経過した女性と十数匹の猫の死体が発見された。同じ室内に閉じ込められた十数匹の猫に喰われて骨になっていたのは、この部屋の住人・鈴木陽子40歳で、いわゆる孤独死だと思われた。身元確認と遺族への連絡のために国分寺署の刑事・奥貫綾乃が調査を始めてみると、その戸籍は極めて複雑怪奇だった・・・。
調査を進めるとともに次々に表われてくる、連続保険金殺人の疑い。それと並行して語られる、鈴木陽子の生い立ちと変貌の物語。そしてもう一つ、悪徳NPO法人代表の殺害事件の関係者の証言。この三つが織り成すストーリー構成は緻密でスリリング、ページを追うごとにぐいぐい引き込まれていく。
孤独死、貧困ビジネス、保険金殺人、サラ金、売春など、現在の社会不安を見事なミステリーに仕立て上げた傑作である。平凡な家庭に、平凡な才能と容姿を持った子供として生まれた女性が、平凡に生きようとして叶わなかったとき、どのような選択肢が残されているのか?
社会性のあるミステリーが好きな方には、絶対のおススメ作である。
絶叫 (光文社文庫)
葉真中顕絶叫 についてのレビュー