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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 741~760 38/70ページ

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No.653:
(7pt)

良くできた話ではあるが(非ミステリー)

ちょっと幻想的な7本のお話を集めた短編集。
それぞれに特徴的な仕掛けがある話ばかりで、どれも長編になればきちんとしたホラー、ファンタジー、サスペンス作品になるのだろうが、短編のため、そこまでの完成度は無い。表4の解説にある「ストーリーテリングの才に酔う」というのが、この本の楽しみ方である。宮部みゆきのミステリーを期待すると、肩透かしされた気分になるだろう。
地下街の雨 (集英社文庫)
宮部みゆき地下街の雨 についてのレビュー
No.652:
(7pt)

密室ミステリーへの郷愁

ピーター・ラヴゼイの代表作である「ダイヤモンド警視」シリーズの第4作。密室ミステリーの面白さをテーマにした、軽めの警察ミステリーである。
世界最古と言われる切手「ペニー・ブラック」が、バースの郵便博物館から盗まれた。数日後、ミステリー愛好者の集まり「猟犬クラブ」の会合で会員のマイロが読み上げようとしたディクスン・カー「三つの棺」の中に、「ペニー・ブラック」がはさまれていた。さらに、運河に浮かぶボートで暮らしているマイロが帰宅してみると、船内では猟犬クラブの会員であるシドの死体が横たわっていた。死体があった船室は施錠されており、1本しかない鍵はマイロが所持しており、しかもマイロには完璧なアリバイがあった。どうやって密室での犯行が可能だったのか? ダイヤモンド警視たちと猟犬クラブ会員たちは、知識と推理を総動員して密室トリックの解明に挑戦し、犯人との知恵比べに乗り出した・・・。
犯行の動機や背景は二次的で、もっぱらミステリーの歴史と密室トリックにまつわるあれこれを楽しむ物語である。今どきはそれほど人気があるとは言えない密室ものだが、ミステリーファンならだれもが通過儀礼として一度ははまる面白さを持っていることが再確認できた。さらに、バースという街の情景、登場人物たちの個性が見事に描かれており、シンプルな物語ながら読み応えがある。
シリーズ読者であるか否かを問わず、多くのミステリーファンにオススメできる傑作エンターテイメント作品である。
猟犬クラブ (Hayakawa Novels)
ピーター・ラヴゼイ猟犬クラブ についてのレビュー
No.651:
(7pt)

二転三転が面白いんだけど、現実感が無い

ドイツでは警察ミステリーのシリーズで人気が高い作家の日本初登場。凄腕の女性刑事弁護士が主役という、これまでにない設定のエンターテイメント・ミステリーである。
20人の職員を抱える弁護士事務所の代表で刑事事件が専門のラヘル・アイゼンベルクのもとを、ホームレスの少女が助けを求めて訪れた。ホームレス仲間の男が若い女性を殺害した容疑で逮捕されたので弁護して欲しいという。金にはならないだろうがマスコミの注目を集めるのではないかという思惑で弁護を引受けたラヘルが拘置所で出会った容疑者は、彼女の元恋人で優秀な物理学教授だった。彼は何故ホームレスになり、容疑者になったのか? 検察側が持ち出した証拠は万全に見え、これを覆すのは至難のわざと思えたのだが、ラヘルは違法スレスレの調査も辞さず、あらゆる手段で元恋人を救い出そうとする・・・。
元恋人を救出する裁判劇がメインストーリーで、それに絡んで来るのがコソボから脱出しドイツに避難しようとした女性が襲撃された事件。二つの事件は、意外なカタチでつながり、二転三転しながら衝撃的なクライマックスを迎えることになる。どんでん返しというより、一筋縄では行かない話のねじれが面白いのだが、逆転を重視するあまり逆転の背景や理由がややおろそかになっている。ヒロインのラヘルを始め、主要登場人物のキャラクターは上手く造形されているのだが、その言動に深みが無いのが惜しい。
これまでのドイツ・ミステリーにはないスピーディーで波乱に富んだストーリー展開で読ませる作品であり、英米系の弁護士もののファンにも十分に楽しめるエンターテイメント作である。法廷ものファンというより、サイコ・ミステリーファンにオススメだ。
弁護士アイゼンベルク (創元推理文庫)
No.650:
(7pt)

18禁のエロコメディー集(非ミステリー)

各作品の周辺登場人物が別の作品の主人公になっていくという構成の短編集。全作品すべて下ねたで笑わせる、古い言葉で言えば艶笑作品ばかりである。
登場人物がみんな下流というか、しょぼくれた人物ばかりで、そこに面白みを感じれば楽しめる作品である。
個人的には面白かったが、オススメ作品かと言われれば躊躇せざるを得ない。
ララピポ (幻冬舎文庫)
奥田英朗ララピポ についてのレビュー
No.649:
(7pt)

マロリーの父親探しの旅

キャシー・マロリーシリーズの第9作。子供が被害者になるという、いつもの犯罪捜査パターンだが、舞台をルート66に設定してアメリカ大陸を横断し、マロリー自身のルーツを辿る物語でもある。
マロリーの自宅で女の死体が発見され、しかもマロリーの行方が知れない。女性は自殺したのか、マロリーが殺害したのか? 居ても立っても居られないライカーはクレジットカードの利用歴から、チャールズと一緒にマロリーの後を追いかけることにした。改造したフォルクスワーゲン・ビートルでルート66を走るマロリーの目的は、顔も知らない父親が書き残した手紙を元に父の旅路を辿ることだったのだが、ルート66上で子供たちの遺骨が発見された事件に遭遇したことから、その捜査に巻き込まれて行った。捜査現場では、無能なFBI捜査官と地元警察との軋轢があり、さらに行方不明の子供たちを探したい親たちのキャラバンは無秩序に膨張し、次第に状況は混沌として来るのだったが、氷の女・マロリーはそんな周囲とは関係なく犯人を追い詰めていく。
アメリカのマザー・ロードと言われるルート66を舞台に、新旧さまざまな家族の物語が展開されるのだが、基本はスーパー刑事・マロリーの超人的な活躍という、いつものパターンである。今回は、それに「父親探し」という、ややウェットな部分が加えられ、マロリーの人間性に多少の変化が見られるところが新しい。
マロリーのルーツを巡る物語だけに、これまでのシリーズを読んでいないとストーリーが理解しにくいし、登場人物のキャラクターも前作までの背景を前提にして描かれているので、シリーズ読者以外にはオススメできない作品である。逆に言えば、シリーズ読者には必読の作品と言える。
ルート66〈上〉 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネルルート66 についてのレビュー
No.648: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ヘイトに立ち向かう正義とは何かを問う、苦さが残る傑作

2018年のMWAとアンソニー賞の最優秀長編賞、CWAのスティール・ダガー賞という、ミステリー三冠を獲得した話題作。テキサス州東部の田舎町を舞台に人種差別犯罪に立ち向かう黒人テキサス・レンジャーの苦闘を描いた、臨場感あふれる傑作ミステリーである。
黒人ながらテキサス・レンジャーとして働いていたダレンは、知人の黒人がヘイト犯罪に巻き込まれるのを止めようとしたことが原因で停職処分を受けていたのだが、友人であるFBI捜査官グレッグに事件調査を頼まれた。事件は、人口わずか178人の田舎町のバイユーで6日の間に、シカゴから来た35歳の黒人の男性弁護士と地元の若い白人女性の死体が相次いで発見されたというものだった。人種差別が色濃く残っている町で、当然のことながらダレンは保安官をはじめとする白人たちから歓迎されないばかりか、地元の黒人たちからもよそ者として扱われ、たった一人で難しい捜査に挑むことになった。
人々の尊敬を集めるテキサス・レンジャーでありながら、黒人ということで直面せざるを得なくなる困難、偏狭な田舎町の濃密な人間関係が作り出すさまざまな軋轢、アメリカの恥部とも言うべき人種差別犯罪の卑劣な実態など、事件を取り巻く背景が実にリアルに丁寧に描かれている。さらに、事件自体の構造も単純にヘイトクライムとだけは言えない複雑さを含んでおり、非常に読み応えがある。
警察ミステリーファンだけでなく、幅広くミステリーファンにオススメしたい傑作だ。
ブルーバード、ブルーバード (ハヤカワ・ミステリ 1938)
No.647:
(8pt)

働く女子は男前(非ミステリー)

30代の働く女性を主人公にした、2006年発売の短編集。
5作品それぞれに、職場でも人生でも踊り場に差しかかった女性たちの生きづらさと心意気が生き生きと描かれていて飽きさせない。
改めて、奥田英朗の人間観察力と物語作りの上手さに感嘆した。
ガール (講談社文庫)
奥田英朗ガール についてのレビュー
No.646:
(8pt)

改めて、ノワールは犯人次第と感じた

大阪府警シリーズの第5作。1989年の作品だが、2018年に読んでも全く古くささを感じさせない、傑作なにわノワール作品である。
殺害された入院中の暴力団幹部は右耳を切り落とされ、そこには他人の小指が差し込まれていた。次に死体が発見されたバッタ屋のオーナーは舌を切り取られ、口には暴力団幹部の耳が押し込まれていた。問題の小指が行方不明の贈答品販売業者のものと判明し、事件は暴力団がらみの連続殺人事件と判断した大阪府警捜査一課の刑事たちが関係者の周辺を洗っていくと、さらなる犯行が危惧された。捜査側が警戒を強める中を、犯人は最終目的に向かって一直線に進んでいくのだった・・・。
冒頭からラストシーンまでゆるみが無く、どんどん引き込まれていく、密度の濃い作品である。基本的には犯人探しの警察ミステリーだが、正体不明(途中で正体は判明するが)の犯人側からのストーリーが挟まれることで、一気にサスペンスが高まって来る。やっぱり、ノワール小説は犯人像次第ということを再確認した。
黒川節というのだろうか、テンポのいい大阪弁の会話も楽しく、黒川作品ファンなら大満足すること間違いない。ハードボイルド、サイコミステリーのファンにもオススメしたい。
切断 (角川文庫)
黒川博行切断 についてのレビュー
No.645: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

伏線の回収が・・・

本国はもちろん、ヨーロッパ、日本でも人気が高まっている「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第6作。少女殺害遺棄事件をきっかけに、テレビや警察をも巻き込んだ凶悪犯罪を暴いていく社会派警察小説である。
フランクフルトの街中を流れる川で長期間にわたって虐待されていたと思われる少女の死体が発見された。オリヴァーのチームの懸命の捜査にも関わらず身元不明のままで二週間が過ぎた頃、テレビの女性人気キャスターが何者かに激しく暴行され、瀕死の重傷を負うという事件が発生。キャスターは独善的で敵の多いキャラクターだっただけに、犯人探しは混迷する。さらに、今度は人気キャスターの相談相手になっていた心理療法士が襲撃された。一連の事件は、同一犯によるものなのか? ピアを中心とするメンバーたちが捜査の結果行き着いたのは、想像を絶する巨悪の存在だった。
少女殺害事件の捜査から始まったストーリーは、あちらこちらに飛び火し、最後に無理やりまとめられたような落ち着かなさがある。前半でいろいろ張られていた伏線が、いつの間にやら回収されてしまっていた。全体に話を広げ過ぎた感じで、警察ミステリーとしては落ち着きが悪い作品である。
ただ、主要登場人物たちの人間関係の変化という意味では見逃せない一作であり、シリーズ読者には絶対のオススメ。北欧系の警察小説ファンにも、安心してオススメできる。
悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス悪しき狼 についてのレビュー
No.644:
(7pt)

事件の背景、動機が粗雑かな?

ジャン・レノ主演で日本でもヒットしたフランス映画の原作。派手な事件と個性的な登場人物でどんどん突っ走っていく、サスペンス作品である
フランス東北部の山間の大学町で発生した、残酷な連続殺人事件。そこから300キロほど離れた田舎町で発生した、小学校への盗難事件と墓荒し。無関係に見えた二つの事件捜査が、それぞれに個性的な二人の刑事の執念深い捜査によって交わり、忌まわしい真実が明らかにされるという、ありがちな構成のミステリーだが、二人の刑事の個性が際立ち、しかもストーリー展開が早いのでぐんぐん引き込まれていく。そのスピードとサスペンス、アクションはまさに映画向きである。
主人公の一人、ニエマンス警視正はまさにジャン・レノをイメージしながら造形したのではないかと思うぐらいぴったり。映画を見た後に読むのでも、読んだ後に見るのでも、どちらでも楽しめるだろう。ただ、派手な事件の様相の割に、犯罪の動機や背景が粗雑で、ミステリー小説としてはやや評価を下げたくなった。
ピエール・ルメートルなど、近年人気のフレンチ・ミステリーの先駆けとして一読しておいて損は無い。
クリムゾン・リバー (創元推理文庫)
No.643:
(7pt)

寂れゆく北の街の人情話(非ミステリー)

北海道の田舎町(夕張市をイメージした)を舞台にした連作短編集。いつまでたっても何も起きないような、寂れる一方の町でも起きる人々の交流を暖かく描いた人情話である。
田舎ゆえの生きづらさと田舎ならではの優しさが、ちょっとしたエピソードと細やかな心情描写で丁寧に描かれており、まさに流行らない理髪店で渋茶を飲みながらの井戸端会議をしているような読後感である。
宮部みゆきの人情話などがお好きな方にはオススメだ。
向田理髪店
奥田英朗向田理髪店 についてのレビュー
No.642:
(8pt)

第二次世界大戦の亡霊がハリーを走らせる

ハリー・ホーレシリーズの第3作。日本では2009年に刊行されていたのが、新たに集英社文庫として再登場したもの。第4作以降のシリーズへとつながっていく作品である。
暗殺に使われることが多い高性能ライフルがノルウェーに密輸されたことを知ったハリーは捜査を進め、購入したのは第二次対戦中にナチスドイツとともに闘った軍人ではないかという疑惑を抱く。さらに、銃密輸の背後には「プリンス」と名乗る男がいることもつかんだ。信頼する同僚エッレンと共に捜査を進めたハリーだったが、ひょんなことから「プリンス」の正体を知ったエッレンが悲劇に見舞われてしまった。一時は落ち込んでしまって廃人のようになったハリーだったが、密輸組織に関連すると思われる殺人事件が相次いだことから立ち直り、再び事件の解明に走りだすのだった・・・。
上巻はストーリーが現在と1940年代前半を行き来して背景説明が続くため、やや冗長だが、下巻になるとストーリー展開は一気に加速し、タイムリミットのある暗殺ものならではの緊迫感のあるサスペンスになる。ノルウェー版「ジャッカルの日」と言えば分かりやすいだろう。
「ネメシス」以降のハリーを理解する上では欠かせない作品であり、シリーズ読者には必読。シリーズ未読なら、本作から読み始めるのがオススメだ。
コマドリの賭け 上 (ランダムハウス講談社文庫)
ジョー・ネスボコマドリの賭け についてのレビュー
No.641:
(7pt)

珍しく、どんでん返しが少なかった

リンカーン・ライム・シリーズの第13作。今回はイタリアを舞台にした犯罪捜査ミステリーである。
ニューヨークで白人ビジネスマンの誘拐事件が発生。犯人は被害者が首を吊られそうになっている動画と被害者の苦痛の声をサンプリングした音楽をサイトにアップし、コンポーザーというクレジットを付けていた。ライムたちは監禁場所を突き止めて被害者を救出したのだが、コンポーザーには逃げられてしまった。その二日後、イタリアでリビア難民の男性が誘拐される事件が発生。現場には、ニューヨークの事件と同じ犯人を示唆する証拠が残されていた。イタリアの捜査当局から資料提供を求められたライムたちは、資料を送るのではなく、本人たちがイタリアに飛んで捜査に関わろうとしたのだが、担当検事に関与を拒否されてしまった。さらに、アメリカ領事館からアメリカ人の若者がレイプ容疑で逮捕された事件への協力も依頼され、コンポーザー事件に専念できなくなったライムたちだったが、困難な状況にもめげず、犯人を追跡し、事件の真相に迫っていくのだった・・・。
舞台がイタリアに移り、いつものメンバーではアメリアとトムしか登場しないこともあって、捜査状況がこれまでの作品とはかなり異なっている。証拠の徹底した科学的分析から犯罪を解明する理屈っぽさが少なく、お得意のどんでん返しも小粒で、普通の警察小説っぽいテイストになっており、あくどいまでのリンカーン・ライム節に辟易してきた読者には読みやすいだろう。また、イタリア側の捜査陣のキャラクターが秀逸で、人間ドラマとしての完成度は、いつもの作品より高いと言える。
ライム・シリーズ読者には必読。警察小説ファンには安心してオススメできるエンターテイメント作品である。
ブラック・スクリーム
No.640: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

前作よりは、ちょっと退屈

「ミスター・メルセデス」で始まった「退職刑事ビル・ホッジス三部作」の第二作。前作同様、犯人は分かっていて、次の犯行を防ぐためにホッジスたちが奮闘する私立探偵もののバリエーション作品である。
物語の発端は、隠遁している老作家の家に強盗が押し入り、作家を殺害した上に現金と未発表原稿を奪ったこと。老作家の愛読者だった強盗の主犯のモリスは、仲間割れした後、現金と原稿をトランクに詰めて隠した。30数年後、トランクを偶然に見つけたのが13歳の少年ピートだった。実は、ピートの父はメルセデス事件に巻き込まれて負傷し、働けなくなっており、生活苦から夫婦仲が悪化し、離婚の危機に直面していた。トランクで見つけた現金があれば両親が仲直りでき、元の家庭が戻るのではないかと考えたピートは、現金と原稿を家の中に隠し、現金を少しずつ父親宛に郵送することにした。それから4年、現金が尽きたため、ピートは今度は原稿を売ることを考え始めるのだが、ちょうどそのころ、服役していたモリスが仮釈放で出所し、トランクを回収しようとする。隠しておいた宝物を盗まれた盗人と偶然宝物を見つけた少年の手に汗握る攻防戦が始まった。当然のことながら、ホッジス、ホリー、ジェロームの三人は少年ピートの助っ人として問題解決に乗り出していく。
ストーリーの中心はピートとモリスの原稿争奪戦で、ホッジスたちの役割りはサブの扱いである。さらに、老作家の原稿の重要性、価値を強調するためのエピソード類が多いため、全体にやや緊迫感に欠ける。特に、上巻ははっきり言って退屈な部分がある。それでも、ピートとモリスが交差する辺りからはサスペンスが盛り上がり、満足できるレベルに仕上がっている。
前作を受けたエピソードが多いので、できるだけ第一作「ミスター・メルセデス」から読むことをオススメする。
ファインダーズ・キーパーズ 上 (文春文庫 キ 2-57)
No.639:
(6pt)

広場恐怖症でアルコール依存症で覗き趣味の探偵??

デビュー作ながらNYタイムズのベストセラーリストで初登場1位を獲得し、連続29週ランクインしたという話題作。精神分析医でありながら、アルコール依存症で広場恐怖症のために家に閉じこもり、近所を覗くことと古いミステリー映画で自らを慰めているという、風変わりな女性が探偵役を勤める心理サスペンス作品である。
38歳でハーレムの高級住宅街のタウンハウスに一人で暮らすアナは、広場恐怖症のために外出できず、ワインと古いノワール映画を友だちに引き籠もり生活を送っていた。ある日、いつも通りに近所を覗いていて女性が刺し殺されるのを目撃する。ところが、被害妄想的なところがあるアナの証言は周囲に信じてもらえず、自分自身でも妄想ではないかと不安になっていた。しかし、身の回りでは奇妙なことが続発し、アナは一人で事件の真相解明に立ち向かうことになる・・・。
「ガール・オン・ザ・トレイン」や「ゴーン・ガール」などを引き合いにした評価が多く見られるように、「信頼できない(女性が)主人公」というジャンルのミステリーである。それにしても、物語の途中での主人公の壊れ具合がひど過ぎて「どこまでが現実、どこまでが妄想」かの境界が不明になり、心理的なサスペンスを味わう以前に疑問点ばかりが気になってストーリーに没頭できなかった。2019年公開予定で映画制作が進んでいるとのことで、映画化されればもうちょっと整理されて分かりやすくなるのではないだろうか。
女性が主人公の心理ミステリーがお好きな方にはオススメ。また、1940年代から50年代のフィルム・ノワール愛好家には魅力的なマニアックな作品と言える。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上
No.638:
(7pt)

諜報小説というより、夫婦の心理ミステリー

元CIA分析官という経歴の女性作家のデビュー作。自らの経験を生かしたという、アメリカの情報機関とロシアのスリーパーの戦いを描いた作品である。
CIAでロシアのスリーパー対策を担当しているヴィヴは、苦労の末に突き止めたロシア側ハンドラーのパソコンでスリーパーたちの画像を発見する。しかし、その中に夫であるマットの写真が含まれていたことに驚愕し、すぐに上司に報告すべきところをためらい、そのまま職場を出てしまった。10年間共に過ごし、4人の子どもと一緒に幸せな家庭を築いてきたはずの夫は、ロシアのスパイなのか? 悩みに悩んだ末に、「いつからロシアのために働いているの?」と問いかけたヴィヴにマットは「二十二年前だ」と答えた。子供たちを守るために秘密を守るのか、国家に忠誠を尽くすために夫を告発するのか。ヴィヴはマットへの不信感に葛藤しながらも、家族を維持するために苦闘するのだった。
スパイ小説ではあるが、一級のスパイ小説が持つヒリヒリした緊張感は無い。むしろ、嘘を吐いてきた相手との不信と愛情のドラマという心理サスペンスとして成功している。もうすでに映画化が決定しているようだが、確かに映画向きのストーリーである。
本格的諜報小説ファンにはやや物足りないだろうが、ホラーではない心理サスペンス好きにはオススメできる。
要秘匿 (ハヤカワ文庫NV)
カレン・クリーヴランド要秘匿 についてのレビュー
No.637:
(6pt)

最後に腰砕け・・・

ヘレン・マクロイを代表する「ウィリング博士」シリーズの10作目、1955年の作品。シリーズの特徴である、犯人探しの本格派ミステリーをオカルト風味で盛り上げたサスペンス作品である。
転落死した夫の遺品の整理を始めたアリスは、「ミス・ラッシュ関連文書」と書かれた、中身が無い封筒を発見する。聞き覚えの無い名前を疑問に思ったアリスだったが、一人息子のマルコムが連れてきた魅力的な女性が「クリスティーナ・ラッシュ」と名乗ったのに驚愕する。しかも、彼女が帰った後、封筒が消えていた。クリスティーナ・ラッシュとは何者なのか、夫との関係は何なのか、何の目的でマルコムに近づいてきたのか? 疑心暗鬼にとらわれたアリスは、強引にミス・ラッシュの正体を暴こうとするのだった・・・。
ミス・ラッシュの正体に迫るプロセスはなかなかのサスペンスで、犯人探しの面白さが味わえる。しかし、事件の動機の解明になると、途端に平板で中途半端になってしまう。探偵役のウィリング博士も魅力的ではないのが惜しい。
シリーズの中では最後に邦訳された作品ということで、シリーズ愛読者には必読。それ以外の方には、まあ時間があれば読んで損は無いという程度だ。
悪意の夜 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ悪意の夜 についてのレビュー
No.636: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

さらに加速したドタバタミステリー

デビュー作でいきなり人気沸騰した「ワニ町シリーズ(by解説の大矢博子氏)の第二弾。またまた笑いとアクションとミステリーが凝縮された、期待通りの快作である。
前作の大騒動が終わり、やっと静かに暮らせると思ったフォーチュンだったが、翌朝にかかってきた一本の電話で、また事件に巻き込まれることになる。シンフル出身でハリウッドに行っていた元ミスコン女王のパンジーが町に帰ってきて、町のお祭り「子どものミスコン」で元ミスコンを偽装しているフォーチュンと一緒に運営することになったという。町中の男と関係があったと噂されるパンジーは強烈なキャラクターで、同じく強烈キャラのフォーチュンとは会った途端に公衆の面前で衝突することになり、翌日、パンジーが死体で発見されたため、フォーチュンは犯人と目されてしまった。そこでフォーチュンは、前作でも大活躍した婦人会のスーパーおばあちゃんコンビのアイダ・ベルとガーティの力を借りて、真犯人探しに乗り出すことになった。
犯罪の動機や背景は、言わば添え物程度で、メインディッシュは3人組の大混乱と大活躍である。CIAの秘密工作員フォーチュンは言うに及ばず、地元婦人会の二人も頭脳とアクションと口が抜群で、最初から最後までしっかり笑うことができる。
ユーモアたっぷりできちんとした構成のミステリーを読みたいというファンには絶対のオススメ。
前作の翌日から始まるストーリーは前作を受けての表現が多いので、ぜひ第一作から読み始めていただきたい。
ミスコン女王が殺された (創元推理文庫)
No.635: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

肉食系お巡りは、いかにして悪徳警官になるのか

ニューヨーク市警のヒーロー警官を主人公にした長編警察小説。警察にとって、行政にとって、司法にとって正義とは何かを問いかける熱い物語である。
ニューヨーク市警で絶対的な評価を得ている特捜部「ダ・フォース」のリーダー・マローン部長刑事。麻薬や銃による犯罪捜査で次々に成果を上げ、市民からの信頼が厚く、ヒーローと崇められていたマローンが、汚れた刑事として拘置所に入れられたのはなぜか。街の現場を歩く警官が何を考え、何に傷付き、何を誇りとしているのかを丁寧に追いかけ、清濁併せ吞む壮大な物語に仕上げたヒューマンストーリーであり、スティーヴン・キングの「ゴッドファーザーの警察阪」という評価がぴったりだ。
文庫本1000ページ近い超大作だが、最初から最後までゆるみが無く、どんどん引き込まれていく。警察小説、犯罪捜査物語、ノワール小説などというジャンル分けを超えた傑作として、すべての現代ミステリーのファンにオススメだ。
ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウダ・フォース についてのレビュー
No.634:
(8pt)

「味方は家族だけ、世界は敵だ」という、家族の歪んだ絆

日本でも大ヒットした「熊と踊れ」の続編。前作とはやや異なったテイストながら、読者を引き込んで行く力強さは失っていないサスペンスフルな犯罪小説である。
(以下の感想は前作のネタバレを含んでいるため、未読の方は注意)

連続銀行強盗で6年間の服役を終えた長男・レオが出所してみると、6年間で、一緒に犯罪を犯した家族は大きく変化していた。父親は酒を断ち、次男、三男は社会復帰して真面目に働いていた。ところがレオは、獄中で知り合った殺人犯・サムと壮大な強盗計画を企てており、出所したその日に、先に出所していたサムと一緒に行動を開始する。レオが立案した緻密な計画は完璧に見えたのだが、ちょっとした手違いが生じたため、弟たちの手を借りる必要が生じた。しかし、二度と犯罪には手を染めないと決心していた弟たちはこれを拒否し、レオはサムだけを仲間に計画を強行することになった。
前回の強盗事件を担当したブロンクス警部は、今回も担当することになり捜査を進めていたのだが、レオの相棒になっているのが実の兄のサムであることを知り驚愕する。兄が服役したのは、弟である自分を守るために父親を殺害し、しかも自分が警察に通報したからだったのだ。そのことに罪悪感をいだいていたブロンクス警部は、警察としての責任と兄を助けたいという思いとに引き裂かれて苦悩する。そして、二組の兄弟たちの物語はひたすら終末へと失踪する・・・。
前作同様、緻密な犯罪計画がスリリングなのだが、本作は家族の絆というテーマが、より大きな比重を占めている。愛し合う家族同士が暴力の血によって反発し合う悲劇が、胸に重くのしかかる。エキサイティングながらも悲しみを感じさせる作品である。
前作を受けての話なので、「熊と踊れ」を読んでから本書を読むことを強くオススメする。
兄弟の血―熊と踊れ2 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)