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夜と霧の誘拐
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夜と霧の誘拐の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.20pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全5件 1~5 1/1ページ
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| 【読書のきっかけ】 矢吹駆シリーズは、私にとってお気に入りでしたが、先日、2022年に刊行された前作「煉獄の時」を読んで、深く感銘を受けました。 そこで、シリーズ最新作である本作品を読むこととしました。 【率直な感想】 このシリーズの特色は、本格ミステリの体裁を取りつつ、現象学という哲学的要素を作中に取り入れていることです。 この「哲学」と「本格ミステリ」の融合という点において、本作品は、ひとつの到達点に達した作品として、評価しています。 <意外な真相のインパクト> 本シリーズは、「哲学」を取り入れているとは言え、やはり「本格ミステリ」としての骨格が優れているかどうか、ということは、重要な評価要素になると思います。 本作品では、まず、最初に起きる誘拐事件が黒沢明監督の名作「天国と地獄」でも取り上げられた、誘拐する相手を取り違えてしまうという、特殊な設定となっていることに興味をそそられます。 また、その誘拐事件と並行して殺人事件も発生しており、「誘拐」と「殺人」の二つの犯罪が独立のものではなく、密接に絡みあっているという複雑な様相を呈していることから、私は、物語に強く引き込まれていきました。 そして、最後に明かされる真相は、これがとても意外なもので、「本格ミステリ」の醍醐味は、「意外な真相」にあると考えている私にとって、高評価の作品と言えます。 <現象学による推理の巧みさ> 現象学という哲学的な思考から事件解決への推理を行うというのが、本シリーズの定番ですが、今回は、この推理法でなければ、真相にたどり着けないのではないか、と思わせるほど、見事な推理でした。 普通の探偵役の推理でも意外な真相には違いありませんが、「哲学」の要素を取り入れていることで、真相の意外性が強く読者の心に迫るものになっていたと思います。 <ホロコーストについて> 本シリーズではしばしば、ユダヤ人の大量虐殺という歴史的事件を作中に取り入れています。 本作品の題名の一部である「夜と霧」は、ユダヤ人の強制収容所で体験を綴った、ヴィクトール・フランクルによる世界的な名著「夜と霧」を意識してのものであることは間違いないでしょう。 また、作品の冒頭には、ハンナ・アーレントの著作からの引用文が掲げられていますが、彼女は、ナチズムについての鋭い分析を行った、世界的に著名な思想家です。 また、作中で矢吹駆けと論争を繰り広げる架空の哲学者の名前が、【「ハンナ」・カウフマン】というのも意図的な命名でしょう。 このように「ホロコースト」が物語に関係してくることを示唆しており、実際に本編を読むと、この歴史的事件が巧みに織り交ぜられており、強い印象を残す作品となっています。 【全体評価】 本作品は、「哲学」と「本格ミステリ」が見事に融合した作品であるとともに、「ホロコースト」という歴史的事件を物語の背景に織り込んで、強い社会的メッセージも盛り込んでいることから、シリーズの到達点とも言える傑作であると感じました。 | ||||
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| 今半分読んだところ。哲学者が出てきて、意表を突かれた。本格ミステリー。すごい。 | ||||
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| 推理小説としての完成度は十分だと思います。ただ長すぎるという感想を持つ人は多いでしょう。 流れる世界観と思想。遥か彼方になった20世紀。タイムスリップをしたような気がしました。その時期に青年期、壮年期を過ごした私からすると相応に浸ることができますが、若い人はどうでしょうか? 当時は東西冷戦中、そして思想によるテロ犯罪も頻発し、今とはかけ離れた時代でした。世界が核戦争で滅びる予感を意識しながら思想も経済も形作られた。ただその思想も今となっては遠い過去のもの。金と市場主義が跋扈する現代で光を失っている。中世の神学のように。 ただユダヤとパレスチナの関係は、現在にいたるまで解決することなく、前者の軍事的圧倒的優位のもとにいったん終結をむかえようとしています。本書にはそれを予感させるものはありませんが、最終的にシリーズをどう締めくくることになるのでしょうか?単にニヒリズムの相対では救いがない。 推理小説に戻ると真相が明らかになった後周りや警察に事件がどう取り扱われることになる、なったかは書かれていません。少し気になります。 | ||||
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| 矢吹駆シリーズの8作目である。 1979年の第1作『バイバイエンジェル』から、延々と50年近く書き続けられている。 読者もそれに付き合って、読み続けていることになる。 しかも、この8作の舞台はパリを中心とするヨーロッパだが、1970年代半ばのわずか3年ほどの間に、語り手のナディア・モガールと矢吹駆は本作を含めて8件もの謎多き殺人事件に次々と関わり続けることになる。 というか、書き始められた時から、50年後の最新作までに時はわずか3年しか進んでいないのである。 これは、なかなかに凄いことであるw 第1作当時は、読者は同時代的に感じていたはずだが、50歳近い読者ですら生まれる前の時代を描いていた作品ということになる。 本書の中身だが、第4作『哲学者の密室』の舞台となった「森の屋敷」が再び舞台に設定されている。 『哲学者の密室』では、マルティン・ハイデガーがモデルのマルティン・フォルバッハなる哲学者が、自らのナチスへの賛同の証拠となる絶滅収容所訪問時の写真を抹消しようとして、罠にかかって死ぬ。 当然、テーマはユダヤ人絶滅収容者をめぐる哲学的議論が、この大部の作品のかなりを占めている。 本作では、ハイデガーの弟子でアイヒマン裁判を傍聴して『凡庸な悪』を著したハンナ・アーレントをモデルとするハンナ・カウフマンが登場し、矢吹駆とユダヤ人絶滅収容所をめぐる議論が繰り広げられる。『哲学者の密室』が2002年刊行だから、20数年たって続編を読んでいるような気分になる。 ところで考えてみると、前作第7作はサルトルとボーボワールをモデルとする2人と矢吹は哲学的議論を繰り広げるのだが、その内容も、本作に連続している。 つまり、「戦後日本の平和主義的理想も、崩れた均衡を回復できないことから生じた倒錯的病的な観念」であり、これが戦後世代の暴力への病的コンプレックスに転化する。その最たるものが連合赤軍事件であったという、作者・笠井潔の見解が矢吹の口を借りて述べられている。こうした内容は評論家・絓秀実との対談集である『対論 1968』においても、笠井の独自の見解として述べられている。 本作では、こうした戦後日本の在り方とユダヤ人差別、イスラエル建国との類似性を指摘する議論も孕みつつ、ミステリーが進展していく。 同じ日に、反ユダヤ主義的思想を持つ私立学院の学院長が射殺され、同時に2つの誘拐事件が発生する。誘拐事件の被害者の1人はユダヤ人富豪の屋敷に住む専属運転手の娘だったが、富豪の同じ歳の娘と間違われて誘拐されたものと思われた。この運転手の娘もユダヤ系である。 2つの誘拐事件には意外なつながりがあり、また殺人事件ともつながっていく。 キーワードは「犯罪の交換もしくは殺人の交換」であり、その「意味のブレと二重化」をめぐって矢吹が現象学的推理で、真実に迫るというもの。 驚くようなストーリーが二転三転四転五転・・・しつつが繋がっていき、読者をあっと言わせる手法は健在である。まあ、「あっ」と言いつつも、かなりの無理筋も押し通しているとも感じる。が、それがこのシリーズの特徴でもあるので、読者としては許容するしかないのである。 登場人物の名前が入れ替わってしまっているところが2か所ほどあって気になった程度で、第1作からのクオリティが維持されているというか、ますますペダンチックな要素を増しつつもレベルアップしているように思える。 雑誌連載の経緯を調べると、現在、第9作は連載が終了して刊行を待つばかりであり、第10作が連載中だという。 そこまで書いてほしいし、読みたいと思わせてくれるのであった。 | ||||
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| 矢吹駆シリーズの前作『煉獄の時』からおよそ2年半。思いの外早く刊行に漕ぎ着けたものだ。とは言え、このところ書店巡りも滞りがちなせいか、迂闊にも1か月近くその事実に気付かなかった。大々的に宣伝されるわけでもなく、最早笠井潔の作品はコアなファンにしか届かない存在になってしまったのではないかと感じる。 本作は文芸誌『メフィスト』の2010年 vol.1〜vol.3に掲載されたものである。当時vol.3を買い漏らしてしまい、長らく結末が分からないまま過ごしていたので、漸く最後まで読み切れて嬉しい限り。 ストーリー自体は、同日に起こった誘拐事件と殺人事件が実は一連のもので…という流れなのだが、正直ミステリとしては「う〜ん」。意外な真犯人によるパズルのようなトリックを読まされると、それで説明は付いたとして、そもそも「そんなこと、素人が考え付くものか?」と思う。でも、問題ないのだ。「実は事件の裏には矢吹駆の宿敵たるニコライ・イリイチがいて、彼が全ての筋書きを描いていて…」という展開になるのだから。誠に使い勝手の良いジョーカーである。「それで、彼にどんなメリットがあるの?」と考えなければね。これでは、国際的テロリストでなく、始末に負えないただのサイコパスではないか。 結局、本作で笠井潔が書きたかったのは、終章「森屋敷の少女」における矢吹駆とハンナ・カウフマン(=ハンナ・アーレント)の対話に尽きるのだろう。ナチスによるホロコーストを絶対悪と規定することの政治的含意や、日本が「唯一の被爆国」と殊更揚言することの精神的欺瞞性。私は、極左闘争に出自を持つ笠井潔の思想にシンパシーを覚える者では全くないが、言いたいことは分かる。小説に仮託した形でなければ、寄ってたかって袋叩きになりかねない意見かも知れない。本作の価値は終章に凝縮されているとさえ思う。 | ||||
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