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星の子
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星の子の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.71pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全147件 21~40 2/8ページ
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ふと、考えさせられる小説です。 読み終わったあと、このエンディングで良かったな、と思いました。 後は、まだなにか起こりそうな予感はするけれども。 | ||||
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宗教2世の子のお話し 独特な世界観とキャラのため、この子が不幸に感じない 洗脳されてるのもあるのかも知れないけど、本人はその宗教を楽しく受け入れてるので難しい 今の社会の流れから、ちょっと曲がった感じの考え方を教えてくれて良かった そこから無理に引き離す事は、その子にとって良い事なのか? | ||||
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モデルはともかく、新興宗教家庭で生まれた2世を題材とした本作。 Kindle unlimitedで読めたので読んだが、思わず購入した。 出てくる大人たちの反応と、主人公家族の中で起きてることのギャップと子どもたちのいびつとも言えるが需要とも言える受け入れ方の書き方は生々しさを感じる。ラストについて、賛否あるとは思うがこれは実際こういう環境に置かれた人は白黒つけた解決が出来ないという事を示唆しているような気はする。 カルト宗教って各国にそれぞれ問題は在るが、ある意味カルトパラダイスになりやすい日本だからこそ、この作品の意味があるのでは、とも思う。 | ||||
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作中でにおわせる事件、家族、家出した姉、親戚、宗教に携わる関係者、教師、同級生、もっと掘り下げて書いて欲しかった 淡々と終わってしまって終わり方も唐突 | ||||
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今村夏子さんの作品は一通り読みましたが、どれもちょっと変わった人たちが登場します。ある時は統合失調症を思わせ、ある時はパーソナリティ障害を思わせ、ある時には軽度精神発達遅滞を思わせ、そして今作では今正に話題の宗教2世です。今村さんはどちらかと言うと、精力的に取材したり学んだりして作品を上筆しているというより、そちら側の人間としてとつとつと発信されているような気がします。その立場にあるものが、社会にはどのように映っているのかも分かった上で。信じて財を献上し幸せの舞を踊る両親。でも彼らは娘の幸せを心から願うし、主人公自身もそれは少しズレているんじゃないかと思いながら、それでも基本は感謝しかありません。気味悪がっていたのにどんどん信仰を深める友人、そこに触れちゃダメだよと、微妙な距離をとる人たち、自分の似顔絵を描かれ、とうとう憧れの教師を激怒させてしまう主人公。どれもがこういう宗教にはまる人々、あるいはその周りにありがちな風景で、敢えてこういう話題に首を突っ込む作者さんは、何の抵抗もなく禁忌?に触れたがる傾向にあるようです。本人たちが幸せならいいじゃないですか?っていうありふれた感想より、私は激怒して忌み嫌う教師にシンパシーを覚えました。作家の小川洋子さんはこの教師をいじめる悪、主人公を無垢な弱者としてこの作品を講評していますが、それもちょっと違うのでは?と感じます。おそらく作者さんは善悪ではなく、こういう風景を「面白いなあ」という興味だけで描かれているのではないでしょうか? | ||||
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とにかく読みやすいので一気に読破。 宗教二世の話だと聞いていたので読んだのだが、これはとある少女の人生の話だった。自分が主人公ちひろの人生を生きていたならということをまず思う。 というのもこの小説の視点は徹底してちひろの視点でそれ以上の情報はない。自分の経験でちひろの目を通して得た情報で考えてしまうのだ。 それゆえにラストシーンの解釈は読んだ人分違う解釈があるかもしれないというものだった。 たまたま自分はいまの自分の人生を生きている。たまたまちひろの人生は両親が宗教に傾倒したいた。おなじ世界の中にいる。考える。生きるってみんな必死だよな。そんなことを考える。子どもだって、大人だって、年寄りだって。みんな必死なんだよな。 | ||||
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宗教2世の子供の物語。 親は自分の意志であるが子供は選択の余地がなくそれが日常を描く。 ドラマチックなことが起きないだけに、じんわりと異常さと子供の不幸が際立つ。 題材のわりに読みやすさを意識しているし、変な不幸話に仕上げていないのが受け入れやすい。 | ||||
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両親が宗教にはまり、親戚づきあいもなくなり、姉は家出し、家は貧乏。状況だけ聞くととても不幸な、宗教2世の子の話のようだけれど、ちひろ自身は淡々としていて、集会にも楽しく参加し、友だちも作っている。とはいえちひろ自身は完全に信じているわけではなく、ほんのりとした疑問も持っている。 「星々の郷」での、ちひろが両親と流れ星を見上げるラストシーンがとても良かった。両親は身綺麗にすることも、食事に気をつかうこともなくなったけれど、新興宗教に完全に狂っているわけではなく、ちひろのことは大切に思っているところが伝わってきた。 リーダー的人々の暗いうわさとか、集団リンチ事件のうわさとか、両親とずっとすれちがう描写とか、ところどころ出てくる不穏なところも効いていた。 | ||||
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今、統一教会問題が出てるからどうしても好意的には読めない。作者の意図はなんなのか、最後の対談のようなものを読んでも見えてこない。 | ||||
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『紫のスカートの女』がとても好きだったので続けて読みました。 本作は信仰宗教に傾倒する両親とその子どもの話ですが、子どもの一人称で進むこと、またその視線がどこまでもフラットなことから、テーマを聞いて想像するような重苦しさや小難しさは皆無です。それが逆に主人公を取り巻く環境を表していて胸にきます。 『むらさきのスカートの女』でも感じた一人称で進むストーリー上での情報の提示の仕方の巧さ、主観だけで語られる世界の絶妙な歪み方は共通しており今作も何度もうーんと唸ってしまいました。 『むらさきのスカートの女』の時も感じたのですが、今村夏子さんが主観を置く主人公は自分の中身が空っぽな感じがして、それゆえに世界の歪みをフラットに取り込んで主観と同化してしまっているというか、その静かな精神性をすごく切なく感じます。 全然泣くようなラストじゃないと思うんですが最後読み終えたとき色々な感情に襲われて泣いてしまいました。 善良さと脆さは近いところにあり、その善良さゆえの脆さに気付かぬまま巻き込まれる存在もある。正しいとか正しくないとかとは関係なく、そこに流れる愛情は本物なんだよなぁ。 とてもとても好きな本でした。 | ||||
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自分の子ども時代を考えると、これくらい心傷つけられるようなことはたくさんあったなといろいろ思い出した。学校の先生などは今よりももっと自分勝手な理屈で子どもを罵っていたものだ、それはごく普通のことだった。私は耐えに耐えた後唐突にブチ切れる、そしてまわりをあたふたとさせてきたのだったろうか。しかし星の子の主人公はひたすら耐え抜く、しかも表面的にはあっけらかんと、飄々と。ラストは不穏さを残す。それでも主人公はひたむきに怒りも憎悪も誰に向けることなく、この家族を、この世間を生き抜いていくのだろう。 | ||||
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例の事件をきっかけに宗教二世が話題になっていたので、気になり読みました。星の子は宗教を肯定も否定もしないスタンスでその中にいる子どもを描いています。そもそも宗教を宗教と認識していない、日常としている子どもたちが、外の社会とのつながりが増える時期にぶつかる葛藤などが主人公の女の子の目を通して垣間見えます。最後のシーン、静かな余韻を残します。 | ||||
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末娘の難病が完治したことから、新興宗教にのめり込んでゆく両親と姉妹の物語。粛々と綴られてゆく物語と読み手の想像力に託されたラストシーンが、印象的な作品でした。 | ||||
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宗教問題で、家族が崩壊する話かと思っていました。 この本は、その上をいく話でした。 しかし、崩壊と苦しみを乗り越え.....という結末を期待していたので、4つ星にしました。 なんだか、ほんわりとしていて良かったです。 | ||||
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辻村深月さんの琥珀の夏に出てくるミライの学校にも似た、宗教団体の合宿風景。子どもたちもみんな仲良し、イジメもスクールカーストもなく、妄信する信者たち。水が商品になっているのも似てるし、なにやら裁判沙汰になりそうな気配も。宗教のことをカミングアウトしても変わらず友達でいてくれる友人や、叔父さん一家は救い。最後はどうとでもとれる暗示のラストだが、私には悪い予感しかしない。儀式をしている両親がカッパに見間違えられたのは、普通の人から見れば、それだけ理解不能という描写なのか。 | ||||
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宗教団体になじみはなかったが、実感がわいた。主人公を取り巻く環境がわたしには目新しく、気になって一気に読んでしまった。 | ||||
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『こちらあみ子』を読んで、 なんという素晴らしい小説だと、 驚き、一撃でファンになりました。 でも、 けっこう賛否ある作家さんなので、 恐る恐るという感じで、 この本の最初のページひらいて。 あみ子から先、この本までの間に、 百を超えるいろんな本を挟んだから、 同じ作家、同じ作風でも、 感じかたが変わるかもしれない。 癒やしが退屈に、 ハラハラがあるあるに、 余韻が放り投げに、などなど、 全部ガッカリに変わるかも。 今は体調もよくないし、 ボーッとして集中力ももたないし、 読めるかな。 なんて心配は、 最初の1ページで、 完全に吹き飛びました。 どんな体調でも読める、 すぐに物語に引き込んでくれる。 文字表現の達人ですね。 ムダがなく、 読みやすいのに飽きず、 そんなに起伏がないのに退屈せず、 難しい言葉などないのに、 難解な小説より読み応えがある。 伏線だの回収だの、 定番の小技で創られていないので、 なにも解決しなくても満足する。 このかた、不思議な作家だなぁ。 子供の視点、 子供の素直な感じかた、 子供の口調だから、 やさしくて、でも残酷で。 大人は絶対の存在で怖くて、 現実は裏切るけど、 明日は必ず来て。 でも、もしかしたら、 この物語の先には、 もっと悲惨ななにかもありそうで。 誰も救われず、 でも、救われないからつまらない、 とも思わない。 この作家さんは、これでいい。 なんでそう思えるのだろう? 不思議だ。 未消化感が全くない。 取材とかもしてなさそうな、 ふわっとした設定なのに。 これでいいと思ってしまう。 ちなみにぼくは、 カルトに洗脳された親から、 その糞のような教義により、 洗脳や拷問やトラウマ、 洗脳がとけたあとの鬱病、 こじらせて緘黙から失声など、 全部実体験してますので、 (2世ってやつです) この作の宗教が、 どれほどデフォルメされてるか、 というか、 適当な想像で描かれてるかも、 よーくわかります。 何教をもとにしたカルトかも、 よくわからんですし、 組織としての仕組みも、 なんにも描かれないですが、 でも、これでいいと思います。 宗教から誰かを救う話なんて、 もうたくさんあるし。 事実に基づいてるだとかそんなのは、 作品の面白さや完成度、 夢中になれる小説かどうかとは、 全く別問題だと思います。 すばらしい、 完璧な小説でした。 今村夏子さんを体験するのは、 これでまだ2冊目ですが、 もっと読みたいです。 巻末の対談も、すごくよかった。 「書くことない」ってマジか。 それでも「書いてください」 「自由に、なんでもいいので」 「何枚でも、好きなように」 と誰かに懇願されて書くって、 どーゆー才能を持っていると、 そんなことになるのか。 でもわかります。 もっと書いてほしいなと、 ぼくも思いますし。 | ||||
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宗教2世のお話でした。作者は必要以上に宗教と悪とはせず、フェアに描いていたと思います。ラストシーンについて、安易な救いや、ありふれた希望、明るい未来は示されませんでしたが家族について優しい描き方だなと感じました。 また、一番醜悪なシーンは、先生からの罵倒です。宗教の是非や自分の考えはともかく、こういう行動だけは、とらないようにしようと決めました。 | ||||
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救いのない家庭で育っているはずの主人公の女の子。 最後に頬を寄せあい流れ星を探す親子三人の様子に 少しの希望が見い出せるような気がする。 | ||||
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最後の終わり方で賛否があったようですが、最初私も「え?これで終わり?」と思いました。 ただ、よく考えたら、この小説は全てちひろ目線でのみ描写されている訳で。 (信仰)宗教の善悪もよく分からず、引っ越す度に家が小さくなっている事情ももちろん分からない。 ただただ父母は優しく信頼出来て、周りの友達も「(ちひろから見たら)普通に」接してくれている。 もちろん客観的に見れば噂や陰口が蔓延っている事は容易に想像できるけど、当人、しかも子供時代はそこまで敏感でもなく(公園で父母を客観視するまで異質だという意識はほとんどないはず)、 そもそも噂や陰口は本人に聞こえないように言うものだから^^;耳に入ってこない(=描写がない)のも当たり前。 家出したお姉さんの事も全く出てこないのは不自然、という意見もあったけど ちひろ目線だったら…自分もその年代の頃を思い起こせば、目の前の事でいっぱいいっぱいだから 今ここにいない人の事を思うのは正直そんなに無いのかもしれない。とてもリアル。 賛否が分かれたラストも 大切なお父さんお母さんが普通と違う事を気付いてはいるけど、 「大切な人が信じていることを理解しなければいけない」という気持ちの方がまだ強い様子が見受けられました。 父母と自分は違う人間(流れ星が見える見えないで表されている?)なのも気付いているけど 「この心地良さを維持するためには信じなければ…」。 ただ、それがいわゆる「2世信者」の陥る危険性なんだろうな、と思いました。 今のちひろの時点で気付くことが出来て、他の人に頼る事が出来れば違う人生を歩む可能性があるけど、中学生では「親が全て」と思っても仕方がない。 そこが分岐点なのでしょうか。 本人が被害者と思わず、幸せならいいのでしょうか。 深く深く考えさせられた作品でした。 | ||||
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