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アニバーサリー
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アニバーサリーの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.21pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全12件 1~12 1/1ページ
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解説の小島慶子さんが的確な指摘をしている。「残争を生き延びた晶子にとって、人生は何もかも失った所からのスタートだった。 手に入れる喜びを存分に味わった晶子、もっともっとと渇きの止まない真希、いつかは失われるだろうと虚無的に生きる真菜。日本を豊かにした世代と、その豊かさを享受した世代、そして次の幸福の物語を見失った世代、それぞれの渇きが描かれている」特に作者が中心に据えていたのが、家族の形だったのではないだろうか。戦後、高度経済成長と共に、三種の神器と呼ばれる家電が入ることにより、人々の生活にゆとりを与え、女性の社会進出を後押しした。それと同時に核家族化が進み、子育ては孤立していく。 物語は、それぞれの時代背景にあるものを色濃く反映させながら、リアリティを持ってそれぞれの時代に生きる女性たちを描いていく。 後半、東日本大震災と原発事故の中、出産した真菜。彼女を放っておけない晶子。世代も違う、赤の他人である二人が心を通わせ晶子の家で暮らす中、真菜の孤独は少しずつ和らいでいく。 この物語は、現在に繋がっている。何も解決したわけではない。不安な世の中は続いてゆく。それでも、生きていくのだという、柔らかいながら力強いメッセージを受け取った気分だ。 | ||||
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本当に良い、素晴らしい小説です。機能不全家族や出産という重い重いテーマを扱いながらも、窪美澄さんの文章からは生きづらい人生を生きる人たちの人生が交差する事、その奇跡への敬意のような、優しさが感じられます。 一章、戦時中の混沌の中で昌子の心が真っ直ぐに育っていく様に、今まで読んだ窪さんの小説とは違うタイプの涙を流しました。限りなくフィクションに近い所に設定された昌子の優しさだけど、昔の女性って本当にこんな風に素直に他人に優しい事が多い。そんな優しさが息子の死や流産という苦しみに襲われる、たったこれだけで泣かせられる文章の力がありました。昔の小説風の叙述が今読むと新鮮。 二章の真菜は真逆のゆとり世代。上手くいかない家庭の中で歪んでいく真菜の心と体が切ない。真菜の不純異性交遊と親友の関係性は他の小説で見たような話ではある、だけど読ませます。 そして311の地震と真菜の出産をきっかけに2人の人生の線が混じっていく三章。後半、真菜が両親とどう折り合いをつけるのかに従ってどんどん小説が盛り上がっていきます。上手くいっても嘘くさいし、いかなすぎても救いがない、その狭間でなんとか真菜の人生が好転してほしいと切なく読みました。 構成も良いなと思いました。最初は昔の小説風で、中盤からは現代風になっていくので飽きさせません。子供の親への歪んだ気持ちを描いた小説の中ではベストではないかと個人的に思います。 | ||||
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70代のマタニティスイミングコーチ 晶子と、その生徒で30代のシングル真菜の交流を描いた作品。 東日本大震災を起点に、晶子、真菜、それぞれの人生を振り返るという展開だ。戦争、子育てを経てキャリアウーマンとして歩んできた晶子は、シングルで子供を産もうとする真菜に心を砕いていく。 それぞれの人生が、ひとつの短編小説になり得る重厚さ。真菜の親子関係、そしてお腹の子の父との関係は、世捨て人のように自暴自棄になるのも宜なるかな。 著者らしい気持ちをささくれだたせるシーンはあるものの、ラストは爽やかな感動に包まれる。 | ||||
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お見事!これはなかなかの傑作でしょう! 窪さんの本を読んだのは今回で4冊目でしたが、本小説は「ふがいない僕は空を見た」に次ぐ出色の出来ではないでしょうか。 ➡これ以降、内容に触れます。先入観なしに読みたい方は、読まないでください。よい内容ですので、全く白紙で読んだ方がいいかもしれません。 ◇ 前半は、窪美澄さんの筆力に気持ちよく身を委ね、主人公晶子(あきこ)の子どもの頃から、結婚、出産、子育て、仕事を始めるまでの人生を辿ります。戦前に成功した質屋の娘、晶子のお姫様生活。戦中のひもじい疎開生活。そこでの晶子の変容。終戦での大人の変容に戸惑う姿。 筆力と言ったのは、窪さん自身が本当に大店のおひい様だったのではないか、疎開を経験したのではないか、自身で大きな心の変化を体験したのではないか‥‥。そう思わせる力量です。私より年下の窪美澄さんが疎開生活を味わっているわけがありません。 その筆力で、他人の豊かな愛情に包まれ育ち、前向きで明るい晶子の生活を描いています。素晴らしい。 ◇ 後半は一転、人の影の部分の描写が心の底まで届いて心を震わせます。これぞ美澄節! もう一人の主人公真菜の、華やかな生活の裏に隠れた寂寥感がやるせません。そのため真菜は少しずつ生活を乱し、ついに自身ではどうしようもない状況にまで、自らを陥いれてしまいます。そして出産。 3.11がきっかけで、戦前生まれの主人公晶子と現代的な主人公真菜が深く関わり合い終盤に突入します。晶子はこう思います。 「大人になれず、どこかが大きく損なわれた子供のまま、子供を産んで、子育てが上手くいくわけがない。子供に伝わるのは、愛なんかじゃなく欠損だ。欠損だけが受け継がれていくのだ。明るいものを、温かいものを、自分より後に生まれた人たちに渡していたはずなのに、それは自分が思っているよりも、ずっと冷たくて硬いものだったのかもしれない。」 ◇ 私は、「豊かさ」という点で、生まれてから今まで激動と言っていいほど大きな変化の時期を過ごしてきました。物質的豊かさを、カラーテレビであったり、オーディオであったり、家であったりと求めた時代から、全てが手に入る時代まで経験しました。それまで、手に入るものはただの物質でしたが、その一つひとつを得ることが、何だか内面の「喜び」にまで繋がっていた気がします。 反面、隣家の食卓で一緒に座って食事した生活から、一転、近所の方の仕事や生活、へたをすると名前までをもわからない今の生活まで体験しています。 得た物と失った物。今の生活は豊かになったと言えるのか?様々な言葉で繰り返し、窪美澄さんが疑問を投げかけてきます。 ◇ さて終末は何か全体に明るいトーンの結末で、「出来過ぎ」と思われる方もいそうですが、不安や余韻も残しながら、気持ちよい文末へと続きます。 素晴らしい読後感です。心から「読んで楽しかった」と思わせてくれました。 窪さんはやっぱりいいなあ。 | ||||
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今の自分は自己責任において置かれている立場が違う。 それを親のせいにしたり、環境のせいにしたりして、不安定な自分の立ち位置を正当化する人はとても多い。 自分の弱さを認め、許す。こんな簡単なことができないことに共感を覚えた。 女性は子供ができると依存ばかりしていてはいけない。自分が強くならなければいけない。 これも自己責任。 手を差し伸べてくれる晶子に感謝を覚え、時を経て真菜もおせっかいなおばさんになってほしい。 | ||||
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30代の真菜と、70代の晶子。それぞれの「女性」としての不安や悩みを描く作品。 「女性」と書いたけど、最終的には女の生き方や家庭だけではなく、 現在が抱える社会問題や震災による影響にもつながっていくお話だから、男性にも読んでもらいたいです。 いや、それ言うならパートナーの気持ちを少しでも理解していただくために、男性にこそ読んでほしい!!w 同性として共感できることが多い中、星を4つにしたのは晶子の方の物語に物足りなさを感じたから。 晶子の目を通した自身の人生は綴られてはいたものの、それに合わせて夫や子供たちの感情まではきちんと描き切れていない。 反対に、真菜サイドの章ではなぜ真菜がこうなってしまったのかの説得力があり、明らかに晶子サイドの描き方との差を感じました。 最後に。 何か大きいことをしたり、仕事で成功にすることに「人生の価値」を見出す人もいるのかもしれないけど、 私は家庭で家族に美味しいものを食べさせることがすべてだったころの晶子の人生も悪くないと思っています。 そういう人が家庭で支えているからこそ、何か大きいことを成し遂げる人も安心して外で頑張れるのだから・・・。 最終的な晶子のように自分も外に出て、やりたいことを見つけられればそれも素敵だけど、 「家庭にいる=何もしていない」ということは絶対にありません。 そこは間違えてはいけないと思っています。 | ||||
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読み終わって「とにかくやるしかない」と思いました。 なにをやるかって具体的に何かがあるわけではないのですが・・・。 できることをして生きていくしかない、というのが一番近い気持ちかな。 全ての女性に、そして出来れば父親という立場の男性にも、読んでほしいです。 | ||||
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昭和と平成の女性の生き様を絶妙にからませながら、生きて行くということはどういうことかを、考えさせてくれる一冊。必ずしも女性の生き方のみをテーマにされたものではないと感じました。女性、男性ともに、時代に関係なく、生きて行くということは実に大変なことで、富めるもの必ずしも有利とはならないことを教えてくれます。 人間が生きていくとはどういうことなのかをふたりの女性の生き様を通して、突き付けられます。著者の作品は初めてで、読み違えているかもしれないですが、根本的な生命への讃歌にもとづく作品ではないかと思います。 | ||||
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窪さんの本を立て続けに3作読んだからかもしれないけれど、 正直読んだ後、しばらく立ち直れなかった。 彼女の本から読みとったこと、それは「母親って何なんだろう」ということ。 親は子どもをありのままに受け入れなくてはならない。 そうしなければ、子どもは親の愛を感じられず、よそに愛を求め、そして壊れていくよ。 でも、母親にも自分の人生があって、そして自分がやりたいことを人生をかけて追究したいとも思う。 そうすれば子どもは二の次になってしまう。 一生懸命愛を注いだつもりかもしれない。でもそれは伝わらなくて、子どもにとってはただの茶番だ。 この、子どもを愛することと、自分の人生を愛すること、二つの間で揺れ動く二人の母親。 一方はスイミングインストラクターとして新境地を開拓するほどになるけれど、彼女の子供二人が親をどう見ていたのかということは、この本の中ではほとんど触れられていない。ということは、特に問題もなく、家庭も円満ということなのだろう。 そして、もう一方の料理研究家として一流の域に上り詰めた母親の娘は、完全に大切なものを見失ってしまった。 この2人の違いがなんだったのか、読んだ後にもやもやとした気持ちが残る。 自分自身、母になり、自分とは全く異なる価値観を持つ子どもとの接し方に日々悩んでいる。 自分の価値観やアイデンティティにこだわらず、むしろそれを捨てることが、子育てなのかもしれないと思っている。 でも、それならば今まで私が生きてきたことは何になるのか。 そして、これからの人生を充実させたいという思いは何処に向ければいいのか。子育てが終わってからやるしかないのか。 そんな、なんともいえない無力感。 この本に責任はないが、私自身はそんな読後感を持ってしまった。 少数意見だと思うが。 | ||||
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子育て中の全ての親へ。 母親、父親問わずに読んでもらいたい1冊です。 実は、私は両親が共働きで、鍵っ子で、家族全員で家族旅行にも行ったことが無くて。 帰宅してもレンジでチン。両親は仲が悪い。 両親に愛されないとばかり思っていて、実家で暮らすのが我慢できなくて東京に飛び出してきた過去があります。 今では私も結婚・出産して一人の親になりました。 仕事にも復帰できたけど、子どもが重い病気になって、看病のため最近退職しました。 ただひたすら、毎日通院の日々。いつ治るか分からない。 子どもは可愛い。だけど働きたいのに子どもの看病で働けない現実。 本当に仕方のないことだけど、なんで私だけ苦労しなきゃいけないんだろう・・・ と悩んでいたときに、たまたま本書を手に取り、心救われました。 涙が止まりませんでした。 いつの時代でも、女性は誰かのために頑張っている。 夫のために、愛する我が子を守るため、 そして、自分の夢のために。 過去に刺さったままの心のトゲや、目の前に立ちはだかる大きな壁は、本当はどうでもよかったのだと。 本書を読んで「なんで今まで一人で抱え込んでいたんだろう」と思えるようになって、心にずしりとあった 重たい荷物が取れて、気持ちも楽になりました。 この本と出会えて、私は心救われました。 ありがとうございました。 | ||||
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昭和を生きた女性と平成を生きる女性の二人にスポットを当て、女性のライフスタイルの激変ぶりをあぶり出しています。スパンの長い小説で、太平洋戦争やいくつかの震災が黙示録のように背景を埋めています。 中心にいる女性二人とそれぞれかかわりのある多くの女性が、グラデーションのように濃淡を意識して描き分けられています。臨場感もあり、読みやすいのですが、求心力のあるテーマが無かった気がします。 すこし詰め込みすぎてしまったのではないか、という読後感でした。 | ||||
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マタニティスイミング講師の晶子は75歳。激動の戦中戦後を経て結婚し、家庭を守りながら生きてきた。一方、そこに通っていた真菜。母親は有名料理研究家で、幼少より家族の愛に飢え“1999年に世界は終わる”と信じ、孤独から投げやりな高校生活を送った後、カメラマン見習い中に、父親なき望まぬ子を宿す、30歳の真菜であった。そして、東日本大震災が発生。全く違う人生が、3・11の震災の夜に交差した・・・再開は、2人のアニバーサリー。”終わっていく世界に生まれてきてはだめだ。戻りなさい。真菜は今にも自分の身体から出てこようとしている生き物に語りかける“・・・。2人の女性の戦前から現代までの軌跡から時代を描くことで、大切なさまざまな”こと“、”もの“を教えてくれる力強い作品である。さまざまな出来事が描かれるが、真菜の出産を機に晶子と真菜が心を通わせていく・・・。本書に織り込まれた多くの要素の詳細は、是非、お読みください。 「子どもは育つ。こんな、終わりかけた世界でも。」・・・表紙のブランコの写真が暗示しているように思う。 | ||||
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