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第四間氷期
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第四間氷期の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.59pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全39件 1~20 1/2ページ
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好きな作家の生誕100年というコトで、10代半ばで貪るように読んだ作品群の中から一番好だった本作を新たに購入して再読。発表から60年以上経つのに全く古びていない。これって今月新刊のスリラーだっけ?的な。10代の自分はもちろん卒倒しそうに震撼したけど、ある意味今読んだ方がIMPACT大。コワイのダメな方にはおススメしないけど。 | ||||
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「電子計算機とは、考える機械のことである。機械は考えることはできるが、しかし問題をつくりだすことはできない。」 「予言機械をもつことで、世界はますます連続的に、ちょうど鉱物の結晶のように静かで透明なものになると思いこんでいたのに、それはどうやら私の愚かさであったらしい。知るという言葉の正しい意味は、秩序や法則を見ることではなしに、むしろ混沌を見ることだったのだろうか」 こんなことをまだ戦後の経済成長も覚束ない日本の作家が書いてるだけで凄すぎる。書いてるというか見えているのだろう。2020年代の現在、人工知能学者が本気で議論している事柄ではないだろうか。物語中の社会環境の様相や登場人物のパーソナリティ、メンタリティ描写で言えば古臭いことは否めないが、文学の価値はそういうところではないだろう。 そういうことで古臭いという評価をするなら、多分現代文学ほどいつも、いつでも、これほど古臭いものはない。 | ||||
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"予言機械をもつことで、世界はますます連続的に、ちょうど鉱物の結晶のように静かで透明なものになると思いこんでいたのに、それはどうやら私の愚かさであったらしい"1959年発刊の本書は、万能の電子頭脳を巡る話から"日常・現在と未来の断絶"を描いた『日本で最初の本格的SF小説』 個人的に著者作は割と好きで読んできましたが、本書は未読だったので手にとってみました。 さて、そんな本書はアメリカ、ソ連が睨み合う『冷戦時代』作中では両国は核ミサイルや宇宙開発競争ではなく【万能の電子頭脳『予言機械』の開発競争】を繰り広げているのですが。そんな中で、日本で予言機械を研究開発しているも、成果不足から開発中止に追い込まれそうになっている博士『私』が、実験台として【平凡な人間を無作為に選んだ方が有用】だと考えて、ある中年男性を選んだことから【事態は意外な方向へと】向かっていくのですが。 まず、時代や『電子頭脳』といった設定、登場人物の台詞回しに【AIやロボットが当たり前に語られる】2022年の令和から眺めると、読み進める中で古臭さはやはり感じてしまいますが。それはそれで【レトロ感があって懐かしく、魅力的】だとも思いました。 また本書の中盤からはカレル・チャペックの『山椒魚戦争』を彷彿とさせる予想外の急展開となるわけですが(著者は絶対に既読だと思う)著者作は『いつも後半駆け足だな?』と感じた一方で、未来を現在から見て肯定的or否定的なイメージで判断する議論に【疑問や違和感を覚えた著者】が未来を予想できる『予言機械』をわざわざ登場させた上で【あえての断絶を描いた】本書。著者らしいユニークな実験小説だと思いました。 著者の実験小説ファンの方はもちろん、レトロ感ある日本SFとしてもオススメ。 | ||||
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安部公房「第四間氷期」読了。著者の本は勝手に難解という先入観があり読んだ事がなかったが紹介され思い切って挑戦してみた。はじめはタイトルと違った内容にやはりと戸惑ったが様々な伏線が繋がり人工知能や超人類等が組み込まれ昭和30年代のSF とは思えない秀逸な展開に驚いた。ほんと最高でした! | ||||
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卵が先か鶏が先かというようなヤヤコシさのある小説だが、本文中の以下の文を念頭に置きつつ読み進めれば、だいたい理解できると思う。名作と思うのでお勧めしたい。 「すべてを必然の型にはめ込んでしまおうとする共産主義者なら、機械に予言されてしまうような未来しか持てないのが当然かもしれない。しかし未来を自由意志で作り出す我々には、おそらく何の役にも立たないだろう。」 以下はネタばれ。 「未来を自由意志で作り出す我々」とは主人公の勝木博士たちのことである。「すべてを必然の型にはめ込んでしまおうとする共産主義者」とは勝木博士の行動を妨害する水棲人間を作っている共産主義者たちである。共産主義者たちは勝木博士を予言機械に掛けて分析し、予言機械(人口知能)の上に仮想的な(つまり偽の)勝木博士を立ち上げて、それを使って真正な勝木博士を殺そうする。果たして勝木博士は殺され、人類は滅亡し、水棲人間が地球を支配するのであろうか? そうなってしまったかのように水棲人間の世界が描かれている。ある水棲人間の少年に、先祖がえりのように陸の記憶とフロンティア精神がよみがえり、彼が陸を目指してそこで死ぬ場面には心打たれる。。しかしよく読むとそれは予言に過ぎず、まだ実現したとは書かれていないのである。希望を持てと著者は言っているようだ。 私にとって非常に不自然なのは勝木博士が何時どうやって「自分が知らない間」に予言機械に掛けられてしまったのかということである。本文には何の説明もない。かなり奇妙なことである。しかし2021年に住む我々には思い当たることがある「サイレント・インベージョン」である。60年前にまさかの予言?安部公房おそるべし。 | ||||
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日本初の本格SFであると評判の本作品。気候変動の中で人間の生活がどう変わるか調べていたので、それに近いテーマの小説も読んでみようと買ってみた。 かなり古い作品ですが、読みやすく、根幹となるテーマもしっかりしていて読み応えがあります。人類の未来を知ってしまったものが、その運命を受け入れるか争うのか。考えさせられました。 | ||||
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いま(2020年)から60年以上も前の小説とは到底思えない発想と構想力。 安部公房の偉大さにただただ恐れ入ってしまう。 間氷期とは、氷河時代の温暖な時期のことであり、まさに現代がその間氷期。 このまま温暖化が進行するにせよしないにせよ、 やがて寒冷化して氷期が訪れることも、これまでの地球の歴史が証明している。 この作品で示される対応策が果たして有効なのか、可能なのかは別にして、 現世人類が今のような不毛な国家関係を続けているようでは、未来はあるまい。 | ||||
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society5.0を目指す社会、AIやIoTという言葉がが世の中を席巻しています。今を感じさせてくれる作品でした | ||||
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コンピューターによる予言機械の話が、胎児を育成して水棲人にする話になる。 立ち止まって考えると挫折しそうなので、深く考えず一気に読んだ。 この人の作品は整合性が怪しくても、ディテールが妙に面白い。 水棲豚のくだりも笑えるが、圧巻は水棲人がやがて地球の支配者になる未来だ。 地上を懐かしんだ少年が上陸するところは黄金期の海外SFのような味わいである。 | ||||
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連鎖的に物語が展開していく。分からないことも多いが、それが楽しい。登場人物に注目しながら読んでもらいたい。 | ||||
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安部公房は大好きな作家で、若い時分からよく読んでいました。彼が亡くなって、未発表の短編集が出版され、即買いましたが、未だ読んでいません。もう彼の新作は出版されないと思うとさみしい…。 彼の本を何冊持っているのかと本棚を見てみると、11冊ありました。一番最近読んだものは『砂の女』です。蟻地獄のような砂の家に閉じ込められて、世話をやく女をあてがわれた男が、脱出しようと試みるが、脱出できる最後の瞬間に外に出る勇気が湧かない、あるいは「閉じ込められた空間」に安らぎを覚えるという、「感動的な」物語でした。 情けないことに他の本の内容はあまり覚えていません。そこで、一番古い本からもう一度読み直すことにしました。昨日から『第四間氷期』を読み始めて、今朝読み終えました。この作品は、1958年に出筆されたものです。わたしは、1970年に文庫本になってから買ったらしいです。高校生の時に読んだみたいなの…。 ずいぶん昔に世に出た本ですが、現在の世界にとてもリンクしていることに驚きました。それは、今話題の「AIは人間の知性を超えるのか」や世界の温暖化のようなことです。 MITが編集出版している長く続いている科学雑誌があるのですが、2011年に有名なSF作家達に依頼して、未来のテクノロジーとそれがどのようにわたしたちの生活に実際に役立っていくかということについて意見を求めていました。つまり、SF小説は我々が現実に手に入れる前に、新しいテクノロジーを小説の中で実現しているからです。予言ですか(?)。 新聞記事によりますと、2050年までにはシンギュラリティが起こるという事です。AIは人間の知能を超えるということ。あと4~5年という説もありますが。しかし、わたしは例えAIあるいはロボットが人間以上の知能を持つ存在になっても恐れることはないと思っています。なぜなら、ロボットこそ人間の次の段階の進化だと思うからです。(もちろんそれを望む人々にとっての)。 人間は自然界には存在しないものを作り出して進化してきた。そして、自然に自らの運命を握られていることに我慢できない様子です。ヒトの「高貴な魂」は、肉体(自然)に囚われているのです。そこから逃げ出す道が、ロボットということ。人工による人間のための「究極の人間」――それがロボットです。 そして、話は元に戻って、このことが安部公房の『第四間氷期』とリンクしているのです。1958年にこの作品が書かれたなんて、なんと感動的! さて、『第四間氷期』です。 先進国は人工知能を作り出した。もちろん日本も。で、それに何をさせたらいいのかがわからない。予算を得るために何かをさせなければならない。そのためにAIに未来を予知させることにした。そこに、なぞの団体が絡んで来るのです。彼らは胎児の段階で哺乳動物を処理し、水棲哺乳類を作り出しました。もちろん人間も。(しかし、日本の組織なので日本人だけです。興味あるわあ。)。そしてその水棲人の未来の姿を見極めるために、この人工知能に接触してくるという理由。 そこで、この本の題名通り「第四間氷期」が終わるのです。世界は、水没します。これは、人工知能が予測した未来の世界なのですが――。そこで、人類は水棲人を受け入れることが出来るのか。本からの引用です。 自然との闘いが、生物を進化させたことは確かです。―――しかし人類はついに自然を征服してしまった。ほんとの自然物を、野生から人工的な物へと改良してしまった。つまり進化を、偶発的な物から、意識的なものに変える力を獲得した訳です。―――次は人間自身が、野生から開放され、合理的に自己を改造すべきではないでしょうか。―――これで、闘いと進化の環が閉じる・・・もはや、奴隷としてではなく、主人として、ふたたび故郷である海に帰っていく時がきた・・・。 「だが、水棲人をそんなふうに認めることは、自分を否定することじゃないのか。地上の人間は、生きながら過去の遺物になってしまう。」 「耐えなけりゃなりませんよ。その断絶に耐えることが、未来の立場に立つことです・・・」 大部分の母親が、少なくとも一人は、水棲人の子供を持つようになったとき・・・水棲人に対する偏見が、本質をゆがめる恐れがなくなったときです。その頃はもう洪水の不安が現実のものになっていて、・・・・・・・水棲人を未来の担い手として認めるか、選ばなくてはならなくなっているはずだ・・・ たいへん長い引用になってしまいましたが、水棲人をロボットに置き換えれば、わたしの説も納得できませんか。この本の締め括りはこんな感じです。 親子喧嘩で裁くのはいつも子供の方にきまっている・・・たぶん、意図の如何にかかわらず、つくった者が、つくり出された者に裁かれるというのが、現実の法則なのであろう――。 | ||||
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数十年ぶりに再読したが現在でも十分に通用するSF小説である。 まさにノーベル賞級の作品である。 人工知能、人格とは何か、バイオテクノロジー、地球環境の激変、生命の環境への適応、人類に未来はあるのか。。。。考えさせられる作品である。 | ||||
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最先端の科学者(主人公)が、未来を受け入れられない。読者のほとんども受け入れられないグロテスクな未来。主人公は合理的な人間であるが、未来の異様さに、ジタバタする。主人公を応援しながら読み続けて未来に圧倒される読者。読後この結末を受け入れるのに数日かかる。(榎本武揚)も、過去と未来のどちらに自分を置くかの同じテーマです。めずらしい新潮以外の安部公房作品。 | ||||
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昨今、ラストのどんでん返しを売りにしている作品が多いが、およそ六十年前に書かれたこの小説は、今のそんなものより遥かに胸躍るものとなっている。 この物語世界で書かれる「現在」は、今の平成二十七年より「過去」であり、この作品が書かれた昭和三十年代よりも「未来」である。今でこそ「未来」を書いた作品の中でその「未来」は、絶望に値するものとして書かれることが多い。地球が人間の住める所で無くなったり、人類の生活が機械に支配されたりする。しかし実際の、時間軸としての未来は、あまりに不確定なものである。それが人類にとって希望のあるものか、絶望的なものか、全くわからない。 昭和三十年代といえば、日本は戦後復興の真っ只中であり、次から次へと新しいものを以って、未来へ進む。その未来が希望に値するものだと信じ、技術を向上させる。根拠の無い自信が、社会に蔓延していた。その技術の向上の陰で起こる、公害などの諸問題は、この作品が発表された昭和三十四年時点では、まだ浮き彫りにはなっていない。技術の向上を遂行する「全体」を、この時の日本人はただ信じていた。 安部公房はのちに取材に対し、少年期を過ごした満州にて、「全体」たる国家に学校教育で教えられた「五族共和」に対し懐疑心を持ったと語っている。それが「希望の未来」であれ、「五族共和」であれ、「全体」が示しそれを信じるものに対し、安部公房は常に懐疑的に観測するのである。 この作品で書かれる、昭和三十四年以降の「未来」の姿は、果たして「希望」でも「絶望」でも無いのである。ただ時間軸としての現在が描かれる。それを踏まえて読むことが必要。あまりに暗い現実を、明るい感性を以って過ごす語り部たる主人公と、その周囲の登場人物が巻き込まれる事件は、まさに現実そのものである。出来損ないのSFだという人もいるが、これはSFの為のSFでなく、現実の為のSFなのである。 | ||||
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人工知能が演算した人間の未来は・・・経済成長、環境問題、冷戦、当時の世相を反映した傑作SFミステリー! | ||||
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SF小説のはしりとして、おもしろく、読ませていただきました。 | ||||
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SF(的な)作品。「砂の女」「他人の顔」「箱男」のような凝った言葉を緻密に組み立てていくタイプの作品ではなく、シュールではあるものの謎解きめいたストーリー性のある作品。 主人公の勝見博士(46)は、国家の研究所で「予言機械」を発明。すでに、ソ連も予言機械を発明している。この予言機械の実証のために部下の頼木といっしょにある中年男(会計係)を無作為で選び、その運命を予言することを思いつく。二人でこの男を尾行すると、男は愛人の家に入っていく。翌日、この男が殺されたことが新聞で判明。愛人は自分が犯人だと自供しているらしいがとてもそうは思えない。真犯人がいるはず。勝見は、この男の屍体を予言機械にかけて屍体に真相を白状させようとするが、真犯人は判明せず。ただ、愛人が妊娠中絶すると7000円もらえる病院の話をしていたということが判明し、ますます???更に、肝心の愛人も服毒自殺。勝見にはときどき「深入りするな」という警告電話がかかってくるし、何者かに尾行もされる。 更に、勝見の妻は子宮外妊娠していたのだが、妻はだまされて連れて行かれて堕胎。7000円もらう。勝見は子どもはどっちでもよかったらしく、このあたりはあっさりしている。 勝見は、頼木が真犯人ではないかと疑う(結果的には確かに頼木が犯人なのだが)。疑われた頼木は、勝見をある研究所に誘う。その研究所は水棲生物を作るところで、どうもなんらかの上位機関のコントロール下にあるらしい。水の中で生きる豚などを見せてもらい、すでに海底牧場などが実用化されているという。これは秘密プロジェクト。更に中絶胎児を改造してすでに数万人もの水棲人(子ども)も作っている。 予言機械によれば、間氷期が終わり、これらから陸地の大部分が水没する。警告電話の主は予言機械で勝見の未来をみてしまった予言値(未来を知った勝見の分身的人工知能?)らしい。この予言値は勝見を説得したいらしい。陸地の大部分が水没する(ヨーロッパ全滅、アメリカもロッキー山脈しか残らない、日本は山だらけの小島になる)という未来が予見されるため海底植民地プロジェクトが始まり、そのためにたくさんの胎児をあつめて水棲人をつくっている。洪水が来る以上、限られた陸地で争奪を始めるか、水棲人を未来の担い手としてみとめるしかない。この水棲人のつくる海底都市から地上に救援物資が届けてもらえるように計らうことで人類を救う。とはいえ、徐々に陸地はなくなっていくので陸上人はどのみち衰える。中年男とその殺人は勝見をそれとなく秘密の水棲人プロジェクトに導く仕掛けだったらしい。しかし、勝見は、予言機械の製作者でありながら、この予言(現在の延長からは想像できない不連続な未来)が正しいのか信じ切れない。それゆえに勝見がプロジェクトにとってむしろ邪魔になるのではないかと予言値は危惧していた。頼木たちは勝見を助けたいらしいが、勝見がこの未来対策に協力してくれないのなら勝見を処刑するしかない。 まったく妙な話ではある。 | ||||
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個人的な話で恐縮ですが、いまから四半世紀くらいまえのこと、高校のときから20代の前半くらいまで、安部公房よんでいましたが、難しくて全然頭にはいらず従って全く印象に残らなかった作品が3分の1と、しゃきーんと心の琴線をかき鳴らしてくれて、ことある度にその話をしては友人に煙たがれるような読書体験をさせてもらった作品が3分の1と、そしていつか読みたいと思って読まずじまいだったのが3分の1くらい、そして10年くらい前にまあいいや、もう多分読むことはないだろうなと思って、本棚から処分してしまったのが10年くらい前のことです。読んでもぴんとこなかった作品は、読んだかどうかうろ覚えのものもありますが、その中で、本書だけは読んだことがないとはっきりおぼえています。「第四間氷期」は学生時代に、一度も、1ページも読もうとも試みたことのない作品です。 当時は、安部公房を読んだことがあるという人は結構多かったけど、「砂の女」以外の作品を読んでいる人はよっぽど物好きか、本一般を読む絶対量が多い人かのどちらかでした。私は前者で、後者の人が口を揃えて「面白かった」と薦めてくれたのが、この「第四間氷期」でした。でも、というか、だから、当時新潮文庫の中で、本作品が一番ぶ厚く感じられたこともあり、読んで理解できるか自信がなかったのとで、手をつけずに終わっていました。 他のレビュアーの方も書かれているように、「第四間氷期」は読みやすかったです。何よりも、プロットがすっきりしていて、話の前後関係がとても分かりやすく書かれています。今まで、安部公房でプロットが分かりやすいと思っていたのは、「砂の女」、「他人の顔」、「箱男」でしたが、本書はもっと読みやすいかもしれません。 まだ、コンピューターシュミレーションというコトバも一般的ではなく、幹細胞にまつわる生物学や発生学が現実味を帯びてはいなかった30年前に本書を読んでも、ただのSFとしてしか読めなかったかもしれません。逆に今読んでも、「予言機械」とか「水棲人間」など独自の表現で物語が展開してゆくので、妙に古くささを感じませんでした。また、昨今では「地球温暖化」か、いやいや「気候変動」だと議論されていますが、当時は「間氷期」という考え方だったな、とおもい出しました。 最後に余談ながら、「安部公房」は、難解な作品が多いので、この際、新潮文庫の新本で買って読んでみました。同じ新潮文庫でも、10年くらい前に処分した版と比べて、字が大きく、読みやすくなっていたので助かりました。(あと、背表紙の色が昔はターコイズブルーだったのが、今はシルバーです。) | ||||
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昭和33年に執筆された内容としては非常に驚きである。 これは、記載されているコンピュータの将来の形と、海面上昇による人間の水中生活は、近未来に十分起こり得る事象であり、薄気味悪い程である。 また、妊娠中絶した胎児を水中人間化する方法や、それを政治的な機関で行われるというストーリも生々しく、恐怖を覚える。 著者は、明るい未来を否定する訳ではないだろうが、読者に対して現実を直視するよう訴えているのではないかと思う。 | ||||
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SF?ミステリー?なんだか中途半端。。。 発売当初は刺激的だったんだろうけど、 設定に凝りすぎているだけで、あまりおもしろくなかった。 でも、ノーベル文学賞の一歩手前なんですね・・・ | ||||
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