果てしなき流れの果てに

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果てしなき流れの果てにの評価:

4.22/5点 レビュー 120件。 B ランク

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平均点4.22pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全341件 121〜140 7/18ページ
No.221
(3pt)

今読んでも手遅れ。この半世紀であらゆる物が変わった。

すでに半世紀以上前の小説ですから如何せん古臭くなるのは仕方ないですが、それがバキバキのSFという事で小説内での未来と今現在の現実との間の齟齬が凄まじく広がっていて違和感が気になって仕方ない。インターネットだのスマホだのがいかに予測不能だったかという事でしょうけど。なんせタッチパネルという物が小説内の時間で数千年後ですら存在しない事になってるんですから。
さらに言うと、超能力やUFOがまだ科学の領域に存在しており古代遺跡にも超科学的妄想を抱けた時代の小説なので当時のそういう世相や雰囲気を知らないとよくわからないって事になる。昔のSF小説でネタになってた超能力もUFOも古代文明もこの半世紀で見事になくなりましたね。今じゃ極々少数の年寄りが気にする程度だ。昔はどれも若者が本気で存在するって思ってたんですね。
ネットもスマホも存在しないうえに超能力だなんだが当たり前になってる世界の話を今読んでもそりゃ理解できないですよ。
ついでにいうと、文章もクドいです。つうか、この半世紀で徐々にではあるけど日本語が変わってきていたんでしょうね。読みにくいったらありゃしない、書いてる事は理解できるんですよ同じ日本語だから。でもね、全然頭に入ってこないというか読んでても情景が浮かばないというか兎にも角にもわかりにくい。明治時代の文章を昭和の時代に読んだような違和感がこれだったと思うけど。内容は理解できるけど文章のリズムが全然違うような違和感が最初から最後まで続く。

内容がわかりにくいって人は「地には平和を」を先に読めばかなりわかりやすくなると思います。あの短編で小松左京が描こうとした事がほぼまんま書かれてるんですから。

日本SF小説における金字塔なんでしょうけど、今読んでも完全に手遅れでギリギリ内容を理解できる程度で発表当時の感動なんかは望むべくもないです。同じ小松左京でも日本アパッチ族は楽しめるんだけどね。内容に普遍性あるかないかの差でしょうが。この小説わからないって人はそっち読みましょう。おもしろいから。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.220
(5pt)

比類のない壮大かつ深淵なSFですが、読者を選ぶでしょう

刊行後半世紀を経ても日本SF史上最高傑作の一角を担う本作。
SFのガジェットをほぼすべて網羅する緻密かつ広大な構成と数奇な人間ドラマが、縦糸と横糸をなしています。価値観と感情がこれほど強く揺さぶられた読書体験は珍しく、さっそく夢にこの小説の世界観が出てきてうなされました。
映画化は不可能な世界観なので読むしかないのですが、ただ誰にでもおすすめできるものではありません。複雑怪奇で難解です。

あらすじ(ネタバレあり)
中世代白亜紀の地球。火山弾が降りしきる中、剣竜を食い殺したT・レックスは未知の物音に導かれ洞窟に入る。そこでは金色の電話機が鳴り響いていた…という不可思議なプロローグから物語は始まる。
1960年代の日本都内。大学の理論物理学研究室に、著名な史学研究家、番匠谷教授がいくら砂が落ちてもカサが減らない、不思議な砂時計を持ち込む。研究所の助手、野々村は、番匠谷教授とともに砂時計の発掘された葛城山の古墳に向かう。明らかに古代には存在しえない技術で作られ構造上も謎が多い古墳の初動調査を終え、東京からかけつけた恋人、佐世子と合流する野々村。しかし、本格的な調査を開始する前に関係者は次々と失踪あるいは変死することとなる。野々村も例外ではなく、空港へ向かうタクシーの中で消え失せる。
取り残された佐世子は、失踪事件が起こった関西へ移り住み、中学教師に職を変え、ひとり彼を待ち続ける。謎の昏倒事件の被害者となっていた番匠谷教授は、3年後佐世子に看取られる。
いつしか年老いた佐世子は、晩年に旅の老人とともに暮らすようになるが、やがて二人とも同時期に他界し物語は終了する(エピローグその2)。この時点で小説は4分の1(118P)の分量であり、次章から物語はおよそ想像もつかないほどの跳躍をみせる。

25世紀。宇宙の軌道エレベータ上にある超科学研究所で、20世紀日本で使用されていたTVの解析が行われていた。TVには亡霊が現われ、未来から干渉してくる2つの勢力について警告する。だが、亡霊の名がバンショウヤ・タカノリであることを知った工作員M=アイに資料衛星を破壊され、研究は停滞。 アイは時空を越える進化管理機構に所属する超意識体であり、超科学研究所の破壊から戻った後、第26空間の「収穫」に向かう。全宇宙に存在する全ての「意識」は、審判者たるこの管理機構によって管理されていた。
第26空間に存在する地球は、1億年に1度と推測される太陽の異常発火で終焉を迎えようとしていた。まさに滅亡する数刻前に突如地球へ現れた「宇宙人」を装うアイたち管理機構は、「種の保存のため自分たちは地球人を保護する義務がある」と宣言し、多くの球人たちを円盤で連れ去った。しかし種の保存は方便であり、本来の目的は超能力を持つ地球人を選別し、進化の階梯(回心:オリエンテーション)を進ませ、宇宙管理の先兵に仕立てることにあった。 だが一方で、その管理機構に敵対するグループも存在した。あらゆる変化のベクトルに対する抵抗力が形象化された存在である“ルキッフ”をリーダーとした反逆者たちである。時流の統制を破綻させないように機能する管理機構と、タイムパラドックスを恐れずに歴史改変に介入していく反逆者グループの壮絶な戦いが繰り広げられる。反逆者グループの戦闘員Nは、ルキッフの後任と目されるほどの辣腕を振るい「収穫」のどさくさにまぎれて仲間を増やしていく。
 
選別された地球人の一人、松浦は、管理機構の船で移送される途中、旧知の女性エルマと再会し極限状態の中で契りを結ぶ。火星にある基地へ搬送されたのち、エルマと引き離された松浦は命がけの試練を乗り越え超能力に開花する(一方、松浦との子を宿したエルマは過去の日本に転送された)。しかしその直後、基地は反逆グループの襲撃により滅びる。その際に肉体が崩壊した松浦は、アイにその意識を吸収される。 松浦を吸収したアイ・マツラはその後、管理機構の工作員として全身全霊を以て反逆者たちを追跡、捕縛していく。 そしてアイ・マツラこそ、番匠谷教授の亡霊が憑依したTVを破壊した工作員Mであったことが明らかになる。
一方、反逆者グループのNは、管理機構のニューヨーク支部を襲撃した際に迎撃され、白亜紀の地球にはじき飛ばされるが、時間機(タイムマシン)を自力で修理し再び未来へ飛ぶ。自分でも理解できないほどの執念でNを追うアイ・マツラとNの、時空を超えた凄まじい追走劇が繰り広げられる。アイ・マツラは地殻変動で海中に没した日本からの難民の末裔が移民したアルファ・ケンタウリⅣまで出向くが、Nを取り逃がす。その後全宇宙の「すべての可能性の結節点」に網を張りめぐらしたアイは、白亜紀の地球で野々村の足跡を見つけ、追跡していく。 紀元前2世紀、7世紀、15世紀、と追跡は続いた。だが、同志に助けられたNは未来へ遡行し追跡の手を逃れていく。その過程で、アイ・マツラは松浦であったとき火星で別離した旧友がネアンデルタール人の慰み者に堕ちている場面に遭遇するが、もはや人としての感情は失っていた。一方古代日本に漂流したNは、仲間とともに葛城山にて古墳の造成と内部工作に携わるが、そこでデジャ・ヴを覚える。不可思議な砂時計に端を発した事件に巻き込まれた後に失踪した野々村こそ、Nが地球人であったときの姿だった(しかし野々村時代の記憶は失われている)。
反逆者たるNの目的は、歴史のフィードバックだった。つまり、未来世界の人間の知識・技能を古代に持ち込むことだった。フィードバックによって1万年を要した人類史の進化を100年に短縮し、新たな生物進化の先を促せるのではないか、それはタイムパラドックスではなく未知の先進的なパラレルワールドを新たに生み出す行為なのだ、と信じていた。
しかし45世紀の鯨座第5惑星で、N(野々村)はついに管理機構に追いつめられた。三台の時間機のエネルギーを一台に集中するという最終手段を選択し、N(野々村)は脱出と引き換えに超空間に突入した挙句、意識だけの存在となる。
全宇宙の進化管理を認識できる場(上位の階梯)にたどりついたN(野々村)は、追いついたアイ・マツラに吸収される。そのとき、アイの中に存在する松浦と野々村の意識が激しく共鳴し、アイは野々村への執着の理由を自覚する。野々村は、地球に転送されたエルマが産み落とした松浦の子供だったのだ。二人の共鳴にアイ自身の秩序が共振を起こし、アイは超空間に直行する方向に上昇を始める。階梯概念に逆らい、果てしなき流れの果てにあるものを求めて、アイは、問いを高に投げ上げる。
超意識体とは?進化管理の意味は?時間とは何か?時空間を超越する存在とは? 
アイは、自分の属する大宇宙が、超空間において逆行宇宙として認識される、もう一つの別の宇宙とともに、新しい可能性をはらんだ第三の宇宙を生み出しつつある姿をかいまみるが、ついにはイカロスのように力尽き、超意識体としての秩序を保てなくなった後、下位の階梯(つまり諸元の人間世界)の処置へ委ねられた。

そして2016年スイス、ベルンの国立病院。アルプス雪渓で発見されて以来50年間眠り続けた謎の遭難者が目を覚ます。回復した後も全ての記憶を失っていた彼は、自らの帰属する場所を求めて世界をさまよった後、和泉の葛城山麓へたどり着き、そこで一人の老女と遭遇する。老女、つまり佐世子は第一声、「野々村さん?」と彼に語り掛ける(エピローグその1)。

10億年の時の中で宇宙の隅々まで駆け巡り、人間存在と意識・時間の流れを俯瞰しながら生命哲学を壮絶に問い続けた野々村は、最終的にすべての記憶を失うことの代償に恋人の元へ還り、静謐な世界で人生を終えます。
決してわかりやすい描写ではなく、第三章以降は意味が咀嚼できませんでした。ただ、「これはどうしても理解しなければいけない」という焦燥で読み返し、なんとか自分なりにまとめました。

この作品に出会えたことを感謝します。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.219
(5pt)

比類のない壮大かつ深淵なSFですが、読者を選ぶでしょう

刊行後半世紀を経ても日本SF史上最高傑作の一角を担う本作。
SFのガジェットをほぼすべて網羅する緻密かつ広大な構成と数奇な人間ドラマが、縦糸と横糸をなしています。価値観と感情がこれほど強く揺さぶられた読書体験は珍しく、さっそく夢にこの小説の世界観が出てきてうなされました。
映画化は不可能な世界観なので読むしかないのですが、ただ誰にでもおすすめできるものではありません。複雑怪奇で難解です。

あらすじ(ネタバレあり)
中世代白亜紀の地球。火山弾が降りしきる中、剣竜を食い殺したT・レックスは未知の物音に導かれ洞窟に入る。そこでは金色の電話機が鳴り響いていた…という不可思議なプロローグから物語は始まる。
1960年代の日本都内。大学の理論物理学研究室に、著名な史学研究家、番匠谷教授がいくら砂が落ちてもカサが減らない、不思議な砂時計を持ち込む。研究所の助手、野々村は、番匠谷教授とともに砂時計の発掘された葛城山の古墳に向かう。明らかに古代には存在しえない技術で作られ構造上も謎が多い古墳の初動調査を終え、東京からかけつけた恋人、佐世子と合流する野々村。しかし、本格的な調査を開始する前に関係者は次々と失踪あるいは変死することとなる。野々村も例外ではなく、空港へ向かうタクシーの中で消え失せる。
取り残された佐世子は、失踪事件が起こった関西へ移り住み、中学教師に職を変え、ひとり彼を待ち続ける。謎の昏倒事件の被害者となっていた番匠谷教授は、3年後佐世子に看取られる。
いつしか年老いた佐世子は、晩年に旅の老人とともに暮らすようになるが、やがて二人とも同時期に他界し物語は終了する(エピローグその2)。この時点で小説は4分の1(118P)の分量であり、次章から物語はおよそ想像もつかないほどの跳躍をみせる。

25世紀。宇宙の軌道エレベータ上にある超科学研究所で、20世紀日本で使用されていたTVの解析が行われていた。TVには亡霊が現われ、未来から干渉してくる2つの勢力について警告する。だが、亡霊の名がバンショウヤ・タカノリであることを知った工作員M=アイに資料衛星を破壊され、研究は停滞。 アイは時空を越える進化管理機構に所属する超意識体であり、超科学研究所の破壊から戻った後、第26空間の「収穫」に向かう。全宇宙に存在する全ての「意識」は、審判者たるこの管理機構によって管理されていた。
第26空間に存在する地球は、1億年に1度と推測される太陽の異常発火で終焉を迎えようとしていた。まさに滅亡する数刻前に突如地球へ現れた「宇宙人」を装うアイたち管理機構は、「種の保存のため自分たちは地球人を保護する義務がある」と宣言し、多くの球人たちを円盤で連れ去った。しかし種の保存は方便であり、本来の目的は超能力を持つ地球人を選別し、進化の階梯(回心:オリエンテーション)を進ませ、宇宙管理の先兵に仕立てることにあった。 だが一方で、その管理機構に敵対するグループも存在した。あらゆる変化のベクトルに対する抵抗力が形象化された存在である“ルキッフ”をリーダーとした反逆者たちである。時流の統制を破綻させないように機能する管理機構と、タイムパラドックスを恐れずに歴史改変に介入していく反逆者グループの壮絶な戦いが繰り広げられる。反逆者グループの戦闘員Nは、ルキッフの後任と目されるほどの辣腕を振るい「収穫」のどさくさにまぎれて仲間を増やしていく。
 
選別された地球人の一人、松浦は、管理機構の船で移送される途中、旧知の女性エルマと再会し極限状態の中で契りを結ぶ。火星にある基地へ搬送されたのち、エルマと引き離された松浦は命がけの試練を乗り越え超能力に開花する(一方、松浦との子を宿したエルマは過去の日本に転送された)。しかしその直後、基地は反逆グループの襲撃により滅びる。その際に肉体が崩壊した松浦は、アイにその意識を吸収される。 松浦を吸収したアイ・マツラはその後、管理機構の工作員として全身全霊を以て反逆者たちを追跡、捕縛していく。 そしてアイ・マツラこそ、番匠谷教授の亡霊が憑依したTVを破壊した工作員Mであったことが明らかになる。
一方、反逆者グループのNは、管理機構のニューヨーク支部を襲撃した際に迎撃され、白亜紀の地球にはじき飛ばされるが、時間機(タイムマシン)を自力で修理し再び未来へ飛ぶ。自分でも理解できないほどの執念でNを追うアイ・マツラとNの、時空を超えた凄まじい追走劇が繰り広げられる。アイ・マツラは地殻変動で海中に没した日本からの難民の末裔が移民したアルファ・ケンタウリⅣまで出向くが、Nを取り逃がす。その後全宇宙の「すべての可能性の結節点」に網を張りめぐらしたアイは、白亜紀の地球で野々村の足跡を見つけ、追跡していく。 紀元前2世紀、7世紀、15世紀、と追跡は続いた。だが、同志に助けられたNは未来へ遡行し追跡の手を逃れていく。その過程で、アイ・マツラは松浦であったとき火星で別離した旧友がネアンデルタール人の慰み者に堕ちている場面に遭遇するが、もはや人としての感情は失っていた。一方古代日本に漂流したNは、仲間とともに葛城山にて古墳の造成と内部工作に携わるが、そこでデジャ・ヴを覚える。不可思議な砂時計に端を発した事件に巻き込まれた後に失踪した野々村こそ、Nが地球人であったときの姿だった(しかし野々村時代の記憶は失われている)。
反逆者たるNの目的は、歴史のフィードバックだった。つまり、未来世界の人間の知識・技能を古代に持ち込むことだった。フィードバックによって1万年を要した人類史の進化を100年に短縮し、新たな生物進化の先を促せるのではないか、それはタイムパラドックスではなく未知の先進的なパラレルワールドを新たに生み出す行為なのだ、と信じていた。
しかし45世紀の鯨座第5惑星で、N(野々村)はついに管理機構に追いつめられた。三台の時間機のエネルギーを一台に集中するという最終手段を選択し、N(野々村)は脱出と引き換えに超空間に突入した挙句、意識だけの存在となる。
全宇宙の進化管理を認識できる場(上位の階梯)にたどりついたN(野々村)は、追いついたアイ・マツラに吸収される。そのとき、アイの中に存在する松浦と野々村の意識が激しく共鳴し、アイは野々村への執着の理由を自覚する。野々村は、地球に転送されたエルマが産み落とした松浦の子供だったのだ。二人の共鳴にアイ自身の秩序が共振を起こし、アイは超空間に直行する方向に上昇を始める。階梯概念に逆らい、果てしなき流れの果てにあるものを求めて、アイは、問いを高に投げ上げる。
超意識体とは?進化管理の意味は?時間とは何か?時空間を超越する存在とは? 
アイは、自分の属する大宇宙が、超空間において逆行宇宙として認識される、もう一つの別の宇宙とともに、新しい可能性をはらんだ第三の宇宙を生み出しつつある姿をかいまみるが、ついにはイカロスのように力尽き、超意識体としての秩序を保てなくなった後、下位の階梯(つまり諸元の人間世界)の処置へ委ねられた。

そして2016年スイス、ベルンの国立病院。アルプス雪渓で発見されて以来50年間眠り続けた謎の遭難者が目を覚ます。回復した後も全ての記憶を失っていた彼は、自らの帰属する場所を求めて世界をさまよった後、和泉の葛城山麓へたどり着き、そこで一人の老女と遭遇する。老女、つまり佐世子は第一声、「野々村さん?」と彼に語り掛ける(エピローグその1)。

10億年の時の中で宇宙の隅々まで駆け巡り、人間存在と意識・時間の流れを俯瞰しながら生命哲学を壮絶に問い続けた野々村は、最終的にすべての記憶を失うことの代償に恋人の元へ還り、静謐な世界で人生を終えます。
決してわかりやすい描写ではなく、第三章以降は意味が咀嚼できませんでした。ただ、「これはどうしても理解しなければいけない」という焦燥で読み返し、なんとか自分なりにまとめました。

この作品に出会えたことを感謝します。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.218
(5pt)

比類のない壮大かつ深淵なSFですが、読者を選ぶでしょう

刊行後半世紀を経ても日本SF史上最高傑作の一角を担う本作。
SFのガジェットをほぼすべて網羅する緻密かつ広大な構成と数奇な人間ドラマが、縦糸と横糸をなしています。価値観と感情がこれほど強く揺さぶられた読書体験は珍しく、さっそく夢にこの小説の世界観が出てきてうなされました。
映画化は不可能な世界観なので読むしかないのですが、ただ誰にでもおすすめできるものではありません。複雑怪奇で難解です。

あらすじ(ネタバレあり)
中世代白亜紀の地球。火山弾が降りしきる中、剣竜を食い殺したT・レックスは未知の物音に導かれ洞窟に入る。そこでは金色の電話機が鳴り響いていた…という不可思議なプロローグから物語は始まる。
1960年代の日本都内。大学の理論物理学研究室に、著名な史学研究家、番匠谷教授がいくら砂が落ちてもカサが減らない、不思議な砂時計を持ち込む。研究所の助手、野々村は、番匠谷教授とともに砂時計の発掘された葛城山の古墳に向かう。明らかに古代には存在しえない技術で作られ構造上も謎が多い古墳の初動調査を終え、東京からかけつけた恋人、佐世子と合流する野々村。しかし、本格的な調査を開始する前に関係者は次々と失踪あるいは変死することとなる。野々村も例外ではなく、空港へ向かうタクシーの中で消え失せる。
取り残された佐世子は、失踪事件が起こった関西へ移り住み、中学教師に職を変え、ひとり彼を待ち続ける。謎の昏倒事件の被害者となっていた番匠谷教授は、3年後佐世子に看取られる。
いつしか年老いた佐世子は、晩年に旅の老人とともに暮らすようになるが、やがて二人とも同時期に他界し物語は終了する(エピローグその2)。この時点で小説は4分の1(118P)の分量であり、次章から物語はおよそ想像もつかないほどの跳躍をみせる。

25世紀。宇宙の軌道エレベータ上にある超科学研究所で、20世紀日本で使用されていたTVの解析が行われていた。TVには亡霊が現われ、未来から干渉してくる2つの勢力について警告する。だが、亡霊の名がバンショウヤ・タカノリであることを知った工作員M=アイに資料衛星を破壊され、研究は停滞。 アイは時空を越える進化管理機構に所属する超意識体であり、超科学研究所の破壊から戻った後、第26空間の「収穫」に向かう。全宇宙に存在する全ての「意識」は、審判者たるこの管理機構によって管理されていた。
第26空間に存在する地球は、1億年に1度と推測される太陽の異常発火で終焉を迎えようとしていた。まさに滅亡する数刻前に突如地球へ現れた「宇宙人」を装うアイたち管理機構は、「種の保存のため自分たちは地球人を保護する義務がある」と宣言し、多くの球人たちを円盤で連れ去った。しかし種の保存は方便であり、本来の目的は超能力を持つ地球人を選別し、進化の階梯(回心:オリエンテーション)を進ませ、宇宙管理の先兵に仕立てることにあった。 だが一方で、その管理機構に敵対するグループも存在した。あらゆる変化のベクトルに対する抵抗力が形象化された存在である“ルキッフ”をリーダーとした反逆者たちである。時流の統制を破綻させないように機能する管理機構と、タイムパラドックスを恐れずに歴史改変に介入していく反逆者グループの壮絶な戦いが繰り広げられる。反逆者グループの戦闘員Nは、ルキッフの後任と目されるほどの辣腕を振るい「収穫」のどさくさにまぎれて仲間を増やしていく。
 
選別された地球人の一人、松浦は、管理機構の船で移送される途中、旧知の女性エルマと再会し極限状態の中で契りを結ぶ。火星にある基地へ搬送されたのち、エルマと引き離された松浦は命がけの試練を乗り越え超能力に開花する(一方、松浦との子を宿したエルマは過去の日本に転送された)。しかしその直後、基地は反逆グループの襲撃により滅びる。その際に肉体が崩壊した松浦は、アイにその意識を吸収される。 松浦を吸収したアイ・マツラはその後、管理機構の工作員として全身全霊を以て反逆者たちを追跡、捕縛していく。 そしてアイ・マツラこそ、番匠谷教授の亡霊が憑依したTVを破壊した工作員Mであったことが明らかになる。
一方、反逆者グループのNは、管理機構のニューヨーク支部を襲撃した際に迎撃され、白亜紀の地球にはじき飛ばされるが、時間機(タイムマシン)を自力で修理し再び未来へ飛ぶ。自分でも理解できないほどの執念でNを追うアイ・マツラとNの、時空を超えた凄まじい追走劇が繰り広げられる。アイ・マツラは地殻変動で海中に没した日本からの難民の末裔が移民したアルファ・ケンタウリⅣまで出向くが、Nを取り逃がす。その後全宇宙の「すべての可能性の結節点」に網を張りめぐらしたアイは、白亜紀の地球で野々村の足跡を見つけ、追跡していく。 紀元前2世紀、7世紀、15世紀、と追跡は続いた。だが、同志に助けられたNは未来へ遡行し追跡の手を逃れていく。その過程で、アイ・マツラは松浦であったとき火星で別離した旧友がネアンデルタール人の慰み者に堕ちている場面に遭遇するが、もはや人としての感情は失っていた。一方古代日本に漂流したNは、仲間とともに葛城山にて古墳の造成と内部工作に携わるが、そこでデジャ・ヴを覚える。不可思議な砂時計に端を発した事件に巻き込まれた後に失踪した野々村こそ、Nが地球人であったときの姿だった(しかし野々村時代の記憶は失われている)。
反逆者たるNの目的は、歴史のフィードバックだった。つまり、未来世界の人間の知識・技能を古代に持ち込むことだった。フィードバックによって1万年を要した人類史の進化を100年に短縮し、新たな生物進化の先を促せるのではないか、それはタイムパラドックスではなく未知の先進的なパラレルワールドを新たに生み出す行為なのだ、と信じていた。
しかし45世紀の鯨座第5惑星で、N(野々村)はついに管理機構に追いつめられた。三台の時間機のエネルギーを一台に集中するという最終手段を選択し、N(野々村)は脱出と引き換えに超空間に突入した挙句、意識だけの存在となる。
全宇宙の進化管理を認識できる場(上位の階梯)にたどりついたN(野々村)は、追いついたアイ・マツラに吸収される。そのとき、アイの中に存在する松浦と野々村の意識が激しく共鳴し、アイは野々村への執着の理由を自覚する。野々村は、地球に転送されたエルマが産み落とした松浦の子供だったのだ。二人の共鳴にアイ自身の秩序が共振を起こし、アイは超空間に直行する方向に上昇を始める。階梯概念に逆らい、果てしなき流れの果てにあるものを求めて、アイは、問いを高に投げ上げる。
超意識体とは?進化管理の意味は?時間とは何か?時空間を超越する存在とは? 
アイは、自分の属する大宇宙が、超空間において逆行宇宙として認識される、もう一つの別の宇宙とともに、新しい可能性をはらんだ第三の宇宙を生み出しつつある姿をかいまみるが、ついにはイカロスのように力尽き、超意識体としての秩序を保てなくなった後、下位の階梯(つまり諸元の人間世界)の処置へ委ねられた。

そして2016年スイス、ベルンの国立病院。アルプス雪渓で発見されて以来50年間眠り続けた謎の遭難者が目を覚ます。回復した後も全ての記憶を失っていた彼は、自らの帰属する場所を求めて世界をさまよった後、和泉の葛城山麓へたどり着き、そこで一人の老女と遭遇する。老女、つまり佐世子は第一声、「野々村さん?」と彼に語り掛ける(エピローグその1)。

10億年の時の中で宇宙の隅々まで駆け巡り、人間存在と意識・時間の流れを俯瞰しながら生命哲学を壮絶に問い続けた野々村は、最終的にすべての記憶を失うことの代償に恋人の元へ還り、静謐な世界で人生を終えます。
決してわかりやすい描写ではなく、第三章以降は意味が咀嚼できませんでした。ただ、「これはどうしても理解しなければいけない」という焦燥で読み返し、なんとか自分なりにまとめました。

この作品に出会えたことを感謝します。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.217
(5pt)

最初から出てくる登場人物が、何人も時空を超えて様々な役割を持って現れるのが楽しいです。

久々に読んだ空想科学小説ですが、定番通り様々な登場人物が時空を超えた活躍をしており、しかもその原点が現実にある豊かな自然を表現することであるのが、ほろっとします。1960年代に生み出され、根幹としては、見事に現在を予言しており、驚嘆すべきと言えます。私が最も好きな日本の空想科学小説は「百億の昼と千億の夜」ですが、これに十分匹敵する面白さを味わえました。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.216
(5pt)

最初から出てくる登場人物が、何人も時空を超えて様々な役割を持って現れるのが楽しいです。

久々に読んだ空想科学小説ですが、定番通り様々な登場人物が時空を超えた活躍をしており、しかもその原点が現実にある豊かな自然を表現することであるのが、ほろっとします。1960年代に生み出され、根幹としては、見事に現在を予言しており、驚嘆すべきと言えます。私が最も好きな日本の空想科学小説は「百億の昼と千億の夜」ですが、これに十分匹敵する面白さを味わえました。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.215
(5pt)

最初から出てくる登場人物が、何人も時空を超えて様々な役割を持って現れるのが楽しいです。

久々に読んだ空想科学小説ですが、定番通り様々な登場人物が時空を超えた活躍をしており、しかもその原点が現実にある豊かな自然を表現することであるのが、ほろっとします。1960年代に生み出され、根幹としては、見事に現在を予言しており、驚嘆すべきと言えます。私が最も好きな日本の空想科学小説は「百億の昼と千億の夜」ですが、これに十分匹敵する面白さを味わえました。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.214
(5pt)

作者渾身の傑作

小松作品の中でも、指折りの傑作だと思う。印象的な砂時計のシーンから、作品世界は恐るべき時空間のスケールで展開される。
日本列島沈没や宇宙エレベーターのエピソードも興味深かった。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.213
(5pt)

作者渾身の傑作

小松作品の中でも、指折りの傑作だと思う。印象的な砂時計のシーンから、作品世界は恐るべき時空間のスケールで展開される。
日本列島沈没や宇宙エレベーターのエピソードも興味深かった。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.212
(5pt)

作者渾身の傑作

小松作品の中でも、指折りの傑作だと思う。印象的な砂時計のシーンから、作品世界は恐るべき時空間のスケールで展開される。
日本列島沈没や宇宙エレベーターのエピソードも興味深かった。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.211
(2pt)

全体の流れがつかめなかった

導入部分は、興味がわいてきたが、進んでゆくと何の説明も流れもなく、全く別世界になってしまいどう関係しているのか、よくわからなかった。壮大ではあるけど小説としてもワクワク感やどうなってゆくんだろうなどの面白みに欠けていた。小松氏の作品は、いくらか知っているが、他の物の方がよいと思った。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.210
(2pt)

全体の流れがつかめなかった

導入部分は、興味がわいてきたが、進んでゆくと何の説明も流れもなく、全く別世界になってしまいどう関係しているのか、よくわからなかった。壮大ではあるけど小説としてもワクワク感やどうなってゆくんだろうなどの面白みに欠けていた。小松氏の作品は、いくらか知っているが、他の物の方がよいと思った。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.209
(2pt)

全体の流れがつかめなかった

導入部分は、興味がわいてきたが、進んでゆくと何の説明も流れもなく、全く別世界になってしまいどう関係しているのか、よくわからなかった。壮大ではあるけど小説としてもワクワク感やどうなってゆくんだろうなどの面白みに欠けていた。小松氏の作品は、いくらか知っているが、他の物の方がよいと思った。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.208
(2pt)

期待したのに

昔読んで面白かったのにちょっと凝り過ぎたかな。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
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No.207
(2pt)

期待したのに

昔読んで面白かったのにちょっと凝り過ぎたかな。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.206
(2pt)

期待したのに

昔読んで面白かったのにちょっと凝り過ぎたかな。
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489456369X
No.205
(5pt)

YU-NOの元ネタ。

初読時、もう作者は活躍しておらず。
リアルタイムだと、首都消失が出てた記憶が朧気にあるくらいの世代で、当時は他に活躍する作家を追っかけてた。
なので、往時の活躍も知るはずもなく。
読んだのはハイペリオンやら何やらよりも後です。
一読してシビれた。
こんなものを書ける作家がいたのか。
同時に、アニメにもなりリメイクもされたセガサターンのゲームの「この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO」は、これが元ネタなんだろうな、と気づいた。
日本SFの歴史に、燦然と輝く名作だと思います。
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B000JA9Y9E
No.204
(5pt)

YU-NOの元ネタ。

初読時、もう作者は活躍しておらず。
リアルタイムだと、首都消失が出てた記憶が朧気にあるくらいの世代で、当時は他に活躍する作家を追っかけてた。
なので、往時の活躍も知るはずもなく。
読んだのはハイペリオンやら何やらよりも後です。
一読してシビれた。
こんなものを書ける作家がいたのか。
同時に、アニメにもなりリメイクもされたセガサターンのゲームの「この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO」は、これが元ネタなんだろうな、と気づいた。
日本SFの歴史に、燦然と輝く名作だと思います。
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4758441782
No.203
(5pt)

YU-NOの元ネタ。

初読時、もう作者は活躍しておらず。
リアルタイムだと、首都消失が出てた記憶が朧気にあるくらいの世代で、当時は他に活躍する作家を追っかけてた。
なので、往時の活躍も知るはずもなく。
読んだのはハイペリオンやら何やらよりも後です。
一読してシビれた。
こんなものを書ける作家がいたのか。
同時に、アニメにもなりリメイクもされたセガサターンのゲームの「この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO」は、これが元ネタなんだろうな、と気づいた。
日本SFの歴史に、燦然と輝く名作だと思います。
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No.202
(5pt)

著者の存在自体がすでにSFです

55年を経て色褪せぬ凄まじき想像力と体力。巧みな「寄り」と「引き」のカメラワークで描かれた幅10億年の宇宙人類史。個々の危機的場面はきっと当時より現実味が増しており背筋がぞっとした。彼の存在自体がすでにSFです。
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