果てしなき流れの果てに

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評判

果てしなき流れの果てにの評価:

4.22/5点 レビュー 120件。 B ランク

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平均点4.22pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全341件 41〜60 3/18ページ
No.301
(5pt)

空間や時間などの複数の軸で空想力が広がる。

空間の広がり、時間の広がり、意識の広がりなどいくつもの軸が拡張の対象となる。なんてすごい小説なのだろうか。正確には途中でついていけなくなったところがあり、すごいことは分かるが作品が訴えたいことを理解するまでには至らなかった。時間軸を行きつ戻りつ、場所も地球や火星などの太陽系から恒星間の話まで広がる。これは再読すると作品を楽しめそうだ。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.300
(5pt)

空間や時間などの複数の軸で空想力が広がる。

空間の広がり、時間の広がり、意識の広がりなどいくつもの軸が拡張の対象となる。なんてすごい小説なのだろうか。正確には途中でついていけなくなったところがあり、すごいことは分かるが作品が訴えたいことを理解するまでには至らなかった。時間軸を行きつ戻りつ、場所も地球や火星などの太陽系から恒星間の話まで広がる。これは再読すると作品を楽しめそうだ。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.299
(5pt)

空間や時間などの複数の軸で空想力が広がる。

空間の広がり、時間の広がり、意識の広がりなどいくつもの軸が拡張の対象となる。なんてすごい小説なのだろうか。正確には途中でついていけなくなったところがあり、すごいことは分かるが作品が訴えたいことを理解するまでには至らなかった。時間軸を行きつ戻りつ、場所も地球や火星などの太陽系から恒星間の話まで広がる。これは再読すると作品を楽しめそうだ。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.298
(5pt)

「果しなき流れの果」にあったもの、それは。。。

私は今年55歳にして、ほんの2~3年前から小松左京氏の作品に本格的に着手し始めた「にわか」読者だが、「名作」の呼び声高い本作品をkindleで購入し、四日間かけてゆっくり読み、たった今読了。
ん~これは噂に違わない名作ですね。これは凄いのではないでしょうか?
何が凄いって、小松左京という人は、「自身の作品の意味や価値」などを「意識しないで」書いてしまう、という「無意識」的傾向があることから、この作品だって決して「名作をものしよう」などという目的で書かれたものではないにもかかわらず、おそらく本人すら完全には理解していないだろうと思われる域にまで到達してしまっている作品だからです。

「無限遠点」という概念があります。
文字通り、「今自分が存在する時間と空間の現地点から、最も遠い地点」に関する考察です。
これについて、私はかつて考察(思考実験)したことがありますが、「無限遠点」はどこか、その答えは、「自分の背中」、つまり「自分自身」即ち「今、ここ」というものでした。結局それは、漫画でよくあるように、自分が撃った弾が地球を一周して、自分の背中に命中するというあのイメージです。
円環。循環。無限の宇宙の時空間においても、「直線」を無限に果てしなく進んだ果ては、知らず曲線を描いて「今、ここの自分」に戻る、と。敷衍すれば、「人は最初から「目的地」にいた」あるいは「最初から「欲しいもの(探し物)」は手にしていた」という、あのパラドックスです。

私の本作品に対する解釈に「読み違え」がないならば、この作品は、私の「無限遠点に関する思考実験から導き出された答え」と一致することに、唸った、というわけです。

それとは別に、この作品って、「2001年宇宙の旅」より以前に書かれたものですよね?
「日本のSFのレベルの高さ」を云々する以前に、もはや謙虚に押し黙るしかありません。。。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.297
(5pt)

「果しなき流れの果」にあったもの、それは。。。

私は今年55歳にして、ほんの2~3年前から小松左京氏の作品に本格的に着手し始めた「にわか」読者だが、「名作」の呼び声高い本作品をkindleで購入し、四日間かけてゆっくり読み、たった今読了。
ん~これは噂に違わない名作ですね。これは凄いのではないでしょうか?
何が凄いって、小松左京という人は、「自身の作品の意味や価値」などを「意識しないで」書いてしまう、という「無意識」的傾向があることから、この作品だって決して「名作をものしよう」などという目的で書かれたものではないにもかかわらず、おそらく本人すら完全には理解していないだろうと思われる域にまで到達してしまっている作品だからです。

「無限遠点」という概念があります。
文字通り、「今自分が存在する時間と空間の現地点から、最も遠い地点」に関する考察です。
これについて、私はかつて考察(思考実験)したことがありますが、「無限遠点」はどこか、その答えは、「自分の背中」、つまり「自分自身」即ち「今、ここ」というものでした。結局それは、漫画でよくあるように、自分が撃った弾が地球を一周して、自分の背中に命中するというあのイメージです。
円環。循環。無限の宇宙の時空間においても、「直線」を無限に果てしなく進んだ果ては、知らず曲線を描いて「今、ここの自分」に戻る、と。敷衍すれば、「人は最初から「目的地」にいた」あるいは「最初から「欲しいもの(探し物)」は手にしていた」という、あのパラドックスです。

私の本作品に対する解釈に「読み違え」がないならば、この作品は、私の「無限遠点に関する思考実験から導き出された答え」と一致することに、唸った、というわけです。

それとは別に、この作品って、「2001年宇宙の旅」より以前に書かれたものですよね?
「日本のSFのレベルの高さ」を云々する以前に、もはや謙虚に押し黙るしかありません。。。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.296
(5pt)

「果しなき流れの果」にあったもの、それは。。。

私は今年55歳にして、ほんの2~3年前から小松左京氏の作品に本格的に着手し始めた「にわか」読者だが、「名作」の呼び声高い本作品をkindleで購入し、四日間かけてゆっくり読み、たった今読了。
ん~これは噂に違わない名作ですね。これは凄いのではないでしょうか?
何が凄いって、小松左京という人は、「自身の作品の意味や価値」などを「意識しないで」書いてしまう、という「無意識」的傾向があることから、この作品だって決して「名作をものしよう」などという目的で書かれたものではないにもかかわらず、おそらく本人すら完全には理解していないだろうと思われる域にまで到達してしまっている作品だからです。

「無限遠点」という概念があります。
文字通り、「今自分が存在する時間と空間の現地点から、最も遠い地点」に関する考察です。
これについて、私はかつて考察(思考実験)したことがありますが、「無限遠点」はどこか、その答えは、「自分の背中」、つまり「自分自身」即ち「今、ここ」というものでした。結局それは、漫画でよくあるように、自分が撃った弾が地球を一周して、自分の背中に命中するというあのイメージです。
円環。循環。無限の宇宙の時空間においても、「直線」を無限に果てしなく進んだ果ては、知らず曲線を描いて「今、ここの自分」に戻る、と。敷衍すれば、「人は最初から「目的地」にいた」あるいは「最初から「欲しいもの(探し物)」は手にしていた」という、あのパラドックスです。

私の本作品に対する解釈に「読み違え」がないならば、この作品は、私の「無限遠点に関する思考実験から導き出された答え」と一致することに、唸った、というわけです。

それとは別に、この作品って、「2001年宇宙の旅」より以前に書かれたものですよね?
「日本のSFのレベルの高さ」を云々する以前に、もはや謙虚に押し黙るしかありません。。。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.295
(2pt)

(2022年―第33冊)後半のめくるめく展開にはついていけなかった

東京のN大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、大泉教授とその友人・番匠谷教授から一つの砂時計を見せられる。白堊紀の地層から出土したその砂時計は、砂が上から下に永遠に落ち続けながら、上の器の砂は全く減らず、下の器の砂は一向に増えない。野々村はこの時計の発掘現場である関西へと急ぎ向かうが、そのまま忽然と姿を消してしまう……。
------------------------
 昭和40年(1965年)に1年かけて早川書房のSFマガジン誌上で連載された長編です。
 プロローグでは恐竜が跋扈する太古の地球の片隅で、電話がけたたましく鳴っている様子が描かれます。時空のねじれを感じさせるこの冒頭部分から、突如として昭和40年の大学研究室へと場所は飛び、それがやがて時間機を駆使したタイムトラベル戦へと展開していくのです。

 今から半世紀以上も前の日本でこれだけの壮大なSF物語が紡がれていたことの凄みをまず感じます。地球から伸びる宇宙エレベーター構想に触れられていますが、アーサー・C・クラークの『 楽園の泉 』は1978年、『 3001年終局への旅 』は1997年の作品です。また、太陽の突然の異変によって地球の生命体が脅かされる下りは、今年(2022年)邦訳が出て話題となっているアンディ・ウィアー『 プロジェクト・ヘイル・メアリー 』と同じテーマですから、その早さがわかるというものです。

 ただし、昭和40年から始まる前半の展開は、野々村とその恋人・佐世子の物語は、しっとりとした味わいでまとめられている一方、野々村の失踪の背後にあった時間航行戦争が展開する後半は、とにかくその想像の翼の広がりが大き過ぎるうえに、めくるめくスピードで描かれていくため、読み手としてはその展開に十分に追いついていけたとはとてもいえません。青息吐息の読書だったというのが率直な感想です。
 またタイムトラベルだけでもお腹がいっぱいになりそうな仕掛けなのに、そのうえ超能力者がしれっと登場したり、「光線銃」という昭和的な用語が出てきたりと、やはり古めかしさは否めません。

 巻末の「初版あとがき」で作者の小松左京は、連載を続けるのにかなり苦労した経緯を明かしたうえで、いつか体力と気力と準備を整えて同じ主題でまた書きたいと、正直すぎるほど正直な言葉を綴っています。「この作品は、次の作品へのエスキースと考えていただいてもけっこうです」とまで記します。体力も気力も準備も不十分なまま書き進めてしまった下絵的な作品だと聞かされたわけですから、読者としては鼻白む思いがします。
 

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新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.294
(2pt)

(2022年―第33冊)後半のめくるめく展開にはついていけなかった

東京のN大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、大泉教授とその友人・番匠谷教授から一つの砂時計を見せられる。白堊紀の地層から出土したその砂時計は、砂が上から下に永遠に落ち続けながら、上の器の砂は全く減らず、下の器の砂は一向に増えない。野々村はこの時計の発掘現場である関西へと急ぎ向かうが、そのまま忽然と姿を消してしまう……。
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 昭和40年(1965年)に1年かけて早川書房のSFマガジン誌上で連載された長編です。
 プロローグでは恐竜が跋扈する太古の地球の片隅で、電話がけたたましく鳴っている様子が描かれます。時空のねじれを感じさせるこの冒頭部分から、突如として昭和40年の大学研究室へと場所は飛び、それがやがて時間機を駆使したタイムトラベル戦へと展開していくのです。

 今から半世紀以上も前の日本でこれだけの壮大なSF物語が紡がれていたことの凄みをまず感じます。地球から伸びる宇宙エレベーター構想に触れられていますが、アーサー・C・クラークの『 楽園の泉 』は1978年、『 3001年終局への旅 』は1997年の作品です。また、太陽の突然の異変によって地球の生命体が脅かされる下りは、今年(2022年)邦訳が出て話題となっているアンディ・ウィアー『 プロジェクト・ヘイル・メアリー 』と同じテーマですから、その早さがわかるというものです。

 ただし、昭和40年から始まる前半の展開は、野々村とその恋人・佐世子の物語は、しっとりとした味わいでまとめられている一方、野々村の失踪の背後にあった時間航行戦争が展開する後半は、とにかくその想像の翼の広がりが大き過ぎるうえに、めくるめくスピードで描かれていくため、読み手としてはその展開に十分に追いついていけたとはとてもいえません。青息吐息の読書だったというのが率直な感想です。
 またタイムトラベルだけでもお腹がいっぱいになりそうな仕掛けなのに、そのうえ超能力者がしれっと登場したり、「光線銃」という昭和的な用語が出てきたりと、やはり古めかしさは否めません。

 巻末の「初版あとがき」で作者の小松左京は、連載を続けるのにかなり苦労した経緯を明かしたうえで、いつか体力と気力と準備を整えて同じ主題でまた書きたいと、正直すぎるほど正直な言葉を綴っています。「この作品は、次の作品へのエスキースと考えていただいてもけっこうです」とまで記します。体力も気力も準備も不十分なまま書き進めてしまった下絵的な作品だと聞かされたわけですから、読者としては鼻白む思いがします。
 

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果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.293
(2pt)

(2022年―第33冊)後半のめくるめく展開にはついていけなかった

東京のN大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、大泉教授とその友人・番匠谷教授から一つの砂時計を見せられる。白堊紀の地層から出土したその砂時計は、砂が上から下に永遠に落ち続けながら、上の器の砂は全く減らず、下の器の砂は一向に増えない。野々村はこの時計の発掘現場である関西へと急ぎ向かうが、そのまま忽然と姿を消してしまう……。
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 昭和40年(1965年)に1年かけて早川書房のSFマガジン誌上で連載された長編です。
 プロローグでは恐竜が跋扈する太古の地球の片隅で、電話がけたたましく鳴っている様子が描かれます。時空のねじれを感じさせるこの冒頭部分から、突如として昭和40年の大学研究室へと場所は飛び、それがやがて時間機を駆使したタイムトラベル戦へと展開していくのです。

 今から半世紀以上も前の日本でこれだけの壮大なSF物語が紡がれていたことの凄みをまず感じます。地球から伸びる宇宙エレベーター構想に触れられていますが、アーサー・C・クラークの『 楽園の泉 』は1978年、『 3001年終局への旅 』は1997年の作品です。また、太陽の突然の異変によって地球の生命体が脅かされる下りは、今年(2022年)邦訳が出て話題となっているアンディ・ウィアー『 プロジェクト・ヘイル・メアリー 』と同じテーマですから、その早さがわかるというものです。

 ただし、昭和40年から始まる前半の展開は、野々村とその恋人・佐世子の物語は、しっとりとした味わいでまとめられている一方、野々村の失踪の背後にあった時間航行戦争が展開する後半は、とにかくその想像の翼の広がりが大き過ぎるうえに、めくるめくスピードで描かれていくため、読み手としてはその展開に十分に追いついていけたとはとてもいえません。青息吐息の読書だったというのが率直な感想です。
 またタイムトラベルだけでもお腹がいっぱいになりそうな仕掛けなのに、そのうえ超能力者がしれっと登場したり、「光線銃」という昭和的な用語が出てきたりと、やはり古めかしさは否めません。

 巻末の「初版あとがき」で作者の小松左京は、連載を続けるのにかなり苦労した経緯を明かしたうえで、いつか体力と気力と準備を整えて同じ主題でまた書きたいと、正直すぎるほど正直な言葉を綴っています。「この作品は、次の作品へのエスキースと考えていただいてもけっこうです」とまで記します。体力も気力も準備も不十分なまま書き進めてしまった下絵的な作品だと聞かされたわけですから、読者としては鼻白む思いがします。
 

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果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.292
(5pt)

現代日本の金字塔の双璧でしょうね

双璧の片方、個人的には光瀬龍氏の「百億の昼と〜」かと思っています。SFMオールタイム投票等でも概ね、この2作品がツートップですしね。
高校3年生時の「国語表現」でこの作品を取り上げたのですが、私の力不足と担当教師の理解不足等もあり、当時は全然歯が立たなかったような……果たして今でもどうか、と思う部分はありますね。
小松左京氏の主系列的作品で、これと「神への長い道」や「結晶星団」、「ゴルディアスの結び目」と総決算作で未完に終わった「虚無回廊」等の流れで読んで欲しいですね。「復活の日」「日本沈没」「首都消失」等はまた別の系列ですからね。大きくはこの2つに分類される作家かとは思います。
生前の左京さん、連載も非常に書くのがしんどくて参ったと話されていたようですが、やはり氏はだてに京都大学でイタリア文学を専攻されていないので、SFでダンテ「神曲」を書きたかったのは間違いないんでしょうね。生涯をかけての途方もない試み、完成することはなかったのでしょうが……断片的ではあってもこの作品の壮大さ、「三体」シリーズ等にも負けてはいないよな、といち左京ファンは思ってしまいますね。
他の方もカスタマーレビューで色々書かれている通り、読者の想像力を非常に刺激する佳作ですので、やはり是非ぜひ読んでもらいたい一冊ですね。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.291
(5pt)

現代日本の金字塔の双璧でしょうね

双璧の片方、個人的には光瀬龍氏の「百億の昼と〜」かと思っています。SFMオールタイム投票等でも概ね、この2作品がツートップですしね。
高校3年生時の「国語表現」でこの作品を取り上げたのですが、私の力不足と担当教師の理解不足等もあり、当時は全然歯が立たなかったような……果たして今でもどうか、と思う部分はありますね。
小松左京氏の主系列的作品で、これと「神への長い道」や「結晶星団」、「ゴルディアスの結び目」と総決算作で未完に終わった「虚無回廊」等の流れで読んで欲しいですね。「復活の日」「日本沈没」「首都消失」等はまた別の系列ですからね。大きくはこの2つに分類される作家かとは思います。
生前の左京さん、連載も非常に書くのがしんどくて参ったと話されていたようですが、やはり氏はだてに京都大学でイタリア文学を専攻されていないので、SFでダンテ「神曲」を書きたかったのは間違いないんでしょうね。生涯をかけての途方もない試み、完成することはなかったのでしょうが……断片的ではあってもこの作品の壮大さ、「三体」シリーズ等にも負けてはいないよな、といち左京ファンは思ってしまいますね。
他の方もカスタマーレビューで色々書かれている通り、読者の想像力を非常に刺激する佳作ですので、やはり是非ぜひ読んでもらいたい一冊ですね。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.290
(5pt)

現代日本の金字塔の双璧でしょうね

双璧の片方、個人的には光瀬龍氏の「百億の昼と〜」かと思っています。SFMオールタイム投票等でも概ね、この2作品がツートップですしね。
高校3年生時の「国語表現」でこの作品を取り上げたのですが、私の力不足と担当教師の理解不足等もあり、当時は全然歯が立たなかったような……果たして今でもどうか、と思う部分はありますね。
小松左京氏の主系列的作品で、これと「神への長い道」や「結晶星団」、「ゴルディアスの結び目」と総決算作で未完に終わった「虚無回廊」等の流れで読んで欲しいですね。「復活の日」「日本沈没」「首都消失」等はまた別の系列ですからね。大きくはこの2つに分類される作家かとは思います。
生前の左京さん、連載も非常に書くのがしんどくて参ったと話されていたようですが、やはり氏はだてに京都大学でイタリア文学を専攻されていないので、SFでダンテ「神曲」を書きたかったのは間違いないんでしょうね。生涯をかけての途方もない試み、完成することはなかったのでしょうが……断片的ではあってもこの作品の壮大さ、「三体」シリーズ等にも負けてはいないよな、といち左京ファンは思ってしまいますね。
他の方もカスタマーレビューで色々書かれている通り、読者の想像力を非常に刺激する佳作ですので、やはり是非ぜひ読んでもらいたい一冊ですね。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.289
(3pt)

主人公は「流れ」。

本作の主人公は人間ではなく、タイトルにある通り、「流れ」です。しかも「果てしな」い「流れ」。そのスケールには圧倒されますが、自分の場合、1人の主人公を通してしか物語に入り込めないのでダメでした。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.288
(3pt)

主人公は「流れ」。

本作の主人公は人間ではなく、タイトルにある通り、「流れ」です。しかも「果てしな」い「流れ」。そのスケールには圧倒されますが、自分の場合、1人の主人公を通してしか物語に入り込めないのでダメでした。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.287
(3pt)

主人公は「流れ」。

本作の主人公は人間ではなく、タイトルにある通り、「流れ」です。しかも「果てしな」い「流れ」。そのスケールには圧倒されますが、自分の場合、1人の主人公を通してしか物語に入り込めないのでダメでした。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.286
(5pt)

とても懐かしい名作

40年前、中学生の時に夢中で読みました。
スケールの大きいSFです。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.285
(5pt)

とても懐かしい名作

40年前、中学生の時に夢中で読みました。
スケールの大きいSFです。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.284
(5pt)

とても懐かしい名作

40年前、中学生の時に夢中で読みました。
スケールの大きいSFです。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.283
(1pt)

推理小説のトリックに超能力を使われたような残念さ。

白亜紀の地層から止まらない砂時計が発見される、という、冒頭に提示される謎には惹かれたが、その回答が「タイムマシンで未来人が来て置いていった」という、考えられる最も安易なものだったのにはガッカリした。
時間遡行、時間停止、四次元、気候変動による地球滅亡、歴史改変、並行宇宙といった珍しくもない発想を詰め込んでいるが、さして深堀りされているわけでもなく「フーン」という印象しかない。
なんかワチャワチャやってるけど、タイムマシンがある時点で「ルール無用の何でもあり」でしかなく、つまらない。ドラえもんと一緒。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.282
(1pt)

推理小説のトリックに超能力を使われたような残念さ。

白亜紀の地層から止まらない砂時計が発見される、という、冒頭に提示される謎には惹かれたが、その回答が「タイムマシンで未来人が来て置いていった」という、考えられる最も安易なものだったのにはガッカリした。
時間遡行、時間停止、四次元、気候変動による地球滅亡、歴史改変、並行宇宙といった珍しくもない発想を詰め込んでいるが、さして深堀りされているわけでもなく「フーン」という印象しかない。
なんかワチャワチャやってるけど、タイムマシンがある時点で「ルール無用の何でもあり」でしかなく、つまらない。ドラえもんと一緒。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X