果てしなき流れの果てに

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果てしなき流れの果てにの評価:

4.22/5点 レビュー 120件。 B ランク

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平均点4.22pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全341件 21〜40 2/18ページ
No.321
(4pt)

壮大なる誇大妄想と、それを支えた人の情

若き日の小松左京の代表作。今もって、ヒストリカルベストに選ばれているという。40年ぶりに再読した。

「全ての時間、全ての空間を認識する」とはどういうものなのか、小松左京らしい壮大な誇大妄想に圧倒される。
ところどころに時間と空間にまつわる論理が記されているが、正直、意味不明である。「これ、書いた本人も意味わかってへんのとちゃうか」という失礼な考えも沸いてくる。物理学や数学の素養があれば、違うのかもしれないが。

全ての時間と全ての空間、これを表現するために、「歴史を根本から改変して、知的生命体をより速やかに高次のレベルに移行させようとする」集団と、それを阻止する側の追跡劇の程を成しているが、いわゆるタイムパトロール物ではない。
ここに記されているのは、「進化することも、淘汰されることも、いづれも突き詰めれば残酷な現象なのだ」という認識だ。
また、この「物語」の登場者は、誰一人として報われない。何かを成しえたとか、幸せを手に入れたとか、そういう世俗の求める展開は一切、ない。
そして、この追跡劇も、それを監視する存在も、更なる高次の存在に支配され、更にはその高次の存在もまた・・・という、無限の階層の連なりにさらされ、読者は途方に暮れることになる。

しかし、その壮大な舞台の幕を引くのは、結局は人の小さな情愛であることに、このテーマを取り扱うには人間がいかに小さな存在であるかを思い知らされる。

それだけではない。「全ての時間、全ての空間」を網羅する追跡劇を「時系列」として記載せざるをえないという矛盾が立ちはだかる。
「全ての時間、全ての空間」を監視できるなら、反乱者をどこで追い詰めたかは、既に「わかっているはず」だからだ。

その矛盾を孕んでなお、瞠目に値する作品なのだ。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.320
(4pt)

壮大なる誇大妄想と、それを支えた人の情

若き日の小松左京の代表作。今もって、ヒストリカルベストに選ばれているという。40年ぶりに再読した。

「全ての時間、全ての空間を認識する」とはどういうものなのか、小松左京らしい壮大な誇大妄想に圧倒される。
ところどころに時間と空間にまつわる論理が記されているが、正直、意味不明である。「これ、書いた本人も意味わかってへんのとちゃうか」という失礼な考えも沸いてくる。物理学や数学の素養があれば、違うのかもしれないが。

全ての時間と全ての空間、これを表現するために、「歴史を根本から改変して、知的生命体をより速やかに高次のレベルに移行させようとする」集団と、それを阻止する側の追跡劇の程を成しているが、いわゆるタイムパトロール物ではない。
ここに記されているのは、「進化することも、淘汰されることも、いづれも突き詰めれば残酷な現象なのだ」という認識だ。
また、この「物語」の登場者は、誰一人として報われない。何かを成しえたとか、幸せを手に入れたとか、そういう世俗の求める展開は一切、ない。
そして、この追跡劇も、それを監視する存在も、更なる高次の存在に支配され、更にはその高次の存在もまた・・・という、無限の階層の連なりにさらされ、読者は途方に暮れることになる。

しかし、その壮大な舞台の幕を引くのは、結局は人の小さな情愛であることに、このテーマを取り扱うには人間がいかに小さな存在であるかを思い知らされる。

それだけではない。「全ての時間、全ての空間」を網羅する追跡劇を「時系列」として記載せざるをえないという矛盾が立ちはだかる。
「全ての時間、全ての空間」を監視できるなら、反乱者をどこで追い詰めたかは、既に「わかっているはず」だからだ。

その矛盾を孕んでなお、瞠目に値する作品なのだ。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.319
(5pt)

天才的なSF小説

小松左京の初期作品だが、今から60年近く前にこれほど壮大で濃密なSF小説が書かれていたとは驚異としか思えない。明晰な洞察力と緻密な分析。果てない想像力と哲学的な深い思考力。それにも増して、人間への切ないほどの愛着心を込めて書かれているので、単なる娯楽的なSF作品とは一線を画している。
最高の知的生物である人間の意識を最大限にレベルアップすることにより、時間と空間への挑戦と支配を試みる、ということが作品のテーマである。滅亡した地球から逃れ、宇宙に漂い生きる人間の苦悩と破滅。人間の限りのない欲望と傲慢による破壊と再建の繰り返し。ときに難解過ぎて混乱する箇所もあるが、ストーリーの発想と展開の面白さに引き込まれて、一気に読み終えた。多分、今後もまた読み返すだろう。
日本の戦中と戦後を生き抜いて、確かな洞察力で日本を直視してきた作者の渾身の思いが、現代を生きる者への伝言として感じられるからだ。
小松左京といえば「日本沈没」が代表作品だが、初期の作品にも傑作が多い。この作品が筆頭に挙げられると思う。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.318
(5pt)

天才的なSF小説

小松左京の初期作品だが、今から60年近く前にこれほど壮大で濃密なSF小説が書かれていたとは驚異としか思えない。明晰な洞察力と緻密な分析。果てない想像力と哲学的な深い思考力。それにも増して、人間への切ないほどの愛着心を込めて書かれているので、単なる娯楽的なSF作品とは一線を画している。
最高の知的生物である人間の意識を最大限にレベルアップすることにより、時間と空間への挑戦と支配を試みる、ということが作品のテーマである。滅亡した地球から逃れ、宇宙に漂い生きる人間の苦悩と破滅。人間の限りのない欲望と傲慢による破壊と再建の繰り返し。ときに難解過ぎて混乱する箇所もあるが、ストーリーの発想と展開の面白さに引き込まれて、一気に読み終えた。多分、今後もまた読み返すだろう。
日本の戦中と戦後を生き抜いて、確かな洞察力で日本を直視してきた作者の渾身の思いが、現代を生きる者への伝言として感じられるからだ。
小松左京といえば「日本沈没」が代表作品だが、初期の作品にも傑作が多い。この作品が筆頭に挙げられると思う。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.317
(5pt)

天才的なSF小説

小松左京の初期作品だが、今から60年近く前にこれほど壮大で濃密なSF小説が書かれていたとは驚異としか思えない。明晰な洞察力と緻密な分析。果てない想像力と哲学的な深い思考力。それにも増して、人間への切ないほどの愛着心を込めて書かれているので、単なる娯楽的なSF作品とは一線を画している。
最高の知的生物である人間の意識を最大限にレベルアップすることにより、時間と空間への挑戦と支配を試みる、ということが作品のテーマである。滅亡した地球から逃れ、宇宙に漂い生きる人間の苦悩と破滅。人間の限りのない欲望と傲慢による破壊と再建の繰り返し。ときに難解過ぎて混乱する箇所もあるが、ストーリーの発想と展開の面白さに引き込まれて、一気に読み終えた。多分、今後もまた読み返すだろう。
日本の戦中と戦後を生き抜いて、確かな洞察力で日本を直視してきた作者の渾身の思いが、現代を生きる者への伝言として感じられるからだ。
小松左京といえば「日本沈没」が代表作品だが、初期の作品にも傑作が多い。この作品が筆頭に挙げられると思う。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.316
(5pt)

小松左京なめてた

この本きっかけでズッポシ
小松左京のSFにハマりました。

言い回しがとても楽しい。
分かりやすく面白い。

面白いSF読みたいなら
絶対に小松左京読むべき!
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.315
(5pt)

小松左京なめてた

この本きっかけでズッポシ
小松左京のSFにハマりました。

言い回しがとても楽しい。
分かりやすく面白い。

面白いSF読みたいなら
絶対に小松左京読むべき!
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.314
(5pt)

小松左京なめてた

この本きっかけでズッポシ
小松左京のSFにハマりました。

言い回しがとても楽しい。
分かりやすく面白い。

面白いSF読みたいなら
絶対に小松左京読むべき!
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.313
(5pt)

超イイ

最高でしたラストシーンにつながる瞬間、驚愕しました、読んでよかったです
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.312
(5pt)

超イイ

最高でしたラストシーンにつながる瞬間、驚愕しました、読んでよかったです
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.311
(5pt)

超イイ

最高でしたラストシーンにつながる瞬間、驚愕しました、読んでよかったです
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.310
(2pt)

内容が難しい

話の内容がさっぱり解らない
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.309
(2pt)

内容が難しい

話の内容がさっぱり解らない
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.308
(2pt)

内容が難しい

話の内容がさっぱり解らない
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.307
(4pt)

置かれた場所で咲けなかった男達

久しぶりに再読(通しでは多分3回目).名作とは聞いていたものの、私の学生時代にはなかなか入手できず、当時たまたま見つけた徳間文庫での再刊で読みました(私のは'90年3月の初刷).初めて読んだ時、冒頭の恐竜時代に鳴る金色の電話機、という場面にこの後どうなるんだろう?とワクワクし、最初の二章で昭和40年代初頭のレトロな日本を楽しみ、その後のエピローグ(その2)の佐世子が野々村を待ち続ける描写で涙がチョチョ切れ、第三章以降、軌道エレベーターに始まる時空を超えた展開にはただただ翻弄され、後半でそれまでのバラバラなエピソードが繋がって最初の謎がちゃんと回収され、最後の第十章とエピローグ(その1)で「果しなき流れの果て」をそのタイトル通りに目眩くイメージ(ブッ飛んだ記述が超越者っぽい)で描写した筆力に感動しました.しかしながら今読むと、こちらが歳をとって感性が摩滅したのか、昔ほどには興奮せずに割と冷静に読めました(ただ、悲しみを秘めつつ中学教師として生きる佐世子の姿にはやっぱりジンときます).中盤から後半の訳のわからない展開は、当時の小松左京さんの技術不足もあるでしょうが、わざと説明不足にすることで読者を異次元に放り込む効果も狙っていたのでしょう.今回の再読に際し、加藤夢三さんの「存在することの居心地悪さ」(現代思想10月臨時増刊号「総特集 小松左京」)という論考がとても参考になりました.結局のところ、反体制側のN(=野々村)やホアン達は今ある世界に満足・安住できない男達であり、未来を過去にフィードバックするという行為もあくまで手段であって、何らかの理想社会を明確にイメージしての所業ではなく、そこら辺は実は彼らを取り締まる体制側のアイ・マツラも同類である(自分達を動かす超越者が何を考えているのか分からない)、というふうに理解しました.今ある世界ではない、さまざまな世界が可能性としてあるのではないか(今の言葉で言えばメタバース?)という思いが、小松左京さんの根源的な立ち位置として正直に吐露されているように感じます.小説としての完成度という点で本書は少々破綻しているようにも思いますが、破綻しているが故に比類無くパワフルで、トンデモな大風呂敷を荒唐無稽に広げつつ深い叙情を湛え、物語を読む楽しさを十二分に備えながら、人間と世界との関わりにおける普遍的・根源的な問いを読者に問い続ける本書には、時代を超える値打ちがあると思います.
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.306
(4pt)

置かれた場所で咲けなかった男達

久しぶりに再読(通しでは多分3回目).名作とは聞いていたものの、私の学生時代にはなかなか入手できず、当時たまたま見つけた徳間文庫での再刊で読みました(私のは'90年3月の初刷).初めて読んだ時、冒頭の恐竜時代に鳴る金色の電話機、という場面にこの後どうなるんだろう?とワクワクし、最初の二章で昭和40年代初頭のレトロな日本を楽しみ、その後のエピローグ(その2)の佐世子が野々村を待ち続ける描写で涙がチョチョ切れ、第三章以降、軌道エレベーターに始まる時空を超えた展開にはただただ翻弄され、後半でそれまでのバラバラなエピソードが繋がって最初の謎がちゃんと回収され、最後の第十章とエピローグ(その1)で「果しなき流れの果て」をそのタイトル通りに目眩くイメージ(ブッ飛んだ記述が超越者っぽい)で描写した筆力に感動しました.しかしながら今読むと、こちらが歳をとって感性が摩滅したのか、昔ほどには興奮せずに割と冷静に読めました(ただ、悲しみを秘めつつ中学教師として生きる佐世子の姿にはやっぱりジンときます).中盤から後半の訳のわからない展開は、当時の小松左京さんの技術不足もあるでしょうが、わざと説明不足にすることで読者を異次元に放り込む効果も狙っていたのでしょう.今回の再読に際し、加藤夢三さんの「存在することの居心地悪さ」(現代思想10月臨時増刊号「総特集 小松左京」)という論考がとても参考になりました.結局のところ、反体制側のN(=野々村)やホアン達は今ある世界に満足・安住できない男達であり、未来を過去にフィードバックするという行為もあくまで手段であって、何らかの理想社会を明確にイメージしての所業ではなく、そこら辺は実は彼らを取り締まる体制側のアイ・マツラも同類である(自分達を動かす超越者が何を考えているのか分からない)、というふうに理解しました.今ある世界ではない、さまざまな世界が可能性としてあるのではないか(今の言葉で言えばメタバース?)という思いが、小松左京さんの根源的な立ち位置として正直に吐露されているように感じます.小説としての完成度という点で本書は少々破綻しているようにも思いますが、破綻しているが故に比類無くパワフルで、トンデモな大風呂敷を荒唐無稽に広げつつ深い叙情を湛え、物語を読む楽しさを十二分に備えながら、人間と世界との関わりにおける普遍的・根源的な問いを読者に問い続ける本書には、時代を超える値打ちがあると思います.
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.305
(4pt)

置かれた場所で咲けなかった男達

久しぶりに再読(通しでは多分3回目).名作とは聞いていたものの、私の学生時代にはなかなか入手できず、当時たまたま見つけた徳間文庫での再刊で読みました(私のは'90年3月の初刷).初めて読んだ時、冒頭の恐竜時代に鳴る金色の電話機、という場面にこの後どうなるんだろう?とワクワクし、最初の二章で昭和40年代初頭のレトロな日本を楽しみ、その後のエピローグ(その2)の佐世子が野々村を待ち続ける描写で涙がチョチョ切れ、第三章以降、軌道エレベーターに始まる時空を超えた展開にはただただ翻弄され、後半でそれまでのバラバラなエピソードが繋がって最初の謎がちゃんと回収され、最後の第十章とエピローグ(その1)で「果しなき流れの果て」をそのタイトル通りに目眩くイメージ(ブッ飛んだ記述が超越者っぽい)で描写した筆力に感動しました.しかしながら今読むと、こちらが歳をとって感性が摩滅したのか、昔ほどには興奮せずに割と冷静に読めました(ただ、悲しみを秘めつつ中学教師として生きる佐世子の姿にはやっぱりジンときます).中盤から後半の訳のわからない展開は、当時の小松左京さんの技術不足もあるでしょうが、わざと説明不足にすることで読者を異次元に放り込む効果も狙っていたのでしょう.今回の再読に際し、加藤夢三さんの「存在することの居心地悪さ」(現代思想10月臨時増刊号「総特集 小松左京」)という論考がとても参考になりました.結局のところ、反体制側のN(=野々村)やホアン達は今ある世界に満足・安住できない男達であり、未来を過去にフィードバックするという行為もあくまで手段であって、何らかの理想社会を明確にイメージしての所業ではなく、そこら辺は実は彼らを取り締まる体制側のアイ・マツラも同類である(自分達を動かす超越者が何を考えているのか分からない)、というふうに理解しました.今ある世界ではない、さまざまな世界が可能性としてあるのではないか(今の言葉で言えばメタバース?)という思いが、小松左京さんの根源的な立ち位置として正直に吐露されているように感じます.小説としての完成度という点で本書は少々破綻しているようにも思いますが、破綻しているが故に比類無くパワフルで、トンデモな大風呂敷を荒唐無稽に広げつつ深い叙情を湛え、物語を読む楽しさを十二分に備えながら、人間と世界との関わりにおける普遍的・根源的な問いを読者に問い続ける本書には、時代を超える値打ちがあると思います.
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E
No.304
(4pt)

"冒頭の電話機"以外、登場人物も舞台背景もアタマかすっ飛んではオリマスガ

いまからおよそ40数年ムカシ、
筒井康隆・編『SF教室』で見つけてハマった『明日泥棒』を
モ~レツ攻勢でオススメした友人が
この本を持って逆襲してきた。
否応なく貸し出されたソレを
ホレ読めヤレ読めとせっつかれて読んだ。
アラカンを迎えた現在、脳内にはその"なにやら壮大な"イメージが渦巻くのみ
そろそろ人生も終盤に差し掛かったと実感する今日この頃
そろそろ読み返してみようかなとの想いに駆られてオリマス。
新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33) Amazon書評・レビュー: 新装版 果しなき流れの果に (ハルキ文庫 こ 1-33)より
4758441782
No.303
(4pt)

"冒頭の電話機"以外、登場人物も舞台背景もアタマかすっ飛んではオリマスガ

いまからおよそ40数年ムカシ、
筒井康隆・編『SF教室』で見つけてハマった『明日泥棒』を
モ~レツ攻勢でオススメした友人が
この本を持って逆襲してきた。
否応なく貸し出されたソレを
ホレ読めヤレ読めとせっつかれて読んだ。
アラカンを迎えた現在、脳内にはその"なにやら壮大な"イメージが渦巻くのみ
そろそろ人生も終盤に差し掛かったと実感する今日この頃
そろそろ読み返してみようかなとの想いに駆られてオリマス。
果しなき流れの果に (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (ハルキ文庫)より
489456369X
No.302
(4pt)

"冒頭の電話機"以外、登場人物も舞台背景もアタマかすっ飛んではオリマスガ

いまからおよそ40数年ムカシ、
筒井康隆・編『SF教室』で見つけてハマった『明日泥棒』を
モ~レツ攻勢でオススメした友人が
この本を持って逆襲してきた。
否応なく貸し出されたソレを
ホレ読めヤレ読めとせっつかれて読んだ。
アラカンを迎えた現在、脳内にはその"なにやら壮大な"イメージが渦巻くのみ
そろそろ人生も終盤に差し掛かったと実感する今日この頃
そろそろ読み返してみようかなとの想いに駆られてオリマス。
果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ) Amazon書評・レビュー: 果しなき流れの果に (1966年) (日本SFシリーズ)より
B000JA9Y9E