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黒龍荘の惨劇
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黒龍荘の惨劇の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.32pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全11件 1~11 1/1ページ
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岡田秀文『黒龍荘の惨劇』(光文社、2014年)は明治時代の日本を舞台としたミステリー小説である。山縣有朋の別邸であった黒龍荘という広大な邸宅で連続殺人事件が起きる。そこに山縣の影の金庫番の漆原安之丞に恨みを晴らすとの脅迫文が届いたことが発端である。その数日後に漆原は殺されてしまった。 調査依頼を受けた「月輪萬相談所」の探偵・月輪は、かつて伊藤博文邸でともに書生として過ごした杉山潤之助を連れて黒龍荘に住み込む。しかし、警察と月輪らの監視をあざ笑うかのように黒龍荘住人の遺体が次々と発見されていく。月輪と杉山がホームズとワトソンに相当するコンビになっている。 興味深い点は探偵の事件への関わり方である。警察に不信感を抱いた漆原家の人々が探偵を依頼したことになっている。警察は安之丞殺害を状況から内部犯と考えていた。このため、警察が見込み捜査で漆原家の誰かを犯人と決め付け、逮捕するのではないかと危機感を抱いた。そこで警察とは別の立場から偏見なく調査できる人として探偵に依頼した。日本の探偵物では『名探偵コナン』のように警察と仲良しパターンが少なくないが、むしろ緊張関係にある仕事である。 見込み捜査による冤罪作りという日本警察の問題点は明治時代からの伝統になっている。遺族は家族を殺され、ただでさえ大変であるが、警察の冤罪作りへの警戒もしなければならない。明治時代の時点で対応した漆原家は先見性がある。この日本警察への警戒心は21世紀になっても変わらない。埼玉県警草加署刑事課巡査が急死した男性の遺族から死体検案書に費用が必要と偽って約82万円をだまし取った事件が起きた。 | ||||
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金田一の獄門島と迷路荘の惨劇を合わせたような内容。 探偵小説のど定番。 トリックや動機にいろいろどうかと思うかも知れませんが そんなのはどうでもいい。 | ||||
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ミステリ好きにはこの雰囲気はヨダレものです。 いたるところに、「これよこれこれ」という設定あり。 まず探偵役はホームズ&ワトソンのコンビ。ミスレモンのようなおっちょこちょいだけど美人の秘書。 首無し死体。古いお屋敷。わらべうたに沿った連続殺人。主人公のネチネチした論理的なしゃべり方、なのに変に抜けてて最後まで殺人完遂させてからしか謎を解かない、ある意味完璧な仕事ぶり。 カタルシスはなかったので、4。 ミステリー好きは、安心して読んでください。 | ||||
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様々な瑕疵はあるものの、作者の驚くべきアイデアが光る力作である。時代設定は明治。この設定は伊藤博文や山縣有朋を登場させ、事件の中心人物をその関係者とする等、作品にある種の"ものものしさ"を与える狙いがあると同時に、現代では成立し得ないトリックを使っているためである。事件は"わらべ歌"に沿って起こる連続"見立て殺人"なのだが、この"わらべ歌"のお陰で、被害者の一部は首が切断されている。ミステリ・ファンなら誰しも、「ハハ~ン、アレだな」と思うルーティンなもので、私も軽く見ていた。しかし、これだけでは事件の全体構造が説明出来ないので、作者が本作をどのように収斂させるのか興味を持って読み進めた。 探偵役が事件が起こっている邸宅に滞在しながら、(最初の事件後)5人も続けて殺人が起こるのを防げないのは情けない(金田一耕助を想起させる)が、作者は別の驚くべきアイデアを用意しているのである。このアイデアに説得力があるか否かは微妙な所で、特に、<心理面>においては荒唐無稽と紙一重だと思った。他人の心理をこうも簡単に支配出来るのか疑わしい所ではあるが、一応、前半から邸宅に漂う異様な雰囲気と人間関係を初めとする色々な伏線を張っているので、「無理がある」、とは一概に言えず、見方によっては良く練れた構成と言えるかも知れない。上で微妙と称した所以である。「ショックが大きい」、という意味では成功しているのではないか。 作者が意図しているか否か不明だが、不平等条約の改正や"清"との関係に苦慮する当時の明治政府の模様も窺え、この時代に関心のある方にとってはミステリ以外の部分でも楽しめる作品になっている事を付記したい。 | ||||
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探偵「月輪(がちりん)」シリーズ第2弾である。 岡田作品は、同シリーズ第1弾の「伊藤博文邸の怪事件」に続き2作目の読了。 舞台は明治中期、東京郊外にある邸宅「黒龍荘」で首なし死体が発見される。 被害者は山形有朋にゆかりの人物。語り手たる杉山君は、旧知の探偵・月輪龍太郎とともに黒龍荘へと乗り込むのだが・・・という話。 帯紙にもあるのでネタバレにはならないと思うが、わらべ唄に沿った見立て連続殺人の結末やいかに、というあたりが本作の見どころだろう。 例によって、旧家の蔵から杉山君の手記が発掘され、岡田はそれをそのまま現代語に書き直しただけなのだという設定だが、前作と違ってそれ自体はものがたりの出来にそれほど貢献していない気もする。 それよりなにより、時代が明治中期というのが絶妙。舞台配置として新橋から銀座に馬車鉄道が通じていたり、各所の照明はあくまでも暗く、郊外の移動手段はこれすべて馬車や人力車であったりする描写を楽しむのも一興。しかしそれはあくまで余興。法月氏の解説でも言及されるが、ドイルがホームズものを執筆していたのと同時代ということになり、本作のメイントリック自体がこの時代ならでは。いや楽しいヤラレタ感。 個人的には、たまたまこれの直前に「地図で解明! 東京の鉄道発達史」だの「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」をちょうど読んでいたのも、当時の雰囲気を醸成してくれるサポートだったのかも。 | ||||
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~館とか~荘系の話でなんかないかな~と探してた時にひっかかった一冊。 レビューは辛目の点がついてましたが、どんだけズコーッ!ってくるものか、怖いもの見たさでオーダー。 首切り遺体と言えば、入れ替わりトリックの常套手段ですが、誰が誰と入れ替わってるのか、最後の方まで分からない。 しかも、そこまでやるか?って感じの多重殺人だったのです。 アウト判定のレビューも見受けられましたが、「夏と冬の奏鳴曲」を思えば、こんなの全然アリ。 ”明治時代の手記を現代語訳した”という体になってますが、言葉の感覚が現代に近すぎて 明治という時代をあまり感じられなかったとこが、難点と言えば難点ですが、 スラスラと進められる読みやすさで、とっつきはいい。 探偵も、私の嫌いな超勿体ぶり野郎でないし、ワトソン役ともども性格に好感が持てる。 明治者のシリーズ続編が出るなら、是非読みたい。 ★は4のつもりでしたが、カバー中身の装丁が実に味わい深いものだったので、+1です。 | ||||
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作者が現実に起きたあの陰惨な事件を念頭に置いてこれを書いたのは間違いない。 一昔前なら、よくこんな嘘くさいトリックを考えるものだと叩かれていただろうが。 今なら人々はまだあの吐き気のするような事件のことを覚えているだろうから、この物語の真相も受け入れられるのだろう。 逆に言えば、あの事件の記憶が薄れてしまった十年後、二十年後に、果たしてこの作品が受け入れられるかどうかは疑問だ。 似たようなことがかつて実際に起こったにせよ、強引なトリックという印象は否めない。 次々に猟奇的な殺人事件が起こる割には、人物描写があっさりしすぎているのも残念。(まあ敢えてそうしたのかもしれないが。) 予想していたようなわくわく感には欠けたが、真相には驚いたので星四つで。 | ||||
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明治時代の文書を現代風に書き直したという設定の下語られる殺人事件である。 明治の偉人たちが多数登場するが本筋とはあまり関係ない、ので歴史的な興味からこの作品を手にとった方は肩透かしを食うだろう。 最初読んだときは、随分淡々とした薄味の小説だなと思ったが、時間が経つにつれどこか懐かしい気持ちが湧いてきてこの作家の他の作品も読みたくなってくる、不思議な魅力がある。 ミステリとしては、かなり大掛かりなあっと驚くトリックが使われており、現代を舞台にしては絶対成り立ち得ないという以上のことは書けない、それほど独創的なものである。 著者にはこの時代を舞台にしたミステリをもっと書いてほしい。 | ||||
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なんでレビューの評価、こんなに低いのかな。 確かに純本格ではないかもしれないけど、プロットは秀逸。 次も読みたい。 | ||||
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前年発表「伊藤博文邸の怪事件」の10年後、明治23年の事件を扱っている。 伊藤博文、山縣有朋といった当時の政界の大立者がカメオ出演する。 首なし屍体、見立て殺人などは、この手のミステリに「お約束」であるが、 のちに意義づけられていることがわかる。 伏線張りも無駄がなく、なかなか巧緻に巡らされている。 スケールの大きな真相は、独創なのか判断しかねるが、振幅が大きいぶん、 やや現実離れの感も否めない。 意外な真相を突きつけたのだから、より堅実な説得力が必要ではないか。 真犯人のカリスマ性というのもうまく説明できているだろうか。 ともあれ真相は意表をつくものであった。 WHO, WHY はともかく HOW が尋常でなく、現実感が伴わぬとはいえ、 やられたと思うのである。 首きり・四肢切断・轢断と酸鼻を極める連続殺人ながら陰惨さはほとんど感じない。 それどころか探偵秘書・氷川嬢の挙措が一抹のユーモアを添えている。 | ||||
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意外に地味だった前作と比べて今回は格段の進歩があったといえよう。 特に全編を支える大トリックはまさに前代未聞、よくもこんなことを考えたなと感心するものであった。 ただし全体的なリアリティに欠けるため、そのおどろおどろしくも酸鼻を極めた作品世界がいまひとつ読者に伝わってこず、 「ああ、なるほど。そういうことね」で終わってしまう可能性が高いのが欠点。 とはいえ、その点を差し引いても本格ミステリとしては近年の収穫と言える出来で、広くおすすめしたい作品だと思う。 | ||||
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