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ハンニバル・ライジング
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ハンニバル・ライジングの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.32pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全56件 1~20 1/3ページ
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ハンニバル・レクターさんのことは「羊たちの沈黙」の映画でしか知りませんでした。 奇怪であると同時にどこか魅力的な人物でした。 様々な偶然が重なって読むことになりました。 唐突に宮本武蔵の水墨画があり驚きました。 まだ上巻ですが、数々の衝撃が。 夢中で読んでしまいました。 | ||||
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上巻の方が衝撃的でした。 それに対する復讐劇が下巻です。 フランスでのホロコーストやリュートはここ最近読んだ本に出てきたキーワードです。 | ||||
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古い本なので、中古でいいと思い購入しました。綺麗な状態で、新品同様でした。 ハンニバル ライジングの内容については、羊たちの沈黙や、ハンニバル程は面白くありません。 | ||||
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羊たちの沈黙、ハンニバルと比べると確かに…って感じ。 ちょっと悪役が間抜けすぎるし、ご都合主義に過ぎる。 テレ東午後のロードショーでやってそうな雰囲気であった。 | ||||
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若き日のハンニバル・レクター、とても良かった。・・・「ハンニバルの生い立ち」から怪物の誕生の謎解きが始まると、読者は期待する。が、ところがドッコイ見事に裏切られる。トマス・ハリスすっかりヤラレてしまう。ハンニバルは、どんな境遇・環境に置かれたとしても、”怪物”として成長していくよう運命づけられていることが明確に描かれたと思います。 カンニバルとして、この世に誕生したハンニバル、我々の心の暗部が強く引き付けられていく・・・ | ||||
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マダム・ムラサキ(紫夫人)を介して、日本文化が重要な要素として織り込まれており、とても興味がそそられます。是非、日本を舞台にし、マダム・ムラサキを軸にしたシリーズ最新作を期待しております。ハンニバル・レクターに乾杯! | ||||
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本書に関しては、様々なところでかなりの人が、「読んでがっかりした」 「レクター博士が普通の人としてネタバレしていて残念だった」との 感想を述べていたが、それは自分と違う時代や境遇の人に対しての想像力が 乏しすぎるのだろう。 今とは価値観やモノの見方や捉え方などが違う世界に生まれて過酷な体験をした人が、 現在からは想像もできない育ち方をして、理解も想像もできない人格になったことを、 現在や近い過去のみを参照して、どのような人物かを想像もできないというのでは、 歴史を学んだ意味が無いのではないだろうか。 レクター少年の周りに日本の様々なものが出てくるのは、欧米から見ると、 まだまだ日本は前近代を残しているように見えるからだろう。 | ||||
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先行作品を読了してハニバル・レクターの人となりや大河物語としてのシリーズに興味の沸いた読者なら、やはり読むべき一編だと思う、 ただし「ハンニバル」ほどの重厚さはなく、刊行後すぐ作者自身によって脚色・映画化されたことで証明済みのように、脚本化しやすいように小説化している、もしくは小説化と脚色が同時並行で行われたことも間違いなく、「ハンニバル」ほどの重厚な読書体験は残念ながらできない、 映画では省略された光学に関する衒学を初めとして、ハンニバルの美意識の元になった少年時代の記述が長く、彼その人の成り立ちが種明かしされた物語としての面白みは興味深いものだと思う、 翻訳はとてもこなれた訳文であり、軽いスリラー/サスペンスとしてサクサク読み進められる、 以下蛇足、 で、本作で物語の本筋とは別な意味で気になるのが、レディ・ムラサキの存在と彼女が行う儀式だ、 特に映画版では実際に儀式が映像化されたために儀式に対する非難がなにかと多くレビューに書き込まれている、 私はその揚げ足取りに現在に日本人の多くがいかに日々のマツリゴトを怠っているのかを考えてしまう、 その家独自のマツリゴトは数限りなく存在することに気づけない読者や映画鑑賞者が膨大な数だけ存在するのだと思う、 近々、わが国で最も有名かつ重要なファミリの代替わりが起きる、 神事を司ることを家業とし、主催者側発表でゆうに三千年に及ぼうとするファミリであるから、その代替わりに際して行われる儀式の荘重華麗かつ重厚、並びに神秘性は世界史に類を見ないものである、 神仏を問わずわが国のマツリゴトがかのファミリ固有の儀式を国民が真似ることで一般化したものが多いことは指摘するまでもない、 そして、もちろん別系統でその家、その地域特有なり独特の儀式は世間の目に触れることなく数限りなく存在するのである、 その儀式の一部が逆にかのファミリの儀式に吸収され現在にいたっているものも存在する、 レディ・ムラサキの儀式に不自然さを感じる読者や鑑賞者層はけしてそんな事実に気づくことはない、 なぜなら自身の家で何一つとして満足なマツリゴトを実行しない日常を生きているからである、 特にハリウッドに代表される外国映画で日本が珍妙な姿で取り上げられると、”日本の描写がなっていない”と大声の非難をあげる層が存在する、 彼らの多くがふだんから国家解体主義発言を繰り返すような姿勢にもかかわらず、なぜかそこで突然に愛国心や民族主義が彼らの心中にライジングしてしまうらしい、 つまり、理屈ではないのだと思う、 例えば歴史的文化風俗的な信頼性は邦画やテレビ・ドラマの時代劇はゼロ以下のようなものだ、 それは大はNHK大河ドラマや黒澤明の映画でも似たようなものである、 もしハリウッド映画で描写される日本に非難を投げるのなら邦画もテレビ・ドラマも同様に非難しなければならないのである、 ところが非難されるのは外人が語るときのみなのである、 自分を無宗教と臆面もなく語りつつ、ソシャリズムなりアナキズムなり国家解体主義のような政治的な発想と、愛国心や民族主義的な発想が同居しているキャラクタの多さがいったいどこに出発点を持つのか? 結論を述べてしまえば、彼らは理屈を考えることなく、ただ目先の好き嫌いのみを理屈を偽装して語ることに矛盾を感じない太平楽だからなのだが、とにもかくにもとても興味深い事象だと思う、 左右両極の政治思想が実は同質という日本独特の頭の構造もおそらくその方面から語れるはずと予想する、 未了、 | ||||
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すばらしい製品。 それは大丈夫だった。 製品に非常に満足します。 私たちはそのような製品を見つけることができませんでした。 私は非常にうれしいです、そして、この製品を確かに推薦します! それは素晴らしい価格のための私の期待、素晴らしい品質と製品の機能を満たしています。私は満足しているアイテムです。私のガールフレンドのために別のものを買った | ||||
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単純明快ストレート。 面白い。 作品単体を素直に評価して★5。 そりゃ「レッド・ドラゴン」や「羊たちの沈黙」に比べたら数段、いやもっと落ちますよ。 でも一人の作家が2作も歴史的傑作を生みだしたのだから、それでもうお腹一杯。 蛇足というには質が高すぎる。 ハリス翁頑張ったよ。 次どうすんのかね。 | ||||
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羊たちの沈黙でファンになり、ハリスの全ての著作を読みました。 本当に同じ作者が書いたのだろうか?と思ってしまった。 作家としての力が衰えたとかいうレベルでは済まない。 もっと根本的な、作品に対する熱量の問題な気がする。 ハリス自身がどうしても書きたかったもの、ではないことがひしひしと伝わる。 あんなにも素晴らしい作品を書いたのに!! 羊たちの沈黙やレッド・ドラゴンなんて衝撃を受けるほど面白かった。 一段落ちるけどハンニバルだって充分に良作だった。 何よりそれらからは情熱を感じた。 完全に蛇足です。 。 | ||||
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シリーズものは、巻を重ねる程、劣化していくものですが、このシリーズもそうなってしまった。前作ハンニバルで、筆を置いたら良かったのに…と思いました。 ハンニバル・レクターは教養と知識の塊と書いている作者ですが、今作ではメッキが完全に剥がれて、単なる屠殺人でしかなかったと、白日の元にさらしてしまった事は、残念。 とはいえ、実のところは作者の知識と教養不足及び編集者の知識と教養不足でありますが。文芸界では、昨今「火蓋は切って落とされた「幕が切られた」に勘違いされていますが、本来の使い方は「火蓋は切られた」「幕が切って落とされた」です。間違っている理由が分からない人は辞書をひいて下さい。 少なくとも、「紫」夫人は「ゆかり」にならなかったのか?他の気になることや突っ込みどころが色々ありますが、せめて名前だけでもね。 日本文化を異国情緒として使う時には、日本人に監修と校正をお願いしてほしいですね。あまりに気になって最後まで読めませんでした。 | ||||
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これは戦争犯罪についてのパートであり、故に原爆について当然描くべきものであっただろう。 が、原爆投下は米国内では正当な行為とされている為、戦争犯罪の範疇としては描くことが出来ない。 そこで作者のT・ハリスは紫夫人を象徴的に配したのではないだろうか。 (原爆投下が米国内でどのように理解されているか、日本人はもっとよく知るべきだと個人的には思う) 『ハンニバル・ライジング』の主テーマはレクター博士の一代記などではない。 ここに描かれているのは、人もまた獣であることの例に過ぎず、これを読んでも博士の心理には到達出来ない。 ただ、小鹿の頭蓋骨がバスタブの側面を擦る音が、クラリスが悩む子羊の鳴き声と同じなのだということだけはわかる。 | ||||
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トマス・ハリスは「ブラックサンデー」の頃からの愛読者でしたが、ここまで駄作を書くとは… 残念の一言。売れっ子になり多額の「著作権料」を受け取ったので、とりあえずこんな内容の 本を出版したのでしょうか? トマス・ハリスもこれで(大金持ちになったもんね)、作品を書くのは止めて優雅な老後生活。 内容がひどすぎて、とても読むに耐えませんでした。ハリスの過去の作品はいずれも残酷では あるが「緊張感」のある重厚な文体で、淡々としかしプロットを計算しつくして書かれた作品。 それらに比べると雲泥の差(もちろん本作品が泥)です。 緊張感が全くなく、だらだらとレクター博士の幼少期から青年期までを、つまらない挿話を 織り交ぜて書いた駄作。 特に大市場である日本を意識して、日本人を登場させるがその描き方がまたまた泣けるほど 酷いもの。訳者がいみじくも解説で述べているように「名前が男性の名前になっており、 日本語版では…」の有り様。日本を意識すること自体が悪いのではなく、その必然性が全くなく、 どう考えても「日本受け」するように書いていること。 本書が本当にハリスの手になるものか疑問さえ浮かびました。 1・前述した緊張感のなさ 2・レクターの行動の原因が幼少期から青年期にあったとするには、その挿話があまりに陳腐。 3・レクター自体に存在感がない。 4・文章自体がスカスカ。(悪い例えだが、まるで赤川次郎のくず本並み) 購入する価値はまるで感じませんでした。このレビューを書くに当たって本を探しましたが、本棚の下に 投げ捨てたのか、本棚と床の隙間に埃まみれになっていました。購入した時の怒りを感じました。 おそらくこれで、ハリスの作品は終了します。これを多額の金額と引き換えに売った人がもう一度書くとは 到底思われません。お金がハリスをして愚劣な作品を書かせたのでしょう。 ハリスの才能を惜しみつつ、本をぬぐってきれいにし、ゴミ箱に捨てました。本当に残念です。 | ||||
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映画「レッド・ドラゴン」がリメイクされた時、ああ、アンソニー・ホプキンスには出て欲しくなかったなあ、というのが正直なところでした。同じアンソニーという人で、嘗て「サイコ」というスリラーの金字塔的作品を、台無しにした人物を知っていたからです。もし、この「ライジング」の映画版にも、若作りして出ていようものなら、最悪だったでしょう。 これは、トマス・ハリスの作品では決してありません。 最初に「レッド・ドラゴン」を読んだ時、かの、カポーティの「冷血」にも通じるほど衝撃を感じました。それほどリアルであり、血生臭いストーリーであるにも関わらず、格調の高さすら感じたからです。イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクを知ったのもこの作品からでした。 そして「羊たち」ですが、こちらはFBIのプロファイリングという手法(レクター博士との面談など)と、クラリス・スターリングの生い立ち、そしてなんといってもバッファロウ・ビルの狡猾さが魅力でした。いずれもハンニバルという怪物は現れず、「羊たち」で放たれるまでは、あくまで檻の中の殺人鬼、精神科医レクター博士でした。 しかし「ハンニバル」はいけない。養豚業界とローマ観光のガイドブックみたいだし、なんか作者のひとりよがりみたいな感じがしました。映画「羊たち」のクラリスが(そう感じたかどうかはともかく)降りたのは当然でしょう。とにかく「羊たち」の成功が忘れられず、夢よ再び的な作品でした。だから前日談に当たる、映画の「レッド」は言うに及ばず、この7年ぶりに書かれたという「ハンニバルの復活」は、僕らハリスファンにしてみれば、まったく落胆の作品でした。 シリーズ物がある時、急につまらなくなる例(ダーク・ピットシリーズとか、ハリー・ポッターもあぶないかな)はいろいろあるけれど、このトマス・ハリスのシリーズについては残念で仕方が無い。 寡作でもいい、おもしろいものを書いて欲しい。 | ||||
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どう、評価したらいいんだろう。小説としてはなかなか面白いんだけど、ハンニバル・レクターってこんなに普通の人でいいんだろうか? 彼の狂気や天才ぶりがあまりにも少なくて、ただ復讐にかられる若い男としか描かれていない。 それに、変な日本趣味も邪魔。 期待していただけに、ちょっと残念。 | ||||
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トマス・ハリスの新作はレクターシリーズの原点。ハニバル・レクターの幼少期〜青年期の物語です.彼に何が作用したのか?戦争が大きな影を落とします.映画を先に見たのでストーリーを追うような形になりましたが、さすがハリス自身が脚本を書いただけあって、映画はストーリーに忠実でした。お話のキーパーソンとして日本人がでてくるのですが、どうにも違和感が拭えませんでした.(映画でもそうですが)以前の作品より小振りな感じがします。値段と読む時間を考えたら、映画のレンタルDVDを見た方が、お得だと思います. | ||||
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本読みの習性として、気に入った作品の続編が出ていれば最後まで読むのが常であろう。大勢の方がハリーポッターに飽き飽きしながら最後まで読むのと同じ心境だと思う。馬鹿だったよ、ホント。何というか、佐藤亜紀氏に「下手くそは犯罪である」という名言があるが、ここまで来ると犯罪だね。「羊たちの沈黙」のレビューにも書いたが、殺人鬼に過去は要らない。 | ||||
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ストーリー全体に意外性がなく、何となく予測がつく展開になっている。またレクター博士は現実には存在し得ない悪のヒーローであり、悪と悪の醜悪な対決が面白かったのだが、この話では戦争による不幸な犠牲者の話になってしまっている。期待して上下二巻購入したが、これは期待はずれだった。 | ||||
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怪物と言われるハンニバル・レクター博士の少年時代を描いた作品。どうやって怪物が出来上がっていったのか、その生い立ちを追っていくのだけれど、やっぱりわからない。この人は、生まれついての怪物だったんじゃないかと思わせられる。 第2次大戦で、親や家族を失ったり、自分自身も悲惨な目にあった子どもはたくさんいるだろうが、そのすべてが怪物になったわけではない。ハンニバルはもともと彼の中に怪物が棲んでいて、それが表に出てくるきっかけになったのが戦争による家族の死と紫夫人の出現だったのではないかと思う。この二つがなければ、彼の中の怪物は目を覚まさなかったか、もしくはもっと遅くなってから現れたのではないかと思う。 何のためらいもなく人を殺す男。しかも、切り刻んだり、その相手の肉を自ら食べたり、普通に考えたら吐き気を催すような恐ろしい人間であるのに、なぜだか彼には嫌悪感を感じない。なぜだろう。彼自身の美意識に共感するからだろうか。 この上巻では、家族と家庭教師のやコフ先生と過ごした時代と、叔父に引き取られてから紫夫人と過ごした日々を通して、どのように彼の人格が形成されていくかという点が読んで取れる。ある意味、この怪物を作り上げたのは紫夫人なのではないか。そんな風に感じた。 ただ、今までにハンニバル作品になじんでいると、ちょっと毛色の違った作品ではあるので、違和感はあるかもしれない。これまでの流れとは切り離して、「番外編」として楽しむ作品だろう。 | ||||
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