IT(イット)



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長編小説

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IT〈1〉 (文春文庫)

1994年12月01日 IT〈1〉 (文春文庫)

少年の日に体験した恐怖の正体は。二十七年後、故郷の町でIT(それ)と対決する七人。 (「BOOK」データベースより)




書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.75pt

IT(イット)の総合評価:8.50/10点レビュー 74件。Bランク


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全4件 1~4 1/1ページ
No.4:3人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

良き友と悪夢との再会と再戦と

少年時代は忘れ得ぬ思い出がいっぱい。良い物も忘れたいような悪い物も全て。
本書は自分のそんな昔の記憶を折に触れ思い出させてくれ、そしてその都度私は身悶えするのだ。羞恥心と未熟さを伴いながら。

刊行された1992年、本書が当時それまでに刊行された著書の中で最大の長編作品だった。単行本では上下巻、文庫では全4巻とかなりの分量なのだが、その後もキングは折に触れ『ザ・スタンド』、『アンダー・ザ・ドーム』、『11/22/63』といった大長編を著し、この『IT』もその中の1冊となってさほど珍しくなくなってきた。しかし当時はその分厚さに面食らったものである。

さて文庫版にして全1,886ページに亘って繰り広げられるお話はデリーという架空の町で起きる、26,7年ごとに甦る“IT”と呼ばれる人殺しピエロとの戦いの話だ。子供の頃に“IT”と対決した子供たちが28年前に交わした血の誓いに従い、、28年後に現れた“IT”と再び相まみえる、と非常にシンプルな内容の話だ。

たったそれだけの話になぜこれだけの分量を費やすのか?
大きく分けて3点特徴が挙げられる。
1つは物語が1958年に“IT”と戦う7人の子供たちのキャラクターの背景と彼ら彼女らが出逢うまでの顛末が語られるからだ。

2つ目は“IT”との戦いを経た7人の子供たちそれぞれのそれまでの人生を語るからだ。彼らが誰と結婚し、何をしているのかが詳細に語られる。

3つ目は1958年の“IT”との戦いと1985年現在の彼ら彼女たちの戦いとが交互に語られるから。
不思議なことに大人になった彼らは仲間のうちマイクから“IT”復活の電話が掛かってくるまで彼らが少年時代に行った“IT”との戦いについてはすっかり忘れていた。そしてそのことを思い出してもどうやって戦い、そして勝利したかを思い出せないでいる。従って彼らは過去の戦いの様子を思い出しながら“IT”と対峙していく。
さてそんな物語の発端は28年前にデリーで起きた6歳の子が“IT”に襲われる話があり、その後、時は1984年に飛び、“IT”が再びデリーに現れたことが語られ、そしてデリーに住むマイク・ハンロンから28年前に“IT”と対峙した仲間たちへ招集が掛けられる様が描かれる。

招集が掛けられたのは次の面々だ。

市場調査会社を営むスタンリー・ユリス。

お得意の声帯模写を活かしてDJになったリチャード・トージア。

斬新なデザインで注目を浴び、ヨーロッパとアメリカを行き来する建築家のベン・ハンスコム。

セレブ専門のハイヤーの運転手エディ・カスプブラク。

ファッション・デザイナーのベヴァリー・ローガン。

ベストセラーを出し、注目のホラー作家ビル・デンブロウ。

唯一デリーに留まっているマイク・ハンロンは図書館員だ。

しかしそのうちのスタンリー・ユリスは“IT”の悪夢に耐え切れず、マイク・ハンロンからの連絡の後、すぐに浴室に入り、自殺してしまう。

しかしその他の彼らは28年前の悪夢に対峙するのを恐れおののきながらも、仲間と交わした血の誓いに従って、全てを擲ってデリーに戻る。それぞれ明日の仕事や今やらねばならない仕事を抱えながら、それらを全てキャンセルしてまで、デリーへと向かう。

ところでキングの短編に「やつらはときどき帰ってくる」という作品がある。

それは高校教師の許に少年時代にいじめられた不良グループが再び当時の姿で舞い戻ってくるという作品だ。

28年前の悪夢との対峙を扱った本書は単にその時町を恐怖に陥れた怪物の対決のみならず、過去の自分とそして自分の忌まわしい記憶との対峙でもある。

人は最悪の時を迎えた時、時が過ぎればそれもまたいい思い出になる、笑い話になる、そう願いながらその最悪の時をどうにか耐え抜き、やり過ごそうとする。何もかもが順風満帆な人生などはなく、そんな苦い経験、忘れたい屈辱などを経るのが大人になることだ。
時がそんな負の思い出を浄化し、いつしか他人に語れるまでに矮小されていくのだが、そんな苦い過去を想起させる出来事が再び起きた時、それはつい昨日の出来事のように思い出される。

そして自問するのだ。あの時の自分と今の私は少しは変わったのか、と。

例えばベン・ハンスコムは今は注目のハンサムな建築家として周囲の耳目を集める存在だが、彼の小学生時代は「おっぱい」と揶揄されるほどのデブで、しかも周囲に友達がおらず、いつも一人で図書館に行って、本を借りて楽しむのが習慣となっていた。

エディ・カスプブラクは喘息持ちで大女で過剰にエディの健康に干渉する母親の支配下にあった。

ビル・デンブロウはどもりの激しい少年で嵐の後に自分が作った紙の舟で遊びに行った後、死体となって見つかった6歳の弟を自分が殺したと思い込み、またその弟の死で家庭が一気に冷え込んだことを憂いていた。

リッチー・ドーシアは歯科医を経営する、息子に理解ある親の許で育てられた、比較的裕福で恵まれた子供である。

そして彼らにはヘンリー・パワーズを筆頭にしたヴィクター・クリス、ゲップ・ハギンズらの不良グループたちという共通の天敵がおり、常にいじめの的にならぬよう、びくびくしていた。

そんなかつてとても怖かったいじめっ子と再び出くわすかもしれない恐怖、密かな想いを持っていた相手との再会。お互いそんなこともあったと笑って話せるほど、自分の中で折り合いがついているのか、と自分に問うことになる。

故郷に戻ることは即ち追いかけてくる過去に囚われることでもある。

但し過去は全て忌まわしい物ばかりではない。その時にしか得られない体験や友達が出来、それもまた唯一無二なのだ。

下水道のダム作りに関与したことでベン・ハンスコムは初めてビル・デンブロウとエディ・カスプブラクと知り合い、友人となる。更に彼らの共通の友人リッチー・ドーシアとスタンリー・ユリスとも。ようやく彼はベストフレンドを見つけたのだ。

どもりのビル・デンブロウは初めて自分の手持ちの金で買った中古の自転車をシルバーと名付けた。彼の体格では大きすぎるその自転車を彼は見事に乗りこなす。ビルはシルバーに乗っている時は無敵だった。

その無敵感は男の子ならば誰でも解る想いだ。自転車は初めて自分たちの世界を広げてくれる魔法の乗り物だった。そんな思いがビルの体験を通じて想起される。

最後に彼らの仲間に加わるマイク・ハンロンはデリーの町でも唯一の黒人で周囲から「そういう目」で見られている。
彼の父親ウィルは自分たちが「くろんぼ」と蔑まれる存在であることを自覚し、そんな蔑視や不当な扱いからは逃れられない運命であると受け入れ、そんな社会に負けないように息子に諭す、強い父親だ。

彼はビルたちとは違う教会学校に通っていたが、ある日親子ともどもハンロン家を忌み嫌うヘンリー・パワーズに追いかけられたマイクが逃げ込んだ荒れ地でビルたち仲間と遭遇し、ヘンリー・パワーズら悪童一味と戦い、勝利することで仲間になる。

この7人が、運命とも云える出逢いを果たし、仲間となるシーンが何とも瑞々しく、爽やかで無垢な人間関係が築けた私の少年時代の思い出を誘う。初めて出逢っても一緒に遊べばもう友達になっていたあの、楽しかった日々を。
そしてビル、ベン、リッチー、エディ、マイク、ペヴァリー、スタンらが出逢った時にまるでカチッとパズルが収まるべく場所に収まったようなあの想いもまた、仲間としか呼べない強い結び付きを感じさせるあの瞬間を思い出させてくれる。
そう、私にもそんな時期が、そんな出逢いがあったことを。

さてそんな彼らが対峙する“IT”とはどのような怪物なのか。この長い物語を読んでいる間、私は様々な想像を巡らせた。

最初に登場した時はボブ・グレイと名乗るペニーワイズと異名を持つピエロとして現れる。しかしそれぞれの目の前に現れる“IT”の姿は一様に異なる。

それらはつまり彼らの潜在意識下における恐怖の象徴ではないか。

そして大人になってデリーに戻り、再び“IT”と対峙する時、“IT”は彼らが少年あるいは少女だった頃に出逢ったおぞましい姿で現れる。

“IT”はつまり彼らが少年少女時代に抱いたトラウマなのかもしれない。

それが強調されるのは一同が28年ぶりに再会するデリーの<東洋の翡翠>という中華料理店で最後に皆でフォーチュン・クッキーを割るシーンだ。彼らが割ったフォーチュン・クッキーからは彼らが潜在的に意識していた当時抱いていたトラウマそのものが現れる。

そしてそれは彼ら6人以外には見えない。特別な絆を持つ彼らしか見えないのだ。

この“IT”が巣食うのはデリーの街の下水道の奥の奥。もはや迷路と化した地下の大下水道網に潜んでいる。そして彼はそこから街の川や排水口から現れて子供たちをさらって、あるいは殺していく。

人々の営みをクリーンに保つならば、不浄なるものを集める場所が必要であり、排水施設はその1つだ。つまり下水道は街が、そして人々が清潔に暮らしていくためにそれら負の要素を一手に引き受けた場所だと云えよう。
昔から蓄積された不浄なるものは即ち町の暗部であり、人々の排泄物や汚物が集まる場所はある意味人々が表面をクリーンに取り繕うための掃き溜めとも云えるだろう。それはどこか後ろ暗いところを感じさせ、そんな負の要素を“IT”は食らい、それをまざまざと人に見せつけて恐怖を誘い、餌にして街を周期的に恐怖に陥れる。
ある意味“IT”は人々が長く続く平和のために忘れがちなことを思い出させてくれるリマインダーのような役割を果たしているのかもしれない。
そう人々が戦争の愚かさを忘れないために敢えて戦争を起こすような、逆説的に教訓を与える、一種の体罰のように人々の心に恐怖として心に深く刻みつけさせるように。

しかしなぜ彼らは再び戻って“IT”と対決しなければならないのか。
彼らが少年時代にそうしたように、第2のビルたち<はみだしクラブ>がデリーに現れ、彼らに任せてもいいのではないか。
しかもマイク・ハンロンからの電話がなければ彼らは“IT”のことはすっかり忘れていたのだから。

まだ純粋さが残っていた彼らは再び“IT”が戻った時、「そうしなければいけない」という義務感に駆られたからだ。

しかし時間は人を変える。少年時代の約束を未だに守ろうとすること自体、難しくなっている。それはそれぞれに生活が、守るべきものがあるからだ。

しかし彼らは1人を覗いてそれまでの暮しを、仕事を擲ってまでも集まる。つまり“IT”とは子供の頃を約束を愚直なまでに守る大人たちがまだいてほしいというキングの願望によって生み出された作品なのではないだろうか。

キングは冒頭の献辞にこの物語を捧げていることを謳っている。その結びはこうだ。

“―魔法は存在する”

この魔法とは30年弱の周期でデリーの街に現れる“IT”と呼ぶしかない災厄を少年少女が討ち斃す奇跡を指していると捉えるだろうが、忙しい現代社会で人間関係が希薄になりつつ昨今において、少年少女時代に交わした約束を守り、大人になったかつての少年少女が再会し、再び対決すること自体がキングにとって“魔法”だったのではないか。
30年近くの歳月を経ても再会すればかつての気の置けない気軽な友人関係に戻る、これこそが友情という名の魔法ではないだろうか。

私はキングが自分の子供たちに魔法は存在するのだから今の友達を大切に、とそれとなくメッセージを込めているように思えた。

このデリーの街はキング作品にはお馴染みの街で当然ながら他の作品とのリンクも見られる。
まず同じく架空の街キャッスル・ロックの気の狂ったおまわりが女性を何人も殺した事件は『デッド・ゾーン』のフランク・ドッドのことだろう。
そしてマイク・ハンロンの父ウィルが軍隊に入っていた頃に知り合った炊事兵ディック・ハローランは『シャイニング』の舞台≪オーバールック≫ホテルのコック、ハローランのことだ。

また目に見えない絆で結ばれた7人の友達。彼らの溜まり場である荒れ地。悪童一味との決闘。これらを読んでいくうちに同作者の傑作中編「スタンド・バイ・ミー」との近似性が頭をよぎる。あの作品に横溢するノスタルジイを存分に描きつつ、それをベースとしてキングお得意の原初体験を絡め、そして大人になった仲間の再会と共通の敵との戦いを描くにはキングにとってこれだけの分量が必要だったのだ。

ただそうはいってもやはり本書は長い。冗長と云ってもいいだろう。
私は本書に先んじて本書よりも長大な『ザ・スタンド』を読んでいたが、同書はいくつも展開が起き、悪対正義の構造を根底に置きながらパンデミック小説、ディストピア小説、ロードノベル、また閉じられたコミュニティの中で起きる人間関係の軋轢など、場面展開や物語の趣向が変わるなど、変化と起伏に溢れた作品だった。

しかし本書は物語の構造としては実にシンプルであり、舞台もデリーがメインであまり動きがない。1つの場所で繰り広げられるのは1958年の過去と1985年の現在の話。そして今回はディテールに筆を割き過ぎているきらいがあり、なかなか前に進まないもどかしさを感じてしまった。
作者の狙いは過去と現在の主人公たちの“IT”との戦いをシンクロさせることで大人の彼らが徐々に戦い方を思い出し、そして打ちのめされそうになった時に再び過去を思い出して力を得るという構造を打ち出したことでそうなったのだが、正直全てのエピソードが“IT”との最終決戦に寄与したかと云えば、やはりかなり無駄な話もあったように思える。

私はエピソードは嫌いではない。寧ろ歓迎する方だが、1,900ページ弱もの分量を必要としたかは今回は疑問に感じた。

“IT”はキングの長い作家生活の中で数あるターニング・ポイントの1つとして挙げられる作品だろう。確かにそれは感じたが、それは決していい意味ではない。
キングをあまり好きではない読者はその冗長さを挙げることが多いが、私はそれまでそのことを感じなかった。確かに普通の作者ならば省略するであろう時間の流れをキングはじっくり書くが、それが冗長とは思えず、物語を膨らませるために必要な要素として描かれ、またそのエピソードも読み応えがあった。

しかし本書で私は初めてキング作品を冗長と感じた。
書きたいことが沢山あり、恐らくキング自身がこれらビル、ベン、エディ、リッチー、ペヴァリー、マイク、スタンら7人に愛着を抱いていたことから色々と詰め込んだのだろうが、それら全てに必然性があったとは思えなかった。

“IT”。
このシンプルな代名詞はその時の会話や場面で示すものが、意味が変わる。たった2文字の中に宇宙よりも広い意味を持つ。
そして“それ”とか“あれ”とか“IT”を示す言葉が会話に多くなった時、それは健忘症の兆しだともいう。本書の主人公たちも“IT”の存在は忘れてしまい、そして戦いに勝利した後もまた忘れていっている。

“IT”とは私たちが老いと共に大事な何かを忘れていくことの恐ろしさ自体を現した言葉なのかもしれない。そして40も半ばを超えた私にもこの“IT”に当たる、忘却の彼方にある、何かがあるのではないか。
そう、それこそが“IT”なのだ。


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Tetchy
WHOKS60S
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(4pt)

長い

途中で厭きました。

わたろう
0BCEGGR4
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

久々のキング作品

前回読んだ「ニードフルシングス」が面白かったので
かなりの長編でしたが、挑戦したいという思いもあって読んでみました。

はっきり言って期待したほどのものはありませんでした。
年代が若い人向けなのかな?私は年寄りだから、いまいちピンと来なかったなあ~。
内容はともかくとして、
映画でピエロ役を演じた役者が気になって色々調べてみたら・・・
なんと!あのロッキーホラーショーの人ではありませんか!
小説よりも、その点が勉強になったなあ~と。




ももか
3UKDKR1P
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

生涯の最高傑作

 ここまで登場人物を好きになった作品は今までなく、私が読んだ小説の中では一番好きな作品です。あとがきにも書かれてましたけれど、スティーンヴン・キングのそれまでの作品の集大成、そして代表作の一つとしては申し分なく、「スタンドバイミー」の子供たちの苦難と絆を思い出させてくれました。個人的に、テレビ映画版「IT」のティム・カリーが演じたペニー・ワイズにトラウマがあり、本当に子供が恐怖する悪役なので、子供の方には映像で、その後小説で道化恐怖症を治してしてほしいです。

コピーキャット
1OORB9TK
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

No.70:
(5pt)

キング作品は、ずっしりと重い単行本で

本書は全4巻の文庫で読了済みなのですが、キング作品はずっしりとしたでかくて重たい単行本の存在感が似合うと前々から思っており、今持っている単行本『ザ・スタンド』の横にに本書『IT』を並べたいがため、単行本も購入してみました。
 単行本は、ここ数年の間に購入した『11/22/63』『アンダーザドーム』『ドクタースリープ』『アウトサイダー』などより一回り大きい『ザ・スタンド』や単行本版『グリーンマイル』と同じ大きさで重量感があり、これぞキング!と本棚を見ながらニヤニヤしています。

 本書の内容自体は、文庫版にレビューしていますが、ここに一部引用しておきます。

 文庫で4冊という分量ですが,登場人物らが少年時代の1958年を舞台としたITとの戦いと1985年の大人になった彼らのITとの戦いが巧くブレンドされ,ぐいぐいと読み進めます。
 特に少年時代の物語は「スタンド・バイ・ミー」が好きな方には堪らないのではないでしょうか。
 それぞれの心が持つ恐怖を体現する「IT」との対決はもちろんですが,それよりも身体の大きいいじめっ子とのやりとりが格別です。
 体格的に絶対かなわないいじめっ子からどうやって逃げるのか,そしていざとなった場合,どうやって戦うのか。
 秘密の基地を作ったり,河にダムを造ったり,子どもならではの楽しみ方を満喫しながら,時にハラハラさせられる世界を実に巧く描いています。
 そして,友だちって本当にいいな,とひしひしと感じさせられます。
 登場人物の一人エディは「友だち」の存在について次のように気づきます。
「きっと,いい友だちとか悪い友だちとかいうのはないんじゃないかな。きっとただ友だちっていうのがいるんだ。いっしょにいてほしい。いなくちゃならないんだと感じる人たち」

 2013年翻訳されたキングの新作の主人公が「IT」の舞台であるデリーにやってきて,本書の登場人物に出会うシーンがありますが、このように、キングがつくりあげた架空の街を舞台に、それぞれの物語が軽くリンクするところも、キング作品の魅力の一つですね。
IT〈上〉Amazon書評・レビュー:IT〈上〉より
4163128409
No.69:
(5pt)

悪魔を負かすために

読後改めて第一巻を見返してみて、著者スティーブン・キング氏の家族ひとりひとりに向ける眼差しが感じられるような小説だったと気づいた。人生賛歌に胸が熱くなった。
IT〈4〉 (文春文庫)Amazon書評・レビュー:IT〈4〉 (文春文庫)より
4167148102
No.68:
(5pt)

得体のしれない感じとは何だろう

『あやしい人物は誰?』いつこわくなるのだろうと思いながら、一体何をもって人はそう感じるのだろうとも考えた。その中でいくつであろうと人の内面に起こっていることは窺い知れないのだなという新鮮な発見があった。
IT〈1〉 (文春文庫)Amazon書評・レビュー:IT〈1〉 (文春文庫)より
4167148072
No.67:
(5pt)

正体

それと気づいていないこと、怖れとは何か...というようなことに思いを馳せた。
IT〈2〉 (文春文庫)Amazon書評・レビュー:IT〈2〉 (文春文庫)より
4167148080
No.66:
(5pt)

畏怖の気持ち

見たくないものを見たり危険をかいくぐって人は大人になるということなのかな。...
IT〈3〉 (文春文庫)Amazon書評・レビュー:IT〈3〉 (文春文庫)より
4167148099



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