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少し変わった子あります



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少し変わった子ありますの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
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(7pt)

ある意味、男が憧れる癒やしのシチュエーション

何とも不思議な小説である。
毎回行くたびに場所が変わる店名のない料亭。そこは女将だけが応対し、1人が切り盛りしているように思える。そしてそこで毎回異なる女性と主人公が食事をする。
たったこれだけのシチュエーションの話が繰り返される。水戸黄門の方がもっとヴァリエーションあると思ってしまうほど毎回同じ展開なのだ。

しかしこれがなぜか面白い。そして読んでいる私もこんな料亭があれば行ってみたいと思わされるのである。

この名もなき料亭には次のルールがある。

決して誰かを連れて行ってはいけない。1人で訪れなければならない。

一緒に食事をする女性の名前や個人情報を尋ねてはいけない。但し向こうから話すのは問題ない。

一緒に食事する女性と別の機会に会う約束をしてはいけないし、連絡先を交換してはいけない。

そして不思議なことに大学の教官である主人公の小山が突然店に行きたいと云っても必ず空いている。
そして行くたびに場所は異なり、どこかの家だったり、ビルの地下にあるかつて料亭だった店舗だったり、小規模な旅館だったり、街中によくある1階がレストランになっているアパートを改装した1室だったり、郊外の奥まった森の中にある亡くなった芸術家の家だったり、廃校になった郊外の小学校でも営業したりする。そして鉄塔の足元にある大きな屋敷だったりもする。

またそこで出される料理は全て女将にお任せである。主に和食だが、洋食の時もある。味はいいのだが、それがよくある美食小説で繰り広げられるような読んでいるこちらが思わず食べたくなるような描写は特にない。

そしてその奇妙な料亭を切り盛りする女将も実に整った顔立ちをしているがあまり特徴的ではなく、すぐに忘れてしまい、街中であってもそのまま通り過ぎてしまうような印象だ。

そんな料亭での一番のご馳走であり、読みどころであるのは小山が毎回一緒に食事をする女性たちなのだ。

それは大学生のような普段着の女性だったり、眼鏡をかけた知的な若い女性だったり、30を越えた女性だったり、地味な女性だったり、異国風の女性だったりと様々だ。そしてその誰もが接客を仕事にしているような女性ではないように見えるのが共通している。

最初のうち、小山は現れる女性たちの食事をする美しい所作に見とれてしまう。いやそれもまたご馳走の一部として味わうのだ。

私が本書の中で一番印象に残ったのは「ほんの少し変わった子あります」の「ほんの少し変わった子」である黒いセータに黒いジーンズを履いた短めの髪型の長身のボーイッシュな女性だ。
20代前半と思われる彼女は本書で唯一小山と会話をしない女性だった。しかし彼女の食事をする所作はそれまでに出会った女性の中で最も美しく、優雅で洗練された動作で食事をする。言葉は交わさずともその仕草が小山にとってはご馳走であり、ただ淡々に食事をする静けさと相まって奇跡とも云える安らぎの空間を提供するのだ。その沈黙と究極までに美しい所作で能弁に会話をしているかのような濃密な空間がそこにある。そして小山は女性と一緒に食事をすることに意味があると見出す。

そしてまた最後が素晴らしい。

私は思わずため息が出た。なんて素晴らしいのかと。
この究極なまでに研ぎ澄まされた無駄を一切排除した能弁な沈黙と空間の濃密性に羨ましさを感じられずにはいられなかった。

ただそこにいるだけ。
ただ一緒に食事をしているだけ。
しかし相手が洗練され、無駄がなく優雅であるならばもうそれだけで胸がいっぱいになり、心は、魂は充足されるのである。
幻のようなあのひと時。
しかしそれは彼にとって永遠なのだ。こんな思いを久々に抱かせてくれたこの女性のエピソードに乾杯。

またこの通り一辺倒の物語で描かれるのは女将の店と女性だけではない。上に書いたようにほとんど会話がないのはまれでなにがしかの話が出てくる。

そしてそれらを聞いて小山は自分の考えに耽る。
いや実は女将の店に行くきっかけはいつも自分の生活や仕事に対する思索に耽り、ふと思いついたように店に行きたくなるのだ。
それは小山が一人考えることでその孤独を紛らわしたいからだ。
つまり孤独を愛しながらも実は誰かを必要としているのだ。
しかし作中で小山はあの店は「孤独増幅器」だと述べる。孤独を紛らわすために女性に逢いに行くがその女性はその時限りなのだ。そしてふと気づけば一人の自分がいる。つまり誰かと過ごす時間が濃密なほど孤独は助長されることに小山は気付く。

そして再びその孤独を紛らわすために彼は女将の店に行くのだ。

その都度彼は何かを得て、また何かを失うような思いを抱く。
私が印象に残っているのは過去を振り返った時に何を成しえたかと考えるとき、思い付くのはその代償として失ったものばかりだと述べる件だ。

50も過ぎた私もまた同じ思いを抱く。小山は50代にもうすぐ届きそうな年だと述べているからまさに少し前の私と同じくらいの年齢だろう。

私は折に触れ自分のこれまでの人生のそれぞれの場面が唐突に頭に浮かぶことがよくある。
それは実は自分の失敗したエピソードだったり、なぜあの時もっとこうすればよかったと後悔するシーンばかりだ。そんな時私は何ともやるせない気持ちに苛まれ身悶えしてしまう。あの日あの時それは今の自分ではない自分になれるチャンスだったのではないかと。

本書は森氏の思弁小説だろう。
小山と磯部と云う2人の大学の教官の口を通じてその時々の考えが述べられる。
そしてその考えに呼応するように女将の店で女性に遭い、2人で過ごした時間や聞いた話を思い出し、思索に耽るのだ。時にはあまりに色んな話を聞き過ぎてあれは幻だったのかと思ったりもする。多すぎる話は逆に印象に残らないということだろう。

実は私は女性と食事するのが大好きなのである。かつて若かりし頃は合コンをいくつも経験し、個人的に食事にも行ったりもした。
実は男同士で食事に行くよりも女性と食事する方が実りがあると思っている。

従ってこの小説のシチュエーションが実に面白かったのはまさに私の趣向にマッチしていたからだ。
様々な女性の様々な性格、様々な生き様や様々な事情。
それらを共有する時間のなんと愉しいことか。そして時に心揺さぶられることのなんと愉しいことか。

しかし最後に本書では女性の得体の知れなさを感じさせる。

本書に登場する女性の共通するキーワードは題名にもなっている「少し変わった子」であることだ。
男は実はこの少し変わった子に弱い。

女性と食事をすることの愉しさと怖さを知らされる小説だ。
できれば怖さは知らぬままにいたい。
そう、夢は夢のままが一番いい。


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Tetchy
WHOKS60S

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