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最後の国境線



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最後の国境線の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(4pt)

語りに過ぎたか、マクリーン

デビュー以来戦争物を書き、冒険小説作家としての地位を不動のものとしたマクリーンが4作目で書いたのはスパイ小説。ロシアに囚われた弾道学の権威である博士をイギリスに取り戻す任務を与えられた特別工作員マイケル・レナルズの物語だ。

しかしこの特別工作員レナルズ、最初に説明があるようにあらゆる感情に左右されずしかも格闘術に長け、人殺しの技を身に着けた危険な男とされているが、協力者ジャンシの部下サンダーに致命的な一撃を与えるものの、びくともしないし、博士と接触した時は盗聴器に気付かずにそれが元で作戦成功に大きな打撃を与える困難を生みだし、さらにジャンシの娘に惑わされたりと、どこが凄腕のスパイなのか解らないほど、間が抜けているのだ。しかも幾度となく彼の前に現れるAVOことハンガリー秘密警察の一員である巨漢のココとの最後の対決では打ちのめされ、サンダーにいいところを持って行かれてしまう。
これが不屈の魂で満身創痍の中、人間の極限を超えて任務を遂行した『女王陛下のユリシーズ号』や『ナヴァロンの要塞』を描いた作者によって創作されたヒーローとはとても思えないのだが。

かえって不屈の魂を垣間見せるのがレナルズの協力者ジャンシだ。
ウクライナ国民軍の司令官であった彼は母と姉と娘と、そして妻を喪い、さらに拷問に次ぐ拷問の日々を耐え、両の掌はもはや原形を留めぬほど変形しているが、そんな人生を歩みながら人類みな兄弟とばかりに人間を狂気に追いやる政府と宗教と、そして犯したその人の罪を憎むさえすれ人そのものには温情を抱く。さらに刑務所で敵の陥穽に嵌り、これまでにない精神崩壊を招く自白剤を摂取されながらも強靭な精神でそれを耐え抜き、軍門に陥ろうとするレナルズを叱咤激励する心の強さを持つ男だ。
彼こそマクリーンが描いてきた極限を超える負荷を与えられながらも明日を信じて乗り越えようとする男の肖像だ。

しかも彼ジャンシの両手に刻まれた凄惨な傷痕は彼の昏い人生を行間で語らせている。して実際に彼が受けた仕打ちは残酷ここに極まれりと云うべき極悪非道の所業がこれでもかこれでもかと語られる。およそ人間が思いつく限りの、いやそれ以上の拷問方法だ。

最近昔のヨーロッパ諸国のスパイ小説を読む機会が増えたのだが、こういう歪んだ社会の構図が生み出した、この世界の歴史の暗部の惨たらしさには心底震えあがらせられる思いが読むたびにする。

しかし今回は久々に苦痛を伴う読書だった。というのも、ハンガリーとロシアの極寒の地の中で時には敵の追手をかいくぐりながら博士奪還のために吹雪の中を疾駆する列車の屋根に上り、連結器を外すというアクションも盛り込みながらも、ところどころに挟まれるジャンシがレナルズに語る政治論が実に濃密過ぎて物語のスピード感を減速してしまったのは否めない。この内容の濃さはほとんど作者マクリーンが抱く政治論そのものであろうが、3ページに亘って改行も一切なく語られてはさすがに疲れを強いるものであった。

マクリーン初のスパイ小説ということもあって作者の独自色を出すための構成なのかもしれないが、国家の原理原則論についてこれほどまでに弁を揮うとなると、もはや小説ではなく大説である。作家としての気負いが勝ってしまったのかもしれないが、これはいささかやり過ぎ。この手の主張は小説ではなく、また別のノンフィクションなどで語るべきだろう。

次作はマクリーンらしい人間ドラマと我々の想像を絶する逆境の中で極限状態に陥りながらも歯を食いしばり、自身の教義を貫いて使命を果たす迫力ある小説であることを望みたい。

Tetchy
WHOKS60S

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