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魂をなくした男



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【この小説が収録されている参考書籍】
魂をなくした男(上) (新潮文庫)
魂をなくした男(下) (新潮文庫)

魂をなくした男の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

フェイクゲームはまだ続く

『片腕をなくした男』から始まる三部作の完結編である本書は相変わらずそれぞれの部門長の椅子の安泰と自らの進退を賭けたディベート合戦で幕が開く。

しかし前作『顔をなくした男』から3年弱も経っているので正直どんな話だったのかは失念していた。
しかしそこは筆巧者のフリーマントル。前作でチャーリー・マフィンがロシアの空港で撃たれるというスキャンダルを利用して危機管理委員会を開き、そこで議長の口を通して今までの事件のおさらいをしてくれる。

事件の発端となったモスクワ駐在イギリス大使館構内で発見された身元不明の片腕の死体。その事件の捜査のため、チャーリー・マフィンがロシアに派遣され、見事解決するが、一方で同時期に行われていたロシア大統領選挙で立候補していたステパン・ルヴォフ候補が実はCIAのスパイとされながら実はロシア側の二重スパイだったこともチャーリーは暴露してしまう。つまり片腕の死体の正体がルヴォフがKGB時代の同僚であり、彼がCIAに情報を提供しようとしたために抹殺されたのだが、ロシアはその秘密を暴かれる前にルヴォフの恋人と名乗るイレーナ・ノヴィコワという女性スパイを送り込み、陽動しようとした。
しかしそれをチャーリーが看破し、彼女は陽動の為ロンドンに送り込まれながらアメリカ側に移ることを選択し、CIAの手に渡る。しかしイギリスはロシア連邦保安局副長官という大物マクシム・ラドツィッチを亡命させ、手中に入れることに成功する。
しかしチャーリーは一方で妻のナターリヤ・フェドーワと娘のサーシャをイギリスへ亡命させるため、ラドツィッチの亡命を陽動作戦に使うが、ラドツィッチ亡命をなんとしても成功させようとするMI5部長ジェラルド・モンズフォードの陰謀によって暗殺させられそうとなり、凶弾に倒れる。

ただしこれら複雑な様相を呈する一連の事件の真相が解る3部作の完結編という重要な位置にある作品にしては実に動きのない話である。何しろ展開されるのはまず亡命したマキシム・ラドツィッチへのMI6による尋問と同じく亡命したイレーナ・ノヴィコワに対するCIAによる尋問、そしてナターリヤ・フェドーワに対するMI5からの尋問、そしてロシアに拘束されたチャーリーのロシア連邦保安局による尋問、そして英国官房長官アーチボルト・ブランドを議長にする危機管理委員会におけるMI5部長オーブリー・スミスとMI6部長ジェラルド・モンズフォードを中心としたそれぞれの立場と自尊心を賭けたディベート合戦なのだ。

まず尋問シーンではそれぞれの尋問者が有効な手掛かりと情報を被尋問者から訊き出すための試行錯誤、手練手管が繰り広げられるが、被尋問者は自分の立場を有利に保つためにやすやすと情報開示しないため、延々と同じようなシーンが繰り返される。

また危機管理委員会も同じく日常的にいがみ合っているMI5とMI6との駆引きに終始紙幅が費やされる。特にチャーリー暗殺を企て、未遂と云う失敗に終わったモンズフォードはその事実を露見させないよう嘘八百を並べ、時に有意に立ち、時に八方ふさがりの状況に陥る、その繰り返しだ。

しかしやはり三部作の最後を飾る本書はそんな退屈なシーンを我慢するに値するサプライズが待ち受けている。下巻の230ページで明かされる衝撃の一行。

そこからの展開はまさに怒涛。五里霧中状態で暗中模索しながらチャーリー・マフィンをいかに救出する方策を決めあぐねていたイギリスの危機管理委員会がFBIとCIAと共同戦線を敷いてロシア側を欺こうと奮起する。
尊大に振舞っていたラドツィッチとFBIの尋問官を手玉に取っていたイレーナは一人の凄腕尋問官の軍門に下っていく。

その尋問官の名はジョー・グッディ。下巻の後半で登場しながらも堅牢なロシア側スパイの防御を切り崩し、ひれ伏せさせる尋問のプロ中のプロ。彼の登場で一気に物語が加速する。

その爽快さはそれまでの実に退屈な物語を我慢してきた甲斐があったと十分思わせるほどの物だった。

さらにチャーリーが解放された後の振舞いもまたチャーリー・マフィンと云う男の深さを改めて再認識させられる。
通常ならば監禁生活を強いられた者ならば解放される否や何をさし措いても家族と会うものではないだろうか。しかし完璧無比な諜報員であるチャーリーはその実に人間的な感情を敵国ロシアが利用していることを察して敢えてそれを味方にも悟られずに振舞う。それは彼の体内に追跡装置が埋め込まれていたからだ。チャーリーがそれを確信するシーンもさりげなく物語に溶け込ませているのだから、フリーマントルという作家の筆巧者ぶりには畏れ入る。

そしてナターリヤの過剰な疑心暗鬼ぶりも最後の最後でその真意が明かされる。

ただし、それでも小説全体の評価は傑作とまではいかなかった。それはやはり前述したように物語自体が全体的に動きに乏しかったこともそうだが、今回の訳は日本語として体を成していない文章がところどころ目立ったことも大きな一因である。
訳者は昨今のフリーマントル作品の訳を担当している戸田裕之氏なのだが、中学生や高校生が教科書に書かれた構文をそのまま訳しているような、実に解りにくい文章が散見させられた。例えば次のような文章だ。

(前略)いまは拒否している大使館との面会と、どうしても必要となる導きを得ることが出来るかもしれない。

あなたがわたしたちに協力し、あなたが心を開いて話してくれているとわたしたちが示すことが出来るかもしれない本当の何かを私たちに提供してくれ、(後略)

こんな実に読みにくい文章が続くのだ。しかも上の2つの文章は登場人物たちの独白である。
こんな言葉を話す人などいやしない。行間を読むような話し方をするインテリジェンスに携わる人々の特殊な会話を表現する意図があったのかもしれないが、このような文章では決して成功しているとは云えないだろう。
例えば私ならば上の文章は次のように訳す。

(前略)いまは大使館との面会は拒否しているが、いずれ必要となるきっかけが得られるかもしれない。

あなたがわたしたちに協力し、信用して話しているという確証めいた物が得られれば、(後略)

原文がどう書かれているかは知らないが、せめて日本語として文章を書くのであれば作者の意図する内容を噛み砕いてほしいものだ。

しかし最後の最後まですっきりとしない物語だ。
諜報活動には終わりがない。常に騙し騙されるかの戦いだ。結局本書でも何が本当で何が虚構なのか解らないまま物語は閉じられる。
私はこの三部作こそが長きに亘って書かれたチャーリー・マフィンシリーズの終幕として著された作品と思われたが、どうやらそうではないらしい。
窓際の凄腕スパイ、チャーリー・マフィンを世界は必要としている。“Show Must Go On.”


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