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(短編集)

ブルックリンの八月



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【この小説が収録されている参考書籍】
ブルックリンの八月 (文春文庫)

ブルックリンの八月の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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(7pt)

キングなのにホラー作品のないヴァラエティ豊かな短編集

4分冊で刊行された短編集“NIGHTMARES & DREAMSCAPES”も本書でとうとう4冊目を迎える。

最終巻の劈頭を飾るのは「第五の男」。
なんと開巻して始まるのはホラーでもファンタジーでもない、エルモア・レナードやドン・ウィンズロウを彷彿とさせるクライムノヴェルだ。
現金輸送車を襲い、大金を手に入れた強盗一味のうちの1人、友人を殺された男が彼らに復讐する物語だ。
実に真っ当なクライムノヴェル。これと云ってキングならではといった特色がないとも思えるが、主人公が服役していた刑務所がショーシャンクであったのが唯一のキングテイストか。

次の「ワトスン博士の事件」はその題名からも判るようにキングによるホームズ譚だ。
いやあ、まさかキングがホームズ物のパスティーシュを書いているとは思わなかった。本作はしかし作者がキングとは解らない、真っ当なパスティーシュである。
またホームズ譚であるだけでなく、これはキングによる本格ミステリでもある。しかも王道の密室殺人事件であるところも憎い。きちんと伏線とトリックが仕掛けられているところも堂に入っている。
家族の個性を活かしたトリックとホームズ物のアンソロジーに選出されても遜色ない出来栄えだ。
ホームズ譚の中にキング作品のメインモチーフである家庭内の支配的な存在として振舞う父親が盛り込まれており、さらに事件の真相はクリスティのある有名作品を彷彿とさせる。そういえば構造的には「メイプル・ストリートの家」と同じではないか。
しかし最も驚いたのは密室であることの必然性にも言及されていることだ。密室内で明らかに他殺と見える殺され方をした場合、実は関係者にとっては不利にしかならない。密室で死んだ場合、事故死もしくは自殺に見せかけることが自分たちを容疑の外へ置くことになるからだ。この密室が密室殺人に切り替えざるを得なかったというところもキングは本格ミステリの何たるかを理解していると云えよう。
このように本作は実に綿密に設定されたホームズ譚なのだ。やるなぁ、キング!

「アムニー最後の事件」はチャンドラー張りのハードボイルド物、と思いきや意外な展開を見せる。
今度はキング版フィリップ・マーロウの登場かと思いきや、やはり一筋縄ではいかない。
1939年頃のヒットラーの写真が新聞の一面を飾る時代、つまり第2次大戦時代を舞台設定にしたハードボイルド小説を10年間書いてきた作者サミュエル・D・ランドリは5冊のアムニーシリーズを著し、好評を得ていたが、5冊目を書いた後に現実世界では息子のダニーがブランコから落ちて頭を打って、大量の出血があったので輸血したところ、その血液の中にエイズウイルスが入っており、間もなく息子は亡くなってしまう。妻は息子の死で鬱病になり、1年後の息子の命日に自殺、作者自身は全身を侵す帯状疱疹に悩まされてしまう。
恐らくこの物語は長編ネタとして考えていたのではないか。物語は広がりを見せることも可能だったろう。しかしキングはこの物語にあっさりと決着をつけてしまう。
突飛な設定すぎて何とももやもやの残る作品となった。もっとうまく書きようがあっただろうに。

最後の「ヘッド・ダウン」はキングの息子オーウェンが所属するリトル・リーグの野球チーム、バンゴア・ウェストが18年ぶりに州選手権に出場し、勝ち上がってその年のメイン州のリトル・リーグ・チャンピオンになるまでを綴ったノンフィクションである。
これが何とも面白い。小さな町のまともなユニフォームさえもない一少年野球チームが個性を発揮し、3人のコーチの指導と采配の許で名うての強豪チームたちと立ち向かい、勝ち上がっていく展開はなんともドラマチックだ。
そして12歳の少年たちで構成されるリトル・リーグの少年たちのなんと瑞々しいことか。メンバー1人1人に個性があり、キングはそれを実に上手く描き分けている。
普段は普通の少年たちである彼らは時に四つ葉のクローバーを見つけてチームのムードを良くしたり、また週刊誌の乳癌検査の広告に出ている女性の乳房の写真に興奮するませたガキたちでもあるが、コーチの熱心な指導を従順に聞き、一心不乱に野球に打ち込む純粋さがある。
特にコーチの1人が話すエピソードが印象的だ。普通の学校生活を送っているだけならば知り合うこともなかった子供たちが裕福な家庭の者も、貧しい地区で育った者も隣り合って笑い合うことができる。それが同じチームで同じスポーツに励んで汗水流すことでそんな奇跡が起こるのだと。
丸いボールが丸いバットに当たることの奇跡とそれを実現することを許された者たちが起こす感動とその奇跡を現実のものにしようと子供たちに指導する熱心なコーチと抜きん出た才能と選手としての心を持つ少年たちがいることで成し得た勝利の数々。彼らは勝ちたいからこそ頑張っているだけだ。その姿と過程が親たちの、いや野球を愛する者たちの心を動かすのだ。
そして野球が、いやベースボールがアメリカ人にとってかけがえのないスポーツである様がバンゴア・ウェストが勝ち上がる顛末やそのチームに関わり、熱意を持って指導するコーチたちの姿から立ち上ってくる。
州のチャンピオンになった瞬間、少年たちの親たちが涙を流しながらフェンス越しにみな手を伸ばして、子供たちに触れて祝福してやりたくて仕方ない様は胸を打つ。
以前はベースボールがアメリカの国技だったが、今はアメフトとなっている。しかし私は本作を読んでベースボールはアメリカ人にとってソウル・スポーツ、即ち魂が求めてやまないスポーツではないかと感じた。

それは表題作「ブルックリンの八月」を読んでさらに強くなる。この作品はキングによる詩であり、内容は野球賛歌だ。56年6月のエベッツ・フィールドの1シーンを描いた詩である。

そして本書には最後にボーナストラックとともいうべき短編がキング自身による解説の後に収録されている。最後の短編「乞食とダイヤモンド」は童話だ。
さてこの話の教訓とは何なのだろうか。


冒頭でも述べたように本書は短編集“NIGHTMARES & DREAMSCAPES”の最終巻である。
モダンホラーの帝王と評されるキングだが、本書はそれまででもホラー以外の様々なジャンルの短編が収録されていたが、最終巻の本書でもそれは変わらない。

クライムノヴェルあり、ホームズ物のパスティーシュ(!)あり、ハードボイルドあり、そしてノンフィクションあり、そして詩に童話とこれまでで一番ヴァラエティに富んだ作品集となった。
何しろキングの十八番であるホラーが1編もないのだ。
そしてそれらはまさにその道の作家が憑依したかのような出来栄えである。いやはやキングの才能の豊かさに驚かされるばかりだ。

特に本書では偉大なる先達たちのオマージュの作品が複数あるのが特徴的だ。

「第五の男」はレナードを彷彿させるクライムノヴェルだし、世界一有名な探偵ホームズに「アムニー最後の事件」では作中の人物がレイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウシリーズのキャラクターから引用していると述べている。

さて本書のベストは「ヘッド・ダウン」を挙げたい。ホラーでもなく、フィクションでもない、作者自らがエッセイと述べているノンフィクション作品は自分の息子が所属していたリトル・リーグ・チーム、バンゴア・ウェストが勝ち上って1989年度のメイン州リトル・リーグ・チャンピオンになるまでの足取りを描いた作品だ。

時にスポーツはフィクションを超える感動をもたらすが、本作もそうで、まともなユニフォームさえもない地方の一少年野球チームがコーチ3人の指導の許、勝ち上がっていく様子が実に楽しい。

そしてこんな劇的な出来事を目の当たりにしたキングはこのことを書かずにはいられなかったのだろう。記憶に留めるだけではなく、記録に留め、そして親バカと云われようが、作家と云う特権を活かして読者に触れ回りたかったに違いない。
まさに親バカ少年野球日誌。
しかしそれがまた実に面白いのだから憎めない。

次点として「ワトスン博士の事件」を挙げる。キングによるホームズ物のパスティーシュである―おまけに密室殺人事件を扱った本格ミステリ!―という珍しさもあるが、実によく出来た内容で驚かされた。
ホームズ物のパスティーシュでは正典で書かれなかった理由もまた1つの趣向であるが、本作はそれもまたきちんと設定されており―まあ、ありきたりではあるが―、内容もなかなかに読ませる。キングの文体は情報量が多いのが特徴だが、それが逆に改行の少ない古典ミステリにマッチして違和感を覚えさせなかった

なぜキングが売れないとされている短編集を4分冊にて刊行されるほどの分量までに著すのかが解った気がする。
それはキングという作家のネームバリューで求められる作品以外の物語を彼が書きたいからだ。長編にするには短い話が彼の中にはまだまだたくさん潜んでおり、それを出してしまいたいからだ。

今回これほどまでにヴァラエティに富んだ短編群を読んでキングのどうにも止まらない創作意欲の熱をますます感じてしまった。そしてホラーやファンタジーだけのキングよりも私は短編群で見せた様々なジャンルの彼の作品が好きである。

やっぱりキングは短編もいいよなぁと思わされた。この後も短編集は分冊形式で訳出されているが、願わくばこの流れは決して止めないでいただきたい。

▼以下、ネタバレ感想

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