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蝋人形館の殺人



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蝋人形館の殺人の評価: 6.00/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

振り返ればかなり重層的

久々のカー作品。しかもハヤカワ・ミステリでしか刊行されていなかったバンコラン物の作品で、さらに新訳と来ている。
海外ミステリ不況が叫ばれる今、このような慈善文化事業めいた出版がなされようとは思わなかった。東京創元社の志の高さを褒め称えたい。

本作はまだカーの2大シリーズ探偵HM卿とフェル博士が出る前の1932年の作品と、最初期のものだが、物語は実に深く練られている。

まず冒頭の半人半獣サテュロス(上半身が人間の男性で下半身が山羊という牧神パーンに似た風貌)の蠟人形に抱かれるように死んだ女性の遺体の発見というカー得意の怪奇的演出から始まり、その蠟人形館が身分の高い紳士淑女たちの密会クラブへ通ずる秘密の進入口へとなっていることが判明することで淫靡な趣を呈し、さらにはその経営者の一人である暗黒街の大物エティエンヌ・ギャランへつながっていく。
このギャランがかつてバンコランに痛めつけられ自慢の容姿を台無しにされた因縁の相手であり、ライバルの登場と物語の展開がドラマチックで淀みがない。
また語り手のジェフが仮面を被って秘密クラブへ潜入するというサスペンスも加味され、なんとサーヴィス精神旺盛な作品かと感嘆した。

特にバンコランが蠟人形館の館主オーギュスタンを呼び出したがために蠟人形館がいつもより早く閉まってしまい、そのためにいつも蠟人形館からクラブへ出入りしていたジーナが入れなくなって躊躇することになり、彼女が蠟人形館に入り込むことで事件を複雑化していく。
まさにシチュエーションの妙。
後の『帽子収集狂事件』、『皇帝のかぎ煙草入れ』などの傑作に通ずる偶然ゆえに起こった不可解時がこの時すでに確立されている。

事件の発端となったオデット・デュシェーヌ殺しは早い段階で事の真相が明らかにされる。

そしてクローディーヌ殺しの真犯人は実に意外だった。

そしてこの真相を知った後でバンコラン達がマルテル大佐邸を訪れた第9章を読み返すと実に全ての内容が腑に落ちることになっている。
これを推理の材料として繋げるのは至難の業だが、カーはあくまでフェアであったことが解る。
仲良し三人組と思われた関係には実は陰湿な感情が蠢いていたこと、名家のお嬢様クローディーヌが家の風習を嫌悪し、自由な放蕩生活を手に入れたがゆえに同じく名家の出であるオデットが名家の規律を重んじ、人好きのするお嬢様であることに対する嫌悪、一方で名家を重んじる厳格な血筋の持ち主、そして富裕層の密会クラブである色つき仮面クラブへの秘密の出入り口の役割を蠟人形館が担っていたこと、そしてその蠟人形館にはあまりにリアルな蠟人形が数多く展示され、その中には恐怖の回廊と呼ばれる古今の有名な犯罪事件の1シーンが展示されていたこと、そういった要素が複雑に絡み合い、今回の事件に至る。
振り返るとなんと重層的なプロットだったことかと改めてカーの才能に感嘆する。

しかしとはいえ、主人公のバンコランにはどうも好感が持てない。
元々メフィストフェレスのような風貌をした冷血な予審判事という触れ込みで登場しているが、無断で家宅捜索したり、盗聴器を仕掛けたり、更には警察に嘘の情報を流して誤導したりとやっていることは現在ならば不当捜査として捜査は無効になり、逆に告発されるほど滅茶苦茶である。
悪漢判事もここに極まれり。どちらが犯罪者か解りやしない。これが今回の評価に大いにマイナスになった。

さて東京創元社は以前からカー作品の新訳改訂版の文庫刊行を進めていたがこれはまだ続くようだ。本当に素晴らしい。
これからもカーのみならずクイーンやウールリッチ、ロスマクなど、このまま絶版で埋もれるにはまことに惜しい巨匠たちの名作を続々と新訳で出してほしいものだ。
頑張れ、東京創元社!


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