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処刑宣告



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【この小説が収録されている参考書籍】
処刑宣告
処刑宣告 (二見文庫―ザ・ミステリコレクション)

処刑宣告の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

人はそんなに強くないからこそ起きた犯罪か

マット・スカダーシリーズ13作目の本書は前作に引き続いて連続殺人事件を扱っている。しかも不可能趣味に溢れた本格ミステリのテイストも同じく引き継がれているのが最大の特徴だろう。

今回スカダーが取り扱う事件は2つ。

1つ目はウィルと呼ばれる社会的制裁者。
誰もが認める悪人なのに裁判の結果、無罪放免になり、大手を振って世間にのさばっている、いわば法によって裁かれない悪人たちを処刑する必殺仕事人だ。ウィルはどんな巨悪であっても宣告通りに始末してきた。それがニューヨーカーたちを、いやアメリカ国民の“正義”を触発し、世間を賑わせている匿名の犯罪者だ。そんな劇場型犯罪にマットは立ち向かう。

もう1つはAAの集会で挨拶を交わす程度の知り合いだった男バイロン・レオポルドが散歩中に何者かによって殺される事件だ。
毎日何千人をも人が殺されているというニューヨークで起きた1人のHIV感染者でもある男の死。一方はマスコミとアメリカ中を賑わせている劇場型犯罪者、そしてもう一方はニューヨークの片隅で起きたHIV感染者の殺人事件。そんな極端に異なる事件にマットは対峙する。

まず解決するのは現代の仕置人ウィルの事件だ。

そしてこの事件の後、マットはもう1つのバイロン・レオポルド殺しの犯人を突き止める。

この一見関係のない2つの事件には一貫してあるテーマがある。それは病魔というキーワードだ。

この社会に蔓延する病気が犯罪を起こさせるという本書のテーマは刊行当時アメリカ社会を席巻していたエイズ、即ちHIVキャリア問題が色濃く反映されているからではないだろうか。特に患者の多かったアメリカでは日本の数倍ものセンセーショナルな病気だったのかもしれない。

人の心とはなんと弱いものだろう。挫折をバネにして再起を果たしても忌まわしい記憶は決して当人の心からは消え去ることはなく、その疵の傷みを止めるためにその手を汚す。

それらはいわゆる「魔がさす」という類のものだろう。
そして数秒間に1人が死ぬと云われているニューヨークでは1つ1つの事件が必ずしも解決されるとは限らず、恐らく彼らの殺人も次々と起こる事件の荒波に埋没する運命だったのかもしれないが、魔がさして成された殺人を抱えたまま生きるのはやはり苦しく、ある者は自らの命を絶ち、ある者は積極的に自白をし、ある者は観念して罪を告白する。

本書は現代に甦った仕置人の正体を探る本格ミステリ的な設定を持ちながら、最後に行き着くところは名探偵の神懸かった推理や驚愕のトリックが登場するわけでもない。
マットが素直に人間を見つめてきたことによって出た答えによって導かれた犯人であり、そのどれもが人間臭く、決して他人事とは思えないほど、その心の在り様がリアルに思えるのだ。
前作『死者の長い列』の解説で法月綸太郎氏は同書と本書が謎めいた連続殺人事件を扱っていることで本格ミステリとしても読める異色作だと述べていたが、とんでもない。これまでの作品同様、八百万の人間が住まうニューヨークに起こる人間の営みとそれが引き起こす人間の心の変化による犯罪を扱っているのだ。

そしてまたもや事件に遭遇することでマットの身辺に変化が訪れる。
今回は事件自体が派手なこともあって、今回はマットがなんとマスコミたちの注目の的になる。
マットがウィルの正体を突き止めたことがマスコミにリークされたからだ。これが今後彼の事件の関わり方にどんな変化が訪れるのか、ちょっと想像がつかない。

そして『処刑宣告』という物々しいタイトルとは裏腹に結末は実に暖かい。『倒錯の舞踏』以来、マットの好パートナーとして活躍してきたTJに思いもかけないプレゼントが与えられるのだ。
それはまずパソコンだ。これは恐らく機械音痴であるマットに替わって捜査のツールとして使うために与えられたようだ。
そしてマットが今まで住んでいたホテルの部屋が終の棲家として与えられる。つまり彼はマットの本当の相棒になったのだ。一介のストリート・キッズだった彼がここまでの存在になるとは思わなかっただけにこれは読者としても何とも嬉しいサプライズだった。

マットを取り巻く人々とマット本人の世界はますます彩りを豊かにしていく。アル中で子供を誤って銃で撃ち殺した元警官という忌まわしい過去を背負った中年男の姿はもはやないと云ってもいいだろう。
しかし本書はどれだけ歳月を重ねても人の抱えた心の疵はなかなか消えないことを謳っている。あまりに順調なマットの人生に今後途轍もない暗雲が訪れそうである意味怖い気がする。
この平穏はしばしの休息なのか。
まあ、そんなことは考えずにまずはこのハッピーエンドがもたらす幸福感に浸ることにしよう。


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