小説
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書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点8.00pt |
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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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作者買いしている一人なので、新刊が出たことが素直に嬉しいです。点数には好み補正が入っています。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
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2024年、いちばん読んでよかった小説は、『小説』でした。 「小説とは何なのか」という途方もない問いに、真正面から向き合って、一つ明確な答えを出す物語。 「答えは君次第」とか「みんなそれぞれの解釈がある」とか、そんなぬるいことはしない。きちんとちゃんと明確な答えを出す。すごい。潔い。カッコいい。 小説を読み続ける/小説を読んだことのあるすべての人を肯定する一冊でした。 | ||||
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講談社タイガで発表していた「バビロン」が停まってから妙に寡作となった野崎まどの新作。 物語の方は墨田区で病院を経営する医師の息子として生まれた内海集司が小学校の図書館で別のクラスの児童である外崎から「竜馬がゆく」の感想を尋ねられた場面から始まる。 単純に「面白かった」と伝えるだけでは「竜馬がゆく」という作品の面白さを伝えきれないがクラスが異なる事で大した付き合いもない外崎に細々と語る義理も無いと思った集司は黙って「竜馬がゆく」の1巻を貸すがその一冊が外崎の思いもよらない読書欲を刺激する事に。 そんな形で付き合う事になった二人はある日教師から学校の近所に有名な小説家が住んでいるという話を聞きつけて大胆にもその家に忍び込む事に。敷地内に侵入したは良いがその先を考えていなかった二人は結局呼び鈴を鳴らすが出てきたのはモジャモジャ髭の得体のしれない男だった。 言葉に詰まった集司の横で髭の男に対して外崎が投げ掛けた「小説って書けるんですか?」という問い掛けを切っ掛けとして集司と外崎、そして名前もよく分からないモジャモジャ髭の小説家の先生との付き合いが始まるが…… うーん?野崎まどを追って10年以上は経つと思うのだけど、随分と作風が変わったなあという印象。作風が変化しているという印象は前作の「タイタン」でも感じ取れたけどもメディアワークス文庫や電撃文庫で発表していた頃とも「バビロン」とも明確に路線を切り替えて来た……といえば聞こえは良いかもしれんが率直に言うと観念論くさい。 物語の方は医師の息子として一方的な期待を寄せてくる父親を喜ばせる為に本を読み始めた内海集司とひょんな切っ掛けで知り合う事になった異常な集中力で本を読む以外は何かにつけて集司に頼りっきりの外崎という二人が本名すらよく分からないモジャモジャ髭の先生と関りあいになりながら長い付き合いを続けていく様を追っている。 218ページの本文のうち135ページ目まではおよそ「助走」と言って構わないかもしれない。文才の片鱗は見せながらもパッとしなかった外崎が高校の頃に髭先生に見せて貰った原稿にあてられて「小説を書きたい」と志す様になるまで傍で支え続けた集司が30歳近くになって外崎が初めて受賞するまでは完全に二人の関係を読者に印象付ける為にあったのだと言って良いかと。 外崎が社会に認められた事で集司が初めて自分が抱えていた想いに気付き、そのありったけを外崎にぶつけてしまった瞬間からこの物語は加速を始める。 「小説を読んで何かしたいと言ったか」 「小説から得た物で現実を変えたいと言ったか」 「俺は読みたいだけだ」 「駄目なのか」 「それじゃ駄目なのか」 「読むだけじゃ駄目なのか」 ……集司が外崎に投げ掛けた問いは長い付き合いを続けた友人にぶっすりと突き刺さるのだけど、より深く突き刺さるのは読者の方じゃ無いかと。少なくとも自分は、読んで偉そうに感想もどきを吐き出すだけで自分では書こうとしない俺にはぶっすりと刺さったぞ? 上で後半まで延々と助走が続くと申し上げたが、逆に言うとこの集司が想いを吐露する場面の効果を最大化するという意味で二人の長い付き合いは語られる必要があったと思ったしこの場面を味わえただけでも本作を読む意味はあると思う。 そこから先は集司に思い切り感情移入して「酷い事を言ってしまった、どうしよう」と蒼ざめながら読む羽目になったのだが……ここから物語は思わぬ方向へ。 姿を消した外崎を追って集司ははるかアイルランドまで飛ぶのだけども、話がここからティル・ナ・ノーグに代表されるケルト神話の世界にぶっ飛んでいくので正直面食らった。サスペンスからユーモアものまで幅広い作品を書いてきた野崎まどだけどリアリティラインは割と安定した作家だと思っていただけにシームレスにファンタジーの世界へと飛んで行っちゃうとは予想外。 いや、面食らうという意味ではこの作品最初から文体が異様にシームレスなのである。冒頭の芥川龍之介の世界から小学生の集司の視点に飛び、そこから時間が巻き戻って集司の父親の話が始まったりと意図的に読者を振り回す様なスタイルなので慣れていないときつい……いや、むしろ野崎まどの文章とはこうであると固定観念に囚われている分、既存の読者の方が文体についていくのにキツい部分があるかも。 この四方八方に振り回されるような物語の果てに集司とその視点を借りている読者は「小説とは何か?」「小説を読む意味は何か?」という問答へと誘われる訳だが……まあ、観念論の世界が一方的に展開されるので「これ『小説』なんだろうか?」といよいよ目を白黒させる羽目に。 観念論めいた問答が好きという人も世の中にはいる事を否定するものでは無いし、どうしても抽象的な論議を交わす場面が避けられないという作品もあるのだろうけど野崎まどがこういった世界に旅立ってしまうとは思ってもみなかった。 メディアワークス文庫で発表していた諸作品や「バビロン」のイメージで手に取ったら相当に頭を抱えそうな作品。野崎まどの進むべき方向ってこれだったのかなあ、これで良いんだろうか、と読み終わって不安になってきた事だけは申し上げない訳にはいかないだろう。 | ||||
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