家蝿とカナリア
- ベイジル・ウィリング博士シリーズ (13)
- 犯人捜し (82)
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家蝿とカナリアの総合評価:
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全2件 1~2 1/1ページ
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ヘレン・マクロイ氏の本は数冊すでに読んでいますが、この本は好みが違うというか。 | ||||
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演劇の舞台で起きる殺人。なぜか犯人は鳥籠のカナリアを開放しており、凶器のメスの柄には家バエがしつこくたかる、というシチュエーションから犯人を推理するという本格物。以前読んだ『逃げる幻』がイマイチで敬遠していましたが、今回の作品はまずまず。また、他の作品も読んでみます! | ||||
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精神分析学者ベイジル・ウィリングは魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。はたして、観客の面前でなしとげられた大胆不敵な兇行! 緻密な計画殺人に対し、ベイジルが披露する鮮やかな推理。大戦下の劇場に多彩な演劇人を躍動させながら、純然たる犯人捜しの醍醐味を伝える謎解き小説の逸品。 | ||||
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本書の裏表紙に、「名手の初期の最高傑作」とあるが、読み終えてひとこと、「それほどでも~」(クレヨンしんちゃんの口癖?)。 カナリアと蠅が重要な手掛かりになっている、という事で期待したが、カナリアが鳥篭から出されていた理由は、そんなこと? 蠅が、そんなに期待通りの動きをするものなのか? と考え出すと、期待が急速にしぼんでいくのを感じるのだ。 もっと意外な犯人とか、生の舞台を犯行現場に選んだ理由とか、納得いくストーリーであってほしかった。 我慢して最後まで読んだが、「最後に真相が明らかになって感じるカタルシス」を、残念ながら感じることができなかった。 この著者の作品を初めて読んだが、ほかの作品も、もう二度と手にする事は無いだろう、残念! | ||||
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マクロイにとって『暗い鏡の中に』と並ぶ最高傑作であり、古今の劇場ミステリの中でも活き活きと描かれる舞台場面の臨場感は屈指。 オーソドックスなフーダニットとしてのフェアプレイと単なる駒ではない登場人物たちの陰影深き描写が両立され、そしてその性格描写が犯行動機と有機的に結びつくあたりの説得力はマクロイならではの秀逸さだ。 謎めいた冒頭から始まる起伏に富んだ展開、その果てに総てのピースがはまる謎解きの快感、そしてクライマックス・シーンの鮮やかさはいつまでも心に残る。 | ||||
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私は、1970年代に少年期を過ごし、この頃からエラリー・クイーンや、アガサ・クリスティーなどのミステリ小説に傾倒し、それが、社会人となり、中高年になった今も、「面白い推理小説はないか」と探しつづけている人間です。 そんな私も、本作品の著者の存在を最近まで知りませんでした。 経歴を見ると、1950年代にはアメリカ探偵作家クラブ会長も務めたこともあり、恐らく本国アメリカでは有名な作家なのでしょう。 しかし、日本では、永らく翻訳本が入手困難な状況が続き、一般のミステリ読者が、その著書を目にする機会はないため、知られざるミステリ作家であり続けたのではないかと思います。 私は、数年前に、幻の傑作とされていた作品が、次々と新訳で発表され、好評を博しているとの情報を得て、2012年に「幽霊の2/3」を読んでみました。 すると、これがなかなか面白い小説で、今回の読書へとつながった次第です。 本作品は、発表が1941年と、本格ミステリが全盛を極めた1920から1930年代にやや遅れて書かれた「本格ミステリ」。 作品の冒頭、「一匹の蠅」と「一羽のカナリア」が殺人事件を解決したと提示されています。 つまり、「奇妙な証拠が誰を犯人と示しているのか?」というのが、本作品のメインの謎です。 (実際、原題は、「Cue for Murder」で「殺人の手掛かり」といった意味です) 事件そのものは、ある劇場での舞台で、「瀕死の男」を演じていた男性が、舞台を終えてみると、本当に死亡していたというもので、本格ミステリではありがちな設定に感じられます。 しかし、事件の前後に発生する、「蠅」と「カナリア」のエピソードが、どのように事件解決に結びつくのかという点が、読者を強く惹きつける作品となっています。 このひと月あまり、ノンフィクションを中心に読んでいて、ミステリから遠ざかっていたため、久々にミステリらしいミステリを読めて満足しています。 1940年代という過去の作品でも、こんなに楽しめる作品に出会えるなんて、ミステリを読み続けていた甲斐があったというものです。 本格ミステリに大切な、「伏線の妙」をじっくり堪能できる作品として、オススメします。 | ||||
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本書の著者ヘレン・マクロイは、ミステリー・推理小説界で、ポスト黄金時代におけるアメリカ女流本格派作家の嚆矢として知られている。 評者は、かって彼女の作品を読んだことがなく、彼女の代表作と言われているニューヨーク地方検事局の顧問を勤める精神科医ベイジル・ウィリング博士もの代表作『家蠅とカナリア』(原題「Cue for Murder」)を、読むことにした。 評者に忌憚なく言わせてもらえば、丁寧に書かれている凡作としか言いようのない作品である。 二ューヨークの街や、演劇界の人間模様を描き出すことなど本書で知ることができ、灯火管制とか、ガラス窓へクロステープを貼っていることなど、アメリカの戦時下での実情などを物語のなかへ挿入している描写などには新鮮味は感ずるのだが、殺人が実演中の舞台で起きるプロットには、少々無理があるように感じてしまった。 文章も文句なく流麗であり、ストーリー展開のテンポもいいのだが、なんともいようのない不自然さを感じるのは、プロローグから犯人を3人に限定してしまったことに起因するのであろう。 事件解決へ導かれる推理の過程で証拠となるカナリアや家蠅とか血の付いたメスなども、なんとなく使い古された謎解きだと思い始めたら読み進む興趣を削がれてしまった。 「最も疑いのない者を疑え」という定説を、逆手にとった著者の裏技技巧が、かえって仇となったような作品ではないだろうか。 どこかからかお叱りを受けるかも知れないが、評者にとって期待外れの作品であった。 | ||||
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