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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1359件
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2001年に発表された書き下ろし長編。ヴィクトルという元KGBの殺し屋が主役のシリーズの第一作である。
日本人とのハーフでKGBの工作員として日本で活動し、ソ連崩壊後KGBを解雇され、貧窮にあえいでいたヴィクトルは、かつての上司でロシアンマフィアのボス・オギエンコから日本人ヤクザの組長暗殺を依頼される。高額の報酬に惹かれて仕事を引き受けたヴィクトルは、日本に潜入し、単独で任務を果たそうとする。そのヴィクトルの前に立ちはだかったのが、組長のボディーガードの兵藤、警視庁公安部の倉島警部補だった・・・。 ゴルゴ13以来のプロのヒットマンの伝統を受け継いだヴィクトルの見事な仕事っぷりが、第一の読みどころ。それに触発されて、それぞれに鬱屈を抱えていた兵藤と倉島が、人生や仕事に対する情熱を取り戻し、人間として再生への道を歩み始めることになるというのが、第二の読みどころ。安全な社会に安住して危機感を失っている日本人に対する作者の苛立ちが、全編を貫く通奏低音である。 日本を舞台にしたサスペンスアクション、警察小説のファンにオススメだ。 |
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著者の長編ミステリーデビュー作で、2012年の日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。壮大な問題意識を魅力的なミステリーに仕上げた、社会派ミステリーの傑作である。
2016年に日本中を震撼させた「津久井やまゆり園」事件を想起させる「要介護老人連続殺人事件」をテーマに、犯人、検事、被害者家族、介護関係者それぞれの視点から事件の背景と真相が語られて行く。そこに表われるのは、「そうなることは分かっていたのに」何も手を打って来なかった、真剣に考えることを逃げてきた社会の無責任と、それが引き起こした生きづらさ、矛盾、不幸、絶望、善悪の基準の崩壊である。 「全国民への問題提起」と言いたくなる重い社会性を持ちながら、ミステリーとしても非常に完成度が高い。「介護と殺人」という紹介文で読むのを回避するのはもったいない。ミステリーファンに限らず、多くの人にオススメしたい。 |
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2009年の日本推理作家協会賞受賞作。テンポよく読ませるコン・ゲームミステリーである。
ケチな詐欺を生業とする武沢とテツのくたびれた中年の2人組が、ふとしたことから18歳の少女・まひろと同居を始めると、さらにまひろの姉・やひろと恋人の貫太郎まで転がり込み、5人での奇妙な共同生活が始まった。ところが、それぞれに闇金がらみでの悲惨な過去を抱えていた彼らに、再び過去からの暗雲が襲いかかってきた。追い詰められた5人は命をかけて、闇金組織相手に逆襲のコン・ゲームを仕掛けていった・・。 とぼけた中年2人組の詐欺話と、つかみ所の無いまひろ・やひろ姉妹の生き方がテンポよく展開されて行く中盤までは非常に読みやすく、軽快である。また、武沢と姉妹との隠された因縁が適度な緊張感を醸し出し、どんどん話に引き込まれていく。闇金相手のコン・ゲームの仕掛けもまずまずで、クライマックスは盛り上がる。 それでも不満が残ったのは、最後のネタばらしがイマイチだったこと。文末の解説にあるように「相手が騙されたことに気付かせない」詐欺と「騙されたことを自覚させる」マジックの違いで、本作品はマジックを楽しむ作品ということなのだろう。 読みやすくて面白い、手軽なエンターテイメント作品を読みたいという読者にはオススメだ。 |
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「どんでん返し職人ディーヴァーが初めて挑んだ歴史サスペンス」という裏表紙の解説にある通り、1936年のベルリンを舞台にした、ナチス幹部の暗殺を巡るサスペンス。2004年度の英国推理作家協会のスパイ・冒険小説部門賞を受賞したという、本格派の作品である。
マフィアの仕事を受けていた殺し屋ポールは、米海軍情報部の罠にかかって捉えられ、刑務所送りかドイツに渡ってナチス要人を暗殺するかの二者択一を提示された。ベルリン・オリンピックに参加する米国選手団と一緒にベルリンに着いたポールは、現地工作員と接触する際に誤って殺人事件をひき起こし、現地警察に追われることになる。凄腕の殺し屋とは言え、逃亡しながらでは思うように行動できず、暗殺計画を実行するのは不可能かと思われたのだが・・・。 物語自体はもちろんフィクションなのだが、時代背景、登場人物などは史実に基づいており、660ページという大作だが、緩むこと無く読者を引っ張って行くところはさすが。ただ、ライム・シリーズほどのどんでん返しの連続ではない。それでも、ベルリンに潜入してから脱出するまで、わずか4日間の緊迫したストーリー展開がサスペンスを高めて、最後までスリリングである。 第二次世界大戦時のスパイもの、逢坂剛氏のイベリア・シリーズなどのファンをはじめ、ラドラム・ファンなどにオススメしたい。 |
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「凍原」と同じく「北海道警釧路方面本部刑事第一課」の女性刑事が主役の長編ミステリーだが、ヒロインは前作の松崎比呂から大門真由に変わっている。
釧路の海岸で老人男性の変死体が発見された。被害者は札幌でタクシー運転手をしていた80歳の滝川という一人暮らしの男性と判明し、大門は先輩刑事の片桐とのコンビで、被害者の身元調査を担当することになった。老人のアパートに残された数少ない遺品や周辺への聞き込みから、滝川老人は青森出身で、半世紀以上前に八戸から北海道にわたってきたらしいことは分かったが、詳しい履歴はなかなか判明しなかった。生涯独身で人付き合いも少なかった老人が、なぜ釧路へ来て殺害されたのか? 大門と片桐の粘り強い調査で分かってきた被害者と釧路とのつながりは、あまりにも切なく悲しいものだった・・・。 Amazonのレビューでも指摘されているように、被害者と犯人の出会い、殺害動機などに弱点はあるものの、それを補ってあまりある魅力を持つ作品である。特に、ヒロインの大門刑事の背景設定が効果的で、事件の真相が解明されるたびにじわじわと胸が熱くなってくる。 フーダニット、ワイダニットの面白さとともに「人が幸せに生きるとは、どういうことか」を考えさせる重厚な作品として、多くの方にオススメしたい。 |
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著者のデビュー長編で、2001年の江戸川乱歩賞受賞作。死刑制度という重いテーマを一級のエンターテイメントに仕上げた傑作ミステリーである。
死刑執行のトラウマを抱える刑務官・南郷は、冤罪の可能性がある死刑囚・樹原を救うための調査を高額の報酬で依頼されたのを機に早期退職し、傷害致死罪で服役後に出所したばかりの青年・三上を助手にして調査を開始した。再調査の手がかりになるのは、犯行時の記憶を失っていた樹原が思い出した「階段を上った」という根拠が無い記憶だけ。二人は、当時の関係者から話を聞き、犯行現場周辺を掘り返して調べるのだが、冤罪の証拠を見つけることはできなかった。一方、樹原の死刑執行命令書は役所の手続きの階段を踏み、執行の時間は刻々と迫っていた。南郷と三上の調査は、死刑執行に間に合うのだろうか・・・。 誰が、何故、どうやってという謎解きに、タイムリミットのサスペンスが加わって非常に読み応えがある。当然のこととして人の命を奪う業務を背負わされた刑務官、傷害致死の前科を持つ青年という異色の探偵役を設定したことで、罪と罰、法の正義と私怨、応報と更生という重いテーマがストーリーに無理無く取り入れられ、物語に厚みを増している。「誰が死刑囚を救う調査を依頼したのか」という、構成の肝になる部分がやや強引すぎる気がするが、作品全体から見れば大した問題ではない。 ジャンルを選ばず、幅広いミステリーファンにオススメできる。 |
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エラリイ・クイーンの代表作にも挙げられる1942年の作品。新訳版での感想である。
ニューイングランドの田舎町・ライツヴィルを訪れたエラリイ・クイーン(なぜかエラリイ・スミスの偽名を使用)は、地元の名家ライト家の敷地に建つ空家を借りることにした。この家は、ライト家の次女ノーラが新婚で住むはずだったのだが、結婚式前日に花婿ジムが姿を消したために空いていたのだった。ところが、ほどなくジムが町に帰ってきたため、ノーラとジムは結婚し、この家で新婚生活をスタートさせた。幸せな生活を送っていた二人だったが、ジムの蔵書を整理していたローラが三通の未投函の手紙を発見したことから事態は暗転する。その手紙はジムの姉に宛てたもので、妻の発病、悪化、死亡を告げていた。そして手紙に書かれていた通り、大晦日のパーティーで悲劇が発生した。 ヒ素を使った毒殺事件の謎を解明する本格派の謎解きミステリーである。ストーリー展開の基本は殺害の動機と手段の解明にあるのだが、同時に被害者と加害者の人間性にも重点が置かれていて、単なる謎解きだけではない心理ミステリーにもなっている。ただいかんせん時代状況が古過ぎて、ミステリーとしては「これはないだろう」というのが事件のポイントになっているのが残念だ。 古典作品を古典として楽しめる読者にはオススメだ。 |
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1941年に発表されたヘレン・マクロイの第三長編で、精神科医ウィリング博士シリーズの第三作でもある。
美貌の資産家クローディアが知人の研究室から開発中の新しい自白促進剤を盗み出し、夫と友人を招いたパーティーで飲み物に入れて使用したことから、クローディアが殺害される事件が発生した。恋人とのデートの帰りに殺害現場に遭遇したウィリング博士は、自分の足音を聞きつけた犯人が現場から立ち去る音を聞いたのだが、警察の事情聴取に現われた友人たちの中から犯人を特定することは出来なかった。クローディアを中心とする人間関係から捜査を進めた警察と博士は、パーティー参加者全員にクローディア殺害の動機があることを確認したのだが、実行に移したのは誰なのか? 登場人物の紹介、人間関係、人々の言動など、犯人の特定に至る伏線はきちんと張られていて、とんでもない論理の飛躍やオカルト的なものはない、まさに正統派の謎解きミステリーである。 犯人探しで作者との知恵比べに挑戦したい人には、絶対のオススメだ。 |
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スウェーデンの歴史家、歴史小説家によるユーモラスな犯罪小説。本作の成功を受けてシリーズ化され、すでに第三作まで発表されたというのも納得の良質な犯罪小説である。
居住する老人ホームの待遇が悪くなったことに怒っていたコーラス仲間の5人は、テレビで刑務所のドキュメンタリーを見て「ホームより刑務所の方がましじゃない」と意見が一致し、大金を盗んで隠してから刑務所に入り、出所後に大金を使って豊かに暮らそうと目論み、平均年齢80歳?の犯罪集団を結成することになる。体力は無く、計画は行き当たりばったりながら老人ならではの知恵と厚かましさを発揮して、国立美術館からモネとルノワールの作品2点を誘拐(盗み出し)し、身代金を要求する・・・。 なんせ主人公がみんな、老人なのでスピード感はゼロ。ドンパチも殺人も無い(カーチェイスはあり)のだが、老人たちは金を手に入れられるのか、失敗するのか、犯行のスリルはなかなかで最後までハラハラさせられる。高齢者を主人公にしたハードボイルドやミステリーが散見される時代ではあるが、老人集団を主役にしたアイデアが秀逸。全体を覆う明るいユーモアも楽しい。 「もう年はとれない」や「フロスト警部シリーズ」がお好きなら絶対のオススメだ。 |
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1979年度のアメリカ探偵作家クラブ最優秀ペーパーバック賞受賞作。かなりヒネリが利いたディテクティブミステリーである。
ブリーザードが吹き荒れるニューヨーク州の地方都市で連続殺人事件が発生。自らをHOGと名乗る犯人は、車の事故、家庭内での事故、麻薬の使用ミスなどに見せかけながら、まったく共通項が見つからない被害者を殺害し、事件のたびに地元紙の記者にメッセージを送りつけてきた。捜査の方向性が見つからない警察は、犯罪学の研究者・ベイネディッティ教授に協力を要請し、教授は教え子の私立探偵ロンとともに調査に乗り出した・・・。 シリアルキラーものではあるが、サイコパスが登場するわけではない。殺人事件そのものには重点が置かれていないので、凄惨さや恐さは無い。ただ、犯人が見つかりそうで見つからないこと、捜査陣の中に裏切り者(犯人?)がいそうな疑惑がつきまとうこと、犯行の目的や動機がまったく推測できないことなどから、かなりジリジリさせられる。そして、真相が判明した時の意外性もなかなかで、読み応えがあるミステリーに仕上がっている。 サイコ系の連続殺人ものを読み慣れた今の時代の読者には、ちょっと生ぬるいかもしれないが、構成の上手さがそれをカバーしているので、謎解きもの、私立探偵ものなどオーソドックスなミステリーが好きな方にはオススメだ。 |
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1954年に発表された古典的ノワール小説。謎解きやサスペンスとは無縁のノワール世界だが、人間の闇を描いて魅力的である。
50年代のサンフランシスコ。ハンパ仕事で食いつないでいたカフェのカウンター係ハリーの前に、酔っぱらった美女ヘレンが現われた。コーヒーを飲んだあと文無しだと言うヘレンの面倒を見、ホテルまで連れて行ったハリーは、翌日、金を返しに来たヘレンに触発され、衝動的に店を辞めヘレンと行動をともにすることになる。ヘレンが家出するときに持ってきた200ドルを頼りに、酒浸りの日々を送っていた二人だったが、やがて金が底を尽き、絶望の果てに心中を図ることになった・・・。 物語の構成は人生に希望を見出せない男女の破滅型の恋愛であるが、ストーリーは恋愛部分と破滅衝動の部分で、前後半に分かれている。全編にわたって「死の誘惑」が充満して重苦しいのだが、特に前半での二人の救いの無さが印象的である。かといって、悪辣な犯罪や目を背けるような暴力があるわけではなく、むしろたんたんと破滅して行くプロセスが恐いといえる。 詳しいストーリーは紹介しない方が良いだろう。とにかく、最後の二文でガツンと衝撃を受け、最初から読み直す誘惑に駆られること間違い無し。古さを感じさせない傑作である。 |
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メキシコの30年にわたる凄絶な麻薬戦争を描いた「犬の力」の続編。上下巻1200ページの全編にわたって凄まじい戦いが繰り広げられる、暴力で圧倒する作品である。
主人公は前作と同じ、DEA捜査官のケラーと麻薬王のパレーラで、アメリカで囚われていたパレーラがメキシコに移送され、脱獄するところから物語が始まる。再び、メキシコの麻薬の世界に戻ったパレーラは、自らのカルテルをまとめ、他の勢力との戦闘状態に入って行く。一方、修道院に紛れ込み静かな生活を送っていたケラーだが、DEAによって麻薬戦争の現場に引き戻された。運命の糸に結ばれたように二人は、命をかけた戦いを繰り広げることになる。 麻薬戦争とは、何か? 「麻薬」と「戦争」という2つの禍々しきものが掛け合わされたとき、そこから生まれるのは、勝者も敗者も無く、戦争の出口すら見つからない絶望でしかない。その無意味さと狂気が、読者を圧倒する。「人間がカルテルを動かしているのではなく、カルテルが人間を動かしている」という一文が、麻薬との戦いの救いの無さを表わしている。 読後の疲労感はハンパではないが、世界の麻薬の問題に関心を持つ人には、絶対のオススメだ。 |
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ウェスタン・ミステリーの最優秀処女長編賞を受賞し、大型新人の登場との評判を呼んだという話題作。私立探偵ハードボイルドを軸に、ウェスタンとノワール風味が加わった、乾いたテイストのミステリーである。
ロデオ競技のスターだったロデオ(主人公)は、メキシコとの国境に近いアリゾナの僻地で私立探偵として生活していた。ある日、休暇から帰ってみると自分の敷地のそばにアメリカ先住民の死体が放置されていた。近くでは先住民が殺される事件が相次いでおり、この男が4人目の犠牲者で、どうやら先住民を狙う連続殺人鬼が出没しているようだった。そんなおり、友人のルイスから紹介されてインディオの少年が殺された事件の再調査を進めることになった。簡単に終わるはずの調査だったが、やがて先住民社会に隠された闇に足を取られて身動きできなくなってくる・・・。 主人公のロデオも先住民の血を引いており、主要登場人物もほとんどが先住民系で、ウェスタンといっても白人カウボーイ視点からのウェスタンではなく、インディオとメキシカンの世界をベースにした物語である。世界中から見捨てられた土地を舞台に、世の中の動きとは無縁のような人々が繰り広げる、一種殺伐とした人間ドラマが、砂漠の風のような乾いた文体でたんたんと綴られていく、徹底してドライな作品である。そんな中にちりばめられたハードボイルドなセリフと、ユニークで個性が際立つ登場人物たちが強い印象を残す。 誰にでもススメられる作品ではないが、ハードボイルドなノワールが好きな人にはオススメだ。 |
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2001年に「著者略歴」でデビューし、高評価を受けながら、なかなか次作が発表されなかったジョン・コラピントの長編第二作である。
大して人気ではないミステリー作品シリーズを書き続けてきたウルリクソンだったが、娘の出産時に妻が脳卒中になり、車椅子生活を余儀なくされてからの日々を描いた自叙伝が大ヒットし、一躍、時の人となり、TVのインタビュー番組にも出て注目を集めるようになった。そんなある日、若き日に関係を持った女性が亡くなり、その娘である17歳の少女クロエから「親子関係の確認と保護」を求める召喚状が届いた。驚いたウルリクソンだったが、DNA鑑定の結果でも娘であることが証明され、クロエを新しい家族として迎え入れることを決心する。裁判所で初めて会ったクロエはあどけなさとコケティッシュな魅力を併せ持つ美少女で、ウルリクソンはしだいに心を奪われるようになり、とうとう最後の一線を越えてしまうことになってしまった・・・。 クロエの裏には弁護士崩れの悪人デズがいて、DNA鑑定も含めて全てがウルリクソンを陥れるための罠であることは最初から明らかにされており、ストーリーの中心は罠の仕組みを解くミステリーではなく、誠実で家族想いの好人物であるウルリクソンが壊されて行くプロセスのサスペンスに置かれている。 ウルリクソンが罠に気付き、自分を取り戻そうとする物語の最後の部分がやや急ぎ過ぎで尻すぼみな感なのが惜しいが、非情に良くできた心理サスペンス作品である。アメリカで賛否両論(というか、否定的論調の方が圧倒的に強かったようだが)を呼んだというが、巻末の解説にもあるように、近親相姦や未成年者との性愛というタブーがアメリカでは反感を招いたということで、日本の感覚からすると特に問題視するほどの内容ではない。多くのサスペンスファンにオススメだ。 |
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オーストラリアの人気ミステリー作家がアメリカを舞台にして描いた、逃走と追跡と陰謀のスーパーサスペンス作品。2015年の英国推理作家協会の最優秀長編賞を受賞したというのも納得の大傑作である。
現金輸送車を襲撃して700万ドルを奪い逃走したが、保安官に銃撃されて瀕死の重傷を負い、10年の刑に服していたオーディ・パーマーが、刑期満了の前日に脱獄した! 事件は四人組で実行され、二人は死亡、一人は逃走、パーマーは逮捕だったのだが、奪われた現金は行方不明。周りからはパーマーが隠したと疑われ、服役中も金の在処を吐くように散々脅かされ、命の危険にさらされてきたパーマーだったが、ずっと沈黙を守っていた。あと一日で、自由になり、金も手に入れられるはずだったのに、なぜ脱獄の危険を冒したのか? 10年も服役しておきながら、出所前日に脱獄するという設定が秀逸。パーマーが脱獄してまでやりたかったことは何か、というのがメインストーリーで、パーマーの刑務所仲間だったモスが秘密裏に刑務所外に出されてパーマーの行方を追跡させられるというサブストーリーと、現金強奪事件を追っていたFBI捜査官デジレーが事件の裏に陰謀があるのではと疑って再捜査に乗り出すというサブストーリーの3つの話が絡まりあって、緊張感あふれるストーリーが展開される。3つのストーリーが絡まると言っても、焦点は1つだけなので、ストーリーを追うのに苦労することはない。 主要登場人物の三人のキャラクターが鮮やかで、ところどころに出てくるハードボイルドなセリフも洒落ていて、最後までワクワクドキドキさせる上出来のエンターテイメント作品である。 サスペンス、ハードボイルド、ミステリーファンにはもちろん、男女や家族の愛の物語がお好きな方にもオススメだ。 |
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米国ミステリー界の異色の才人、パット・マガーの1950年の作品。まったく古さを感じさせないエンターテイメント作品である。
人気コラムニストのラリーが、NYのコンドミニアムに4人の女性を招待して開いたディナー・パーティー。その4人とは、ラリーの先妻、現在の妻、年上の愛人、次に結婚しようとしている19歳の女性という、訳ありの面々。ラリーは、その中の一人を事故に見せかけて殺害するために、バルコニーの手すりに仕掛けを施していた。そして、深夜のNYの路上に誰かが落下した・・・。 冒頭に事件が起きたことが提示されるのだが、被害者が誰かが最後の最後まで明らかにされない「被害者捜し」は、デビュー作からのマガーお得意のパターンだという。前作は読んでいないのだが、本作は凝縮された時間の流れ、濃密な人間関係、登場人物のリアルな描写、意表をつく結末など、すべてにレベルが高い傑作だ。「被害者捜し」ミステリーとしてはもちろん、ハーレクイン(読んだこと無いけど)的なラブロマンス、主人公の成上がりの物語など、多面的な要素を含んだ作品として楽しめる。 戦後すぐの作品とは思えない、現代でも十分に楽しめる作品として、多くの人にオススメだ。 |
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「悲しみのイレーヌ」、「その女アレックス」と続いたカミーユ警部三部作の完結編。第一作からの流れが見事に集約された、最後を飾るにふさわしい傑作だ。
物語は、カミーユが「自分を生き返らせてくれた」と思うほど愛している恋人アンヌが、武装強盗に巻き込まれて瀕死の重傷を負うという衝撃的な事件からスタートする。事件を知ったカミーユは復讐の念にかられ、アンヌとの関係を隠して、無理矢理捜査を担当することにした。必死で犯人を追うカミーユの焦りをあざ笑うかのように、犯人は執拗にアンヌの命を狙ってきた・・・。 事件発生から終結まで、わずか三日間というスピーディーなストーリー展開。しかし、事件の背景には前妻イレーヌの事件も絡んでいて、話の密度がきわめて濃くて重量感がある。「愛する人を二度と失いたくない」と苦悩するカミーユの心理描写、一人称で語られる犯人の不気味さ、そして真相が判明した時の驚きなど、まさにミステリーの醍醐味が味わえる。 「その女アレックス」に続いて英国でインターナショナル・ダガー賞を受賞したというのも納得の傑作。オススメです。 |
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1950年代のイギリスの「新本格派」とされているエリザベス・フェラーズの1955年の作品。謎解きミステリーであると同時に人間ドラマとしても面白く、古さを感じさせない作品である。
ロンドン近郊の村で暮らす元女優のファニーは、理解ある夫に支えられ、田舎の主婦として満ち足りた日々を送っていた。同居する歳の離れた弟が婚約し、その婚約者ローラが訪ねてくるというので、親しい友人たちへの紹介を兼ねてカクテルパーティーを開くことにした。当日、パーティーの時間になるとローラは頭痛を訴えてパーティーを欠席した。ファニーは得意料理のロブスター・パイを出したのだが、口にした参加者はみんな「苦い」といって食べるのを止めてしまった。そんな中、隣人のサー・ピーターは「美味い」といって食べ続けたのだが、食事の後で死亡し、パイにヒ素が混入されていたことが疑われた。 ヒ素を混入したのは誰か、なぜ引退したマスコミ界の大物サー・ピーターが狙われたのか。動機と手段を巡って、パーティーの参加者がさまざまな推理を展開し、それぞれの人物が抱える人間関係の問題が徐々にあらわになってくる。怪しい人物は二転三転し、最後の最後に思いがけない動機と犯人が判明する。 被害者が狙われた動機が不明で、ほとんどの登場人物にヒ素を混入するチャンスがあるため、全員が怪しく見えてくる。しかも、誰かが推理を語るたびに事件の様相がどんどん変化してしまう。登場人物のキャラクター設定が巧みで描写も優れているので、全員が生き生きとして立ち上がってくる。殺人の動機、犯人判明までのプロットもよくできていて、最後まで読者を引っ張っていく強さがある。 謎解きミステリーのファンはもちろん、ヒューマンドラマ好きの方にもオススメだ。 |
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ホラー小説の巨匠・キングが挑戦した本格ミステリー。1015年度エドガー賞の最優秀長編賞に選ばれた実績が示すように、読み応え十分の傑作である。
2009年4月の霧の早朝、就職フェアに参加するために徹夜で集まっていた求職者の列にメルセデス・ベンツが襲いかかり、死者8名、負傷者多数を出す事件が発生。ピエロのマスクをかぶっていた運転者は、別の場所にベンツを放置して逃走した。凶行に使われたベンツは盗難車で、捜査は行き詰まり警察は犯人を捕らえることができなかった。 それから一年以上が経過した頃、当時の捜査を指揮したホッジスは警察を退職し、妻と娘が出て行った自宅で、一人寂しく、拳銃を口にくわえることを夢想するような日々を送っていた。ところがある日、メルセデス・キラーを名乗る人物から捜査の失敗を嘲笑し、ホッジスを負け犬とののしる手紙が届けられた。この手紙を契機に、ホッジスの刑事魂が蘇り、警察とは別に、単独で犯人を追い始めることになった・・・。 退職した警官とサイコキラーとの攻防という、よくあるパターンというか、あえてオーソドックスなハードボイルドの構成を取りながらまったく飽きさせないところは、さすがに希代のストーリーテラーである。さらに、犯人のキャラクター設定、ホッジスを助ける、ハーバードをめざしている黒人青年ジェローム、精神的に不安定な中年女性ホリーという助演者も効果的で、サイコもの、警察もの、私立探偵ものとして楽しめる。 本作は、ホッジス、ジェローム、ホリーのトリオが登場する三部作の第一部で、残りの二作もすでに刊行済みとのことで翻訳が待ち遠しい。 実は、ホラー嫌いなので、キング作品は初めて読んだのだが、これは多くのミステリーファンに自信を持ってオススメできる。 |
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今や北欧を代表するミステリー作家となったジョー・ネスボの新作。オスロを舞台にした警察小説であるが、ハリー・ホーレ・シリーズ外の単発作品である。
尊敬していた警察官の父親が「自分は汚職警官である」と書き置きして自殺し、ショックを受けた母親も後を追うように亡くなってから息子・サニーは麻薬に溺れ、今は刑務所に収監されていた。刑務所では誰とも争わず、静かに囚人仲間の聴罪司祭のような役割りを果たしていたのだが、ある囚人からサニーの父は殺されたという秘密を聞き、刑務所を脱獄して、次々と敵を殺していく凄絶な復讐劇を開始した。 一方、サニーの父と仲の良い同僚だったケーファス警部は定年を目前にした殺人課の警部で、愛する妻が失明の危機にさらされており、その手術費用を工面するのに苦慮する日々を送っていたが、刑務所付き牧師の殺害事件を捜査しているうちに、連続して起きた殺人事件の裏にはサニーの復讐劇があることに気がついた。 本作は、一人の若者が犯罪組織や富豪を相手に復讐を果たすサスペンスアクションであり、頑固者のベテラン刑事が一匹狼的に捜査を進める警察小説であり、父と子、仲間たちの愛憎の物語でもある。いくつものストーリーが重なり合い、見事な伏線の回収があり、意表をつくどんでん返しがあり、最後まで楽しめる上出来のエンターテイメントである。 ノンシリーズなので、ジョー・ネスボは初めてという読者にもオススメだ。 |
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