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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 421~440 22/68ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.939:
(7pt)

仕掛けが多すぎるけど、最後まで飽きさせない

美人キャスターの転落事故に偶然遭遇したニューヨーク市警の刑事が、警察を離れた後も捜査を続けて犯人を見つけるという謎解きミステリー。1991年の作品だが少しも古さを感じさせないエンターテイメント作品である。
深夜のマンハッタンを酔い覚ましに歩いていた刑事・ストーンは偶然、高層マンションから落下する女性を発見、すぐに部屋に駆け付けたのだが犯人を取り逃がしてしまう。落ちた女性は有名な女性キャスターで、救急車が到着した時には生きていたものの病院へ搬送されるときに救急車が衝突事故を起こし、その後行方が分からなくなった。彼女は生きているのか、死んでいるのか? 一向に事件を解明できず、非難を恐れた警察は強引に犯人を断定しようとし、これに反対したストーンは体よく警察から追い出されてしまう。それでも事件にかかわり続けたストーンは、女性キャスターを巡るさまざまな陰謀や不可解な事実をつかみ、華やかなテレビの世界の裏側でうごめく人間の欲望の渦に切り込んでいく。
ワイダニット、フーダニットの謎解きなのだが、話の舞台が華やかで登場人物が個性的、さらにストーリー展開が目まぐるしく、スピード感のあるエンターテイメント作品である。話の運びに強引なところがあるものの、気になるほどではない。
ハリウッド映画のようなアクションミステリーのファンにオススメする。
ニューヨーク・デッド (文春文庫)
No.938: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

捜査側と弁護側、正義を貫く手段は異なれど

デビュー作「償いの雪が降る」で鮮烈な印象を残したエスケンスの邦訳第2弾。富豪である妻殺しの疑いをかけられた刑事弁護士の裁判を巡って、親友同士である刑事と弁護士が対決することになる犯人探しと法廷劇の傑作ミステリーである。
ミネアポリスの高級住宅地に住む刑事弁護士・プルイットの妻が殺害され、捜査を担当するマックス刑事は、向かいの家の住人の証言もあり被害者の夫を第一容疑者として捜査を進める。事件当時、プルイットはシカゴにいたというアリバイがあるのだが、それを疑問視する捜査側によって裁判に追い込まれたプルイットは、かつての同僚で敏腕弁護士だったボーディに弁護を依頼する。母を亡くし、父を失うことになりそうなプルイットの一人娘を気にかけるボーディは弁護を引受けるのだが、それはまた、親友であるマックス刑事と敵対することでもあった。しかしながら、たとえ天が墜ちようとも正義は貫かれるべきだと信じるボーディは裁判に勝利すべく、友情を犠牲にした裁判闘争を展開するのだった…。
まず、弁護士の妻殺しの犯人は誰か? 動機、犯行手段の解明プロセスがスリリング。言わばアリバイ崩しのパターンなのだが、アリバイが成立するかしないか、めまぐるしく入れ替わりサスペンスがある。さらに、正義と正義がぶつかり合う知性の戦いである裁判劇は検察官、弁護人、裁判官のそれぞれの個性が遺憾なく発揮されて白熱するアメリカの裁判の典型で、最後まで予断を許さずぐいぐい引き込まれる。謎解きミステリーとしても、法廷ミステリーとしても一級品である。それに加えて、登場人物の背景、人物像がきちんと描かれていてヒューマン・ドラマとしても完成度が高い。
謎解きミステリーのファン、法廷ミステリーのファン、どちらも満足させる傑作としてオススメする。
たとえ天が墜ちようとも (創元推理文庫)
No.937:
(7pt)

頭も体も弱ったけど、毒舌だけはますます快調!

メンフィス市警の退職刑事「バック・シャッツ」シリーズの第3弾。かつて逮捕した死刑囚から「自白はバックの暴力で強要されたものだ」と訴えられたバックが、孫の力も借りて汚名を晴らす法廷劇的なハードボイルド・ミステリーである。
89歳になり歩行器が手放せず、妻のガン宣告も忘れてしまうほど認知症が進行しているバックだが、誇り高さと毒舌だけは健在で、周囲を困らせながら生きていた。そんなある日、ラジオ番組プロデューサーから「あなたが逮捕した死刑囚が、自白はバックの暴力で強要されたものだと主張している」として、インタビューを要請された。番組は死刑制度廃止を目的としたもので、一人では手に負えないと考えたバックは弁護士試験に備えて勉強中の孫のテキーラの手を借りて対応することにした。バックと死刑囚・マーチの間には50年以上昔からの因縁があり、さらに死刑制度に反対する法学者、弁護士、ジャーナリストたちが絡んで来て事態は混沌を深めて行った・・・。
歩くこともままならない老人が主人公とあって、ハードボイルドとは言え拳銃をぶっ放すようなアクションは皆無。連続殺人犯逮捕の過去からの因縁を丁寧に辿り、さらに現在のアメリカの死刑に関するさまざまな議論を盛り込み、法廷劇的なミステリーになっている。それでも、過去の犯人逮捕までのプロセス、相変わらずのバック・シャッツの誇り高き毒舌とユーモアで、ハードボイルド・ミステリーとして満足できる作品である。シリーズはまだ次作が予定されているとのことで、最高齢ヒーロー記録はまだまだ更新されそうだ。
バック・シャッツ・ファンのみならず、死刑制度に関心がある方にオススメしたい。
それにしても本作の表紙は、どうしたことか? 前2作のテイストがぶち壊しになっているのが残念。
もう耳は貸さない (創元推理文庫)
No.936:
(7pt)

善良な霊の存在を信じたくなるファンタジー(非ミステリー)

2019年から20年に雑誌掲載された5作品を収載したオムニバス短編集。
5作品ともテーマは霊と人間の交流で、主人公は基本的に善人、霊も善意の存在で、読み終えた後には霊の存在を信じたくなり、心がふわっと温かくなる作品集である。とはいえ、さすが奥田英朗、物語の構成がしっかりしており、ストーリー展開も滑らかで短編の醍醐味を味わえる。
人情もの、ハートウォーミングな物語を読みたい方にオススメする。
コロナと潜水服 (光文社文庫)
奥田英朗コロナと潜水服 についてのレビュー
No.935:
(7pt)

悲惨すぎる、ハリー・ホーレの空回り

ノルウェーをというか北欧を代表するハードボイルド・ミステリー「ハリー・ホーレ」シリーズの第9作。愛する義理の息子を救うためにオスロに帰ってきたハリーが孤軍奮闘の末に悲しいクライマックスを迎えるサスペンス・アクションである。
別れた恋人・ラケルの息子であり、ハリーが父親代わりとして接してきたオレグが殺人容疑で逮捕されたという知らせを受けたハリーは信じることができず、急遽、香港からオスロに帰ってきた。警察に復帰し捜査に加わりたいと願い出たハリーだったが拒否され、昔の伝手を頼りながら一人で真相を探ることになった。しかし、ハリーが自分と母親を捨てて逃げたと思い込んでいるオレグは心を閉ざし、ハリーには口を開こうとしない。さらに、調べを進めるにつれオレグが犯人であるという証拠が重なっていった。事件の背景にはオスロの麻薬販売を巡るギャングの勢力争いがあり、しかも警察内部の高官が絡んでいるようだった。オレグを救うために、愛するラケルを救うために、ハリーはすべてを投げうってギャングと警察組織に戦いを挑むのだった…。
相変わらず超人的な意志の力と情熱で走り回るハリー、その姿は狂気そのものとも言えるのだが、物語の構成がしっかりしているので、ストーリー展開は緊密で破綻がない。ハリーの信念、生き方が貫かれたハードボイルドの部分、現代社会を深部から蝕む麻薬密売の闇、ハリーの命が狙われるサスペンスの部分、それが一体となってスケールの大きな犯罪ドラマを生み出した、読みごたえがあるエンターテイメント作品である。しかもクライマックスには、シリーズ読者が思わず息をのむシーンが用意されている。
本シリーズがオリジナルの順番を無視して邦訳出版されてきた経緯もあり、本作だけを読んでも十分に満足できる作品だが、できれば第一作から順を追って読むことをオススメする。
ファントム 亡霊の罠 上 (集英社文庫)
ジョー・ネスボファントム 亡霊の罠 についてのレビュー
No.934:
(7pt)

絵を見る楽しみと物語を読む楽しみ

現代アメリカの一流作家たちがE.ホッパーの絵から発想した17作品を収めた、ユニークな短編小説アンソロジー。ローレンス・ブロックが声をかけただけあってミステリー系の作家がほとんどで、ショートミステリー集として楽しめる。
きわめて印象的で有名な「ナイトホークス」(なんと、マイクル・コナリーがボッシュを登場させている)をはじめとする17点の絵はいずれも強いメッセージ性を持つというか、物語を感じさせるものばかりで、そこから紡ぎだされた物語はどれも読みごたえがある。
ぐいぐい引き込まれるような面白さではないが、読んで損はない。おススメする。
短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション)
No.933:
(6pt)

読者を選ぶ作品(非ミステリー)

8作品を収めたSF短編集。タイトルだけで「杉村三郎」系の作品かと思って読んだら、まるで違っていた。
作品のテーマは現代性、社会性があるものなのだが、いかんせんSFには興味も親しみもないため、真価を味わうことができなかった。
SFファン以外にはおススメしない。
さよならの儀式 (河出文庫)
宮部みゆきさよならの儀式 についてのレビュー
No.932: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

予備知識なく流れに身を任せれば、大満足!

アメリカ本国に比べて日本での人気は高くないトマス・ペリーの久しぶりの邦訳長編。引退し2匹の犬と静かに暮らしていた元工作員が突然何者かに襲撃され、生き延びるためにひたすら逃げて逃げて逃げまくる、逃亡アクション・サスペンス小説である。
ニューイングランドの田舎町に暮らす60歳のダン・チェイスはある日、自宅で何者かに襲撃された。同居する犬たちにも助けられて襲撃者を倒したものの、危機を悟ったチェイスは名前を変え逃亡することにしたのだが、敵は執拗に追ってきた。どこまで逃げても追いかけてくる、この襲撃の背景には、35年前にチェイスが関わったCIAの工作作戦があり、敵は巨大な組織力を持っていた。それに対しチェイスは、工作員として身に着けたサバイバル技術をフルに発揮し、ただ一人で逃げ、反撃するのだった。果たしてチェイスは逃げ切れるのか?
最初から最後までひたすら逃亡する物語なのだがストーリーは波乱万丈、最後まで気を抜けない緊張感があるサスペンス・アクションである。逃亡に備えた主人公の周到な準備、若者に負けない格闘技術、相棒になる犬たちの活躍、IT時代における身の隠し方のノウハウなど読みどころがいっぱいで最後までゆるみがない。
近頃よく目にする老人を主人公にしたアクションもの、ハードボイルドもののファンには、ぜひ読むべしとおススメする。もちろん、一般のアクション・サスペンスのファンにもおススメしたい。
老いた男 (ハヤカワ文庫NV)
トマス・ペリー老いた男 についてのレビュー
No.931:
(9pt)

絵に描いたようなアメリカン・ハードボイルド・ヒーロー

コール&パイク・シリーズの2019年の作品。シリーズには欠かせない脇役・パイクを主役にした、正統派のハードボイルドである。
銀行に立ち寄ったパイクは窓口係のイザベルが誘拐される現場に遭遇し、彼女を助け出し、2人組の犯人を警察に引き渡した。ところが数日後、2人組は釈放され、不安を覚えたイザベルはパイクに話したいことがあると伝言を残したのだが、その後は姿が見えなくなった。2人組がまたイザベルを誘拐したのかと思われたのだが、なんと2人組は殺害されていた。警察からは2人組殺害の犯人ではないかと疑われ、否応なくイザベルの行方を探すことになったパイクは、執拗にイザベルを狙う謎の集団を相手に相棒・コールの助けを得ながら果敢な戦いを挑むのだった・・・。
銀行の窓口係の若い女性に過ぎないイザベルが、なぜ誘拐されるのか? ストーリーの本筋はイザベルの行方探しとその背景の解明で、アメリカンPIハードボイルドの王道を行く展開である。それでも最後まで飽きさせないのは、なんと言っても主人公パイクのかっこよさ。寡黙な武闘派で、しかも熱いハートの正義感という絵に描いたようなヒーローである。ただひたすら、それを楽しむだけで本作を読む価値がある。
シリーズ愛読者はもちろん、すべてのハードボイルドファンにオススメする。
危険な男 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス危険な男 についてのレビュー
No.930:
(8pt)

「噂が身を滅ぼすこともある」のは古今東西を問わない

2019年のサンデータイムズのベスト10入りしたという、イギリスの新人作家のデビュー作。ママ友が暇つぶしに話題にしただけの噂がどんどん成長し、やがては悲劇を招いてしまうという妙にリアリティのある心理サスペンスである。
海辺の小さな田舎町で、子供を送り迎えするママ友の間で交わされた「有名な幼児殺害犯の女・サリーが名前を変えて、この町に住んでいる」という噂を耳にした、シングルマザーのジョアンナ。それを信じた訳ではなかったのだが、その夜の読書会でつい口にしてしまった。さらに、一人息子のアルフィーが学校で仲間はずれにされていることを気に病み、アルフィーが同級生たちに溶け込めるように自分からママ友の輪に入るために噂を使ってしまう。さして根拠のないゴシップだったはずの噂は一人歩きし、犯人ではないかと目された女性が被害を受けるようになってしまった。最初は根も葉もない話だと思っていたジョアンナも徐々に噂に囚われ、やがて周りの人々がみんな怪しく思えて来るのだった。そして、否応なく真相が明らかにされたとき、最愛の家族を襲う悲劇に見舞われるのだった・・・。
ほんの些細な噂が多くの人の人生を変えるまでの影響力を持つまでの淡々とした、それだからこそ不気味なサスペンス。日々、SNSの混沌と醜悪さを体験している我々には実にリアリティがあり、鳥肌が立つ怖さがある。さらに、幼児殺害犯のサリーは本当にこの町にいるのか、いるとしたら誰なのかという謎解きも、容疑者候補が二転三転してスリリング。最後までサスペンスを盛り上げる。
心理サスペンスのファンには絶対のオススメである。
噂 殺人者のひそむ町 (集英社文庫)
レスリー・カラ噂 殺人者のひそむ町 についてのレビュー
No.929:
(8pt)

祖国とは血なのか、地なのか

2年半にわたる週刊誌連載を加筆改稿した、単行本上下で1200ページを越える超大作。太平洋戦争の開始をハワイとロスで迎えた日系人青年たちの苦悩と生き方をダイナミックな構成で描いた社会派の大河ドラマである。
ロスのリトルトーキョーに住む日系二世で、同じ女性を愛してしまった二人の青年。片や比較的恵まれた環境にあり優等生の好青年として知られたヘンリー、それとは対照的に環境に恵まれず社会をすねた生き方を貫いていたジロー。その微妙な関係は、日本による真珠湾攻撃をきっかけに後戻りできない亀裂を抱えることになった。ある事情で殺人を犯したジローは、日本語能力の高さを買われて米国陸軍情報部に語学兵としてリクルートされてロスを離れ、太平洋戦線に送られる。アメリカ政府による日系人強制収容に遭遇したヘンリーは、日系人の権利・立場を主張するため兵役に志願し、陸軍に入隊する。
一方、奇襲を受けたハワイでは、大学生活を満喫していた日系二世のマットが父親とともにスパイ容疑で拘束され、マットはすぐに釈放されたものの父親は拘束され続けた。自分はアメリカ人であることを証明したいという思いに駆られたマットは、父の釈放の助けになれればとの願いもあり、同級生たちと日系人部隊に加わることにした。
この三人を中心に、祖先の国・日本と戦火を交えるアメリカ軍に加わった日系人たちの苦悩と戦場での活躍が描かれて行く。自分が背負うべき祖国とは父母の国・日本なのか、生まれ育ち国籍があるアメリカなのか、永遠に正解が見つからない難問が若い日系人を苛み、疲弊させて行く。そして終戦。圧倒的な勝利を収めたアメリカで勝ったといえるのは国家なのか、国民なのか。国民の中に日系人は含まれるのか。
非常に重いテーマを真摯に、しかも高度にエンターテイメントとして仕上げている作者の力量に感嘆した。週刊誌の連載故にやや冗漫な説明が重なるところがあるのだが、そんな些細なことは忘れさせる力強い作品である。
国家と国民の関係に少しでも関心があれば、ぜひ読むことをオススメする。
栄光なき凱旋 上
真保裕一栄光なき凱旋 についてのレビュー
No.928:
(7pt)

最後はちょっと力尽きたなぁ~。

スウェーデンで人気の警察小説シリーズの第一作。謎めいた難事件を個性豊かな刑事たちが粘り強い組織捜査で解決する、北欧らしい警察チーム小説である。
強制送還を拒否する東欧移民が人質を取って移民管理局に立てこもった事件で犯人に発砲してしまった刑事・ポールは、内部調査班から追及され、降格か免職かと危惧していたのだが、意外なことに新しく編成された特別捜査班への異動となった。様々な部署から集められ、個性も様々な6人の刑事で構成された特別捜査班の任務は、スウェーデン産業界の大物二人が同じような手口で殺害された連続殺人だった。犯人は鮮やかな手口で証拠を全く残していないことから、マフィアの犯行か、テロが疑われた。チームを指揮するフルティーン警部のもと、6人は地道な捜査を精力的に積み重ね、ついに犯行の実態を解明するのだが、そこには現代社会が抱える深刻な問題が潜んでいた。
移民の増加、経済的な困窮、組織犯罪の浸透など、今の時代が抱ええる難問を背景に起きる犯罪を、冷静かつ論理的に描いた社会派ミステリーであり、また殺人の謎解きミステリーでもある。最初のエピソードが最後につながっていく構成もしっかりしている。ただ、事件解決の肝となるジャズの海賊版テープを巡るエピソードがやや強引というか、無理やりなのが玉に瑕。警察組織小説として狙いはいいのだが、最後の最後に雑な印象になったのが残念だ。
ヒーロー警官が活躍するハードボイルドではない警察ミステリーのファンにおススメする。
靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班 (集英社文庫)
No.927:
(8pt)

詐欺は楽しい! 被害者にならなければ。

著者お得意の美術骨董の世界での騙し合いをテーマにした、連作短編集。6作品すべてにニヤッとさせられる仕掛けがある、良質なコンゲーム作品である。
登場人物はいずれも、欲にまみれた、一癖も二癖もある小悪人で、しかもそれぞれが「騙すことは騙されること」と自覚しているので、犯罪というよりゲームを楽しむような軽やかさがある。さらに、豊富な知識に裏付けられた詐欺の仕掛けの精緻さがリアリティを持っていて、古美術や骨董の門外漢でもすんなり楽しめる。
肩肘張らない、面白いエンターテイメント作品を読みたい、という方に絶対のオススメである。
騙る
黒川博行騙る についてのレビュー
No.926:
(7pt)

常識破り過ぎの完結編

「四猿」シリーズ三部作の完結編。執拗に四猿を追って来た刑事・ポーターがついに四猿と結着をつけるだが、そのプロセス、真相はあまりにも衝撃的で頭がくらくらすること間違い無し!のサイコ・サスペンスである。
前作の最後に事件現場で逮捕された、シカゴ市警の刑事・ポーターが実は四猿だったという衝撃の事実を示唆する証拠が次々に発見され、市警とFBIは大混乱に陥った。あくまでもポーターの無実を信じる相棒・ナッシュや同僚・クレアの焦燥をよそに、自分の記憶に欠落した部分があるのを自覚するポーターは人格崩壊したような状態になっていた。そんな中、新たな四猿の被害者らしき死体が発見され、さらには四猿として逮捕されたビショップとポーターの深い関係を示す写真が見つかり、FBIではポーターはビショップの父親ではないかという説までが囁かれていた。誰の助けも得られず、どこにも出口が見えない状況に追いつめられていたポーターだったが、勾留されていた警察署での混乱に乗じて警察を脱出し、真実を突き止めるために孤軍奮闘することになる。同じ頃、四猿の関与を疑わせる死体が連続して発見され、捜査陣は四猿の協力者やパーカーの犯行を疑うのだが、それもすべて、ビショップの描いた犯行計画だった…。
ポーターは四猿の共犯なのか? この一点だけを突き詰める物語なのだが、最初から最後まで驚異的なスピードで場面が展開され、まさに息つくヒマもないサスペンスの連続である。さらに、最後の最後、真相が明らかにされたときの衝撃も強烈で、開いた口が塞がらないこと間違い無し。
三部作の完結編というより、全三作が一編の長編と言うべき、前二作と密接につながったストーリーなので、必ず第一作から読むことをオススメする。
猿の罰 (ハーパーBOOKS)
J・D・バーカー猿の罰 についてのレビュー
No.925:
(7pt)

AIに翻弄される、人間の本性

ハーラン・コーベンの2019年の作品。アメリカミステリー界の人気者ながら日本ではイマイチ盛り上がってないハーラン・コーベンだが、物語構成の面白さと謎解きプロセスの明快さで人気上昇のきっかけになるかもしれない、完成度の高いサスペンス・ミステリーである。
成功した金融アナリストであるサイモンだが、大学に通う長女・ペイジが恋人によってジャンキーにされ失踪したため、安否を懸念し、悩まされていた。そんなある日、刑事が訪ねてきて娘を堕落させた男が殺されたことを知らされ、アリバイを確認された。容疑はすぐに晴れたのだが、事件に衝撃を受けたサイモンは、ペイジの所在を確かめたくて妻・イングリッドとともに、事件現場である危険な場所に乗り込み、そこで麻薬密売人グループから銃撃されイングリッドが瀕死の重傷を負ってしまった。ペイジが姿を消した真相を知りたいサイモンは、一人で調査を進め、彼女がある出来事をきっかけに人が変わってしまったということを知る。同じころ、失踪人探しの依頼を受けたシカゴの私立探偵・エレナは、失踪人の周りで次々と人が死んだり殺されているのに気が付く。彼らはなぜ死んだのか? 被害者たちの共通点は、どこにあるのか?
二つの出来事をつなぐように、謎の殺し屋カップルが出没し、徐々に真相が明らかになるプロセスはスリリングかつ現代的だが、事件の背景となる社会の闇は、古来から変わらぬ人間の本性につながる闇の深さで、その対比がいかにもアメリカの現代社会を表している。AIの進化が必ずしも人間性の進化や幸福に結びつくものではないという苦さが印象的である。
社会性の強いミステリー、サスペンスのファンにおススメする。
ランナウェイ: RUN AWAY (小学館文庫)
ハーラン・コーベンランナウェイ についてのレビュー
No.924:
(7pt)

笑いを抑えた分だけ、やや物足りないが

札幌方面中央警察署南支署シリーズの第一作。職務に燃える新米巡査の無鉄砲を契機に発生した警察内部の争いをテーマにした、社会性の強い警察エンターテイメントである。
南支署の新米巡査・梅津は刑事になりたい一心で、自分一人でオフの時間を使って未解決のこまごまとした事件の調査を続けていたのだが、熱を入れ過ぎて犯人グループに拉致された。危ういところに中央署のメンバーが駆けつけ救出されたのだが、その後、何故か中央署は事件を隠そうとする。そんなとき、中央署の刑事のスパイと目される男が拳銃を持って南支署に自首してきたのだが、男は「自首したことをもみ消さない」との念書を警察が書かない限り供述しないという。男は何を恐れているのか、隠されようとしているのはどんな陰謀なのか? 日ごろから枝(えだ)と呼ばれて馬鹿にされている支署の署員たちは、警官の誇りをかけて真相解明に立ち上がるのだった・・・。
2000年代始めに北海道警を激震させた現役警部による拳銃・覚せい剤事件からインスパイアされた物語で、新人警察官の使命感と堕落した現実を対比させて、警察の誇りとは何かを描いている。随所に現実的なエピソードがあり、警察に対する不信感が募って行くのだが、一方で生真面目に正義を追及する警察の存在も忘れてはいない。
シリーズ二作目「誇りあれ」を先に読んでいたので、それとの比較になるのだが、本作は警察のあり方というテーマが強く出て、著者ならではのユーモアがやや物足りない。そこだけが、ちょっと残念である。
札幌方面中央警察署 南支署 誉れあれ (双葉文庫)
No.923:
(8pt)

ドジで間抜けで、だから憎めない詐欺師の大活躍

アメリカミステリーの巨匠がウェストレイク名義で妙技を披露した、軽やかな詐欺物語。保険金目当てで自らの死を演出するために南米の小国に出かけたダメ男のコミカルなエンターテイメントである。
金に行き詰ったバリーとローラの夫婦は保険金目当てに、バリーが死んだことにする計画を立てた。事故死すれば保険金が二倍になるというので、事故を起こす場所に選んだのがローラの故郷である南米の小国。そこに住むローラの兄や親族の助けを借りてレンタカーで崖から転落する事故を作り出し、葬式まで演出し、見事に周囲をだまし切った。あとは、アメリカに帰ったローラが保険金を受け取るだけ・・・のはずが、地元の悪徳警官、欲深いいとこ、口が軽い親族などが絡んできて、思いもかけない事態が出現し、完璧なはずのプランは徐々に破綻し始めるのだった…。
自分の死を演出する保険金詐欺というありがちな設定だが、舞台を規律が緩い南米の小国に設定したことで生まれるユーモラスなエピソードがドライで軽やか。悪党のはずのバリーに思わず肩入れしてしまう。堅苦しいことは抜きに、最初から最後まで笑っていられる作品だ。
レナードやハイアセンなど、ニヤッとさせる犯罪小説のファンには絶対のおススメである。

弱気な死人 (ヴィレッジブックス)
ドナルド・E・ウェストレイク弱気な死人 についてのレビュー
No.922: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犠牲者の身元探しと犯人捜しという二重構造の謎解き

1954年、ヒラリー・ウォーの初期の警察ミステリーとして発表された長編第5作。アメリカ東部の閑静な町の警察が地道な捜査で難事件を解決する、オーソドックスな警察捜査ミステリーの傑作である。
小さな町の公園で頭を砕かれた若い女性の死体が発見された。ベテランのダナハー警部と若いマロイ刑事のコンビは失踪人届を調べ、被害者が身に着けていた指輪の写真を公開するなどしたのだが確たる情報が得られず、マロイ刑事の発案で砕かれた頭蓋骨から顔面を復元する手段をとった。すると、5年前に女優を夢見てN.Y.へ家出した少女・ミルドレッドであることが判明した。しかし、ミルドレッドは家出してから一切家族に連絡を取っていなかったため、殺されるまでの5年間は完全な空白になっていた。彼女がなぜ故郷の街にいたのか、そして、だれが、なぜ殺害したのか? 5年の空白を埋めるために、ダナハーとマロイのコンビは聞き込み、推理、確認作業を繰り返し、ミルドレッドの悲劇の真相を解明していくのだった…。
事件の背景解明、犯人捜しの謎解きが複雑かつ巧妙で、しかも論理的。顔の復元から始まって被害者の激動の5年間を再現していくプロセスは実にスリリングで、これぞ警察捜査の王道といえる作品で、いささかも古さを感じない。主役の二人の刑事のキャラクターも魅力的で、なぜこのコンビがシリーズ化されなかったのか、疑問になった。
フェローズ署長シリーズのファンはもちろん、リアルな警察ミステリーのファンには絶対のおススメだ。
愚か者の祈り (創元推理文庫)
ヒラリー・ウォー愚か者の祈り についてのレビュー
No.921:
(7pt)

もう少し刺激的でも良かった、政治風刺小説

2000年代後半、安倍、福田、麻生と首相が一年で交代していた時代を舞台にしたユーモラスな政治小説である。
漢字が読めないような人物が、何で首相になっているのか? そんな素朴な疑問を追及し、エンターテイメント作品に仕上げた作者の手腕は、さすがというしかない。ただ、もうちょっと悪意があるユーモアでもよかったかなと思うが、そこが池井戸潤の良さでもあるのだろう。
民王 (角川文庫)
池井戸潤民王 についてのレビュー
No.920:
(7pt)

あまりにも悲惨な事件背景に戦慄させられた

著者の初期を飾った「グラント郡」シリーズの第二作。13歳の少女が引き起こした事件を、検死官兼務の小児科医であるサラと元夫で警察署著のジェフリーらが解明していく、サスペンス・ミステリーである。
スケート場でジェフリーを待っていたサラは、トイレで生まれたばかりの赤ん坊の死体を発見する。一方、スケート場に到着したばかりのジェフリーは駐車場で少女が少年に銃を突きつけている場面に遭遇した。説得を試みたジェフリーだったが少女が銃を発射する気配を見せたため、射殺してしまった。少女はサラの患者でもあったジェニーで、殺されていた赤ん坊はジェニーが産んだものと推測されたのだが、ジェニーの死体を解剖したサラは、ジェニーが出産できない体だったことを発見し、さらにジェニーの体に虐待の痕があることにも衝撃を受け、自分は重要なことを見逃していたのではないかと自分を責めるのだった。またジェフリーは赤ん坊は誰の子供なのか、ジェニーはなぜ少年を殺そうとしたのか、という二つの事件の解明を担うことになり、しかもジェニーを撃ってしまったことにも重い責任を感じて苦悩するのだった。
殺された赤ん坊の親は誰なのか? ジェニーはなぜ少年・マークを殺そうとしたのか、二つの謎を解いて行くメインストーリーに、サラとジェフリーの復縁を巡る関係の変化、前作「開かれた瞳孔」で深刻な心の傷を負ったジェフリーの部下であるレナの動揺、ジェニーとマークをはじめとする少年・少女たちの不安定な関係と複雑な背景などが加えられ、物語は最後まで予断を許さない。視点は主に警察側、捜査側に置かれているのだが、単なる事件捜査ものではなく、サイコ・ミステリー的でもあり、アメリカの病を暴き出した社会派ノワール的でもある。
「ウィル・トレント」シリーズをはじめとするカリン・スローターのファン、残虐な場面に耐えられるサスペンスのファンにオススメする。
ざわめく傷痕 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローターざわめく傷痕 についてのレビュー