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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 381~400 20/68ページ

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No.979: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

濃密な人間関係に紛れる小さな嘘の痛み

イギリスの最北、シェトランド諸島を舞台にしたジミー・ペレス警部が主人公のシリーズの第7作。先の四部作「シェトランド四重奏」に続く新シリーズ四部作の第3作である。
ペレス警部と浅からぬ因縁のあった老人の葬儀の最中に長雨による地滑りが発生し、被害を確認していたペレス警部は土砂に流された空き家で女性の死体を発見した。身元不明の死体を検視すると地滑りの前に絞殺されていたことが判明し、警察は身元の確認と犯人捜しを並行して進めることになった。わずかな遺留品を基にした身元捜しは遅々として進まず、しかも死んだ女性の行動を調べていくとプロセスは、シェトランドの住民家族のプライバシーを暴くことになり、さらに第二の殺人事件につながってきた……。
物語の主題は、スコットランドから遠く離れた小さな島々の濃密な人間関係と、そこに隠されていた人間だれしも覚えがある小さな秘密、些細な嘘が巻き起こすドラマである。殺人事件の解明もきちんと進められるのだが、そちらはあくまでもサブ・テーマで、主人公・ペレス警部をはじめとする登場人物たちの悩みや苦悩から生まれるヒューマンドラマが主役と言える。さらに、舞台となるシェトランド諸島の特異な風土も読みどころである。
警察官が主役で地道な捜査の積み重ねで事件を解決するオーソドックスな警察小説のファンにオススメする。
地の告発 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス地の告発 についてのレビュー
No.978: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ミステリーを期待してはいけない

インドの女性作家のデビュー作であり、2021年度エドガー賞の最優秀長編賞受賞作。しかし、ミステリーというより少年冒険小説ととらえるべき作品である。
インドのスラムに暮らす9歳の少年・ジャイは、同じ地域の同級生が行方不明になったのに学校も警察も真剣に対応しようとしないことから、親友二人を助手に誘って探偵団を結成し、張り切って捜査に乗り出した。親から行ってはいけないと言われている地域にも出かけ、怖い人や親切な人たちに話しかけ、同級生を見つけようとするのだが、何の成果も上がらないうちに他にも子供が失踪する事件が相次いだ。事件の背景には恐ろしいたくらみが隠されており、やがては安全なはずのジャイの家族にも災いが訪れようとしていた……。
ジャーナリストとして教育や子供の問題の取り組んできた経験に基づき、インドの貧困がもたらす悲劇を追及した作品だが、9歳の少年の目を通すことで社会悪断罪一辺倒の書にはならず、子供の夢や希望にも目を配ったエンターテイメントに仕上がっている。通常の報道では目に触れないインド下層社会のリアルが読みどころと言える。
謎解きやサスペンスは期待せず、未知の世界に旅するような好奇心で読むことをオススメする。
ブート・バザールの少年探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.977: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

勘違い(先入観)だけで、これだけ面白くできるのか!

2020年に週刊誌連載された長編小説。家族を守るために秘密を抱えた人々の葛藤と謎解きの面白さを兼ね備えたヒューマン・ミステリーである。
小料理屋を営む藤原幸人のもとにある日、脅迫電話がかかってきた。一人娘・夕見を守るために、幸人が必死で隠してきた秘密を知っており、金を渡さなければ娘にばらすという。脅迫のストレスに耐えきれずダウンした幸人はしばらく店を休業し、気分転換のために夕見と出かけることにしたのだが、夕見が行きたいといった場所は、30年前に幸人家族が逃げるようにして出てきた故郷だった。そこには幸人の母の死、さらに幸人と姉の事故を巡る深い闇が残されているのだった…。
主人公が隠していた秘密は物語の最初に明らかにされ、謎解きの本題は「母の死を巡る」一連の出来事である。母の死と、その一年後に起きた毒キノコによる殺人事件の責任はだれにあるのか? 素人探偵が地道に聞き込みと推理を重ねて行くプロセスは、もどかしいもののサスペンスがある。そして、最初の脅迫という伏線の回収もあっけないが面白い。
家族の秘密をテーマにした人間ドラマのファンにオススメする。
雷神 (新潮文庫 み 40-23)
道尾秀介雷神 についてのレビュー
No.976: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

こういうどんでん返しなら納得!

「時計仕掛けの歪んだ罠」で日本でも人気が出始めた「サム&モリー」シリーズの第2作。前作以上に複雑な展開で読者を驚かすサスペンス・ミステリーである。
前作の結末から警察を退職したサム・ベリエルが収容されていた精神科病院から脱走を試みるが失敗し、サムを捜索していた公安警察に逮捕されるという衝撃のオープニングだが、すぐに元警察官のサムとは別人であることが判明する。そのころ元警官のサム・ベリエルはスウェーデンの最深部、電話の電波も届かない北極圏にあるロッジで元公安警察の潜入捜査官だったモリーに匿われ、絶対に警察の検索網にかからないようにひっそりと暮らしていたのだが、かつての相棒であるディアが訪ねてきたことから事態は一変する。ディアは、彼らが関わった事件で捜査ミスがあったことを示唆する手紙を受け取り、そこには無視できない事実が書かれているというのだ。犯人が逮捕され、すでに終結した事件であり、公式には再捜査できないため自由に動けるサムとモリーに非公式の捜査を依頼したいというのだった。あくまで私立探偵として捜査に協力し始めたサムとモリーだったが、すぐに連続殺人事件に巻き込まれ、公安警察に加えて見えない犯人からの危機にさらされることになった……。
ストーリー(謎解きのプロセス)がどんでん返しの連続で、どう書いてもネタばらしになりかねない作品である。ただ、どんでん返しに無理がなく、ジェフリー・ディーヴァー作品のようなあざとさが無いので、展開のスピードとサスペンスに心地よく身をゆだねることができる。
北欧ミステリーのファンには絶対のおススメ。またサイコ・サスペンスのファンにもオススメしたい。
狩られる者たち (小学館文庫 タ 1-2)
アルネ・ダール狩られる者たち についてのレビュー
No.975: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

新型コロナ騒動の先取り?(非ミステリー)

2019年の書き下ろしなのに、まるで20年からの新型コロナ騒動を予知していたかのような内容に驚かされる。さらに、小説とイラスト(挿画というより劇画的な)との組み合わせも効果的で、いろいろな意味でインパクトがある作品だ。
ストーリーは、全編伊坂幸太郎ワールド。そのファンタジーが楽しめる人にオススメする。
クジラアタマの王様 (新潮文庫)
伊坂幸太郎クジラアタマの王様 についてのレビュー
No.974: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

三人の主人公の三つの心の闇が重なって…

ヤングアダルトやロマンス作品では絶大な人気という、アメリカの女性作家の初サスペンス作。売れない女性作家がベストセラー作家(女性)の夫から共著者になるよう依頼され、その豪邸に行き資料を探していてベストセラー作家の自伝を見つけたことから疑心暗鬼にとらわれていくという、サスペンス・ロマンスである。
家賃にも事欠くほど困窮していたローウェンももとに、大ヒットシリーズを持つ作家ヴェリティの共著者になってもらいたいという依頼が舞い込んできた。高額の報酬は魅力だが、なぜ自分が選ばれたのか疑問を持ち、いったんは断るつもりだったのだが、交渉の場に現れたヴェリティの夫・ジェレミーの熱意にほだされ、ヴェリティの仕事部屋に泊まり込んで資料を整理することになった。そして訪れた豪邸の仕事部屋でローウェンが見つけたのは、事故で寝たきりになっているヴェリティが書いたらしい自叙伝の原稿だった。ヴェリティをよく理解するためにと思って読み始めたローウェンだったが、読むうちに恐るべきヴェリティの心の闇に触れ激しく動揺するのだった……。
自叙伝を書いたヴェリティはもちろん、そこに登場するジェレミー、さらに原稿に触発されるローウェンの三人がそれぞれに深い心の闇を抱えていて、それが重なり合うことで物語は全く先が見えないダークな世界に迷い込んでいく。そこがサスペンスフルといえばそうなのだが、あまりにもサイコ・ファンタジー的な展開で、ミステリーとしては白けてしまう。
ヤングアダルト、ロマンス・ミステリーのファンなら楽しめるかもしれない。
秘めた情事が終わるとき (ザ・ミステリ・コレクション)
No.973: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

ドンパチ、ドンパチ。荒唐無稽にもほどがある。

「暗殺者グレイマン」シリーズの第一作。最初から最後まで、徹底的に戦闘シーンにこだわったアクション・エンターテイメントである。
元CIAの極秘部門に属していたジェントリーは、よく分からない理由で解雇され、さらに「目撃しだい射殺」指令を出された。CIAの追跡を逃れてジェントリーはイギリスの民間警備会社と契約し、同社の暗殺を主とする闇の仕事を受けていた。その一つとしてナイジェリアの大臣を暗殺したことから命を狙われることになった。しかも、ジェントリーの命を狙うのは超高額な賞金を提示された、12の発展途上国の特殊部隊である。たった一人で100人を超える刺客に立ち向かうジェントリーの運命は…。
アクションもので主人公が超人的なのは当たり前だが、本作はちょっと度が過ぎる。使用する武器などは現実に基づいているのだがアクション、ストーリーともにリアリティがなく、まったくサスペンスがない。さらに、ヒーローの設定も矛盾だらけ。久々に無駄な読書時間を費やした。
武器マニア、サバゲーマニアなら楽しめるかもしれない。
暗殺者グレイマン〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV NVク 21-19)
マーク・グリーニー暗殺者グレイマン についてのレビュー
No.972: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

幸せな日々を守るために小さな嘘、大きな嘘、そして誠実な嘘

「容疑者」、「生か、死か」がちょっと話題になったロボサムの邦訳第4作。出産を間近に控えた二人の女性の出会いから起きた悲劇を描いた、サイコ・サスペンスである。
成功している夫と二人の子供を持ち、裕福に暮らしているメグは三人目の子供を妊娠していた。専業主婦でありながらブロガーとしても充実した日々を過ごしているメグをうらやみ、密かにストーカー的行動をとるアガサはパート店員で、恋人の子供を妊娠しているものの恋人は逃げ腰で、日々不安を募らせていた。不幸な少女時代を過ごしたアガサは子供を中心にした家庭生活にあこがれを募らせており、生まれてくる赤ちゃんがすべてを変えてくれるものと一途に思い込んでいた。メグを崇拝するあまりアガサは偶然を装ってメグに接近し、友達になることに成功する。しかしその出会いは、お互いの嘘を重ね合わせることで取り返しのつかない結末を招くのだった…。
出産を控えた二人の女性のドラマという設定から想像できるように、赤ちゃんを巡る悲劇になるのだが、そこに至る対照的なヒロイン二人のドラマが実に面白い。起きたことは犯罪だが、犯人を単純に断罪すれば済む話ではなく、読者が犯人に肩入れしたくなるドラマ作りが成功していて、ぐんぐん引き込まれていく。幸せを守るためには嘘も必要なのか、隠し事がないことが誠実なのか、人間の性(さが)について考えさせられる作品である。
ミステリーというよりサイコ・サスペンスとしてオススメする。
誠実な嘘 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
マイケル・ロボサム誠実な嘘 についてのレビュー
No.971: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

仕掛けが分からなかった

作者が技巧を凝らして読者に挑戦した連作短編集。
収録された4作品それぞれに仕掛けがあり、各作品の最終ページの地図や写真で物語がひっくり返えるというのだが、いまいちよく分からなかった。それでも軽めのミステリーとして読むことができるのだが、仕掛けに引っ張られて肝心のミステリー部分がやや薄味なのが残念。
いけない (文春文庫)
道尾秀介いけない についてのレビュー
No.970: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「グラント郡」と「ウィル・トレント」をつなぐ超大作

「ウィル・トレント」シリーズの最新作であると同時に「グラント郡」シリーズを締めくくる、カリン・スローターの転回点となるであろう力強い警察ミステリーである。
8年前、サラの元夫であるジェフリー・トリヴァー署長が捜査した事件で逮捕された服役囚・ネズビットが「冤罪である」と訴えてきた。事件は極めて残虐な連続レイプ殺害で、ネズビットが逮捕されてからは同じような事件が発生していなかったため警察は本気にしなかったのだが、同様の手口によるレイプ殺害事件が発生し、ウィルとフェイスたちは否応なく再捜査することになった。捜査が進むにつれ、トリヴァー署長たちの捜査には欠点があり、ネズビットは誤認逮捕ではないかと思われてきた。このことは、いまだにジェフリーを愛しているサラを傷つけ、それは同時にサラを愛するウィルを苦しめることでもあった。
捜査を進めるにつれて同一犯による犯行の疑いが濃くなる連続レイプ事件について、8年前のトリヴァーの捜査と現在のウィルたちの捜査が交互に展開し、しかも二つの時代をつなぐサラの動揺が激しく、ストーリー全体にきわめて緊張感がある。また、いつも通り事件の態様は暴力全開で読む側に緊張を強いてきて、740ページほどの長編を読み終えるとぐったりさせられる。読み終わってもカタルシスを覚えることはないのだが、確実に次作を読みたくなる不思議な引力を持つ作品である。
カリン・スローターのファンには必読。激しい暴力シーンに耐えられる警察ミステリーファンにもおススメだ。
スクリーム (ハーパーBOOKS)
カリン・スロータースクリーム についてのレビュー
No.969: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

物語の仕掛けが大きい割には、内容は小粒

ノルウェーの警察小説「警部ヴィスティング」シリーズの第13作、邦訳第3弾。死亡した大物政治家の秘密を解明する極秘捜査を命じられたヴィスティングが、娘・リーネの協力も得ながら難事件に挑む、正統派の警察ミステリーである。
大物政治家・クラウセンが急逝した。死因に疑わしい点はなかったのだが、故人の別荘から巨額の外国紙幣が詰まった段ボール箱が発見された。この金の出所はどこか、政治的な問題を含んでいることを危惧した検事総長はヴィスティングを呼び出し、極秘で捜査することを命じた。信頼する鑑識官モルテンセンと二人で段ボール箱を運び出した直後、別荘が放火された。さらに、検事総長からは「クラウセンがある未解決事件に関与している」と告発する手紙を受け取っていたことを知らされる。しかも、この未解決事件の再捜査を担当しているのが国家犯罪捜査局のスティレル(前作で因縁があった)であることが分かった。スティレルには複雑な思いを持つヴィスティングだったが、渋々協力して捜査を進めるうちに、未解決事件と隠された外国紙幣に密接な関係があることを突き止めた…。
隠された紙幣の謎、未解決事件(少年の行方不明事件)の二つが徐々に重なっていく複雑な構成の警察ミステリーで、謎解きのプロセスは合理的で面白い。ただ事件の背景、動機がややシンプルで全体的に深みがない。しかし、ヴィスティングとリーネの親娘、さらに孫娘を加えた家族の物語が読みごたえが出てきているのはシリーズものならでは。
本シリーズの愛読者、北欧ミステリーファンには十分満足できる佳作としておススメする。
警部ヴィスティング 鍵穴 (小学館文庫 ホ 2-2)
No.968: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

雪のワイオミングで昭和残侠伝

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第14作。ワイオミング州の雪山を舞台に親友のネイトと対立することになったジョーの苦闘を描いた冒険サスペンスである。
州知事の計らいで猟区管理官に復帰したジョーはある日、知事から呼び出され、州北部の辺境にあるメディシンウィール郡に住む大富豪・テンプルトンが暗殺ビジネスを営んでいる疑いがあるので極秘に調査せよ、と命じられた。信頼するFBI支局長・クーンと連携し調査を始めたジョーだったが、赴いた現地は法執行機関も含めて完全にテンプルトンに支配されており、四面楚歌での孤独で危険な任務となった。さらに、ジョーが見たFBIの資料にはしばらく姿を消していたネイトが関与しているような記述もあり、ジョーはさらに不安を募らせるのだった…。
シリーズの持ち味として、不器用な正義漢・ジョーの愚直なまでの生き方があるのだが、その部分では本作も変わりはない。さらに、ジョーとネイトの関係も読者の期待を裏切らない熱いシーンが展開される。ただ、シリーズのもう一つの特徴である家族の物語の側面が、今回はいまいち。発生する家族間のトラブルや悩みも、その解決もどこか中途半端である。物語の最後は次作への興味をつなぐためだろうか、やや尻切れトンボ。
シリーズ愛読者にはオススメ。さらに大自然を舞台にしたアクション・サスペンスのファンにもオススメする。
越境者 (創元推理文庫)
C・J・ボックス越境者 についてのレビュー
No.967: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

サクサクおいしい、マカロンみたいな恋物語

2014年に刊行された連作短編集。全6作品は一話完結ものだが登場人物、エピソードがつながっていて、全体としてふんわり、とらえどころがない、それでも印象に残る味わいの恋物語になっている。
恋に夢と憧れを持つ人にも、恋を信じなくなった人にも、何かしら響いてくる佳作である。
アイネクライネナハトムジーク (幻冬舎文庫)
No.966: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

勝利なく終わったアート・ケラーの40年戦争

「犬の力」から始まったアート・ケラーの麻薬戦争三部作の完結編。総ページ数3800を超える超大作の終わりを飾るにふさわしい壮大な犯罪小説である。
シナロア・カルテルのドンであるアダン・バレーラを殺害したアート・ケラーはアメリカ麻薬取締局局長に就任し、これまでの麻薬流入防止・カルテル殲滅作戦とは異なる方針で臨むことを決意し、ごく限られた信頼できるメンバーとともに密売組織に囮捜査官を潜入させる作戦を開始した。一方メキシコでは、首領の中の首領アダン・バレーラ亡き後の空白を埋めるようとシナロア・カルテル内部だけでなく、様々なカルテルが加わって血で血を洗う戦争が始まっていた。麻薬戦争はメキシコとの戦いではなく、アメリカ内部での戦いであると認識するケラーが麻薬資金の流れを追いかけると、アメリカ大統領もかかわる政財界の構造的な腐敗が見えてきた。40年の麻薬戦争の末にケラーが行き着いた決断は、命を賭けた告発だった。
最初から最後まで力がみなぎるパワフルな犯罪物語である。50年以上の年月と膨大な公的資金、人材をつぎ込みながらアメリカはなぜ麻薬戦争に勝てないのか。その答えは世界最大の違法薬物消費国に甘んじているアメリカ社会の中にあり、戦うべき相手はメキシコの麻薬カルテルではなくアメリカ社会の腐敗であるという訴えがビンビン伝わってくる。
三部作なので「犬の力」から読むのが一番だが、本作からさかのぼって読んでも十分に楽しめる。骨太の社会派犯罪小説のファンに絶対のオススメだ。
ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウザ・ボーダー についてのレビュー
No.965: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎解きより人情に味がある作品

6年ぶりに登場した、ガリレオ・シリーズの第9作。町の人気者の少女殺害事件で逮捕された男が起訴猶予で釈放され、再び町に現れたことから被害者の関係者が一緒になって復讐劇を企てるという、犯人捜し・謎解きミステリーである。
小料理屋の看板娘・佐織が行方不明になってから3年後、静岡のゴミ屋敷の焼け跡で遺体で発見された。家の持ち主の息子である蓮沼が容疑者として逮捕されたのだが、証拠不十分で起訴猶予となったばかりか、被害者・佐織の家族の前に現れ、自分が逮捕されたのはお前たちのせいだから賠償金を払えと脅かしてきた。町の人々は怒りを募らせ、司法が裁けないなら自分たちが罰を与えよう、天誅を加えようと計画を練り、準備を進める。そして迎えた年に一度のコスプレ・パレードの日、蓮沼が死んでいるのが発見された。草薙、内海たち警察は佐織の父親をはじめとする関係者を調べたのだが、彼らのアリバイを崩すことができずアメリカ留学から帰ってきた湯川に助けを求めたのだった。
佐織の殺害、蓮沼の殺害に加えて、23年前の少女殺害事件も絡んでくる、二重三重の謎解きミステリーであるが、蓮沼事件以外は単純な構造で、ガリレオらしいのは蓮沼殺害のトリックやぶりだけである。物語の主眼は、司法が信頼できない時に私的な報復は許されるのか、というところにある。これは古今東西を問わずミステリーでは常に繰り返されているテーマで、本作では法の論理より人情に傾いたエピソードに味わいがある。
ガリレオ・シリーズ愛読者には必読。東野作品の読者もきっと満足できるだろう。
沈黙のパレード (文春文庫 ひ 13-13)
東野圭吾沈黙のパレード についてのレビュー
No.964: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

粗削りだが先が楽しみな予感

日本では「弁護士アイゼンベルク」シリーズ2作が先行し、それなりの人気を得ているフェーアのデビュー作。ドイツではすでに8作が発売されて人気が高い警察ミステリー「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第一作である。
警察官のカーリング大会会場になる湖を下調べしようとしたクロイトナー巡査が氷の下にある少女の死体を発見した。鋭利な刃物で刺殺された少女は遺体にプリンセスの仮装を着せられており、さらに近くに名前と死亡日時を記載した木の十字架が立てられ、口の中には「2」という数字が刻まれたバッジが残されていた。ヴァルナー首席警部が指揮を執る捜査班は被害者家族への聞き込みから始めたのだが、何の成果も出ないうちに、今度はヴァルナーの家の屋根で新たな少女死体が発見された。第二の被害者も同じ衣装を着せられ、口の中には「72」と刻まれたバッジが残されていた。残虐なシリアルキラーの登場に衝撃を受けた捜査陣は残された証拠を必死で解明しようとするのだが、手掛かりは全く見つからなかった…。
派手な演出を加えられた死体という、サイコ・ミステリー的な始まりだが、次第に正統派の警察捜査ミステリーになり、最後はワイダニットの謎解きになる。犯行の動機、捜査プロセスなどはやや粗削りで不満が残ろものの、登場人物設定が巧みでヒューマンドラマ的な面白さがある。ヴァルナー&クロイトナー・シリーズと呼ばれ、二人とも警察官なのだが、通常の警察バディものとは違って、二人で力を合わせてとなっていないところがユニークで、この関係は今後の展開に期待を持たせてくれる。
北欧系警察ミステリーのファンなら十分に楽しめる作品としておススメする。
咆哮 (小学館文庫 フ 8-1)
アンドレアス・フェーア咆哮 についてのレビュー
No.963: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

表現は軽くユーモラスに、でも仕掛けはきちんと

御茶ノ水署生活安全課シリーズの第6弾。2020年末から21年にかけてWeb連載された4作品を収めた連作短編集である。
新しくできたバーに視察とうそぶいて入った斉木と梢田コンビが怪しげな女を見つけ、薬物取引の現場を押さえようとする「影のない女」、ラーメン店とタウン誌のもめごとに首を突っ込む「天使の夜」、夜の神保町で梢田が高校生女子に声をかけられる「不良少女M」、古い映画を一日一作品だけ、タイトル不明のまま上映する映画館の謎とは?「地獄への近道」の4作品。どれも事件らしい事件ではないものの謎解きの面白さが秘められている。さらに登場人物の人名をはじめ、随所に笑いを誘う仕掛けが施されており、楽しく読ませてくれる。
ユーモア小説のファンにオススメ!
地獄への近道 (集英社文庫)
逢坂剛地獄への近道 についてのレビュー
No.962: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヴァランダー・マニアは必読・必携

ヴァランダー・シリーズの最終作(書かれたのは最後ではないが)となる未訳の中編小説と、著者自身によるシリーズの説明と索引を併録した「ヴァランダー解題」である。
中編「手」は、田舎に引っ越したいと願うヴァランダーが候補物件を見に行き、庭で人骨の手につまずいたことから難解な過去の事件を解明していく正統派ミステリー。地道な捜査で真相に迫るヴァランダー・シリーズの特性が十分に発揮されるとともに、中年の危機を迎えたヴァランダーの人間臭さが色濃くみられるしみじみとした作品である。
後半3分の2を占める紹介、索引は実に細かく、ヴァランダー・シリーズの誕生の裏話などもあって、ファンには思いがけないボーナスである。
シリーズを何度も何度も読み返すような、ファンというよりマニアには必携の一冊としておススメする。
手/ヴァランダーの世界 (創元推理文庫)
No.961: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

ハーレクインと2時間ミステリーを合わせたような

「エリカ&パトリック事件簿」シリーズが人気のスウェーデン女性作家の新シリーズ第1作。夫にないがしろにされた挙句に裏切られた女性が立ち上がって反撃する、激情サスペンスである。
不幸な過去を故郷に置き去りにしてストックホルムに出てきたフェイは名門大学で出会った青年・ヤックと結婚し、夫が起こした事業が大成功をおさめて富も名誉も得て、豪華マンションで娘と3人で他人がうらやむ生活を送っていた。しかし、結婚生活は自分を殺してひたすら夫に服従するばかりで、心の底にはむなしさを抱え込んでいた。フェイの苦悩も知らずヤックは浮気をし、バレると開き直って離婚を言い出した。財産分与もなく追い出されたフェイは怒りに燃え、徹底的な復讐を誓った。そして三年、自分の事業で成功したフェイはヤックを破滅させるために周到な計画を立案し、実行に移すのだった…。
夫に裏切られた妻の復讐劇であり、また社会的に抑圧された女性の反撃であり、さらに都会の勝ち組の皮相的な生き方を皮肉った辛辣なコメディでもある。それにプラスされるのが大胆なセクシーシーンで、まさにハーレクイン的エンターテイメントである。
「エリカ&パトリック事件簿」のファンにはちょっと物足りない作品で、2時間完結ミステリードラマのファンにしかおススメしない。
黄金の檻 (ハヤカワ文庫)
カミラ・レックバリ黄金の檻 についてのレビュー
No.960: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

小説家とは恩知らずであり、恥知らずである(非ミステリー)

文芸誌の新人賞に応募し続け、落選し続けてきた40歳の女性が、怜悧な女性編集者と出会い処女作を出版するまでの話。職業作家とは、どこまで現実を虚構化し、自分や周囲を突き放して見ることができるかが成功のカギになるという厳しさが伝わってくる。
作家の心情のリアルが描かれた意欲的で異色のエンターテイメント作品である。
砂上
桜木紫乃砂上 についてのレビュー