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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 321~340 17/68ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.1039:
(8pt)

新人とは思えない読み応えあり

テレビの報道キャスターでもある著者のデビュー作。報道記者としての経験を生かした、社会派ミステリーである。
テレビの報道記者として成功してきた榊美貴だったが、部下のミスの責任をかぶり深夜ドキュメンタリー制作という地味な部署に異動させられた。そこで出会ったのが、小学生の校舎からの転落死で、警察は事故として処理したのだが、死亡した清水大河の母親・結子の異様な言動にピンときた美貴が取材を始めると大河の祖父、裕子の父である今井武虎が少女と母親の誘拐殺人で死刑にされていたことが分かった。さらに、今井武虎は最後まで無実を主張し、しかも有罪の決め手となったDNA鑑定、目撃証言があやふやだったことも判明した。冤罪事件ではないかとして番組制作を企画した美貴だったが、それは警察と対決することであり、また事件の周辺人物と軋轢を生むことにもなった。事件の背景を探るにつれ「真実を明らかにすることが正義なのか」と悩みながら、美貴は自分の信じるところを貫き通すのだった。
犯人捜しというより事件の背景、波紋を描いた社会派作品で、シングルマザーである美貴をはじめ主要な登場人物が皆、それぞれのマイナスを抱えているところが作品に深みを与えている。ミステリーとしてのアイデア、構成、展開などは新人離れした上手さで、読み応えがあるエンターテイメント作品に仕上がっている。ただ、文章表現にやや過剰な装飾が感じられるのが玉に瑕。もう少しだけ削り込めば、さらに緊迫感がある作品になっただろう。
次作も期待できる作家の登場として、社会派ミステリーのファンにオススメしたい。
蝶の眠る場所
水野梓蝶の眠る場所 についてのレビュー
No.1038: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

物語の枠組みは面白いのだが、細部にやや粗さがある

ボストン市警の敏腕女性刑事「D.D.ウォレン」シリーズの第10作。第9作「棺の女」に登場したフローラとのダブル・ヒロインが複雑な一家殺人事件の謎を解く社会派ミステリーである。
仲睦まじい家族の4人が銃撃され殺害されているのが発見されたのだが、16歳の長女・ロクシーだけは2匹の犬の散歩に出ていたため被害を免れたようだった。ところが不思議なことにロクシーは帰宅せず、携帯電話にも反応がなく、姿を消してしまった。果たしてロクシーが殺害犯なのか、あるいは犯行の理由や犯人を知っていて必死で逃げているだけなのか? ウォレン部長刑事をリーダーにボストン市警は全力を挙げてロクシーの行方を追う。さらに、「棺の女」で監禁から生還したフローラは密かに、女性のためのサバイバル自助サークルを結成しており、ニュースを目にすると居ても立っても居られなくなり、ロクシーを助けようとする。ロクシーが犯人である可能性を捨てきれないウォレンたち警察と、あくまでも被害者として助けたいフローラたちは、対立しながらも同じ目的のために手を握り、事件の複雑な背景を読み解いていく。
アルコール依存症でネグレクトの母親による家族崩壊、里親制度の矛盾や貧困ビジネス、子供たちの孤独や受難、さらには家族とは何かという根源的な問いかけなど、いずれも大きくて重いテーマが盛りだくさんでかなりヘビーな作品である。そのため、犯人や犯行動機など物語の根本のアイデアは面白のだが、登場人物のキャラクター、犯行や捜査のプロセスなどが緻密ではなく、エンタメ作品としてまとまり切れていないのが残念。
「棺の女」が気に入った人は必読。本作がシリーズ初の方には「棺の女」だけは読んでおくことをオススメする。
完璧な家族
リサ・ガードナー完璧な家族 についてのレビュー
No.1037: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

こんな日だけは、理想に生きてもいいんじゃないか(非ミステリー)

2020年から21年にかけて雑誌連載された連作短編集。戦後日本映画へのオマージュであり、人生賛歌でもある。
大手企業に就職したもののドロップアウトし、再度大学院生となった若者が、今は引退した往年の大女優の資料庫の整理を頼まれ一緒に過ごすうちに経験した「人生への気づき」を詩情豊かに描いている。
読み進めるうちにすべてのことを受容したくなる、爽やかな読後感が素晴らしい。吉田修一ファンはもちろん、初めてという方にもおススメしたい。
ミス・サンシャイン
吉田修一ミス・サンシャイン についてのレビュー
No.1036: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

悪役が際立つほどサイコ・サスペンスは面白い。とは言え、限度がある。

国際的ベストセラー?「ヨーナ・リンナ警部」シリーズの第7作。タイトルから分かる通り、生きていた怪物ユレックとヨーナの最終決戦である。
「砂男」の最後でサーガ警部に撃たれて川に流されたはずのシリアルキラー・ユレックが蘇り、再びヨーナとサーガの破滅を画策する。その悪魔の手はヨーナとサーガが愛する人々にありとあらゆる手段で迫ってくる。驚異的な頭脳と体力を持つ怪物に追い詰められたヨーナとサーガは、命を賭けた戦いに打って出た…。
レクター博士を筆頭に、悪の権化のような犯人が登場する作品は犯人の怪物性が際立つほど面白いと言えるが、それも限度があり、本作ほどスーパーなキャラクターだと正直白けてしまう。論理的、緻密にサスペンスを楽しもうとすると粗が目立ち過ぎる。また、必要以上に残虐なシーンが多いのにも興ざめする。それでもエンターテイメント作品として成立しているのは展開のスピードと犯行手段に巧みなアイデアがあるから。
第4作「砂男」と深く連動する作品なので、絶対に「砂男」を読んでから手に取ることをオススメしたい。
墓から蘇った男(上) (海外文庫)
ラーシュ・ケプレル墓から蘇った男 についてのレビュー
No.1035: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

いろいろ無理な設定が多いが、エンタメとして楽しめる

母国スウェーデンをはじめ国際的にベストセラーなのに、なぜか日本では翻訳が途絶えていた「ヨーナ・リンナ警部」シリーズの第4作。人間の悪意の塊のようなシリアルキラーと警察の攻防をスリリングに描いたサスペンス・ミステリーである。
吹雪の夜、13年前に行方不明になり死亡宣告されていた少年・ミカエルがフラフラの状態で発見された。彼が「砂男に誘拐された、妹のフェリシアがまだ監禁されている」と語っていると知った国家警察のヨーナ警部は強い衝撃を受けた。当時ミカエルとフェリシアの事件を捜査し、犯人としてユレックを逮捕し、閉鎖病棟に収容したのに、なぜミカエルたちは監禁され続けていたのか? 凶悪なシリアルキラーであるユレックを崇拝する模倣犯か、ユレックが病棟から誰かに指示を出しているのか? 一刻を争う状態で命の危険にさらされているフェリシアを救出するために警察は、ユレックの元に公安警察のサーガ警部を送り込む、極秘の潜入作戦を開始した。悪意の塊で極めて高度な頭脳を持つユレックに、たった一人で挑むサーガ警部の無謀な挑戦は成功するのだろうか?
13年にもわたって監禁され、命の危機が切迫している被害者を救出するための精神病院の閉鎖病棟への潜入捜査という仕掛けが度肝を抜く。さらにユレックの超人的な人心操作力、執念、その背景となった犯行動機など、どれをとってもかなり型破りで、北欧ミステリーというよりアメリカのサイコ・サスペンスに近い作品と言える。したがって、事件の背景となる社会問題、人間ドラマを味わうというより、奇抜なアイデアとぎりぎりのサスペンスを味わうエンターテイメント作品として読むことをオススメする。
砂男(上) (海外文庫)
ラーシュ・ケプレル砂男 についてのレビュー

No.1034:

怪物

怪物

東山彰良

No.1034:
(6pt)

物語とはすべて夢の産物(非ミステリー)

傑作「流」はこの小説に結実した!、というセールストークに見事に騙された。
これは家族の物語であり、作家の自己確認の物語である。読者にとって面白いかと言えば、何とも言えない。
ストーリーはそれなりに面白いのだが、読むことで何かが得られたという感覚はなかった。
怪物
東山彰良怪物 についてのレビュー
No.1033:
(7pt)

形は古いが中身は新しい、新警察ミステリー・シリーズ登場

本作がミステリー・デビューというイギリスの新進作家の警察ミステリー。猟奇的な連続殺人に挑む黒人女性警部補の奮闘を公私両面から描いた、意欲的な作品である。
テムズ川の川岸で相次いで発見された、切断された人体の一部は、異なる複数の人物のものだった。しかも遺体には、7人を殺害して切り刻み、ばらばらにまき散らした殺人鬼「ジグソー・キラー」が残したのと同じシンボルが刻み込まれていることが判明した。現在服役中のジグソー・キラーことオリヴィエとの関連を探るために、事件を担当するSCU(連続犯罪捜査班)のヘンリー警部補は刑務所でオリヴィエと面会することになった。二年半前、オリヴィエ逮捕時に瀕死の重傷を負ったヘンリーはいまだにPTSDに悩まされており、捜査とともに自身の心の傷の克服にも立ち向かうことになる……。
人心操作に長けた凶悪なシリアルキラーと捜査官の複雑な関係というのは、サイコ・サスペンスではよくあるパターンだし、捜査チームの人間関係を複雑にするのも、最近ではよく目にする構成だが、本作はヒロインが有色人種というところが新しい。女性・人種という二重のハンディを背負いながら果敢に立ち向かうのが共感を呼んだのか、英国をはじめヨーロッパで高く評価され、すでに第二作が刊行されるという。
警察ミステリーのファン、サイコ・サスペンスのファンにオススメする。
ジグソー・キラー (ハーパーBOOKS)
No.1032:
(7pt)

どでかい法螺話と見せかけて、実は日本人とは何かを問いかける

今や大ベストセラー作家となった浅田次郎の初期長編。終戦を前に日本再興のために隠された財宝を巡る話で、M資金などの詐欺話か徳川埋蔵金などの宝探しかと見せかけながら、実は日本とは何か、日本人の本質とは何かを問いかける司馬遼太郎的な物語である。
平成の初めごろ、破産寸前の不動産屋・丹羽は競馬場で出会った爺さんから一冊の手帳を渡される。一緒に酒を飲んでる途中で爺さんが死んでしまったため、仕方なく関係者になってしまった丹羽だったが手帳には「終戦直前に900億円(時価では200兆円以上)の金塊、宝石を隠した」という記載に驚き、にわかに宝探しを始めようとする…。
現在と終戦直前を行き来しながら進む物語は一見、歴史ミステリー、埋蔵金探しの様相を見せながら、なぜ巨額の資金が隠されたのか、作戦を実行するには誰が、どんな思いで携わったのか、そしてその巨額の資金は誰が継承すべきなのかを問いかける作品へと変貌する。つまり、日本とは、日本人とは何なのかを追求した魂をめぐる物語として結末する。同時に、冒険小説であり、謎解き物であり、大胆な歴史ミステリーであり、つまり一級品のエンターテイメント作品である。
現代史ミステリーというより日本人論の一冊としてオススメする。
日輪の遺産 新装版 (講談社文庫)
浅田次郎日輪の遺産 についてのレビュー
No.1031: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国本格ミステリーから警察小説になった傑作

ダルグリッシュ警視シリーズの第7作で、三度目の英国推理作家協会賞シルバー・ダガー賞を受賞した作品である。
小さな教会で大臣を辞職したばかりの下院議員・ベロウン卿が死体で発見されたのだが、そこには浮浪者の男も死んでおり、二人ともベロウン卿のカミソリでのどを切られていた。ベロウン卿は自殺したではないかと思われたが、ベロウン卿のスキャンダルを示唆する怪文書を見せられて、相談を受けていたダルグリッシュが調べを進めると、死の数週間前からの卿の周りで不可解なことが数々起きていた。貴族の一員として広大な屋敷に暮らす名門ベロウン卿一家には複雑な家族関係があり、家族それぞれが殻にこもった暮らしを営み、誰もが容疑者になりうるようだった。ダルグリッシュを中心にしたチームは人間心理に関する鋭い知性と感性で、こじれた人間関係の闇に分け入り、様々な嘘を暴き、ついにアリバイ崩しに成功する。
殺人事件の謎解きとしても一級品、それに加えて警察チーム、被害者一族の人間ドラマとしても一級品。さすがにCWA受賞作である。特に、ダルグリッシュのみならず、同僚であるマシンガム、ミスキンの人間的な悩みにかなりのボリュームがさかれていて、単なる英国本格派ミステリーだけに終わらない、現在の警察ミステリーにつながるテイストが印象的である。
ダルグリッシュ・シリーズ、P. D. ジェイムズのファンはもちろん、重厚長大なミステリーのファンにはぜひおススメしたい。
死の味〔新版〕 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズ死の味 についてのレビュー
No.1030: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

この結末は何なんだぁ?

ドラマの原作となった本邦初登場のイギリス女性作家の長編ミステリー。シングルマザーとエリート夫婦の微妙な三角関係をベースにした心理サスペンスと見せかけて、実は大胆不敵な結末でショックを与える意欲的なエンターテイメント作品である。
ロンドンの精神科クリニックで秘書をしているルイーズは、バーで意気投合した男性とキスをした翌日、新しくボスになった精神科医・デヴィッドを見て仰天する。なんとデヴィッドは前夜、キスをした相手だったのだ。落ち着かない気分にやきもきするルイーズだったが、二人の仲は深まっていった。さらに、デヴィッドの魅力的な妻・アデルとも偶然に友達になった。浮気相手として妻には隠しておきたいデヴィッドの思いは当然だが、アデルの方でもルイーズとの関係を異常に拘束欲が強い夫から隠しておきたいという。この奇妙な三角関係を続けるうちにルイーズは、デヴィッドとアデルの夫婦関係には隠された一面があるのではないかと疑問を抱いた。そして、ルイーズの疑惑が頂点に達した時、想像を絶する展開が待っていた!
イヤミス系を読みなれた読者でも驚かずにはいられない、衝撃的なエンディングで、「結末は、決して誰にも明かさないでください」との惹句は嘘ではない。というか、この結末のために書かれた作品と言うべきだろう。登場人物、エピソード、ストーリーはどれも、既視感があるのだが、最後の最後で作品価値を見せる。
ドメスティックな心理サスペンス、イヤミス系のファンにオススメする。
瞳の奥に (海外文庫)
サラ・ピンバラ瞳の奥に についてのレビュー
No.1029: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

枝葉が多すぎて、花も実も見えない森に迷い込んでしまう

アメリカでは大ベストセラー作家と言われるコーベンの2020年の作品。70歳を超える女性刑事弁護士が、謎多き天才調査員とともに失踪した女子高校生を探すうちに予想外の秘密を暴いてしまう、サスペンス・ミステリーである。
冠番組を持つ売れっ子刑事弁護士のヘスターは孫息子のマシュウから「同級生でいじめられっ子のナオミが姿を消したので探して欲しい」と頼まれる。ヘスターは亡き息子の親友で調査員のワイルドに協力を依頼する。ワイルドは34年前に森の中で一人で暮らしていたところを発見されたという特異な過去を持っており、いまだに社会になじまず、森の中で孤立した生活を続けていた。個性が強すぎる二人だが、力を合わせることで誰もが想像もしなかった真相にたどり着くのだった。
主要な二人をはじめ、登場する人物がそれぞれかなりなキャラクターの持ち主で、人数が多く関係が錯綜する割には読みやすい。ただ物語の肝になるのが何なのか? いじめ、SNSの闇、性差別、DNA検査、親子・家族の在り方などなど、背景になる要素、エピソードが多すぎてストーリーの骨格がぼやけてしまっている。最後の問題解決方法も、イマイチ納得しずらい。一言でいえば、まとまりの悪さが残念というしかない。
森から来た少年 (小学館文庫 コ 3-3)
ハーラン・コーベン森から来た少年 についてのレビュー
No.1028: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

10年ぶりのマカヴォイ、年を取っても猪突猛進する

新聞記者からウェブ・ジャーナリストに転身したジャック・マカヴォイが主役を務める、マカヴォイ・シリーズの第3作。殺人の容疑者にされたマカヴォイが、元恋人で元FBI捜査官のレイチェルとタッグを組んで真相を探り出す、サスペンス・ミステリーである。
かつて一度だけ関係を持ったことがある女性が殺害され、マカヴォイはロス市警の刑事から事情聴取された。犯人扱いされたマカヴォイは潔白を証明するために自らDNA採取に応じるとともに、事件に興味を覚えて調査を始めると、同じような手口の女性殺害事件が複数発生しているのが判明した。極めて優秀なプロファイラーでもあるレイチェルに協力を依頼し、被害女性たちが同じ会社に自分のDNA分析を依頼していたという共通点を発見し、さらに追及しようとした所でマカヴォイは逮捕されてしまう。幸い、勤務するニュースサイトの社主や弁護士によって不起訴で釈放されたマカヴォイはあらゆる手段を使って、ロス市警より先に真相にたどり着こうと奮闘する……。
自身の誤認逮捕をきっかけに真犯人を探すフーダニット、ワイダニット、ハウダニットがメインで、背景としてDNA分析の商業化、無秩序への警告がある。本作の犯人の残酷さ、異常さは最近のコナリー作品の中でもかなりのインパクトがあり、さらにストーリー展開の緊迫感もなかなかのもの。クライマックスまで息を抜けないサスペンスが持続する。ボッシュ・シリーズ、リンカーン弁護士シリーズとは多少テイストが異なるものの、コナリー作品らしい真直ぐな骨格を持った作品である。
コナリーのファンはもちろん、社会派ミステリー、サスペンスのファンにオススメする。

警告(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー警告 についてのレビュー
No.1027: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

傷付いた者同士が、過去を乗り越えられるか?

オーストラリアの人気作家・ロボサムが「生か、死か」に続く二度目のゴールド・ダガー賞を受賞した作品。異常な経歴から心に深い傷を持つ少女と凄絶な過去を抱える臨床心理士が殺人事件の謎を解く長編ミステリーである。
子供の時、両親と妹たちが実の兄に殺されるという過去を持つ臨床心理士のサイラスは、男の腐乱死体が発見された家の隠れ部屋に潜んでいるのを発見された少女・イーヴィの診断を依頼された。児童養護施設に保護されており、攻撃的で誰とも心を通わせないイーヴィだが、実は高い知性を持ち「人がついた嘘を見破る」という能力を備えていた。サイラスは、一筋縄ではいかない狡猾なイーヴィを里親として自宅に引き取り、試行錯誤しながら心を通わせようとする。同じころ、イギリスフィギュアスケート界の新星と呼ばれた15歳の少女・ジョディが行方不明になり、暴行殺害される事件が発生。サイラスは心理学の専門家として警察から捜査への助力を依頼される。捜査が進むにつれ、優等生と思われていたジョディの隠された一面が明らかになり、犯行の動機も犯人像も謎が深まるばかりだった…。
「天使と嘘」のタイトルが示すように「よい少女」と「悪い少女」が主役になるのだが、イーヴィとジョディのどちらがどっちなのか? 二転三転するストーリー展開はスリリング。さらに極めて特異な過去を引きずるサイラスとイーヴィの二人の鏡の裏表のような心理戦もサスペンスがある。ただ、物語の構成としては「生か、死か」には及ばない。本作は新シリーズの第一作ということで、今後の展開に期待したい。
心理ミステリーのファンにオススメする。
天使と嘘 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイケル・ロボサム天使と嘘 についてのレビュー
No.1026: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯罪捜査より人間ドラマの方が面白い

「グラント郡」シリーズの第三作。地元の大学で起きた複数の殺人事件を巡る警察ミステリーだが、真相解明と同じかそれ以上に主要な登場人物たちの人間模様が印象的な作品である。
大学の敷地内で橋から飛び降りたように見える男子学生の遺体が発見された。遺書らしき書置きが見つかり、しかも以前に自殺未遂を図っていたことから自殺と思われたのだが、現場に臨場した検死官サラに付いてきた妹のテッサが襲われて重傷を負ったこともあり、警察署長ジェフリーとサラは他殺も視野に入れた捜査を開始した。さらに、遺体の第一発見者である女子学生が自室で銃を使って頭を吹き飛ばしているのが発見された。連鎖自殺なのか、連続殺人なのか? 死亡した二人の関連が見つからない捜査は混迷するばかりだったが、自分の元部下で大学の警備員であるレナの態度に不審を抱いたジェフリーは隠されている関係性を探し出そうとする…。
フーダニット、ワイダニットの警察ミステリーの本筋を押さえながら、不幸な過去を引きずらざるを得ない人間の複雑さ、悲しさを追求したヒューマンドラマとしても成功している。また、サラとジェフリーの元夫婦を中心にした人間関係の変化もシリーズ読者には見逃せない。真相が解明されたとき、やや違和感が残るのがちょっと残念。
スローターのファンには絶対のオススメ。サイコ・サスペンス、警察ミステリーのファンにもオススメする。
凍てついた痣 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター凍てついた痣 についてのレビュー

No.1025:

血と骨

血と骨

梁石日

No.1025: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

暴力、暴力、ひたすら暴力

梁石日の代表作とも言える、実父を主人公にした自伝的長編小説。戦前に済州島から渡ってきた少年が暴力だけを頼りに戦前、戦中、戦後の大阪の朝鮮人社会を生き抜いていくバイオレンスとノワールの物語である。
主人公(作者の父親)の暴力にしかアデンティティを持てない生き方がすさまじく、その一点だけで強烈なインパクトを残す。同調圧力の強い日本人社会に安住する現代人は、想像を絶する物語に息をのむこと間違いなし。極端に好悪が分かれる作品と言える。

血と骨
梁石日血と骨 についてのレビュー

No.1024:

熔果 (新潮文庫 く 18-6)

熔果

黒川博行

No.1024: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今度もしゃべる、食う、暴れる、絶好調の二人

堀内と伊達のヤメ刑事コンビ・シリーズの第4作。金塊強奪事件で消えた5億円の金塊を追って大阪から淡路島、福岡、湯布院、名古屋まで二人が走り回る痛快なバディ・ノワールである。
競売で落札した物件の占有者排除に向かった伊達は、現場にいたチンピラが金塊密輸と金塊強奪事件に関係していたこと知る。しかも、白昼堂々と実行された犯行が狂言強盗らしいと読んだ伊達は相棒・堀内を誘い、消えた金塊を横取りしようと計画した。しかし、事件に関係するのは半グレグループ、ヤクザ、怪しげなブローカーなど一筋縄ではいかない奴らばかり。はったりと暴力・知力では決して引けを取らない堀内・伊達コンビも苦戦を強いられ、二人とも負傷する羽目に陥った。それでも目には目を、歯には歯をで警察や暴力団の伝手を頼り、金塊を手に入れるのだった…。
実際に起きた事件を想起させるストーリー、いつもながらの強烈なキャラクター、テンポのいい会話とユーモアなど、読み進めるのが実に楽しい一級品のエンターテイメントである。さらに本作では、一人で暮らす堀内の自由さの影の一抹の不安も垣間見え、しみじみした味わいも加わっている。
シリーズのファン、黒川ファンには絶対のオススメ。バディもの、ハードボイルドのファンにもオススメする。
熔果 (新潮文庫 く 18-6)
黒川博行熔果 についてのレビュー
No.1023:
(8pt)

予想以上に面白かった!

中国で大ヒットし、ドラマ化もされて社会現象になったという長編サスペンス。中学生たちが企んだ完全犯罪が成功するかどうか、最後までハラハラドキドキさせる傑作ミステリーである。
成績抜群の優等生の中学二年生・朱朝陽の家に、幼馴染の丁浩と妹分だという女の子・普普が突然現れた。孤児院から脱走してきた二人は行く当てもなく、朝陽は仕方なく匿うことになった。三人でハイキングに出かけた山で撮ったビデオを見た彼らは、殺人の動かぬ証拠となる衝撃的なシーンを目撃することになった。事件は、義父母の財産を狙う入り婿・張東昇が事故に見せかけて殺害したもので、警察は張の目論見通り事故として処理したのだった。警察に通報すべきなのだが、通報すると丁浩と普普が孤児院に戻される懸念があるため三人は躊躇する。さらに、丁浩と普普が安全に暮らすための資金を、殺人犯を恐喝して得ようと三人は考えた。こうして、殺人犯と中学生の虚々実々の駆け引きが始まり、家族や警察も巻き込んで事態は泥沼化していくのだった。
張と三人の完全犯罪の企みは成功するのか否か? 一筋縄ではいかない展開で、最後まで引き付ける。さらに事件の背景となる中国現代社会のひずみがリアリティたっぷりで、「東野圭吾作品にインスパイアされた」というのがよく分かる社会派エンターテイメント・ミステリーに仕上がっている。面倒な中国人名もルビ付きで読みやすく、本文のリーダビリティがよいのも好感度が高い。華文ミステリー、侮るなかれである。
東野圭吾ファンなら高評価間違いなし。国内海外を問わず現代社会派ミステリーのファンにオススメする。
悪童たち 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
紫金陳悪童たち についてのレビュー
No.1022:
(6pt)

不可解を重ねて最後は快刀乱麻の本格派密室ミステリー

フランスのディクスン・カーとして知られる(知らなかったが)アルテの1994年の作品。幽霊や怪人が登場する密室事件を名推理で解き明かす、名探偵・ツイスト博士シリーズの一作である。
ロンドン警視庁のハースト警部とツイスト博士のもとに「毎日、不審な手紙を届ける奇妙な仕事を頼まれた」という失業者と、「暗号のような言葉を残して美女が消えた」という青年が相談に来た。どちらも「しゃがれ声の男」が登場することに気づいたツイスト博士は調査に乗り出し、しゃがれ声の男からの電話でロンドン郊外の小さな村の無人の屋敷に導かれた。そこは5年前に偏屈な老人が孤独死した屋敷で、幽霊が出るとの噂があり、屋内には無数の古靴が並べられていた。しかも室内には埋葬されたはずの元住人の死体があった。ドアも窓も内側から施錠され、積み重なった5年分の埃はどこも乱れていなかった。死体は空中を飛んで来たのか? 幾重にも重なる密室の謎を、ツイスト博士は「哲学的思考」で解いていく…。
ありえないような動機と手段の犯罪で、本格謎解きミステリーのファンにはおススメできるが、現在の社会性が強いミステリーを読んできている読者には物足りないだろう。読者を選ぶ作品である。
死まで139歩 (ハヤカワ・ミステリ(1974))
ポール・アルテ死まで139歩 についてのレビュー
No.1021: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

原点回帰した、シンプルでパワフルなアクション・サスペンス

ジョー・ピケット・シリーズの第10作。山奥で遭遇した双子の兄弟に襲われ重傷を負ったジョーが自分の信念を貫くために再度、敵に立ち向かっていくアクション・サスペンスである。
家族が住む地元に帰ることになったジョーは任地での最後の仕事として単身パトロールに出て、人跡まれな奥地で不審な様相の双子の男に遭遇した。彼らが許可証を持っていないためジョーは違反切符を切るのだが、翌日、彼らに襲撃された。必死に逃げる途中で山中のキャビンに住む女性に出会い、何とか生還することができた。双子のことを調査すると不可解なことがいくつもあり、さらに2年前から行方不明の女性が関係しているのではないかと判明するに至り、ジョーは親友・ネイトの助けを借りて、再び双子と対決することになった。
事件の背景は複雑だが、メインストーリーは法と秩序と正義のためには自分のすべてをかけて戦うというジョーの生き方の物語で、まさに本シリーズの基本に立ち返った感がある。舞台となるワイオミングの山々、ジョーを取り巻く家族や友人などのエピソードも、いつも通りの読み応えである。
シリーズ読者には外せない作品であり、またシリーズ未読の人にも十分に楽しめる作品としてオススメする。
狼の領域 (講談社文庫)
C・J・ボックス狼の領域 についてのレビュー
No.1020: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

広げすぎた大風呂敷を畳み損ねたかな?

スウェーデンでベストセラーになったという、54歳の遅咲き作家のデビュー作。すさまじい拷問を受けた男の発見をきっかけに判明した、猟奇的な連続殺人事件をテーマにしてサイコ・サスペンスである。
ストックホルム郊外で全裸で磔にされた上に局部を切り取られるという拷問を受けた男が発見され、その場は生き延びたものの病院で死亡した。国家犯罪捜査部のカール警部たちが捜査を始めたのだが、次々に同じような拷問を受けた死体が見つかり、連続殺人の様相を呈してきた。被害者は過去に凶悪犯罪を犯した男たちという共通点があり、犯罪組織絡みか、過去の被害者家族の報復かと疑われた。事件を知った新聞記者・アレクサンドラは独自の情報源を基に事件の背景を抉り出そうとセンセーショナルな報道を続ける。そして明らかになった事件の真相は悲惨で衝撃的なものだった…。
基本構成は犯人捜しの警察ミステリーなのだが、読みどころは事件の様相と犯行動機の方にあり、その意味ではサイコ・サスペンスである。最初にすさまじい拷問シーンで引き付け、中盤は犯人の独白で考えこませ、最後に思いもよらぬどんでん返しで驚かせるという巧みな技が光る。さらに、主要な登場人物が抱える個人的な人間ドラマも多彩で面白い。ただいかんせんオチが苦しい。大風呂敷を広げすぎて畳み切れなかったようなもどかしさを感じざるを得なかった。
北欧ミステリーのファン、「その女 アレックス」などのサイコ・サスペンスのファンにオススメする。
犠牲者の犠牲者 (ハーパーBOOKS)