■スポンサードリンク
無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.90pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全116件 81~100 5/6ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
最期まで格好つけしいだ。 私の知り合いの独身貴族のおばちゃんが死ぬまえに あれこれ片付けながら 「なんだかんだ言ったって死ぬんだから、やりたいことはやりな」 「だけど、人生は始末が大事だよ」そんなことがずっと頭の中をぐるぐるしている。 そうなんだよね、何事も始末だよ。 看取ってくれたご主人と会うべくして会えたこと、 決して長い人生だったとは思わないけれど、 山本文緒の「筆生」は、この日記にすべて書きなぞられたような気がしてならない。 ご主人の感情の行には思わずもらい泣きしたし、 本人の「うまく死ねますように」なんて、 本当にうまいなって思う。本心じゃなかったと思うけど。 誰もがうまく死ねますようにって思うことなく死ぬことが多いのだから。 しばらく「山本文緒」の本を偲びながら読もう。 私も 「うまく死ねますように」。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
山本文緒氏の『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)という本が、2022年10月に出ていることを最近まで知らなかった(自宅でとっている日経と産経にはこの広告は出ていないのでは?)。先週、どこかの新聞の書評で読んで初めて知った。帰宅途上の書店にて購入(二刷り)。 帰宅して一気に読了した。涙なくして読めない一冊でした。妻にも読めと推奨したが……。 (ともあれ、山本さんの本は、小説ではなくノンフィクションでこんな内容)→お別れの言葉は、言っても言っても言い足りない――。急逝した作家の闘病記。 これを書くことをお別れの挨拶とさせて下さい――。思いがけない大波にさらわれ、夫とふたりだけで無人島に流されてしまったかのように、ある日突然にがんと診断され、コロナ禍の自宅でふたりきりで過ごす闘病生活が始まった。58歳で余命宣告を受け、それでも書くことを手放さなかった作家が、最期まで綴っていた日記。 2021年4月に膵臓癌でステージは4bで治療法はなく、抗がん剤で進行を遅らせることしかできず、余命を若干延ばせる程度との診断が出る。セカンドオピニオンもほぼ同様だったという。 日記は2021年5月24日から始まり、10月4日で終わっている。そして10月13日に逝去……享年58。 抗がん剤は一度だけ試してみて酷いものがあってので使用しないことにしたという。それでも、その影響で脱毛…。緩和ケアや介護や……。 不幸中の幸いというか、夫が早期退職していて、「専業主夫」みたいな状況で、さまざまな面倒を見てくれるということもあり(手書きの彼女の日記をパソコンで打ったりも…)、それもあって、最後の作品としてこのエッセイ本を出すことができたといえよう。 時々、快調な時もあって、セカンドオピニオンでも余命わずかと言われたはずなのに、それがなにかの間違いではないかと夫婦で感じたりした日々もあったという。だが、それは妄想だと自覚もする。 映画「エイリアン」で、エイリアンの攻撃をかわしてやれやれという時に、急に人間の腹を破ってエイリアンの赤ん坊が出てくるシーンを回想して、「あれが私のお腹にもいるのだ。そして刻一刻と育っている」と。 「痛みも吐き気も今は強い薬で抑えられているが、時々隙を縫ってちりちりっと背中が痛んだりすると私はひとりで映画のことを思い出して青くなっている」 その映画はみたことがあるし、そのシーンも記憶に残っている。 ステロイドを飲んで、一時快調になったりもするが……。腹水をとったり…。 我が母も、気がついた時は大腸がんの4ステージで、分かってから数カ月で死んだけど、晩年、胸水だかなんだか取ったりしていた。足がぱんぱんに膨れていて苦しそうにしていた。 「夜、夫が崎陽軒のシウマイ弁当を一つ買ってきたのでふたりで分けて食べた。シウマイ弁当を丸ごと一個食べられたのは遠い昔……」 渡部昇一氏が亡くなる寸前、大好物の「赤福」を見ても、食べようとしなかったと、息子さんのエッセイかなにかで読んだ記憶があるが、それと同じかな……。 かつて自分の担当だったけど、若死した女性編集者のことを回想したり、軽井沢まで来てくれた担当編集者や母・兄などとの最後の対面やら……。余命数カ月の間に、さまざまな人生の整理を終えていく日々……。 「明日は我が身」?と思いつつ読了したしだい。還暦前の死去は早すぎるよね、いまどき。 ガンではなく、心筋梗塞みたいな急病で還暦前後に急死する人もいる。交通事故死などもある。同じ還暦前後の死なら、ガンのほうが、人生の整理整頓する時間があっていい…(というのもヘンだが)。 それでも還暦前後まで生きていたら、まだ幸せなのかな。世の中には20代、30代でガンで死ぬ人もゴマンといる(ようだ)。中には達観して、抗がん剤なんか治療を一切拒否して、なるようになるで、最後には緩和ケアでいいとか豪語する若人もいるようだが……。そんな子供がいたら、親は泣くよね……。 山本さんのご主人も元編集者。徳岡孝夫さん(『妻の肖像』文春文庫)や川本三郎さん(『いまも、君を想う』新潮文庫)ではないけど、妻を亡くして…の手記を書かれるといいのかもしれない。山本ファンも多いだろうから。 この本の9月3日には…。医者がやってきて、残りの時間がわずかになっていて、会いたい人に会っておくといい云々といわれる。医者が帰ったあと……。 ご主人が、「ごめん。本当に悪いんだけど、ちょっとだけ飲みに行きたい。一人になって落ち着いてくる」と近くの酒場に出かけていくシーンが書かれている。 夫が出て行ったあと。 「ふたりで暮らしていた無人島だが、あと数週間で夫は本島へ帰り、私は無人島の残る時がもうすぐ来るらしい」 当時はコロナ…。長野県軽井沢はまん防地域ではなく、酒場も開いていたが、「30分だけ一人で飲んで落ち着き、私に手羽先焼きとおにぎりを買ってきてくれた。何という賢人」と。 この夫婦愛にはもらい泣きした。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「2021年4月、私は突然膵臓癌と診断され、そのとき既にステージは4bだった。治療法はなく、抗がん剤で進行を遅らせることしか手立てはなかった。 昔と違って副作用は軽くなっていると聞いて臨んだ抗がん剤治療は地獄だった。がんで死ぬより先に抗がん剤で死んでしまうと思ったほどだ。医師やカウンセラー、そして夫と話し合い、私は緩和ケアに進むことを決めた。」 衝撃的な書き出しに息を飲む。これは創作ではなく、作者が直面した現実を、あるがままに書いた文章なのだ。 宣告を受けて途方に暮れながらも、上手に死ねますように、と淡々と書くこの作家の勁さに驚く。 そこから始まる闘病の日々が書かれているのだが、単なる闘病記ではなく、作者自身はこれを逃病記と表現している。消えていく自分の生命の焔を意識しながら綴られていく文章のさりげなさ、自然さ。突然抱えた病は、もはや立ち向かう相手ではない。しかし逃げている感じもない。覚悟でも諦念でもない。そこにあるのは、ただひたすらに自分のありのままを書き残そうとしている作家の姿。命を削って書いている、というような悲愴感はほとんど無い。読みたい本、漫画を読み、感想を綴る。淡いユーモアさえ漂っている。自分について「承認欲求」という単語を使っていることが印象的だった。死の宣告を受けたら次はそれをテーマに何か書かずにはいられない。或いはこれが作家の業というものか。 残された少ない日々、作家は断捨離に励み、会いたい人と会う。 何としても出したい最後の短編集のアンソロジーに入れるために書いていた作品を、これを遺作にするには不出来だと収録を断念するくだりには、作家としての断固とした矜持を感じた。 また、温めていた新作の構想二つを、もう書くことは出来ないから、小説書きたい人、このネタ欲しかったらご自由にどうぞ、みたいにあっさり公開している。 残りの日数をカウントして、もう、これもあれも、生きているうちにはできないというようなことを、さらりと書く作者。彼女を支えている不思議な力はいったい何なんだろう。 やがて手書きもできなくなり、音声入力という形で続けられた一番最後の日記にご主人のことが出てくる。そこまでは「夫」と表記していたが、ここで作家は突如「王子」と最愛の夫への呼び名を出している。意識が混濁していることをうかがわせる、幻想的で不思議な文章だ。恋愛をテーマにした小説を追求してきたこの作家の白鳥の歌がここに完結していて、涙が溢れてしまった。 上手に死ねますように、という作者の願いは、十分すぎるくらい見事に達成されていると思う。 闘病記らしくないタイトルの意味は、読めばすぐにわかる。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
文緒さんお疲れ様でした。たくさんの良書ありがとうございます。 まだ未読の書籍がいっぱいあるので本屋さんに行く機会があったら、 山本文緒の文庫本を探して買います。あまではなるべく買わないように 紙の本を買って読みたいです。実はなたが亡くなってしまった事… 全然、知らなかったのです!これからも本は読み続けていきます。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
想いを綴った日記で、穏やかに読み進めあっという間に読了しました。 語り口調が、良かったです。私は好きです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
悲しいですが、素晴らしいです。 大変な中、旦那さんとの平和で、楽しさも伝わってきます。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
家族がやはり癌で高いしました。強いモルヒネのせいか、痛がることもなく、眠るようでした。心の中はこんな感じだったのかもしれませんね。夢の中にいるような。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
山本文緒さんといえば、読みやすい文章の中に心臓がギュッとなる一文があったり、淡々としながらもドロドロした女性の内面を描いていて、中学生の頃から大好きな作家さんでした。 訃報を聞いたときは、ただただびっくり。 久しぶりの長編「自転しながら公転する」がとても面白かったので、まだまだ書いてくれるんだ、とワクワクしていたのに… 日記序盤から髪が抜けたり体が辛そうな感じで読むのが辛くなりましたが、所々ユーモアもあり気づけば一気に読んでしまいました。余命を宣告されて粛々と運命を受け入れた風に見せて「そんな簡単に割り切れるかボケ!」と神様に毒づく所には少し笑ってしまいました。 そして最後の最後。 山本さんはエッセイ「再婚生活」で旦那さんのことを「王子」呼びしていました。 再婚生活では、普通の結婚生活とは一味も二味も違う、鬱病の山本さんとそれを支えるご主人の生活が赤裸々に描かれていました。 今回の作品では夫と呼んで(書いて)いたので年齢を重ねて二人の関係にも変化があったんだなぁ、と思っていたら最後に突然王子が、、、、 そこで泣いてしまいました。 「膵臓がんで余命宣告された作家さんの日記」という説明ではもったいないほどの、ひとつの物語でした。 再婚生活未読の方は、ぜひそちらを読んでからこちらを読むことをおすすめします。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
読み終わりました。 当然ながら、ものすごく色々なことを考えさせられる内容でした。 辛く厳しい内容なのに、最後まで読むことが出来たのは、山本文緒さんの精一杯の気遣い、言葉の選び方、客観的にも取れる冷静さに他なりません。 作家としての矜持、培ったユーモアと気概、すべてが溢れていました。 今はただただ感謝しかないです。 読むことが出来て感謝しかありません。 お疲れ様でした。 最後まで作家でいていただいてありがとうございました。 他の作品も読ませていただきました。 自転しながら公転する 素晴らしい作品でした。 まだまだたくさんの作品構想がある中での旅立ち、どんなにお辛かったかと思います。 全てが心に響きましたが、中でも特に心に残った一節があります。 未来はなくとも本も漫画もおもしろい。 とても不思議だ。 人間は死への恐怖にのまれるだけでなく、体調が良ければですが、最後まで自分の時間を愉しむことができます。 最後の最後は激流だとしても、渦の外側にいる間は忘れて愉しむことも出来る。 だから私もその時がきたら取り乱さす、山本文緒さんのようにプライドを持って死に臨みたいとの目標もできました。 激流の中にのみ込まれた後にはどんな世界があるのでしょうか。 山本文緒さんが辿り着く世界が、冷たい世界であるはずがない。 そう願い、そう感じています。 同じく宗教を持たない私にとって、それも希望となりました。 ただただ感謝です。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「改めて読み返して、これは闘病記ではなく逃病記だなあとしみじみ思った。(p.110)」とあるとおり、全体に、例えば昔の千葉敦子の闘病記などと比べて淡々としている。そしてその中に「コロナから解放された世の中を私は見ることはないだろうけれど。(p.81)」「次の冬季オリンピックが近いことと、それまで私は生きていなそうだということをぼんやり思った。(p.101)」のように、諦念と哀しみの文が混じる。 もちろん、余命120日という医師の診断を超えて生きた著者が闘わなかったはずはないから、おそらく、著者がもっとも恐れていた「痛いこと」「吐き気」「高熱」に関することは、それとの闘いすら書くのが嫌だったのだろう。 そしてタイトルに「ふたり」とあるように、本書の至る所に、著者を喪うことになるだろう夫への思いも(劇的にではないが、細やかに暖かく)描かれている。 「終わりを目前にしても『書きたい』という気持ちが残っていて、それに助けられるとは思ってもいなかった。(pp.152-153)」とあり、著者は作家であって良かったのだと思う。 最後の日記に唐突に「王子」が登場する。王子が迎えにきたのだろうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
私の心の中に、この人が気がつかせてくれた場所がいくつもある。大切な作家を失ってしまった。これを読む覚悟がなかなか出来なかった。 淡々と、周囲の温かさや病について心身が感じたことを綴っている。味わうと悲しみが伝わってきて、鼻水で苦しくなるほど泣いた。 なぜだか何箇所も電書のマーカーをひいた。普段そんなことしないのに。 この作品ではほとんど「夫」と呼んでいるのに最後に「王子」という言葉を使っていた。 目にしたとき、ここで山本文緒は去っていった気がした。 激動の人生を生き抜いた一人の女性に戻った瞬間かと。 ファンとしてはお疲れ様でした、と寂しいと、書き尽くせないほどの感謝の言葉しかないです。 どうぞ安らかに。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
まだ半分ちょっと読んだところです。 日記なので、一気に読めば2時間くらいで読めそうですが、面白くなくて頁が進まないのではなく、早く読み終わるのが勿体無くて少しずつ読んでいます。 治らない病気がわかってからの日記なので、読み進むうちにだんだん作者の体調も悪くなっていくのですが、ご主人との何気ないやりとりや過去の回想が泣けます。 月に2冊くらいのペースで本を読みますが、今年読んだ本の中で一番心に残る本になりそうです。 山本文緒さんが亡くなられたのはとても驚いたし、ショックでした。新刊が出るのも楽しみにしていたのに…ご冥福を心よりお祈り致します。 追記 読了しました。 最後のページまで読んで、最期の闘病日記なので重いのは引きずるから嫌だと思っていたけど、明るい未来がある結末では当然ないけど重くはありませんでした。 短い生涯でしたが、愛する人とご自宅で亡くなられたのはファンとしても救いです。 本の実物を見ずにAmazonで購入し、実物を見た時装丁が美しく繊細な本だと思いましたが、本を全て読み終わった後で、編集者の方の作者への愛情と感謝の気持ちの結晶なのだと胸が熱くなりました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ここで見かけてから書店で探すも見つけられず。 2軒目の書店で見つからずあきらめかけていたその時目に留まった。 まるで山本さんが「ここだよ」って教えてくれたかのようだった。 帰宅後すぐ読了。 悲壮感でもなく、 達観でもなく 体調は毎日大波で大変なんだとか 再婚生活のうつ病闘病記とは 明らかに違う。 再婚生活の時のさくちんも、ダブルみっちーのお父様も 先に天に召されて待っててくれてるんですね。 相変わらず、いやさらに王子はジェントルマンですし まだまだやりたいこともあったと思うけど あくまでも日記では重苦しさを感じさせないのが すごいなと思った。 ありがとうございました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
まずは、貴重な最期の時間に、このような日記を残してくださったことを感謝したいです。 逆説的ですが、作者の死に至るまでの記録を読んで、残りの人生を生きる勇気が出ました。作者の本意でなければ申し訳ないですが、死は誰にでも訪れる、怖くないのだと思えて、だからこそ死ぬまで生きることを頑張ってみようと。 心よりご冥福をお祈りします。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
山本文緒さんの最後の本。。 手に取って、ぐっときてしまい、なかなか読めなかった。 文緒さんの想いが込もった本 本当に最後の本 闘病中も書いててくださってたなんて、もう涙止まらないわ。。 一文字、一文字大切に読まさせていただきました。 私にとって唯一無二の作家、山本文緒さん。 作家さんが亡くなって、涙するのも喪失感が大きいのも、山本文緒さんだけ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
再婚〜も読みましたが、懐かしい文緒先生の言葉そのものでした。 とてもとても優しい方。 ご健在のときにもっともっと知りたかった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
新刊の刊行がとても待ち遠しかった作家の方です。 自分の中に渦巻くどうしようもない、強い感情を これほど巧みに描く方はいないと思っていました。 ある時期、刊行が間遠になられ、 その後、またヒットを飛ばされ、 すばらしいなあと思っていたところに訃報。 そして、本書の刊行。 最期まで、私たちに「山本文緒の作品」を遺してくださったことに、 ただただ感謝しています。読めてよかった。 美しい装画、フランス装にも、 関係者の方の気持ちを感じます。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
山本文緒が作家デビューしたのは私が中学生の頃で新刊が出るたびに購入していました。 あとがきで、1日10ページだか原稿用紙10枚だか?は書くようにしている、と言うのを読んで、作家とはそういうものなのか、とても真面目なんだなぁ、と思った記憶です。 長期間うつ病になっていた時も、うつなのに仕事をしながら入院していたエピソードを読み、相当この方は真面目で繊細な人で、人に迷惑をかける事を嫌うんだろうなぁ、と、思いましたが、今回の本での、緩和ケアを選択した際に記した上手に死ねますように、の言葉で、さらにその印象が強くなりました。 これは、なくなる1週間前頃までの彼女の闘病期とも異なる雑記のような類の本でして、2時間程度あれば一気に読めますが、心にズシンときて悲しみに打ちのめされています。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
1年前に訃報を聞いたときは衝撃的で大切な友人を亡くした思いだった、亡くなる1年前に出演したNHKの「あさイチ」の映像を思い出しながら本書を読んだ、半年間の闘病生活での揺れ動く気持ち、そして無念な思いが強く伝わってきた、晩年の「自転しながら公転する」「ばにらさま」そして今回の作品、常に期待を裏切らない作品だった、最期の日記「明日また書けましたら、明日」喪失感と素敵な作品を届けてくれたことに感謝、感謝です。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
誰にでも平等に訪れる普通のことでありながら、日常の中ではどこか他人事と思っている「死」を、100%自分ゴトとして疑似体験させてくれる貴重な1冊。 知性とユーモアそして思いやりにあふれた筆致が、人間が最後まで持ち得る強さと美しさを感じさせてくれます。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!