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平場の月
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平場の月の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全191件 81~100 5/10ページ
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| 恋愛と病気という内容ですが、結論は中江有里の解説に結論が見え出せました。 | ||||
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| 久々に感動しました。 悲しいではなく、人間の『強さ』を感じました。 | ||||
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| ここに出てくる人々は50代です。これまでがあり、これからを迎えていく男女の話しです。50年生きてきているから見えてくるものを感じました。 とても静謐な物語です。 | ||||
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| 青砥(あおと)は50過ぎの男。地元の総合病院に患者として来院した。そこで中学の同級生の女子、須藤と出会う。須藤葉子(あだ名はハコ)ともう一人の同級生、ウミちゃんは売店で働いていた。青砥は体内に腫瘍が見つかったので、検査を受けるために来たのだ。 中学3年の時、青砥の友人である江口が須藤に告白した。しかし、きっぱりと断られた。少し後に青砥も告白したのだが、これも断られた。須藤とはそんな思い出がある。 再会して、2人はLINEを交換し、無駄話をすることになる。青砥の須藤に対する印象は、相撲の横綱みたいに「なんか太い」というものだ。 2人とも、今は配偶者がいない。須藤は大手証券会社に勤めていて、結婚退職したのだが、41歳で夫が亡くなった。子どもはいない。 青砥は結婚していて2人の息子もいたのだが、妻が自分ではなく他人に、それも必ず男性に自分の家のことを相談するのを認められず、離婚することになった。 2人は焼き鳥屋でだらだらしゃべった。 2回目に会った時は店が開いておらず、須藤の家に誘われる。最初はそれはまずい、と言った青砥だったが、結局家に行くことになる。 青砥が離婚してアル中になりかけ、そこから脱した話をすれば、須藤は男に貢いで金がなくなった話をした。そんな中で2人は関係を持った。 青砥の検査結果は「異常なし」だった。須藤の検査の結果は陽性だった。進行性の大腸がんだったのだ。人工肛門までつけるというから、かなり進んでいる。明るい結末にはなりそうもない。 タイトルである「平場の月」の平場は、自分たちは平たい地面でもぞもぞ動く、ザッツ・庶民だという意味である。 私も父を大腸がんで亡くしているので、その大変さは少し分かる。平場とはいえ、そこにはいろいろな事件もあり、生きている当人は大変なのだ。読後、そんなことを思わずにはいられなかった。 | ||||
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| 強い女性像 | ||||
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| 酸いも甘いも噛み分けた、50代、経済的に豊かでない、老いと死への不安、孤独、離婚…。共通項があるのに皆目共感できなかった。 時系列バラバラで読者についてこいみたいな書き方。最初からヒロインは死ぬことがわかっている。プロポーズした時の、須藤のリアクションも容易に予測できる。 須藤の「〜だ」という言葉遣いに違和感。LINE、UNIQLO、セブンイレブン…これでもかと固有名詞の羅列。座面の高いひとりがけのソファ…平場に生きる孤独感の象徴なのか知らないが何度もでてくる。 先が読めて、最後の方は飛ばし読み。 帯には感動の声続々!らしい。 私の心の琴線には触れなかった。 | ||||
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| 大人のごく身近に感じられる恋愛をリアルに表現されていた。 | ||||
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| 結局、癌という病気のことでなく、人の思いは良いとか悪いとかはさておいて「どうしようもない」ということに気づかされる。 物語は青砥の思いを中心にして進んでゆくのだけど、目次タイトルは全て須藤の言葉で示されている。序章の「夢みたいなことをちょっと」と最終章の「合わせる顔がないんだよ」の言葉で須藤の気持ちが伝わってくる。切ないね。行き着こうとしているところは同じなのにね。東京周辺都市の町の片隅でのつつましやかな五十才の男女の思いの物語。恋愛小説として、かなり以前に読んだ姫野カオル子さんの「ツ・イ・ラ・ク」も拾いものの(失礼)一冊でこの本もそんな感じでした。 | ||||
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| 主人公がなにも言わずいってしまったのは、悲しかった。あまりにも潔すぎた。 | ||||
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| 出だしから時間・空間の錯綜があり、戸惑いがありましたが、これも著者のテクニックと思って読み進めました。50歳位と私より少し若い年齢の男女のゆっくりとした友情のような恋愛、変に格好よく描いてなくて好感が持てました。 ヒロイン須藤の言葉使い、少々違和感がありましたが、映画化されてセリフとして聴けば案外気にならないものかと思います。 内容詳細は他の方のレビューに譲りますが、靑砥が須藤の妹から聞かされた須藤の最期の言葉「靑砥検査に行ったかな」、この言葉に須藤の靑砥を想う気持ちのすべてが詰まっているような気がして何回読んでも涙が溢れます。 私事ですが、二年ほど前まで東上線沿線に住んでおり、単行本出版当時買うかどうか迷ったものの、結果的に文庫化まで待ってしまい転居後の先日購入して読みました。 やはり当時住んでいた近場の「空気感」を感じて読むべきだったと後悔しています。 映画化決定とのことで今度は後悔しないよう映画館で観ようと想います。 キャスト、私としては須藤役は永作博美、一択。 | ||||
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| せつないです。若かったら頼れたかもしれない。 「合わせる顔がないんだよ」わかりすぎるほどわかります。 大人って不器用になってしまうんです。 自分もそうです。 | ||||
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| 50代同志の恋愛というのは、とっつきにくい。自分がそこに達していないというのがあるし、既婚であるので離婚しない限りは、永遠に分からないともいえる。 読んでいる間中考えるのは、姉のことである。独身であり、主人公たちに近い年齢である。 裕福でもないし、成功していないし、子供もいない。でも、淡々と日常を過ごしている。 余計なお世話だが、寂しさをどうしているのだろうか?と、たまに考える。 かなり傲慢であるが、やっぱり考えてしまうのだ。 本書の登場人物たちも、寂しさを持て余しているわけでもない。 独り身の50代になり、ふとした余白に好きだなと思える人ができただけである。 結局は、幸せというのは、余白が少ないことではないだろうか。 若い時の余白は、いい。そこに何を埋めるかワクワクするからである。 しかし、妙齢になると、余白の存在はとても心もとない。 周りの人間も、その余白を勝手に寂しさとなずけてしまう。 なんだかんだ、他人の余白の中に自分が存在する。これが、やっぱり幸せなのではなかろうか。 そんな小難しいことを考えながら、読み終えた。 少し悲しい終わり方だが、しみじみとした切なさを残す良い物語であった。 | ||||
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| この作者の本を他に読んだことがないので、これがこの作者の持ち味だ!と言われてしまえばそれまでなのですが… ・文章の書き方が独特で読みづらい ・キャラに魅力がない。1人も魅力的なキャラがいない。 ・とくにヒロインの須藤に可愛らしさが全くなく、青砥の気持ちに共感することができなかった。「〜するなよ。」「〜だ。〜なんだ。」中二病をこじらせた学生ならまだしも、50の女性がこんな喋り方します?品がなく、青砥はこの女性のどこを好きになったのかわからなかった。お互いに最後まで苗字の呼び捨てで呼び合う設定って必要でしたかね?途中で名前呼びに変えてもよかったのでは?最後のほうは読んでいてイライラしてきました。 全体的に貧乏臭いのはまあ、リアルといえばリアルなのですが、恋愛小説なんだからもう少し瑞々しさというか、甘酸っぱさのようなものがあってもよかったのではないでしょうか。 | ||||
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| コテコテの恋愛小説とは一線を画す大人の恋愛小説、好きだからこそ控えめな愛情表現に留めつつ彼女にはちゃんと気持ちが伝わっていて、読後感としてほのぼのとした気持ちと切ない気持ちが交錯する。中年を過ぎた読者の心を打つ名作だと思います。 | ||||
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| 「中学校で同級生だった男女が 五十歳になってから再会する。 でも女性のほうが助からない病気になって…」 という構想自体は、面白いかもしれません。 才能のある作者の手にかかれば、 という条件はつきますが。 直木賞受賞作「星々の舟」以後の 村山由佳さんはどうも私は感心できないのですが、 直木賞以前の村山さんなら 同じ構想でこの作品よりも 半分の長さでしかもこの作品 よりも格段に切なくて面白くて 読み応えのある小説を 書いただろうと思います。 しかしこの作品は完全に 「構想倒れ」です。 理由は簡単で、この作者に 魅力的な構想に骨肉をつけて 読み応えのある面白い小説に 昇華させるだけの筆力、 もっと言ってしまえば才能が 無いからです。 私が住んでいる市の図書館がやっている、 市民読書会のテーマ本になった作品なので つまらないのを我慢して 必死こいて読みましたが、 私がこの作家さんの作品に手をつける 事はもう無いでしょう。 カネと時間を返して頂きたいほどです。 | ||||
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| 綺麗な状態の本でした。 | ||||
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| 初めての作家の初めての作品を読了。おとなの恋愛小説。癌との闘病中の自分をかっこよく見せたい姿は大人の女性か。切ない物語でした。 | ||||
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| 令和の赤名リカみたいな須藤葉子。 自分も登場人物と同年代で、この作者とも年が近いので、時代の空気感はクロスオーバーしました。 ハナからラストまで一人称なので登場人物(多くない)全て青砥のフィルターを通して読者に伝えられます。 プロローグで結論を示し、遡ってそこに向かったストーリーが紡がれるので特にどんでん返しもありません。 あえて叙述的な文体にしてるようで登場人物の心の動きは読み手側の掘り下げに委ねられている気がします。 最後は切なくて読後感は良かったのですが、此れがん患者という病気設定に依るところですよね。 どんなに既視感あってもこのパターンは泣けますが。。 | ||||
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| 全編通して兎に角、貧乏臭く読んでいると憂鬱になる。文章の一人称も不快 ヒロインの汚い言葉使いとか、あらゆる描写の全てが不快な話しだった。買った本は最後まで読む主義なので苦痛に耐えて読んだが何のカタルシスもなかった。中年の切なさとかそんな感じを出したかったのかも知れないがひたすら不快な作品。キャラもおそろしく魅力がなかった。今年で今のところ一番のハズレ | ||||
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| 猫は死ぬ前に飼い主の前から姿を消す、というのは嘘か真かわかりませんが、 この本を読んでまっさきに思ったのはそれ。 須藤の見た目に対するイメージもやっぱり「猫」。 青砥が惚れ込むのもわかる気がします…。 話の流れがわかりにくいとか場面がごちゃごちゃするとか人物の喋り方が気になるとか、 いろいろ感想はあると思いますが、私は、読後感がよければ(または、たとえばイヤミスみたいに 読後感が著者の意図したとおりもしくは読者の希望したとおりになれば)、その小説は成功だと思います。 いい本でした…。一度枯らしちゃったけど、ローズマリー育てたくなりました。 | ||||
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