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遠い山なみの光



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【この小説が収録されている参考書籍】
遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)

遠い山なみの光の評価: 3.85/5点 レビュー 81件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点3.85pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全81件 21~40 2/5ページ
No.61:
(5pt)

創造的な翻訳

過去と現在とが交錯する、のっけからよくわからないとっかっかりだけど、読者に読み続け&読み込ませるのはイシグロの物語り方のうまさに加えて、池澤夏樹が解説で言ってるような、”創造的な、作家的な訳業”のせいかもしれない。それがいいかどうかはともかく、良き読者は英文オリジナルをも読むべきかもしれない。

 「女たちの遠い夏」という最初の邦題のほうが、内容的には合ってる気がしないでもない。”女たち”、つまり、悦子、佐知子、真理子、景子&ニキ・・・の個性的な世界。
 で、当の訳者小野寺健氏の”あとがき”には、そのあたりのことは何も書かれてないけど、イシグロの作品は世界を不条理とみる見方…薄明の雰囲気…なんだっていうことはわかる。

イギリス本国では王立文学協会賞までもらってるっていうくらいだから、これはすごいことなんだろうな!って、妙に感心&納得して、ここはやっぱ、オリジナル英文を読んでみようかな?って、思ってしまう。

遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)Amazon書評・レビュー:遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)より
415120010X
No.60:
(5pt)

イシグロ氏最初の長編小説

今はイギリスに暮らす未亡人の女性 その女性が長崎に住み、妊婦であった時代に友人だった女性とその娘 その時代の思い出をつむぎながら物語は進んでいく・・・

結局 その友人との思い出がなんであったのかは最終章で語られ

再び読者はページを元に戻し読み直すことになるのかもしれない

翻訳もので原書を英語で読む能力のない私だが

翻訳ものでも十二分物語としての出来は良いものだと思う
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No.59:
(3pt)

訳が別であれば???

イシグロ作品の素晴らしさは、翻訳家の皆さんの力量によるところも大きい。
本作に関しては、別の翻訳家によるものも読んでみたい。
早川書房さん、どうぞよろしくお願いいたします。
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No.58:
(2pt)

途中でやめてしまいました。

好みの問題も大いにあると思うのですが、全体的に意味が分かりませんでした。
娘が自殺したという衝撃的な場面から始まるのですが、主人公である母親が淡々とそれを受け止めていて、そこから違和感が・・。
自殺した娘を妊娠していた頃の過去を振り返るのですが、同じような会話ばかり繰り返されていてとにかく退屈です。
その当時友達になった親子との交流を描いているのですが、その友達の行動がとにかく謎で非常識のように思います。
映画「日の名残り」の原作者の作品ということなので読んでみましたが、カズオイシグロさんの本は私にとって難しいようです。
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No.57:
(5pt)

面白く一気に読んでしまった!

作品全体は、ふんわり、ほんやりしていながら、不思議な流れに沿って、時空間の交錯の中を漂って、いつの間にか読了してしまった。この書き方が、戦争や移住など、過去の自分を形成していた全てからの変革を体験した者の物語としての手法に、合っていたと読み終わって感じている。
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No.56:
(5pt)

余韻の残る切ない名作

「日の名残り」が面白かったので、この作品にも手を出してみた。余韻の残る名品であった。会話のやり取りによる心の動きの表出の巧みさは絶品であるが、これは訳者の力量でもあるだろう。この作品の終わりに、あとがきと解説があり、この作品の魅力を十分に説明しているので、これ以上の説明は加えられない。個人的には、万里子の猫が目の前で川に捨てられるシーンが、切なくて切なくて胸に突き刺さった。ラストのほうで、港へ行った日の思い出が、万里子でなく娘の景子になっており、「あの時は景子も幸せだったのよ」と語る切なさも堪らない。タイトルは「女たちの遠い夏」でも良いと感じた。
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No.55:
(4pt)

たぶん良作なのに訳が・・・

非常に違和感のある訳文に最後まで引っ掛かりながら読んだ。それでも読めたのは原作の力だろうと思う。会話が長崎弁をとまでは言わないが、言い方がいつの時代のどこの人なのか、誰も言わないような言い回しである。悦子と佐知子の会話、二郎と父親の緒方さんの会話のどちらもかなり奇妙で、原作自体もともとかみ合わない雰囲気を出すような書き方をしていると思うが、訳出の仕方が原作にない違和感を感じさせているのではと思いつつ読んでいった。英文の原作を読んだ何人かの指摘が前のレビューにあり、疑問が氷解して一挙に納得した。なかなかの仕掛けがあったのだと。さらに、悦子がイギリスに行ったいきさつも暗示されている。
解説の池澤さんが訳者をとても持ち上げているのには呆然とした。星の数は以上を踏まえての数で、読んだ直後の星数なら2つです。
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No.54:
(5pt)

レベルの高い小説でした

迅速な対応で綺麗な状態でお届け下さいました。内容も日本人の少し古い時代の作家の純文学のようで読み易く落ち着いていました。
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No.53:
(4pt)

カズオ・イシグロのデビュー作品とのこと。まだまだ若い時期にこんな作品が書けるなんて。

おそらく五十代の女性悦子はイギリスで暮らしていて、長女の景子は、思春期、家で引きこもっていてその後、家を出て結局は自殺してしまったらしい。
英国で生まれた次女は長女とはあまり仲が良くなく、長女の葬式にさえ出席をしなかったらしい。
次女のニキとの会話や、ふと思い出した日本にいるころの知り合い佐知子と、佐知子の娘万里子との関係。
長崎の戦後のあたりのこととは思えるが、原爆の被害があった長崎とは思えないほど静かな町の情景に思え、少し違和感があった。
とにかく、不可思議な謎がいっぱいあって、結局私にはわからず、残念だった。
どうも、原作の方が、理解しやすいらしいので、ぜひとも、原作を手に入れて読んでみたいなと思っている。
カズオ・イシグロのデビュー作品とのこと。
まだまだ若い時期にこんな作品が書けるなんてただものではなかったんだなあ。
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No.52:
(1pt)

すいません。理解不能です。

すいません。
理解不能です。

ノーベル文学賞受賞者の作品として、
芸術や、驚きや、学びや、楽しさ、を期待しました。
途中まででそれらを見いだせなくても、
いつかは来るかもしれない、と思って、読み続けました。
しかし、最後まで、来ませんでした。

一部、不思議な状況は、ありました。
しかし、その詳細が明かされないので、
深みをもたらしてはくれませんでした。

読み終えて、今は、不思議な気持ちです。
この著作の楽しみ方が分かりません。
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No.51:
(3pt)

予想通り

送られてきたものは、予想していた通りの文庫本で、とくに問題ありませんでした。
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No.50:
(5pt)

楽しみでした。

楽しみだった素晴らしい本です。文章作成にも役立ち、勉強になります。
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No.49:
(3pt)

カズオイシグロ難しい?

カズヲイシグロは私には何を訴えたいのかわからず、難しく、インターネットの解説を見ながら読んでいます。
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No.48:
(4pt)

生きることの哀しみを淡々と語る主人公

カズオ・イシグロのペーパーバック5冊目。

戦後すぐの長崎から何かの理由でイギリスに移住した女性の回想。
現在から過去、過去から現在と何度も場面は入れ替わる。

何故今イギリスにいるかの説明はなく読者が想像するしかない。
どうやら分ってきたことは
1.純日本人の長女が自殺した。
2.その長女は長い間引きこもっていた後に家を出た。その後首をつった。
3.主人公は長崎で長女を産んでから日本人の主人と離別か死別。
4.その後イギリス人?と知り合い渡英。次女が産まれる。
5.ハーフの次女は長女と仲が悪く葬儀にも参列しなかった。
6.長女自殺前に再婚相手の男性(次女の父親)も死んでいる。
7.次女との会話から遠い長崎時代を回想しある親子を思い出す。
8.その親子は母子家庭でアメリカ人と一緒に渡米しようとしている。
9.子供は感受性豊かでたびたび白昼夢を見る。
10.夫と義父とのやりとりで戦後日本の価値観の転換を記す。

など多くのことが語られるが基調は身の回りの出来事を主人公が静かに淡々と描写していく。
唯一の躍動する場面は稲佐へケーブルカーで登って美しい山並みや港を見るとき。
ここでは将来への明るさや産まれてくる赤子を楽しみにする前向きな姿が描かれる。

「ケイコは幸せだった。」「一緒にケーブルカーに乗った」というのは
お腹の中にいる胎児のケイコについての話。そう考えられる理由は、ずっと前に藤原さんとの会話で
胎教の重要性が示されている。つまり母親が辛い悲しい状態だとお腹の中の子供にとって
よくないと藤原さんは力説している。

主人公はこの小旅行はとても楽しくハッピーだったと回想している。
母親が浮き浮きしているのだから当然胎児も幸せになる。
カレンダーで長崎の情景を見た主人公は楽しかった稲佐行きを思い出す。
その時一気に「あの時ケイコは幸せだった。」という感情が蘇ってきた。
今は死んでしまったが・・・・・・という悔恨?や詠嘆とともに。

次に If you don't like it over there, we can always come back.
以下の数行に用いられた we について。

これはいわゆる paternal we で相手の気持ちに同情した時に用いられる用法。
看護師や医師が患者などに「貴方の気持ちは私も一緒」という感じで使われる。
つまり、このweは具体的にエツコとマリコが「我々が~する」と言っているのではない。
ここの翻訳がどうなっているかは見ていないがプロなら誤訳していないと思う。

しかし、「ケイコはあの日幸せだった」という描写にぶつかって私も一瞬産まれた後の
幼児のケイコと一緒にまた山に登ったのかと考えた。だが、それでは「あの輝く一日」の煌めきがなくなる。
やはりここはお腹の中のケイコが幸せだったと解釈すべきでしょう。

マリコの描写はこの小説の大きな柱になっている。これを主人公の幻想や作者のファンタジー
と考えるのは読み過ぎではないだろうか? 謎めいた言動も具体的な説明を読めばそれなりに了解可能だと思う。
いずれにしろ処女作としてこれだけ書けるカズオ・イシグロは大したものだと感嘆する。

英文は平易。高校生の速読教材として最適。
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No.47:
(4pt)

さすが日本生まれのノーベル賞受賞作家の作品

作品の舞台が、長崎から始まって、親しみを持って読み通した。その中に、もちろん作家自身がイギリスで生きたことからの精神的資質ももちろん、内容に現れている普遍的価値を持つ作品。
遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)Amazon書評・レビュー:遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)より
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No.46:
(5pt)

この小説は、母娘の心の深淵を覗き込む、カズオ・イシグロの天才的なひらめきが輝いている傑作です。

この小説は、読み手に不思議な、そして未解決なわだかまりが残りそうな作品なのですが、私の理解では、これは語り手である(悦子)主人公の心の内にある相反する二つの真実(心の葛藤)を見事に対比して、そのことによって、読み手に強烈な残像(印象)を残す、極めて完成度の高い作品の様に思えました。

悦子(主人公=語り手)は、自分の分身である佐知子であり、佐知子の娘の万里子は悦子の娘の景子なのです。物語りの最後に、悦子は次女のニキに「ああ、何も特別なことはなかったのよ。ただ、思い出したというそれだけ。あの時は景子(万里子)も幸せだったのよ。みんなでケーブルカーに乗ったの。」と語ります。それは、素晴らしく感動的な部分であり、妊娠している自分のお腹の中(心の内)にいなければならなっかた、愛したかった娘景子を万里子として受け入れることで、それまでの私(悦子)のわだかまりは、一気に氷解(悦子=主人公が自分を解放)します。深い感動に読者が包まれる部分です。

そうです、この小説の中でスポットライトを浴びた様に一際明るい、ケーブルカーで登った長崎の丘の上で過ごした一時は、母娘の極ありふれた幸せな時間でした。それは、「女たちの遠い夏の輝き」であり、眼下に広がる「遠い山なみの光」なのです。

作者は表立って何も語りませんんが、親子の愛情の微妙(で複雑?)な感情の流れを、客観的な視点で描きつつも愛おしさを持って語っている様に、読み手である私には感じられました。
勿論、悦子(本人)と佐知子(分身)、景子(娘)と万里子(分身)をそれぞれ別の人格として読むことも可能ですが、押し寄せる深い感動を味わおうとするなら、主人公の中に内在する二人の自分という視点で読むことで、より大きな感動を感じることができるのではないでしょうか?

厳しい生活の中にも自由な開放感が漂う戦後の長崎を舞台に、子供から解放されたい思い(佐知子)を抱えながら娘を愛おしく思う(悦子)。しかし、女としての自由を得ようと娘の心の拠り所の飼い猫を川に流す行為が万里子(景子)を次第に追い詰めて行く事になります。

主人公の中にある母親と一人の自立した自由を得ようとする女性の葛藤を精緻な技法で描いています。
悦子の中にある光と影、それは、よく晴れた日本の夏にははっきりと映し出され、雨の降り続くイギリスでは、実態も影も不鮮明なまま埋没してしまいます。
カズオ・イシグロは何を言いたかったのでしょうか?

この作品は、私にとって、天才的なひらめきがあるものだけが書ける小説の様に思えました。
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No.45:
(5pt)

さすがいい作品です

日本人として改めてよかったと思う作品です。ノーベル賞そのままです。蔵書にしました。
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415120010X
No.44:
(1pt)

原作とは異なる作品

ネイさんも指摘されているように、原作と日本語訳とは別の作品になっています。原作の最後のあたりでは、かなり明確に万里子が景子であり、佐知子が悦子であることが示唆されています。例えば、245頁に「とにかく、行ってみて嫌だったら、帰ってくればいいでしょ」となっていますが、原作では“if you don’t like it over there, we can always come back.”「行ってみて嫌だったら、私たち(悦子と万里子)はいつでも帰ってくることができる」。とyouの代わりにweが使用されています。また、259頁の「あの時は景子も幸せだったのよ。」は、原作では"Keiko was happy that day."とあり稲佐 に行った日(that day)は景子であるとイシグロは云っています。翻訳では「あの日」ではなく「あの時」とかなりぼかした表現になっています。このようにイシグロはあちこちに仕掛けをしているのですが、和訳では全く考慮されていません(見落としたのか、意図的かは分かりませんが)。日本語訳はあまり面白くないストーリーになっていますが、原作は最後にひっくりかえることになるファンタジー小説です。
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No.43:
(5pt)

フェミニズムの小説?やっぱり英国の小説は進んでいる!!

カズオイシグロの最新作を読んだ後に、この初期作品を読みました。深すぎて、ついてゆけない部分が多かった最新作の「忘れられた巨人」に比べ、ある意味わかりやすく、日本語のよく練れた翻訳だと思いました。この小説の底に流れているのは、女性の自立の問題のような気が私にはしました。戦前の日本と戦後の日本を生きたヒロイン悦子が、なぜ今英国にいるのかが書かれていないことで、想像力が刺激されますが、たぶん夫との確執が原因ではあるらしい。そこのところを書かないところが、ちょっと意地悪な!?イシグロワールドのような気がしますが。
 ロンドンに住む娘には、自立を促す悦子。そしてその自立への憧れが、長崎時代の悦子の友人だった不思議な?母と娘にもオーバーラップするのですが。ただしここでは理想としてのアメリカでの生活ですが。戦後の長崎の生活には、一種敬愛されるべき封建制と新しいものの持つ軽薄さなども描かれ、この視点を若きイシグロ氏がどこで手に入れたの?とも思ってしまいます。
 会話体の語り口で進む小説の中に、明るさや希望はなさそうなのに、読者には一条の光が見えてきます。「遠い山並みの光」……というタイトルは言い得て妙。若き日のイシグロさんがこういう老成した小説を書いたということに、僭越ながら驚きました。
 青春の日に読んだ、ブルックナー、ドラブルなどの英国のフェミニズム小説の系譜に繋がるのではないか?と思った遠因は、翻訳者の小野寺氏がこれらの小説の翻訳者であることを思い出したからかもしれません。若き私にたくさんの刺激を与えてくれた、彼女たちの小説。それは素敵な訳文のせいだったと思います。翻訳者の小野寺さんのご逝去を最近新聞で知り、この小説が書かれた時代は遠くになったと感じましたが、小説は現代にも生きていて、また脚光を浴びています。初期小説から読み進んで、奥深いイシグロワールドを楽しんでゆきたいと思います。
遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)Amazon書評・レビュー:遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)より
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No.42:
(4pt)

戦時中の女、戦後の生き方

読めば読むほど引き込まれる。女の生き方、母の行き方を観察しながら、心が傷付いてしまう娘の心
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