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ゲームの王国
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ゲームの王国の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全47件 1~20 1/3ページ
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| 上巻が傑作だったので、下巻も購入。上巻の続きからスタートするのかと思いきや、かなりの歳月が流れ、冒頭にはある種のネタバレとなるような章があり、読んでいて「おや?」と感じた。しかし、SFに分類されている作品なので、世界線がどうのこうのとかいう話になり、自分が望むような結末になることを願って読み進めた。しかし、中盤以降主要な人物が出てきて緊迫感が一気に増しはしたものの、上巻ほどではなく、あまり自分の期待する方向には物語が展開していかなかった。また、構成や論理的な厳密さが、上巻ほどではないような気がした。結末は結末で、まあまあという感じだったが、もしこれが5巻ものの5巻であったならば、「金字塔」と呼ばれる作品になったに違いないだろうにと思うと、かなり惜しい作品であるように思った。また、本書ではSF要素はうっすらしたものだったが、いっそのこと完全にSF要素を排してリアリズムを突き詰めた作品にした方がさらに良くなったかもしれない、と思った。ただ、作者の人間感覚には目を見張るものがあると思ったし、技量は極めて高いと感じたので、今度は別の作品を読んでみるつもりである。 | ||||
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| 色々調べていると、本書の著者の評価が非常に高い様子なので、興味を魅かれて購入。題材についてはコメントし辛いが、確かに著者の構成力は凄まじく高くて、所々に鋭い一文があり、感情面でのバランス感覚が良く、物語内部でも物語そのものでも、状況を俯瞰的に捉える能力が極めて高くて、まだ現代日本にこんなに力のある作家がいるものかと、とても感心したし、嬉しく思った。手塚治虫の作品やHUNTER×HUNTERと同様に、存在感のある登場人物が容赦なく死んでいくスタイルなので、作品を通じて強い緊張感があり、特に前半のラストではハラハラさせられた。自分は一時現代小説を大量に読んでいたものの、感性ばかりが重視されて、(本格ミステリの方々を除き)論理性が軽視されるのに嫌気がさして、古典ばかり読むようになったのだが、ちょっとこの著者の作品はこの先も読んでみたいと思わせてくれる内容だった。あと、上巻では二人の主人公の内面がずっとブラックボックスで、評価の高いはずの作品としてその点がずっと気になっていたのだが、それすらも前半のラストを印象付けるための、著者による計算だったと分かった時は大いに恐れ入った。日本の現代小説も、邦楽がそうなったように、ひたすらに質が問われるように原点回帰してくれないものかと思ったりもした。下巻に大いに期待。 | ||||
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| 「君のクイズ」で初めて小川哲作品に触れ、「地図と拳」「嘘と正典」を読了し、この「ゲームの王国」を読み始めた。作品としては「地図と拳」に近いテースト(多くの登場人物が絡み合って大きな物語を構成する)だが、アマチュア時代に書かれた当作品は「地図と拳」に比べて、視点の分散面等でやや粗削りな部分を感じる。 が、それを補って余りある圧倒的な迫力と緻密な構成で読者を最後まで惹きつけ続ける素晴らしい名作であった。シリアスもコメディーも性も生も死も詩もSFもエンターテイメントも喜劇も悲劇も、とにかく全てがこの作品には描かれていた。 | ||||
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| カンボジア旅行前に読みました。ありえない事も多々あるけど、面白かった! | ||||
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| 読んでいて、楽しいと思った瞬間もありました。 理解出来ないと感じた時もありました。 消化しきれたとは思いません。 共感出来たとは言えません。 何度も、記憶力と理解力を試されていると感じました。 ユニークな経験だったと思います。 | ||||
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| 物語全体でいうと、まず上巻と下巻で話のノリがだいぶ違う。 時系列的に間隔が空いているという以上に、まるで別の物語のようにすら感じられる。 本書の二大主要人物と思しきムイタックとソリヤにしてからが、もはや別人に思えるレベル。 上巻で神童のごとき冴えを見せたムイタックは下巻では小難しい理屈をこね回す気難し屋の大学教授になっているし、他人の嘘を喝破すること鬼神のごときソリヤも、汚れ仕事もいとわない現実主義的な野党政治家になっている。 束の間の遊戯で直接対決したときのあの闊達な2人との、落差が激しい。 いや、落差というよりは「とても些細で微妙な差なんだけど、決定的に違ってしまった」というべきか。 全くの別人というわけでもないが、神算鬼謀、深慮遠謀という言葉がぴったりだった2人が、なんというか、ややもすると凡庸で冴えない大人になったと思うのは気のせいだろうか。 どちらも社会的には成功しているし、だんぜん優秀ではあるのだが。 また、上巻でひたすら描写されたクメール・ルージュの話が丸々過去のことになって置き去りにされていて唐突な気がするし、そもそもソリヤの父と思しきポル・ポトの末路に至ってはほとんど何の言及もない。 「上下巻」とはいうが、もしかして中巻を読み飛ばしたのか?と疑問が生じるレベルである。 まあ、本書のテーマのひとつが「改竄される記憶」なのだろうから、このぐらいの落差は作者によって意図的に選び取られた展開なのかもしれないが。 また、得てして神童というものは凡庸な大人になっていたりするものである。 (本書の二人は凡庸という評価からは程遠いが) さて本書は、全体としてはおそらく「人生」とか「幸福」とか「生きることの意味」だとかいった、かなり形而上学的な諸問題を、非常にユニークな仕方で論じているようにも思える。 その点で、この物語はどんなにケチをつけようが、その最終的な価値じたいは決して毀損され得ない。 そもそも人生に意味などというものはないけれど、しかし人はそこにそれがあると錯覚しないことには生きていけない存在である。 そのありもしない「意味」というものをだまし絵のように浮かび上がらせるのが「ゲーム」や「ルール」といったこの世の仕組みないし構造であるとするなら、ムイタックはそのゲームやルールをメタ的に思考し、最適解となるような新しいゲームの在り方を模索試行し続けていて、ソリヤはむしろ既存のゲームにどっぷりと身を置き続ける中で、それでも実現可能な最善の選択をしようと藻搔いていたように読めた。 このとことん分かり合えたかもしれない才能ある二人が、運命のいたずらによって近現代史上の加害者と被害者に分かたれてしまい、以後その偶発性がずっと二人の人生を呪縛し続けるという基本構図は見えるのだが、なんというかその構図を回収する「佳境」というか「ドラマ性」が決定的に欠けている。 下巻ではようやくこの二人がゲームソフト上で対決するのだが、正直上巻における遊戯合戦の方が、才気あふれる子供が智略の火花を散らし合っている感じがしてワクワクした。 年のいったゲーマー同士が対戦ゲームでガチャガチャやってるのを見せられても、あまり盛り上がれない。 記憶の糸をたどり、それを心から楽しむことでキャラが強くなるという非常に特異なゲームシステムではあるが、やっているのはいくら魔法アリとはいえたんなるFPSの類である。 しかもその後に待っていたはずの肝心の現実での直接対決は、カンの凶行によってついに実現しなかった。 なんという肩透かしだろうか。 むしろ、個人的にはこのカンとWPやラディーとの対決ももっと読みたかったし、そうした展開の矢先に頭のおかしいヘモグロビン医師が話の腰を折ってしまうのも、どこかポストモダン小説のようで頂けない。 これだけの巨大質量、周囲の時空が歪みかねないレベルの小説を書いた作者に対してはまことに無礼千万なのだが、正直粗削り過ぎるのでもっともっと練り直して欲しいとすら感じる。 あとがきでは「9割削って1割残った」そうだが、その作業をもっともっと突き詰めることができるのではあるまいか。 この本の射程というか面白さは、まだまだこんなもんではないように思われる。 | ||||
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| 上巻のあらすじが「運命と偶然に導かれたふたりは、軍靴と砲声に震える1975年のカンボジア、バタンバンで邂逅した。」、下巻のあらすじが「復讐の誓いと訣別から、半世紀。政治家となったソリヤは、理想とする〈ゲームの王国〉を実現すべく最高権力を目指す。」とあることから分かる通り、作品背景が非常に「三体」(の第一部)的です。また、物語におけるサスペンスとSFとのバランスや、作中で時代を遷移させることに伴う大河感の演出も「三体」に近しいものを感じました。 よって、「三体」にハマった人には文句なしにオススメ出来る一方で、未読の人が「三体」との択一が求められるならば「先に三体を読んでからでも良いのでは?」とアドバイスしたくなるのが正直なところです(「三体」ならば、第二部、第三部、と話が続いていくので、より大きな満腹感が得られますし)。 ただ、それはあくまで相対的な評価であって、絶対的には非常に満足出来る「読んでよかった」と感じられる作品でした。伏線となり得る要素がふんだんに散りばめられていた一方で、それらの回収が甘かったのが惜しい...(それが出来ていれば、よりインパクトが大きな作品になっていたはずです) | ||||
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| 上巻のポルポト暗黒時代、下巻の脳機能研究と未知の領域を覗かせてくれて、そこはとても面白かったけれど、心に残ったのは愚民の中で特別賢く生まれついてしまった「2人の孤独」かな。互いに呼び合う2人が最後に交わせたゲーム越しの会話が切ない。 | ||||
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| ポルポト時代から現代まで、超能力の様な特殊能力を持ったカンボジア人達による政治&闘争バトル!という感じなので、SFというよりは歴史ファンタジーに近い内容。歴史小説だったりハードSFを求めている方にはおすすめしません。近代カンボジア史を知っていれば少し理解しやすくなる程度で、本質はXMENとかマーブルとかDCとかのアメリカンスーパーヒーロ物に近い。それをカンボジア人特殊能力者に置き換えたクライム・サスペンス・エンタメ作品として読んだ方がしっくりくるかも。 | ||||
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| 叔父さんが「結婚した」と言ったのは共産主義となのもあるかもだけど、ノイちゃんと結婚したんでいいんですよね? 甥の賢さを使ってお嫁さん探しもしてたんですよね? | ||||
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| SF小説としても秀作だが、社会派推理小説、歴史小説としても良く書けていて、これだけの小説は見たことがない。読後の印象では「蒼穹の昴」と少し似ているが、繊細な心理描写や圧倒的な情報量ではこの本にはかなわない。 カンボジアで起きた悲劇を舞台に、そこで生きる人々の生きざまを通じて、現代社会の矛盾や人間の心理を分かり易く書き上げている。(迷信やおとぎ話的な部分は、未開の村社会の本質のような気がした) 特に上巻から下巻への移行部分では、こんな展開があるのかと思わず引きずり込まれてしまった。 近未来の脳科学とゲームの世界を融合させた記述は中々に説得力がある。(ご本人の専門分野か?) そして、「人生はゲーム」と現代の「ITゲーム社会」を見事にリンクさせたセンスには脱帽だし、すごい作家が出てきたものだと嬉しくなった。 今後、ご本人はこれ以上に楽しみながら小説が書けるか判らないと言っているが、読者としては次作以降も期待したい。 | ||||
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| 内容は読んでください。とにかく傑作です。小川哲さんは日本人で一番ノーベル文学賞に近いんじゃないかな?と思ってます。 そしてこの作品は、余り多くはない、何度も読み返す作品です。私にとって、それほどの傑作です。 しかし、これが詰まらない人もいるんだなぁと思うと、かえって人間の面白さを感じます。すごいなぁ、これのどこがつまらないんだろうか・・・。 | ||||
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| 内容は読んでください。とにかく傑作です。小川哲さんは日本人で一番ノーベル文学賞に近いんじゃないかな?と思ってます。 そしてこの作品は、余り多くはない、何度も読み返す作品です。私にとって、それほどの傑作です。 しかし、これが詰まらない人もいるんだなぁと思うと、かえって人間の面白さを感じます。すごいなぁ、これのどこがつまらないんだろうか・・・。 | ||||
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| カンボジア史のリサーチが徹底されている。登場人物一人一人のキャラクター・行動原理が非常にユニークで、作者独自のユーモアが感じられる。下巻の中核を担うオリジナルゲームに発想力の高さが伺える。伏線回収についてはあまり気にせず読むのがよいと思います。 | ||||
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| 上巻だけの評価です | ||||
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| 下巻では、時が2003年になっている。渡辺智美というNPOの職員が出てきて、ソリヤと一緒に仕事をする。ソリヤはその頃、「ワンコイン・プロジェクト」を担当していた。カンボジア人に1年に1500円払ってもらって、予防接種やサプリメントを提供し、飲み水を消毒する塩素なども与える。まず「健康」問題を解決することで、「教育」や「収入」の問題も解決しようという考えである。 しかし、住民に説明して予防接種を行っても、当日にはたった1人しか来ない。基本的な医学知識がなく、クルーという医師兼呪術師みたいな人物のほうを信用しているのだ。 それから10年。ソリヤは選挙に出馬する。比例代表制のようで、最初は当選可能な名簿の順位ではなかったが、ソリヤは汚い手を使って順位を上げた。 一方、ムイタックの出身地であるロベーブレソン村で、アルンという少年が脳波測定の器械を使いこなそうとして取り組んでいた。 さらに時は経ち、2023年になっている。ソリヤは出世して次の総選挙で首相になろうとしている。もちろん、ポル・ポトは死んでしまっている。 ポル・ポト時代に家族を殺されたムイタックと兄のティウンは、その殺戮を行ったソリヤとその夫に復讐すると誓った。しかし、ティウンはソリヤを殺せなかった。 ムンタックのほうは、なんと大学教授になっていた。 アルンは、ムイタックの助けを借りて、脳波を使ったゲーム「ブラクション・ゲーム」を開発する。このゲームは後に「チャンドゥク」というゲームに発展する。しかし、このゲームには思った以上の可能性があった……。 カンボジアの歴史、脳科学、農村の風俗などが散りばめられ、虚実がない交ぜになって話が進行する。著者独特の世界観を作り上げている。最初予想していたような話ではなかったが、いい意味で予想を裏切られた。賞を取ったのもうなずける内容である。 | ||||
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| 舞台はカンボジア。プノンペンに住むヒンとヤサ夫婦はサロト・サルの子とされる赤ん坊を預けられる。最初は困惑したヒンだが、だんだん情が移り、ソリヤと名付けて育てる。サロト・サルは共産党で活躍していた。後のポル・ポトである。 だが、夫婦に赤ん坊を預けたクイ・ティヌーという運転手が秘密警察に逮捕され、6つの事件の主犯であると自供した。そして、その共犯の筆頭としてヒンの名が出たのだ。 捕まって拷問を受けたヒンは、ソリヤがサロト・サルの娘だと告白する。 秘密警察のソムは、それを聞いてソリヤを助けに行く。ソムは共産党員で、サルをよく知っていたのだ。 ソムはソリヤを連れてベトナム人街へと逃れる。最初は自殺しようとしたソリヤだが、その後は逃げ出そうともせず、おとなしくなる。だが、ソムはその後秘密警察に殺される。それが1964年。 同じ年、バタンバンでムイタックという男の子が生まれる。家は農家で父は村長。村の中では裕福なほうだった。 ムイタックが言葉を覚えるのは早かったが、奇行も目立った。農家なのに虫や土を恐れ、ばい菌を徹底して避けようとした。 しかし、頭は本当に良かった。8歳にして天才的な記憶力を備えており、5人前の料理を作るときには、以前3人前の料理を作ったときの3分の5倍の調味料を使い、住民が近道だと思っている農道(実際は遠道)を使わなかった。 そして、共産党員の叔父、スン・フオンを探しに来た秘密警察の警官に嘘をつき、フオンを助けたのだ。 ムイタックは算数が特に好きだった。家の畑が何ヘクタールなのか計算することができ、適切な肥料の量が分かると父を説得したが、父は聞こうとしなかった。 そして、輪ゴムと会話するクワン、土と会話する泥(プク)、13年間一言も話さない鉄板(リラ)など、個性的な登場人物たちの中でムイタックは日々を過ごしていく。 その後、ムイタックの叔母の結婚式でムイタックはソリヤと出会う。そこでソリヤはムイタックとトランプをし、ムイタックは生まれて初めて負けた。 天才児ムイタックと、人の嘘が分かるソリヤをカンボジアで待ち受ける運命とは……。 この先の展開が非常に楽しみな上巻である。 | ||||
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| 分量、内容共にちょうど良い。 3時間程度で読めました。 | ||||
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| 上巻は1960年〜1970年代の革命の混乱の最中にあるカンボジアが描かれる。 小説はゲームのルールを世界に照応させながら展開されていく。ルールを理解できないものはあえなく脱落、命を落としてしまう。 しかし、現実はゲームと似て非なるものであるから、ゲームのルールとして捉える方法ではやはり、現実は収まりきらず、どこか遊離してしまう。その遊離を埋めるのは上巻ではガルシア・マルケスの『百年の孤独』のような幻想小説ふうなエピソードである。 現実をゲームのルールに当てはめた場合そのルール内に収まりきらない理由は人間各々に記憶、物語、つまりはひとりひとりの持つ小説、そしてそれにともなう感情があるからだ。 下巻では時代も進み現実との遊離を埋めるのはSF的なガジェットとなる。ひとりひとりの記憶、感情をP120という脳波に代替してゲームのルールと現実との遊離を小説に落とし込んでいる。 上巻のガルシア・マルケス風の幻想小説的な物語を楽しめた読者にとって下巻はつまらない、よくわからない可能性がある。 逆に下巻のSF要素を楽しめるのなら上巻も楽しんで読めているだろうと思う。 ソリヤは現実とルールとの遊離を破壊して、現実をしかと包含するルールを作り、それでもさらに遊離していく現実とゲームのルールとの関係を破壊してゲームの王国を創ろうとし…、と闇の連鎖に堕ちていく。 一方でムイタックは現実とルールとの遊離を破壊することなく遊離は遊離のままで、楽しむことそのものがゲームのルールに組み込まれているようなものを作ろうとする。勝者に権力が与えられるという報酬のない純粋なゲームをと。 ムイタックにとってソリヤは闇の中で光り輝く太陽だ。 ソリヤVSムイタックは権謀術数の応酬ではなく、子ども時代に純粋にゲームを楽しんだあの頃に戻りたいという、互いに救いを求めたラブコールの応酬なのである。 | ||||
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| 拷問の描写がキツかったが、いずれも手短に終わってくれて良かった。 | ||||
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