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横浜1963



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【この小説が収録されている参考書籍】
横浜1963
横浜1963 (文春文庫)

横浜1963の評価: 4.47/5点 レビュー 17件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.47pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(3pt)

歴史小説の旗手、伊東潤さんが満を持して発表したハードボイルド調のミステリー作品

歴史小説の旗手、伊東潤さんが満を持して発表したハードボイルド調のミステリー作品。伊東ファンならずとも、読みたくなるのは間違いないだろう。期待に違わぬ力作で、ストーリーには引き込まれるものがあったし、現代日本に今なお残る米軍基地の古くて新しい問題点を抉り出した功績も大きいと評価できる。ただ、物足りない点がいくつかあることも事実だ。全体的に評価すれば、やや期待はずれ、というところだろうか。

1点目の不満は、昭和38年という時代背景が、この時代に小中学生であった私にとって、すこし時代のズレを感じざるをえないことだ。
まず、基地周辺で米軍軍属を相手に性風俗の商売に携わる、いわゆるパンパンと呼ばれた女性たちの姿が小説の背景にときどき出てくるのだが、パンパンは昭和20年代末をピークに姿を消していき、昭和38年には皆無ではないにせよ、町の風景の中にはほとんど存在しなかったはずだ。私たちの世代でさえ、松本清張の「ゼロの焦点」などではじめてそんな人たちがいたことを知ったくらいである。傷痍軍人の姿も30年代初頭には見られたものの、この時期には目にすることがなくなっていたと思う。
次に、コカコーラが時代の雰囲気を表すアイテムとしてそこかしこに使われているのだが、昭和32年に発売されたというコーラを、当時の我々はそんなに愛飲していなかったという点だ。「昭和37年に壜の自販機が導入された」とボトリング会社の年表には載っているのだが、町でほとんど目にすることがないほど珍しいものだった。にもかかわらず、この小説では主人公が今の自販機とかわらずに使いこなしていて、妙に違和感を感じてしまった。同じく、犯行現場の公園内に、どう見ても5年以上前のコーラの壜が落ちている、とあるのも、確かに5年前の昭和33年にはコーラは販売されていたにせよ、公園内に無造作に捨てられているほど一般的なものではなかったはずだ。また、そんなものが転がっていたら、見つけた人は珍しいものを見つけたというインパクトを持っただろうと思う。このあたりに、昭和38年を生身で知っている私は違和感を持ってしまうのだ。
歴史小説と同じように史料を活用し、時代の雰囲気を醸し出すアイテムとして使うことは有効な方法だと思う。ただ、歴史小説の場合、作者も読者もその時代に生きていないため、多少の時代感覚にズレがあったところで受け入れてしまうのだが、昭和30年代を生きた人がまだまだ多く生存しているこの作品のような場合、史料を歴史小説の場合のように安易に使うことへの怖さがあるのではないだろうか。

2点目の不満は、特異な日米捜査官の設定が図式的で目新しくないことだ。作者の狙いはよくわかる。主人公たちの主張も悩みも矛盾も十分理解できる。だが、何故わかるのかと言えば、それは従来繰り返し小説やドラマで繰り返されてきた主題と大きく違っていないからだ。扱われている米軍基地の問題は今なお多くの問題点を残し、日米地位協定への不満として大半の国民が共有する世論にもなっている。そんなわかりきった事柄を、ハーフの日本捜査官ソニーと日系二世の米軍憲兵ショーンというキャラクターをわざわざ設定して、ハードボイルドタッチで喋らせる必要があるだろうか、と感じ、その瞬間に作中に入り込めなくなった。人物造形としては一見ユニークで、ドラマ的には面白いので、違和感なく読み進める人も多いのだろうが、私は読む手が止まってしまった。

3点目の不満。人間ドラマに深みが感じられないことだ。ここでは被害者の赤沢美香子に対する感情がソニーを捜査に突き動かす原動力になっていることの、よってきたる動機が十分描写されていない、という点だけを指摘しておきたい。確かに理不尽な犯罪であり、北海道の田舎から都会に出てきた将来有望で優秀な女性が未来を断たれたことへの同情からだ、ということはわかるのだが、犯罪捜査に携わる警察官ならすべての犯罪被害者に対して同じような感情を懐くはずだ。ことさら美香子に対して同情が向けられている動機がわからなかった。もちろん、話の展開の先には基地と米兵に対する怒りが絡んでくるのだが、捜査の初期からそのような私怨を抱いていたのだとすると、先走りにすぎると思えるのだ。

そして、最後に4点目。ミステリーとして面白くないことだ。ソニーが犯人の手がかりをつかむきっかけが、被害者の美香子とステーキハウスに同伴した米軍人がいたという事実だったのだが、たったそれだけの根拠の薄い情報で、捜査を打ち切れという上層部の指示を覆してまで継続しようとする信念がわからない。犯罪の過程を状況証拠とシナリオで類推していく捜査手法は昨今の冤罪事件の原因にもなっているが、ソニーの思い込みともいえる捜査は、客観的に見ればそれとかわらない。ミステリーを読みなれた人間としては、これは犯人ではないのではないかというドンデン返しを期待したのだが、最後までその期待はかなえられなかった。犯人は想定通り、犯人の処置も想定通りでは、根っこにある政治的矛盾に対する怒りさえ立ち消えてしまうではないか。

以上、生意気なことを書いてしまいましたが、伊東さんの歴史小説は高く評価していますので、ミステリーへの挑戦も今後、期待を込めて見守っていきたいと思っています。いささかでも作者に私の意図が届き、琴線に触れる箇所があれば幸いです。
横浜1963Amazon書評・レビュー:横浜1963より
4163904670

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