茶聖
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満足な状態です | ||||
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秀吉が頼りにしたのはよく理解出来た。 | ||||
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話の流れはともかく、言葉遣いや解説、時代考証などがおかしく、読んでいて気になる。 また人の心情の表現にも違和感がある箇所が多々あり、イライラするので読むのをやめた。 例えば下記 ・切腹立会いの3名がこれから腹を切る人の茶を飲みながら「殊勝な」顔つきをしているという表現。絶大な権勢をふるい、失脚した自分の師匠の死が迫る中、健気な顔をするだろうか。神妙な面持ち、のような言葉の方が雰囲気に合っている。 ・総見院殿大相国一品泰巌尊儀が信長の法名であるという記載。法名は浄土真宗の言葉。臨済宗は戒名。また、尊儀は法名ではなく、尊いものという敬う表現で、戒名を構成する位号とは違う。つけたいなら大居士。 ・宛所(目的)はなんですか、という書き方はなんとなくニュアンスが違う気がする。目的と狙いは違う。 ・栄西にえいさいというルビ。こんな本を読もうとする人ならみな知っているし、難読でもない人物、まして最近は「ようさい」とされることが増えている中でわざわざなぜルビをふったのか。 ・道安が義母の料理に舌鼓を打つ。という表現。 ・搦手に造られた茶室で客人を接待するという表現。単に居住空間に近い部分に接待用のスペースを設けただけで、別に裏手に拘って茶室を作ったわけではないだろう。それを城の表と裏、為政者の表と裏みたいなのと対比させているのが違和感。 ・三成が口頭で「……で候」と話す。当時は候は文語表現で、そんな話し方はしない。 ・陣中での大寄せの濃茶についての適当な解説、各服点という言葉が出てきたのは現代になってから。またこの茶の出し方がその後の何かに繋がっている訳でもなく、解説自体が無意味。 ・決戦が迫っている中の茶会で、戦況報告があり殺気だってくることに対して利休の「荒ぶる気持ちを鎮めるのは容易なことではないというのに」という頓珍漢な感想。秀吉に茶の湯で武将の気を鎮めてほしいと言われてたにしても、戦時中に気を沈めてどうするのか。 | ||||
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色んな本などに書かれているが、利休が何故、切腹に至ったのかがスッキリ分かりやすく書かれていた。 豊臣家は滅び、千家は700年経った今でも残っている。茶の湯も然り。 将来など誰も見通せないが、そう考える中々考えさせられるものがあった。 | ||||
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戦乱の世を静謐にするために茶の湯が必要という設定が最後までしっくり来ず、違和感ありのまま読了。 小説とはいえ、主人公利休を盛りすぎなのも違和感。策略など何でもかんでも利休が考え付き、冷静沈着で頭が切れる設定かと思いきや、弟子にはいきなり怒鳴るとか、人物像がブレブレのように感じた。 | ||||
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