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ねじまき少女
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ねじまき少女の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.12pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全49件 1~20 1/3ページ
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古典SFは科学の限りない発展による遠い未来(輝くものとは限らない)の世界を夢見たが、 サイバーパンク小説はもっと近い未来、不完全で人をゆがめるような技術と、巨大資本による世界支配を予測した。 ある意味で、それはもう現実化しつつあるように見えるが、 現実・現代の環境破壊は、そんな歪んだ世界さえ滅ぼしてしまいそうな勢いで進んでいるようにも見える。 パオロ・バチガルピが紡ぐ物語、エコSFなどとも呼ばれた作品群は、そんな差し迫った危機を描いて見せる。 世界を経済的に支配するために遺伝子操作された作物、害虫、病気がばらまかれる世界。 しかし、現実でも遺伝子組み換え作物の是非を問うまでもなく、通常の農作物や店頭で普通に売られている種苗ですら、不稔化されて植物・生物の本来の性質を失わされた上で商品化されたものであり、本来の種子は失われる方向にある。 地球環境が破壊されていると言う情報に懐疑的な人々は実際多いし、 人類は(科学者の一部が言うようには)滅んだりしないのかもしれない(オゾンホールもふさがるそうだ)。 しかし、確かに今も飢えや貧しさだけでなく土地の浸食などで困窮している人々は多く居る。 (全ての報道が偽りでないなら。) 破壊とまで呼べる環境変化が実際には起こっていない、少なくとも人類の所為じゃない、としても、日常の生活用品や食品の値上げをぼやかずに居られない層なら、 その「燃えている対岸」に落とされる可能性は限りなく高いと思う。 例えば「渚にて」に描かれるような静かで、ある意味安らかな終末をむかえられるとは思えない。 「いずれすべては海の中に」も環境破壊の末の終わりとしては希望を持ち過ぎのように感じる。 喧騒と貧困と暴力と汚染の絶望に満ちた世界で、うだるような暑さの不快感に苛まれながら生きるために(稼ぐために)足掻かずには居られない、そんな人々を描くこんな作品こそが、今、読んでおくべき物語ではないか、と言えば大げさだと笑われるだろうか。 (世界が物語のように破壊されるとは限らないけれど、 物語のように都合よく世界を救う手段が見つけられるとも限らないのが現実だと思うのだが。) | ||||
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ねじまき、遺伝子改変と疫病、カロリー企業と昔ながらの生活の対立構図っていう設定は面白いんだけど、説明が皆無で、断片から推理しながら読むしかない。そのへんの設定がピッチリ世界にハマるのがSFの気持ちよさだと思うんだけど、それは先に出た短編のほうで全部書いちゃってるのかな? ほんでその面白い設定の上で展開する話は、つまらない政治。ワシの好みからすればいらん蛇足だけを読まされてる気分。 ほんとに設定はシビれるくらい面白いんで、そこだけもっと深堀りして読みたい。短編のほうを読めばいいのかな? | ||||
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"きみたちはいま、過去にしがみついてるせいで死んでるんだ。わたしたちはいまごろ、全員ねじまきになっているべきだったんだ。初期バージョンの人間を瘤病から守るよりも、瘤病に耐性を持つ人間を作るほうが簡単なんだから。"2009年発刊の本書は、SF賞を総なめにしたディストピアSF傑作。 個人的にも少し縁のあるタイ、バンコクを舞台にした本書。群像劇的に展開する上巻の途中で挫折していたのですが、今回ようやく読み終えました。 さて、そんな本書は【石油が枯渇しゼンマイ仕掛けの機械(とそれを巻く遺伝子改造された象)エネルギーが普及した】世界、また意図をもって創り出された【疫病が蔓延する一方、それに対応した穀物を法外な値段で売りつける】カロリー企業が牛耳っている世界を舞台に複数の登場人物の視点で物語がバラバラに展開していくのですが。 率直に言って、以前は【ややあやしい翻訳】それと【エネルギー資源問題、ウイルス、遺伝子操作】と現在地球上で懸念されている事態がことごとく最悪の形で実現した】ようなディストピア設定を読み込むのに一苦労したのと(この点は確かに帯通りにニューロマンザーと近い感覚)また、そこで日本企業の遺伝子操作により労働者として生まれた新人類"ねじまき少女"ことエミコが【度々性的に虐げられている場面】に嫌悪感を覚えて【上巻で挫折してしまっていた】のですが。 今回【途中から最後まで無事に読み終えて】そのエミコが自らとった行動によって【全てが加速して、見事に収束しているラスト】に拍手を贈りたくなりました。また一方で、エミコも含めた個性豊かな登場人物を勧善懲悪的ではなく【それぞれに偏らずに描いている】点も含めて面白かったです。 また東洋的なモチーフが取り入れられた似たようなディストピア世界だとブレードランナーとかを想像しがちですが。SF作品には珍しく?タイを舞台にしていることで、また違った【熱帯的な暑さや雑多感を感じさせてくれている】のも新鮮かつ本書の特徴的なところではないかと思いました。(しかし、こんな破滅の予感しかない酷い近未来が、どこかしらありうるかも?と今は思ってしまうのが怖い。。) よく練られた設定、世界観を感じさせるSF作品好きな方へ、またSFならではのディストピア世界に浸りたい方やタイに縁ある方にもオススメ。 | ||||
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"きみたちはいま、過去にしがみついてるせいで死んでるんだ。わたしたちはいまごろ、全員ねじまきになっているべきだったんだ。初期バージョンの人間を瘤病から守るよりも、瘤病に耐性を持つ人間を作るほうが簡単なんだから。"2009年発刊の本書は、SF賞を総なめにしたディストピアSF傑作。 個人的にも少し縁のあるタイ、バンコクを舞台にした本書。群像劇的に展開する上巻の途中で挫折していたのですが、今回ようやく読み終えました。 さて、そんな本書は【石油が枯渇しゼンマイ仕掛けの機械(とそれを巻く遺伝子改造された象)エネルギーが普及した】世界、また意図をもって創り出された【疫病が蔓延する一方、それに対応した穀物を法外な値段で売りつける】カロリー企業が牛耳っている世界を舞台に複数の登場人物の視点で物語がバラバラに展開していくのですが。 率直に言って、以前は【ややあやしい翻訳】それと【エネルギー資源問題、ウイルス、遺伝子操作】と現在地球上で懸念されている事態がことごとく最悪の形で実現した】ようなディストピア設定を読み込むのに一苦労したのと(この点は確かに帯通りにニューロマンザーと近い感覚)また、そこで日本企業の遺伝子操作により労働者として生まれた新人類"ねじまき少女"ことエミコが【度々性的に虐げられている場面】に嫌悪感を覚えて【上巻で挫折してしまっていた】のですが。 今回【途中から最後まで無事に読み終えて】そのエミコが自らとった行動によって【全てが加速して、見事に収束しているラスト】に拍手を贈りたくなりました。また一方で、エミコも含めた個性豊かな登場人物を勧善懲悪的ではなく【それぞれに偏らずに描いている】点も含めて面白かったです。 また東洋的なモチーフが取り入れられた似たようなディストピア世界だとブレードランナーとかを想像しがちですが。SF作品には珍しく?タイを舞台にしていることで、また違った【熱帯的な暑さや雑多感を感じさせてくれている】のも新鮮かつ本書の特徴的なところではないかと思いました。(しかし、こんな破滅の予感しかない酷い近未来が、どこかしらありうるかも?と今は思ってしまうのが怖い。。) よく練られた設定、世界観を感じさせるSF作品好きな方へ、またSFならではのディストピア世界に浸りたい方やタイに縁ある方にもオススメ。 | ||||
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複数の登場人物の視点から未来のバンコクを描く。いきなり創作世界固有の用語がなんの説明もなく出てくるので、決して読みやすいとは言えない。ここまで説明のための一文を省く長編小説は初めてである。読みやすさが犠牲になったが(いやー疲れた!)、そのために黙示録的、叙事詩的な雰囲気が邪魔されずにいきている。とも言えるかもしれないが、やはり分かりづらく没入感を阻害するので独りよがりとの謗りは免れ難い。 いわゆる隠された世界の秘密を暴くタイプのSFではない。遺伝子操作がこの世界のキーテクノロジーであることは序盤から明らかだが、遺伝子操作についての技術的な解説やガジェットは、伝説的?遺伝子リッパーが登場しても、ほとんど語られない。グレッグイーガンなどのハードSF作家とは違い、そんなことにはあまり興味がない作家なんだろうと思う。背表紙にもエコSFと書かれていたが、それは間違いではない。ギブスンやイーガンではなく、フランクハーバートの『デューン』の系譜の遠い親戚に連なる作品なのである。ただ、同作は巻末に「事典」が付いているので、世界観はもっと伝わりやすいが。 エミコがなぜ本能に抗ってサバイブできたかとか、ギボンズの生命観とか人類観みたいなものを、もう少し語って欲しかった気がする。ホクセンやカニヤはほとんどねじまきとの接触もないので、彼らのパートはどうしてもSF感が薄い。アマゾンでいろいろ書いている人たちの期待ハズレ感も、ほんとはそのあたりにあるのではないか。 SF感の薄さと入り口の狭さはあるが、物語としてはよく練られていて面白かった。 追記 作家の上田氏によれば、これはノワール小説であって、皆が何かを求めてあがくが、ついに誰もそれを手に入れられない、という。なるほど、全くその通り | ||||
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ネタバレしたくないので内容には触れませんが、 登場人物たちに十分感情移入させるストーリー展開になっていないため 後半にはもう誰がどうなってもいいようにしか思えませんでした。 SFとしてのアイデアがストーリーに絡んでいれば楽しめたのですが、 むしろSF世界を背景にしたアクション小説、といった程度のものでした。 短編は非常に面白かったので残念。 | ||||
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*Kindle版で読みました。 誤訳が多いと聞きましたが、Kindle版は紙本の第5版を底本にしており、読みづらさは感じませんでした。もし紙本を買う場合は、うっかり古い版を買ってしまわないようご注意を。 *「ねじまき少女」のスタイルとして、造語を説明なしでポンと出し、時間をおいて、または別の登場人物の視点で説明することが多いです。わからない言葉はいったんスルーする技術が必要かも。私は、同じ作者の短編集「第六ポンプ」に収められている、「ねじまき少女」と同じ世界が舞台の短編「カロリーマン」「イエローカードマン」を先に読んだため、<ねじまき世界>にはすんなり入れました。この読み方はおすすめですが、一方で、いきなり「ねじまき少女」から読み始めて混乱するのも楽しかったかだろうなあと思います。 なお、作者のホームページには、「ねじまき少女」(米国版)の新版に、「カロリーマン」「イエローカードマン」が収録されていると書かれていました。難しいのは承知ですが、こういうことやってくれないかなあ、ハヤカワさん? *2016年のいまになって、作者をグレッグ・イーガンやテッド・チャンと比べる方もいらっしゃらないと思いますが、少なくともイーガンとは書くことがまったく異なるので、比べても意味がありません(チャンは未読なので不明)。少なくともバチガルピの登場人物は、卑小で、利己的で、感情的で、でも時にすばらしく高潔なことを衝動的にしてしまう、21世紀初頭と変わらないひとびとです。 *<ねじまき少女>エミコと同様、読者は、いきなりタイ王国に放り出された存在です。5人の主要な登場人物に悪霊のように取り付き、彼らが抱えている問題と、彼らが引き起こすとんでもない騒ぎを見守るだけです(群像劇であって、特定の主人公はいませんので、アンダースンやエミコをヒーローやヒロインと思いこんで読むと、あとでがっかりするかも)。 エミコを含め、5人ともくせがある主要人物ですが、元華僑の老人ホク・センがいちばんのお気に入りです。社会最底辺の難民としてかろうじて仕事とあばら屋を手にしただけですが、あらゆるチャンスを利用して金を貯め、情報を売り、もう一度成り上がることを夢見る人物です。このあきれるほどのヴァイタリティーが自分にも欲しいです。 *というか、私がこの5人の誰かの立場だったら、たぶんストレスで1ヶ月と持たないでしょう。誰も彼もエネルギッシュで前向き。 *また、スピリチュアル(?)なネタが絡むのも、「ねじまき少女」の特徴です。悪霊が某人物に取り付く(本当に悪霊なのか、取り付かれた人の良心の声なのかは説明されません)のもそうですが、「輪廻」する魂たちに対して、魂を持たない<ねじまき>は何を支えに生きていくのか。業(カルマ)を背負うのは個々人か、人類全体か。<ねじまき>達、新人類は、生まれながらに業から解放されているのではないか。 *そして、「ねじまき少女」というタイトル。結局本作の2大仕掛けである「遺伝子操作」と「石油資源に変わって社会を支えるゼンマイ」の両方の象徴なのでしょう。 さらに、あのすばらしいラスト。 *結論。誤訳がほぼなくなり、文句なしの傑作に。 *おまけ。原書の表紙イラスト。エミコにフォーカスした日本版と違い、世界観が伝わるイメージですね。[・・・] 参照。 | ||||
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現在地球上で懸念されている事態が、ことごとく実現した世界。 タイトルの「ねじまき少女」とは遺伝子操作を駆使して人の手で作られた新人類である。 石油が使えないこの世界では、ゼンマイを人力や動物の力によって巻き上げ、それを解放することによって起きるエネルギーを利用して生活している。このイメージから「ねじまき」は現在の感覚で言うロボットという風に受け取れるが、実際はロボットのような特徴を遺伝子的に持たされた人造生命体である。 上巻では『ねじまき少女』の仮想世界設定が400ページかけて徐々に明かされてきた。ばら撒かれた歴史や設定を読み込むこの作業に一苦労したのだが、全体像の見えないなにかを少ない手がかりで解読していく作業は、小説読みにとって快感そのものの作業でもあった。 さて下巻では、タイの心臓ともいえる「種子バンク」への侵入を狙うファランと、タイの実権を握ろうと画策する通産省(外務省・経済産業省的な役割)の動きが引き金となって、怒涛の変革が首都を襲う。 上巻の後半で活躍した環境省(検疫を司り実行部隊も抱えている)のカリスマ的存在“バンコクの虎”と称されるジェイディー・ロジャナスクチャイ隊長の死に激昂する環境省が、首都バンコクを震撼させる。 下巻からはカニヤ(ジェイディーの部下の女性)の視点が物語の背骨を作ってゆく。非服従の誇りか、寄らば大樹の安寧か。天秤をふいに手渡された彼女の心も大きく揺れ動く。 “ねじまき少女”エミコは人間の所有物である現在の境遇と習性から脱するために跳躍する。その衝撃波が世界に揺さぶりをかけ、時代が大きく動くことになってゆく。 章ごとに語り手が変わり、どちら寄りに立つわけでなく語られてきた物語が、最後の最後にグワッと読者の心を鷲掴みにする瞬間がやってくる。感極まり、まるっきり他人事だと思えなくなる。それまで気づかないふりでそらしていた目を、顎をつかんで振り向かせられた感じ。 終わってみると、エミコの生き様とカニヤの生き様は、相反するようで似通っている。 自然か反自然か、そんな二元論では語りきれないのが我々の未来なのだと、悪魔的な神がつぶやいて終幕をむかえる。 本作が書かれる前に発表された作者の短編集『第六ポンプ』には『ねじまき少女』と共通の仮想世界に属する物語「カロリーマン」と「イエローカードマン」が収録されている。 それを読むついでに他の作品も拾い読みしたのだが、少女や若い女性が物語の鍵を握っているのが印象に残った。彼女たちの決断がカタルシスへ至る最後の一石を投じた形となる、破壊と再生の女神といった趣であったのだ。 本書における“彼女たち”、エミコ・カニヤ・マイもそれぞれ働きは違えど上記のようなバチガルピ・ガールの性質を備えていた。 一見ディストピアを描いた暗い話のように思えるが、バチガルピの物語はどれも結末が妙に清々しい。多くの者がはらわたをぶちまけて死んでいく傍で、死者と等しくとるに足りない存在である語り手が、殻を破り生気をみなぎらせてどこかへ出発してゆく。そんな印象の作品であった。 | ||||
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舞台は近未来のタイ。 温暖化による海面上昇、病に冒された食物が人の命をおびやかし、石油の枯渇により動力源が生き物の物理的運動に頼るほかなくなった日常。 あるいは人間が、あるいはメゴドント(体高4.5メートルの遺伝子操作により生まれた象からの新生物)が、物理的運動によって動力を供給する。 またはゼンマイを巻き上げて、それを解放することによって起きるエネルギーを利用して生活している。 安全な食物が乏しく、それらは世界企業に掌握されている。 自由貿易で利益を得ようとする外国企業と、かつてそうした者たちからもたらされた疫病で国内の作物が全滅に追い込まれたタイ。 章が改まる毎に視点が変わる。 タイ人視点の時は「ファラン」、日本人の時は「ガイジン」というように、異国人、特に西洋人を表す言葉が変わるのに気がつく。 タイ人、中国人、日本人、アメリカ人(?)が出て来るが、各国の歴史背景を持った思考と行動原理の書き込みにも圧倒される。 場の力を掌握している側と、被支配の立場の双方の視点から語られ、組み上げられた世界の緻密さ揺るぎなさが圧巻だ。 そしてそれは立場が違うだけじゃない、カルマ(宿業)が違うのだとジワジワと伝えてくる。 日本人から見ても日本人の描写が門切り型でなく、日本らしい本質の側面を捉えていてドキリとする。 それはタイ人にも、虐殺を生き延びた難民の中国人にも言えるのではないかと思う。(私の各背景への理解度ではアヤシいのだが) アメリカ人のこの作家の、異文化へのシンクロ度はなんなのだろう!というのも、この作品において瞠目すべき点だと思う。 その日本が作ったねじまき少女エミコ。 遺伝子操作により生まれた人工生命体、新人類だ。 セクサロイドとしての「生まれつき」を持たされた彼女は嬲られることを「当然」と感じつつ、独立した一個の生命としての希求も併せ持つ。 そのせめぎ合いが丹念に描かれ、切実に迫ってくる。 奇病の蔓延、遺伝子汚染、人工生命体、新種の奇妙な果実、熱と臭いのこもる工場、不快な湿度、人種の弾圧、虐殺の記憶、宗教観、倫理観様々な要素が絡み合いくい込み合って、凄い密度の曼荼羅を描き出している。 新奇な視点を打ち立てたSFではないように思う。 この作品の素晴らしさは、この世界の病も、人類存続の瀬戸際を感じさせるあらゆる問題も、すべて現時点から遠くない地続きの未来だと感じさせることだ。 21世紀の今、核の脅威よりもっと現実的と言えるかもしれない。 こうした仮想世界の設定が上巻400ページのなかで徐々に明かされていく。多くの人物の視点の中にばら撒かれた歴史や設定を読み込むだけでも一苦労する。 だが全体像の見えないなにかを少ない手がかりで解読していく作業は、小説読みにとって快感そのものの作業でもあるのだ。 私の実力では手にあまる部分もあって、かなり時間がかかったが、非常に深い満足を味わうことができた。 こうした「解読する快感」が帯にあげられていた『ニューロマンサー』に近いものがあるかもしれない。 文章が立ち上らせるイメージも鮮やか。 タイには馴染みが無い私だがすっかり物語世界に浸ることができた。 ドラマチックな映画的シーンもあったり。 空港襲撃から登場する白シャツ隊長ジェイディーの活躍するシーンは、スピード感や人物のもつ熱量のボルテージが高く、胸が躍る。 登場人物たちのここに至るまでの時間、思いをつぎ込んだ結晶として場面が展開し、高密度の世界に取り巻かれて息が詰まりそうになる。 下巻も楽しみだ。 | ||||
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「カロリー企業」ってなんだよw 説明くらいしろよw 専門用語が多すぎ。 今読んでいる4ページの間に、遺伝子リッパー、ゾウムシ被害、種子バンク、カロリー企業、ソイプロ、ノアと聖フランシスコ、瘤病、改良型ゼンマイ、チェシャ猫、拡張タワー群、違法な畜糞、チャパティ、石炭戦争、メゴドント、ファガン・ルリンジ、ビンロウジ、合掌して感謝・・・・・・。 読んでいてイメージがさっぱり湧かない文章だ。 もちろん語彙の豊富な人は読んでも大丈夫だろうが・・・。 | ||||
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上巻よりもさらに酷くなっている訳のせいで、文章にリズムは無くただひたすら判り辛い。 正直読んでいて苦痛でしかない。 脈絡が無さ過ぎ(というか判り辛すぎる)で、精神を病んでいる人の脈絡のない話をひたすらノートに書きとめたような内容と大差ないです。 お金をドブに捨てたい人は購入してもよいかも。 登場人物も全く魅力的ではなく、伏線かと思っていた部分もまったく意味が無いまま結末を迎えてしまう始末。 お金と時間を無駄にしました。 | ||||
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下巻読了後の感想です。 誤訳が多いという評判もあってか本当に原文でもこういう風に書かれているのかな?と言う感覚が最後まで抜けませんでした。 あらすじ、設定などの説明は読む前に知りたい方は検索していただくとして。 世界はリアリティを感じる点、感じない点がそれぞれありますが退廃した近未来SFとしてはうまく描けていると思います。 シェールガス革命から石油資源にかかる心配がかなり減っている現在、設定に苦しい点が増えたと思いますが 2009年、あるいは翻訳された2011年当時ならよりリアリティがあったのではないでしょうか。 アグリジェン社の設定なんかはモンサントが目指す先を見ているようですし巨大企業に支配され自然な生き物はかなり淘汰され石油資源は切れ、それにより世界が絶望している にもかかわらず人々は生きていくという感じはなかなかの物でした。 ただ、シナリオの展開の仕方と言うかギミックがどうかな、と。 複数視点の物語で個々の話は結構面白いですがそれぞれの物語は完全には絡まらず、状況の裏話的な物が多く冗長な感じがしたのと 物語が最後の風景を描くために逆算してご都合で作られていっている感を感じてしまいました。 それに合わせて世界設定にリアリティを感じない点もそれなりに目立ちますし用語の選択にも違和感がありましたし(誤訳かもしれません。初版を読みました) 面白い世界観ですし面白いエピソードも多いですがいまいちこの世界に没入できない感じでした。 | ||||
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エコ・ディストピア小説。気候変動と遺伝子操作生物により生態系が激変し、 従来の農業経済が崩壊した近未来。世界は遺伝子改良作物を供給する少数の 「カロリー企業」によって牛耳られていた。その中でタイ王国は厳重な検疫と 秘匿された「種子バンク」によって辛うじてカロリー企業からの独立を保っていた。 カロリー企業の社員アンダースンは種子バンクの在り処を突き止めようと 調査をする中、輸入が禁じられた遺伝子改変人間、「ねじまき」のエミコに出会う。 微笑みを失った微笑みの国を舞台に、陰鬱で不穏な空気を漂わせる上巻。 | ||||
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外国企業の活動を制限しようとする環境省と、自由化を進めたい通産相の間の対立が激化し、 タイ国内は一触即発の様相を呈していた。そんな中、差別によって虐げられ、 環境省による摘発に脅えていた「ねじまき」のエミコが自由を渇望するあまりに とった行動によって国中が騒乱に巻き込まれていく。暴力、陰謀、裏切り、腐敗、 憎悪、差別、破壊ばかりが描かれる、救いのない物語は、しかし最後に絶望的な希望を 示唆して終幕する。それは人間よりも清らかな魂を持つねじまきたちが、 やがて人類にとってかわるかもしれないという新たな人類進化の未来である。 | ||||
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結果的に正解だったな、と思います。 数々の賞を総なめにしたSFの名作との触れ込みですが、期待外れでした。 発想自体はとても良いものだと思いますが、それを全く生かし切れていない。 何より酷いと感じたのは読み辛さです。 誤訳を疑ってしまうほどの読み辛さ。何度も何度もアレアレ?となるシーンがあり、その都度数ページ前まで読み直すという作業に辟易となりました。 ここ最近帯の煽りや広告などによる宣伝、権威ある大賞受賞作などに釣られ購入したものの、期待外れだったということが多々ありました。 今回はアマゾンのレビューを参考に上巻のみ購入したため、いらぬ散財を押さえることが出来ました。 レビューに感謝の意を込めて★2つ | ||||
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読了するのに2ヶ月かかった 感想はタイトルの通り 暗い物語なので、読み辛かった のだと思います。 | ||||
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上下巻ともイッキに読了。 舞台は未来のタイ。石油は枯渇し、海面は上昇し、疫病がはびこった挙げ句、人間が生きられる世界は縮小している。 結果、ローテク化している。ねじまきを巻くのに、ゾウを遺伝子操作したメゴドントという動物を使役している。タイらしく(?)僧侶の権威が高いのが面白い。 環境省の白シャツ隊、経産省(カロリー企業)と移民たちの三つ巴の戦いが暴力的に描かれる。これらのトリガーとなるのが、日本製のねじまき少女=エミコだ。新人類ねじまき少女のスピードがすばらしい。(マンガ「FSS」に出てくるファティマをイメージしてしまった) カロリー企業の経営者アンダースン・レイク。 白シャツ隊隊長のジュディー、その部下カニヤ。その世界にどっぷりと浸かれば、面白いと思う。 防疫のためには非常にならなくちゃならない。白シャツ隊の苦悩ったら想像できない。国民を守るためには、外国人には排他的にならざるを得ない。 ・・・恐ろしい世界だ。 | ||||
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舞台がタイというのがいいです。タイならこんなことあるよなあきっと、みたいな思い込めるところがありました。 | ||||
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ヒューゴー賞というタイトルには結構な期待を抱いてしまっている気がする。 エンタメとして、確実に面白い、というような。 それに関しては、この作品に過度な期待を抱いているのかもしれない、と思う。 まだ上巻しか読んでいないので、なんとも言えないところは大きいが、今イチ波に乗り切れない。 世界観はそこそこ退廃的でいい感じだし、難しい単語も出てこないのに、なんでだ。 なんだか、世界観が先行していてキャラクターに魅力を感じない気もする。一方で、SFに関しては世界観が面白ければキャラクターが立ってなくても十分に面白い時もある。だから、これは出来に関する判断材料にならないけれど。 というか、世界観はすごく素敵。 冒頭からの世界観導入には不覚にも興奮した。 いっそ、環境ビデオレベルにこの風景を描写していてくれ、と。 じゃあなんでというと、ストーリーの主軸が見えづらいというのはある……気がする。 それ以上に訳文が読みづらいというのもある。思わず「ねじまき少女 誤訳」で検索をかけた。「ねじまき少女」と入れた瞬間に検索候補に「誤訳」と出てきた瞬間は失笑した。 正直、これが初めてのSFだったら、「SFって読みづらいな」とか思いそう。 とりあえず、内容に関しては下巻を読んでから。まだ、期待値はある。 これから読む人がいるならば、寛大な気持ちで読み始めた方がいいと思われる。 | ||||
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タイトルを見たら、誰だってAIを搭載した人造少女の葛藤を描いた力作と思うじゃないか。そんな高尚なものではなかった。かわりに劣化したSM小説みたいな低俗ポルノ描写を読まされ、吐き気をもよおした。 作者は日本の若い女性は従順な性奴隷だと信じているらしい。中国人やタイ人の描き方も、呆れるほど類型的だ。未来SFどころか、百年前の下品な風俗小説みたいだ。 だいたい「ねじまき」て何?どんな技術で作ってるの?科学的解説が皆無なので、さっぱりわからない。 ぎくしゃくした変な動きの少女が、唐突に超スピードで武装した男たちを殺しまくる。こんなことは論理的にありえない。速いということは、無駄の無い洗練された動きができるということだから。 日本文化とアジア諸民族に対するひどい侮辱を考えると、本書は無価値なだけでなく有害である。 ヒューゴーもネビュラも堕ちるとこまで堕ちたね。アメリカの新作SFは二度と読まない。翻訳もひどいし。 | ||||
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