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地のはてから
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地のはてからの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.34pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全47件 21~40 2/3ページ
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私は道産子3世ですが、当時の開拓者の苦労に思いを馳せます。 | ||||
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この本の舞台は知床ですが、ゆっくりと旅したことがあり、本に登場する斜里、カムイワッカの滝、オシンコシンの滝などが懐かしく思い出し、本に引き込まれました。主人公の幼いトワがオホーツク海を望む知床で、どんな苦難にも負けずに健気に生きて、子供達を育てていく姿に生き方を学んだような気持ちになりました。時々、読み返したい素晴らしい作品です。 | ||||
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仕事で使用しましたが、とても役立ちました。ありがとうございます。 | ||||
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小説は躍動感があり、時間を忘れて一気に読んだ。稀に見る物語。 それにしても、重里某の解説?が最悪、最低。読後感を見事にぶち壊してくれる。巻末に入れるようなレベルなものではないのは明らか。読んでて腹が立った。 | ||||
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上下巻に別れている場合、下巻で失速することが多いが、これは最後まで目が離せなかった。 乃南さんの作品はよく読んでいるが、これが一番よかった。 方言を良く勉強されたなあと驚きます。 北海道開拓史としても興味深く読めて貴重だと思う。 | ||||
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最初は、主人公とわの母親が主人公だと思っていたら、途中から元気な女の子とわが主人公に。 当時の生活環境の厳しさは、今の比じゃないな、昔の人は本当に辛抱強いなと思いました。 知床が昔はこんな感じだったんだと、一度北海道へ行って、とわが見ていたであろうオホーツクの海をみたくなりました。又、福島弁がすごくいい味だしてます。 当時は、北海道に行くことは、引越しや転勤ではなく、「移民」として北海道の大地を開拓していかなくてはいけない時代。人食いクマに襲われた「三毛別ヒグマ事件」も、この頃かなと思ったりもしました。家にいるのに、どうやって熊に襲われたのかと思っていたら、とわ達の住んでいた小屋みたいなものだったら、想像がつきました。 極寒の北海道でそんな簡素な小屋で、畳もなく、葉っぱを敷き詰めただけでよく生活できたなと、今の頑丈な家に暖房が当たり前の現代では、畏敬の念を抱きます。 人間どんな環境でも、時代でも、精一杯生きて生き抜こうと思えば、生きて行けれると思いました。 現代の贅沢に慣れてる現代人は、ちょっと歴史を振り返って自分の祖父母、曾祖父母時代に思いを馳せて見るのもいいかもしれませんね。 現代人にお勧めの書です。 | ||||
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品質(金額、状態)は普通だと感がえました。 この本は近代史ファン或は北海道開拓史ファンにおすすめです | ||||
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品質(金額、状態)は普通だと感がえました。 この本は近代史ファン或は北海道開拓史ファンにおすすめです | ||||
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乃南さんはほとんど読んでいますが、少し異色と感じました。 中盤からは引き込まれて行きましたが、序盤は進みが遅かったです。 しかし、方言を良く勉強されたな〜、と感心しました。 相変わらず、情景が目に浮かぶ描写は流石です。 | ||||
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人生のいろいろな場面で、思い通りにいかず、大したことのないヤツがうまくいったりして、深く落ち込むときがありました。そんな感じをこの本の読んでいる間、ずっと感じていました。今だから、あの時にこうしておけばよかった、そうじゃないんだよ、と心の中で叫びながら読み通しました。あなたは何を感じながら、この本を読むのでしょう?ぜひ、試してみてください。 | ||||
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ブックオフで上を購入し下がどこを探しても無くここで一発発見即買いで一揆読み 満足でした! | ||||
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100ページを超す長い序章は読むのに時間がかかったが、そのあと、主人公がとわに移ってからは一気読みだった。 あの時代の北海道、そこに暮らす人々の言動がこの小説の通りだとは思わないが、小説としてのリアリティは充分すぎるほど充分で、迫力に圧倒されるほど。ちなみに、下巻はもっと加速して読みました。 | ||||
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序章が長すぎたためなのか(背景を理解するのに必要だったので、無駄だとはまったく思いません)、最後のほうはささっと終わりすぎたかなと思いました。せっかく出てきた登場人物も短い文章でさっと片付けてしまっていたし、そこまでのじっくりと描いた日常と比較して、戦後すぐのところとか、夫のこととか。これから読む方がいるのであまり詳しく書けませんが、ちょっともったいない気がしました。とはいえ、そこに至るまで本当に夢中で読めました。 | ||||
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上巻は東北の少女の苦労話「おしん」やないか?「その後のとわ」が気になって下巻を、作者の筆致は冴え渡り容易に感情移入できた 初恋の憐憫の情の表現の細やかさには感服した。ストーリーも社会性をおび始め壺井栄の「二十四の瞳」を想起した。ただ、若い読者のためか歴史的社会的背景の挿入がぶっきらぼうで文脈・イメージが途切れるような箇所があるのは残念。そして、三吉との最後のシーンは・・・初恋の相手はいつまで経っても美しいままでいてほしいものです、私のような爺になってもそう思います。 | ||||
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著者独特の人物と背景描写で戦前戦後の日本を描きながら、東北福島から北海道知床、小樽と舞台を移しながら、たくましく生きる一人の女性とその家族の人生を、抜群の筆力で、描ききる。傑作。 | ||||
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「火のみち」から何となく、乃南さんから遠ざかっていました。 図書館で何気なく見つけ、上下巻で地元(やや遠い)なので、 読んでみました。 借金で二進も三進もいかない男が家族共々、国の甘言に騙され イワウベツ開拓(現岩尾別)の地へ・・と物語は始まりました。 「女は強いな」読後の率直な感想、読んでいるときのBGMは 「岩尾別旅情」実際に聞いている訳では無いのですが・・・。 | ||||
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ろくでなしの男たち。苦労の連続の女たち。 ただただ生きていくことが、こんなにも大変な時代があったことを 時折、思い出しては自分を顧みてみようと思った。 方言もすばらしく心に沁みいる。 「凍える牙」を超える名作だと思う。 | ||||
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父作四郎に連れられ、とわは母つねと兄直一とともに、夜逃げ同然で福島から北海道に渡った。 そこで待っていたのは、過酷な環境だった。冬の寒さに耐え、登野原一家は北海道で必死に 生きていこうとするのだが・・・。 登野原一家が北海道に来た大正の初めは、私の祖父がやはり福島から北海道に来た頃でもあった。 その当時の苦労話を、祖父母から聞いたことがある。北海道の自然は過酷だ。人間に容赦なしだ。 働いても働いても報われることなく、力尽き斃れていく人たちもいたと聞く。登野原一家も大変な 苦労をして生き抜いていくのだが、読んでいて自然の過酷さが伝わってこない。「開墾の記」と いう、坂本直行さん(直行の祖父直寛は、坂本竜馬の甥)が実体験を書いた本があるが、それを 読むと開拓の苦労がぐっと迫ってくる。リアルだ。だが、作者の描く自然の過酷さは、想像の域を 脱していない。北海道に生まれ育った者としては、描写が物足りなく感じる。もし作者が実際に 北海道の過酷な自然・・・特に冬の厳寒期を体験してこの作品を描いたのなら、もっと違った描写に なり、とわの半生記はより感動的なものになったのではないか。作者の情熱が伝わってくる面白い 作品だと思うだけに、とても残念な気がした。 | ||||
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本当に馬鹿で情けないろくでなし夫・父親というのがいるものだ。大正時代の福島は神俣という寒村に、登野原作四郎という家族に気遣い全くなく、野良仕事を嫌い、投資や金の話を聞くと目の色を変えるろくでなし亭主の存在で、一家の人生は急変させられる。この亭主は家を逃げ出し東京で一旗揚げようと目論むが、結局は株に失敗し大借金を作り、金貸しから追われ神俣に逃げ帰る。しかしそこも危険として、福島から北海道に渡る開拓移民団に勝手に応募してしまう。ある厳寒の2月末の深夜に、家族4人(夫の作四郎、妻のつね、長男の直一4歳、妹のとわ2歳)は大八車で郡山まで歩いて夜逃げする。本家、親族郎党には内緒の逃避行となった。ここから大正、昭和の戦前、戦後まで、母「つね」と娘「とわ」の波乱万丈な半生が描かれる。寒さと、飢えと、貧困の知床半島の開墾は生半可なものではない。アイヌを除いては和人が初めて入る地であり、開墾は遅々として進まず、作物は植えても毎年襲来するバッタの大群に全てを喰い尽される。本書を読み始めるに、先ずは日本地図が片手に必要だ。郡山から二本松、福島、秋田、能代、青森、青函連絡船の三等船室は船底の座敷牢そのもの、函館から小樽、札幌、岩見沢、砂川、旭川、池田、野付牛、網走、春を待って知床半島のほぼ中程の宇登呂、その近くの「イワウベツ」が割り当てられた定住開墾地だ。作四郎は現金収入を得る為に宇登呂に出稼ぎ、つねは原野の木とクマザサの伐採で格闘、直一は片道30分以上のイワウベツ川に水汲み、とわは囲炉裏の火の番、そういう生きるか死ぬかの生活の中に様々な展開がある。妻のつねは、「おどっつぁ」に引きずられ故郷を捨てイワウベツに入植したことに、心から恨みの声を上げる。また開拓移民をきっかけに以後は国・政府には一生不信感を募らせた。上巻から下巻へと女2代の壮大なドラマにとことん引き込まれる。「イワウベツ」(イワウ=硫黄、ベツ=川)は「岩宇別」に、後に「岩尾別」とも表記されるようになった。とわの小学校は東朱円尋常小学校所属岩尾別特別教授場で、とわが3年生の時に転校し同所属遠音別特別教授場に通学した。出来れば一度は斜里の知床博物館に行き知床開拓史をなぞりたい気持ちで一杯だ。 | ||||
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知床の開墾地「イワウベツ」のクマザサの根の張り様は尋常ではないが、バッタの強襲による被害はつねやとわに絶望的な状況にした。雨風さえ満足に防げない拝み小屋でその日暮らしの毎日に、おがちゃと、直一あんにゃと、とわは必死に耐えて生きた。電気はなく、水源は離れ、夜間は獣の声に怯えるという生活だ。そしてとわが12歳になると大都市小樽の洋品雑貨小物卸の越前原右衛門商店に子守を兼ねた女中として奉公に上がった。奉公人は朝から晩まで人の顔色ばかり伺い、我慢に我慢を重ねて過ごす生活だ。店主の嫁は、夫の浮気と舅達からのいびりで性格は変わり、使用人に対し辛く当たるようになる。そして金の亡者、欲のかたまり、性悪としか言いようのない女、そこに奉公し4年にして初めてお休みをもらう、ここで衝撃的な事件が起きる。 下巻になっても読者を引き付ける筆致は続く。小樽の奉公4年の後に斜里の菅原商店に奉公2年の後に母の許に戻った。物語はとわの人生中心に進み、奉公の後は三吉との淡いが熱い恋、不本意な結婚話で、苛立ちと絶望と怒りの中で、昭和8年1月1日の18歳でとわは祝言を挙げることとなった。これからは「何にも期待は抱かない」、「夢など絶対に見ない」、「心は既に置いてきた」、「人形になるだけ」に決めた、実に言いようのないとわの新婚生活に入っていく。 シリェトクが知床であり、「地の果て」という意味だ。夢を持ち、憧れを持ち、胸をときめかせていた少女は幻のように消え、日々の時に追われ、疲れても疲れても昼夜を問わず、ひたすらに働き続ける一人の女となる。ここにも全く駄目な亭主がいる。やはり最低限の「vigorous」や「energetic」な性格を持たない男は駄目だ。しかし作四郎や松二郎のような男は実際に多い。ドラマは昭和のきな臭い時代に突入し、兄弟、親戚、近所には赤紙召集令状が届く。 上巻が幼いとわの辛い開拓生活や奉公話を中心に展開したが、下巻は戦争の時代の世相と、とわの不自由な人生が織り交ざり、時は進んでいく。そして夫は? 三吉は? 母親は? とまだまだ読者は目が離せずにのめり込んで行く。そして結末に・・・。 | ||||
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