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さよなら渓谷
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さよなら渓谷の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.58pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全16件 1~16 1/1ページ
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賛否両論。人によって評価がかなり分かれるところです。加害者の男とその被害者の女が一緒に生活を共にする、今までにはない極限の愛のかたちを問うミステリー。 男の気持ちはなんとなく理解できなくもないが、女の気持ちはまったく理解不能。加害者と被害者が一緒に暮らすなんて、あり得ないシチュエーションだ。なかなか共感ができないし、違和感の残るストーリーだった。 | ||||
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描写や比喩が細かいのだけれども、その表現をうっとおしく感じてしまいました。 物語が遅々として進まず、また不必要な(効果的とは思えない)人物、会話が多過ぎて、なんのことを、誰のことを話しているんだ?ってな感想を持ちました。 その物語も、わりと一本調子で、ぼくには、ちょっと合わない本でした。 | ||||
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題名を「汗掻き」にした方が良いんじゃないか? それ程汗の記述が多い。 「汗」という単語が出るたびにイライラしてしまい、内容どころじゃなかった。 | ||||
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暑さの描写がやたらリアルで、重苦しい展開に一体どういうオチなのか・・?興味が高まり集中して読みましたが 最後にずっこけました。。 自分を襲った犯人と暮らすとかあり得ないですよ。それは著者が男性だから思い付いたことだと思います。 ま、女性側も女性側で、体育会系の集団が飲み会で女の子を襲う事件は多発していますから そんな場に行って酒を飲む方もどうかしてますけどね。双方に共感できませんし、もっと壮大な結末を期待していたのでガッカリしました。 よくこんなオチで映画化しましたね。映画のキャストも???ですが。 | ||||
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なんかうんざり。 やはり男と女は理解しあえないのですね。 被害者の人生ってこんなものだろうと思いますが、加害者の中で反省 する男なんていないでしょう。 若い頃さんざん痴漢に泣かされましたが、それを男の先輩に愚痴ったら 「でも、本当はうれしいんだろう」と言われ唖然としました。 男による男のための男の弁護本ですね。勝手にいい子ぶれ、あほ。 | ||||
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幼児殺人事件は必要だったのかな、子を持つ親として複雑です、と書いていた方がいましたが、まさにそれ。映画もミスキャストで、どう考えても里美が真木よう子だし…結局キレイ事で終わる。小説は奇なるもんじゃないとダメなんじゃないの? | ||||
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なんだろう、受け付けない(^_^;A ミステリーとしても,そんなに… | ||||
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悪人の内容の濃さを思うと とんでもなく薄いと感じてしまった。 隣家の子供殺害をした母親との 心理的な絡みなどがあるのかなと思えば そうでもないし、ミステリー要素が もっと濃くなるのかなと言えばそうでもない。 若気の至り(で括るには残忍過ぎるが)で しでかしたレイプという犯罪に対して 意識の薄い人間とそうでない人間の対比を もっと掘り下げる方が面白くなった気もする。 主犯格がここまで懺悔できるかなぁ。 そんな良心的な思考の持ち主が レイプに走るかなぁという印象もある。 おまけにそんな残忍なことやった奴が どれだけいい奴になって 罪の意識に苛まれていようが クズであることに変わりはないので 感情移入もできないし、 世間から見放された男女が 傷を舐め合う形で一緒にいることになった という構図は理解出来ても 相手が自分の素性を分かっているのに セックスをしているカナコにも疑問。 (私は相手がカナコの素性を分かっていないと 最初思っていたので) いろんな意味で登場人物の思考に 寄り添えなかったから余計に薄い内容と 感じたのかもしれない。 面白いか面白くないかで言えば、 それほど面白くない、かな。 | ||||
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タイトルにまで入れた渓谷が何を意味するのかが分からない。小説の中に何回か渓谷の描写は出てくるが、それが何を意味するのかが、私にはわからない。昔レイプした相手のその後の人生が悲惨なものになるという設定が不自然。レイプされた被害者がその加害者と一緒になるというストーリーの中で、作者が考えたのだと思うが、説得力に欠ける。 レイプ犯人と被害者のカップルという意表を突く設定が生かされていないと思う。 | ||||
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CMでしょっちゅうやっているので先行して原作を購入したがよくわからない 映像のほうがいいカモでも、見に行かない | ||||
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映画をみたあと、原作を読ませて頂いた。映画は原作を忠実に反映しているものと感じられ、双方ともに楽しめた。人物描写、ストーリー構成などは素晴らしいものがあると感じる。作品の完成度は高い。 しかし、個人的にはテーマが使い古されたものにしか思えない。 2人が背徳的な秘密を抱え、社会から隠れるようにひっそりと暮らすというのは夏目漱石の『門』をはじめ、いくつかの優れた文学作品でみられてきたことだし、愛という幻想のもと、全てを失っていく男の姿は最近ではミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』に昇華されている。 映像となったものをみて、違和感を感じてしまうのは、主人公のレイプされた女性である。あくまでも個人的な印象だが、彼女の姿は、いわゆるボーダーラインと呼ばれるような情緒不安定な女性の姿にしかみえなかったのは残念だった。2人が一緒になる経過を描いた部分では、アンビバレンツな感情の発露が稚拙に描かれており、ついてきて欲しいけどついてきて欲しくないというのを、ほんとうに2人の逃避行になぞらえて描くのはいかがなものかと感じた。 彼女の過去もレイプ事件によって陰惨なものとなったということであるが、DVの主人やリストカットなどの経過をみていると、距離感がうまくとれない女性の典型的な姿と見えてしまう。これは男性的な視点でしかないし、女性にとっては不快感を与えるかもしれないが、そういう不安定さはひとつの女性特有のものであり、男がそういうものに惹かれてしまうというのは、アンナ・カレーニナをはじめ、至る所で描かれてきた。 奇しくも、主演の真木さんというのは前の映画『ベロニカは死ぬことにした』で、そうした情緒不安的な女性を演じており、なにかリンクするようなものがあったのだろうか。 また夫を偽の密告で貶めるというのも、明確な容疑者が先に捕まっていることから、すぐにばれることと思うのは当然で、どうしてこの作品のように主人が警察から執拗に責められるのか、そこは理解できなかった。 主人公の女性は、レイプのときに自分をおいていった女性の名前を騙り、自分を辱めた男性を屈折的に愛し、社会から隔絶されたような渓谷に暮らす。しかし、今回の事件のような揺さぶりがはいると、すぐに自分の主人の愛を試さずにはいられない。彼女はレイプされた過去におびえながら、同時にその過去(レイプした男)に依存していきている。最後に彼女が自分で決めないとというのは、そうした共依存の状況から抜けられるかどうかは彼女次第であり、主人が愛という幻想の中で生きる事を決め、自分に無制限の愛を与えてくれることが確信されたために発せられたものであると感じる。彼女が自律的に生きていくこと、それが渓谷にさよならをするということだろう。しかし、この小説のエピソードからは、そうした状況にはならないというのがわかる。だから、彼女はまた渓谷に必ず戻ってくると思われるのである。 | ||||
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吉田修一さんの本はパレードからハマって色々読みましたが、この本からぱったりと読まなくなりました。性被害の現実をもっと知ってから書いてほしかったです。特に性被害者のその後の精神被害を、もっとしってからじゃないと。。。犯人と一緒になんて、話になりません。現実じゃありえなさすぎる、こんなの。 なんでこんな展開にしたかったんだろ??ただ平和ぼけした人たちが好奇心で読むには面白いとでも思ったんでしょうかね??全く理解できなかったです。 というか、おそらく抗議の手紙やメールがハンパなく来たんじゃないですかね。ww もっと現実を知りましょう、吉田さん。格好つければなんでも良い話になるなんて大間違いですよ。 | ||||
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読んでる途中で、だんだん登場人物のつながりが見えてきたのですが、細々した部分が少し私には 現実味がなかったというか、共感できませんでした。 被害者の女性は過去の悲惨な事件を背負いながら、不幸な人生を歩むのですが そこまで・・・・?ちょっと大げさ?だと思いました。 小説に常に現実味を求めているわけではないし、小説だからそれが成り立たない世界でもいいんだろうけど 私には共感できませんでした。 ただ、ラストの余韻は印象的でしたので二つ星。 罪を償わせるため、どこまでも一緒にいて不幸にさせる。 彼女は彼と幸せになることはできないんですね。切ないです。 せせらぎ郷温泉の情景が浮かんでくるような描写で温泉に行きたくなりました。 | ||||
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『悪人』の次に、著者がどういう作品を書いたか、興味津々で手に取りました。 が、著者の現在の興味の対象が 読者が求めるものと乖離しているような印象を受けました。 「俗なるものを俗っぽくなく描いてみたい」 というのがこの作品の裏テーマのような気がしましたが、 著者の関心事項がそこに終始しているあまり “あなたはどう思いますか?”的な 読者にエンディングを委ねるような幕切れに、 どうしても未熟さを感じ取ってしまうのです。 別に『藪の中』的な手法に異を唱えたい訳じゃなく、 (実際に著者の『パレード』も、同様な幕切れではありますが 作品のクオリティとしては今作とは比にならないほど見事だった) あるテーマ(食材)を料理してこその 作家(料理人)だろう、と思ってしまうのです。 『静かな爆弾』にしてもしかり。 最近、著者にこの傾向が顕著なので、残念です。 なぜなら、読者は常に前作をしのぐクオリティを期待して本を取るのですから。 | ||||
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「悪人」がとても面白くて、この作家の作品はサイコ−!!と 絶賛していた私でしたが、この作品を読んでがっかりしました。。。 何がどうとかではなく、全体的にぼやけていて中途半端で、 なんだか気持ちの悪い作品でした。大体読んだ本はコレクション しておく私ですが、こればっかりは二度と読み返さないだろうと 思い即刻手放しました。。。ちなみに雫井脩介の「犯罪小説家」に通じる つまらなさです。 | ||||
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私は「悪人」のレビューで、これ以上の作品を世に問うならば、覚悟が必要だと申し上げました。然るに本作は依然として人間的な話題(人によっては人間の業と述べられていますが、それはどちらでもかまいません)をテーマにするだけで、相変わらず哲学的な深い洞察が見て取れません。この著者はこれで十分だとでも思っているのでしょうか?つまり問題を提起し、あとは当事者の気持ちのうねりや苦しみ、もしくは労わりや悔恨などの諸々の感情を書き連ねるだけで(文学としては)、十分役割を果たしたと……。 最後も充足感のない半端な終わり方です。帯に書かれている文言の趣旨がよく分かりません。「どこまでも不幸になるために、私たちは一緒にいなくちゃいけない」って何ですか?こんな馬鹿げた趣旨で、人間の業を描き切っているとでも云うのでしょうか?敢えて本文に忠実に論理的に語ってみたら、不思議にもこんな非論理的な文言になっちゃったとか?そこがまた割り切れない人間の業なんだよな〜とか。 内容の展開も、実にワンパターンです。つまり視点を変える際に、本文に○印を付け、前後一行ずつスペースを入れると舞台の主人公が変わります。視点が変わり「おおっ」と驚くのも最初のうちだけで、こういう描写の仕方をしていると、さも時間軸を自由に操り、話に奥行きがあるように感じられますが、これは単なる著者の覚えたテクニック。あとはどこにでも転がっている陳腐な感情の吐露を入れてあげると、はい、一丁(冊)出来上がり!時折見られる誰かに向かって語りかける言葉、“〜なんです”、“〜だと思います”という回顧録のような気持ちの揺らぎや本音が添えられると更に本の体裁がよくなる。でもマルクスではないけれど、これではどうしても、「哲学の貧困」を感じてしまう。またしても人間の業についての哲学の貧困につき考えさせられる。 私が古いのかな?今時流行りの文学はこんなものなのでしょうか? | ||||
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