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金閣寺に密室



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金閣寺に密室の評価: 8.00/10点 レビュー 2件。 Aランク
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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

判らん朕どもとっちめる一休さんの優れたミステリ

本書はまさに掘り出し物だった。
デビュー以来歴史ミステリを多く書いてきた鯨氏が今回テーマに挙げたのはとんちで有名な一休宗純。

一休との出逢いは子供の頃に放映されたTVアニメ「一休さん」が最初だったように思う。その後も一級のとんち話を集めた本を図書館などで読んだ記憶があり、子供心に一休さんの聡明ぶりにいつも胸躍らせたものだ。

本書はその聡明な坊主一休が金閣寺で起きた足利義満の密室殺人事件を解く話。
しかしとんちの効いた一休さんがその賢い頭脳で探偵役を務めるという安直な設定ではなく、一休さん、即ち一休宗純の隠された出自に纏わる将軍家との暗闘や当時の絶対君主だった足利義満の異常なまでの好色ぶりに端を発する義満に仕える士官たちの苦難と屈辱が織り込まれ、足利義満を死に至らしめるまでのそれぞれの思惑がじっくりと描かれる。

まずは今に伝わる一休の聡明ぶりを示す数々のとんち話が挿話として織り込まれ、過去に「一休さん」の名で親しんだ人は勿論のこと、初めて読む人もその頭の冴えが愉しめるような話の運びになっている。

まずは皆に嫌われていた人買いの山椒大夫が虎に殺され、その読経を和尚の龍攀に代わって挙げることになった一休。そんな悪人に対してきちんと弔いをすることを寄すように云われながらもしかし坊主の務めは果たさなければならない。そこで一休が採った行動とは仏に背を向けて後ろ向きに読経をすることだった。
こんな失礼な読経に対して、一休は実に頓智に満ちた回答をする。

また和尚が小坊主たちに毒だから食べてはいけないとこっそり食べていた水飴を皆で平らげたことに対する絶妙な言い訳や和尚の碁友達の商人を追い返すために案じた「皮着たる者、門内に入るべからず」の策を切り返した商人に対して更にとんちで切り返したり、和尚に届いた謎掛けの手紙を瞬時に解読し、有名な「はしをわたるべからず」のエピソード、夜な夜な京の町を迷い出ては人を困らせるという衝立の虎を退治する話など世に知られたとんち話がきちんと本書には登場する。

更に出家の身でありながら魚の肉を食べたことに対しての受け答え、更にそれを聞いて畳み掛ける斯波義将の、ならば武士も通るからこの刀を飲んでみよという無理な申し出も巧みな論説で切り返す。

一方で足利尊氏が天皇家を南に押しやり、北朝、南朝と都が二分された京都。その後の南北朝の戦いの後、足利義満が南北朝の合体を実現し、その際に当時の帝、後小松帝の皇位継承者を出家させ、京都の事実上の統治者となる。しかし義満の周囲を固める者たちはその傲慢ぶりゆえに結束は決して一枚岩のような盤石さを持っていない。
そんな当時の不穏な世相が物語には色濃く流れている。

まず何よりも物語の中心となる密室殺人事件の被害者足利義満の悪役ぶりが凄い。
天皇に慇懃無礼に振る舞い、一介の武士の出でありながら自身の子義嗣を帝位に就かせようと企む。その権勢があまりにも大きくなり過ぎた故に天皇家も逆らうことが出来ないでいる。

しかし何よりもその権力を自身の好色ぶりに行使し、若い女性を自身の妾として次々と交わる傍若無人ぶりに胸がむかつく。
義満の側近とも云える三管領とその下の四職の1人、山名時熙はその妻美濃が義満の目に留まり、妾として差し出すことに。義満の実弟満詮はその美濃と義満が交わっている最中にその妻誠子を褥に差し出すように要求される。そして四職の1人、一色満範はまだ16歳の愛娘紗枝の躰を差し出すように強要される。しかもその直前に紗枝は父親の目の前でストリッパーよろしく一枚一枚衣服を脱ぎながら能を踊ることを強要される。
とにかくこの足利義満、真の悪の権化として描かれている。

威丈高に振る舞う武士や侍たちはもとより、それらを遥かに凌ぐ地位にある現将軍足利義持、三管領の細川頼長、斯波義将と四職の一色満範と山名時熙達、更に現天皇の後小松帝らでさえ、逆らうことが出来ぬほどの圧倒的な権力を誇り、黒を白と云わせることも可能な足利義満という絶対的君主が憚る権力構造の中に、まだ弱冠15歳の一休が知恵と勇気と度胸で切り返す、反権力主義の姿勢が今読んでも痛快で、実に気持ちがいい読み応えを与えてくれている。

そして何よりも今回驚いたのは前掲したTVアニメの「一休さん」がその出自を含めて忠実に描かれていたところだ。
ただアニメの一休さんよりも年上の15歳であることから、一休を慕う少女がさよちゃんなのが茜であること、一休さんと一緒に修行に励む坊主の名前も微妙に違うこと、一休さんが仕えている寺がアニメでは貧乏寺である安国寺であるが、そこは幼き頃にいた寺で本書では臨済宗の高位に当たる建仁寺にいること、従って和尚もアニメでは外観であり、本書では慕哲龍攀であることなど設定に微妙な違いはあるものの、蜷川新右衛門や将軍様の足利義満は同じで、一休さんが母上様と慕っている実母がなぜ逢えないのかもきちんと再現されている。
一休さんは後小松天皇の庶子であり、つまり皇族の一員なのだが、足利義満の皇位簒奪によって出家させられたことになっている。勿論アニメではそれには触れていない。

そして一休をとんちで打ち負かそうとする将軍様こと足利義満は単に一休をギャフンと云わせることを生き甲斐にしているように思えるが、実は皇位簒奪者である義満は一休が天皇家の跡取りの権利があることを危惧し、一休が聡明な坊主であるとの評判を聞きつけて絶対的君主である自分のところに謁見させる栄誉を与えると共に、目の前で無理難題を吹っかけて粗相をさせることを大義名分として打ち首にしようとしていたのだった。
つまりあのアニメの「一休さん」は毎回一休さんのとんち比べととんちを武器に質の悪い大人たちを懲らしめる勧善懲悪的な面白さを見せながら、実はとんちによってその命を生き長らえるという九死に一生を得るスリリングな毎日が描かれていたと本書を読むことで読み取ることが出来る。

さてそんな足利義満による絶対的支配構造の京都で不意に訪れる義満自害の事件。状況はつっかい棒にて開くことの出来ない究竟頂の中に押し入ってみるとそこには足利義満が首を吊って事切れているというもの。その奥の襖の向こうは鏡湖池で、しかもその池の周りは警備の侍でぐるりと取り囲まれている。
誰も忍び込むことの出来ない密室状態で明らかに自害と思われる状況なのだが、我が子の帝位即位と紗枝との交わいを控えた足利義満が自殺するとは思えぬことから、とんちで名を馳せた一休にこの事件の真相を探る命が義嗣より下る。

犯行の動機は義満を取り巻く人物にそれぞれある。
義満の息子で現将軍の義持は自分をないがしろにして実質的な権勢を誇る父親を憎んでおり、しかも弟の義嗣を自分より高位の帝位に就かせようとしていることが堪らない。
後小松帝も帝家に俗物の血が混じることを快く思っていない。
細川頼長は後小松帝の忠実な部下であり、その本意を汲み取っている。
その宿敵斯波義将は忠実さを見せながらもかつては足利家と同等の武将であったため、その部下の地位に甘んじているのが積年の屈辱として積もっている。
山名時熙は自分の最愛の妻を妾として召し捕られ、一色満範は最愛の娘の貞節をまさに奪われようとしている。

そんな誰もが殺害する動機を持ち、刃を心に隠し持っている容疑者達の中で一休の推理によって判明した犯人は読んでのお楽しみだ。

しかし犯人は判明するものの、あくまで足利義満は病死として片付けられ、真相は闇に葬られることになる。それは真の悪を滅ぼしたことに誰しもが安堵と感謝を覚えていたからだ。

これだけ書くと本書はただの歴史ミステリのように思えるが、本書が優れているのはこの謎の解明に鯨氏は先に述べた有名な一休のとんち話を巧みに絡めて、それを推理の手掛かりとして有機的に結び付けるという離れ業をやってのけているところだ。

これには脱帽。どんどん真相が明かされていくたびにそれぞれのエピソードがぴたりぴたりと事件の背景、犯人の動機に収まっていく。
もうこれは見事としか云いようがない。
一休の賢さを引き立てる演出としてのエピソードが、しかも誰もが知っているであろうとんち話を密室殺人に絡めていく発想の妙とそれをやり遂げる構成力に甚だ感服した。

そして忘れてならないのは物語導入部に陰陽師の六郎太が一休の最後の愛人だった森女に尋ねた、足利義満が自身の死後に大文字の送り火をするように云い遺した真相もまた一休の強かさを印象付ける。大文字の送り火の由来は諸説あり、この真偽は定かではないが、これもまた鯨氏のオリジナリティ溢れた歴史解釈であり、最後の最後まで歴史の解釈の愉しさを我々に提供してくれる。

新説歴史短編集『邪馬台国はどこですか?』で鮮烈なデビューをしながらその後読んだ作品は歴史・史実の蘊蓄に溢れてはいるものの、作者自身の趣味趣向が先行して、はっきり云って読者を置き去りにするきらいのあった鯨作品だが、ここに来てようやく見事な歴史ミステリと出逢うことが出来た。
数多の歴史文献のみならず、巷間に流布する一休さんのとんち話をもミステリの枠に取り入れ、足利義満殺害、しかも犯行現場は世界に名だたる観光名所の金閣寺、更に密室殺人という三重のミステリ妙味を備えた長編を料理して見せた手腕は実に美事としかいいようのない。
デビュー作で魅了された私が読みたかった鯨氏による長編歴史ミステリの半ば理想形のような作品である。

そして奇遇なことに本書の冒頭で六郎太と静が森女を訪ねる大徳寺に私はこの正月、初詣に京都に行った際、ついでに訪れたのだ。それも偶々バスから降りた場所の近くに大徳寺があり、そこで枯山水を見たのだった。お土産に大徳寺納豆を買いもした。まさになんというタイミングでの読書であったことか。

題名が実に平凡であることで本書は大いに損をしていると思う。帯に掲げられた「宮部みゆき氏絶賛!」の惹句は決して伊達ではない。
天晴、一休!
そして天晴、鯨統一郎!と声高に称賛しよう。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

金閣寺に密室の感想

一休さんを探偵役にしてるあたりは単純なパロディー小説だろうと思わせておいて、実は本格好きにも満足しうるだろう作品に仕上がっていると思います。

いまどきの若者には一休さん自体に馴染みがあるのだろうか?小学生の頃の国語で、きっちょむさんが出た憶えはあるのですが一休さんは記憶にありませんし、アニメもやってませんしね。ま、知らないならそれはそれで楽しめるとは思います。

▼以下、ネタバレ感想

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mkaw11
HAAP6CBX

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