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(短編集)

スカイ・イクリプス



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スカイ・イクリプスの評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
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(4pt)

同じ空を飛び、同じ夢を見たようだ

完結した『スカイ・クロラ』シリーズでは語られなかったエピソードを描いた短編集。

「ジャイロスコープ」はクサナギが既にエースパイロットから会社の宣伝塔になった頃の話だ。
飛行機乗りとして空を飛ぶことが楽しくてしょうがないクサナギに逢える一編だ。それはパイロットとして最高の技術を持つクサナギと整備士としてより速く、性能の良い機体を作り上げることを突き詰めるササクラ2人だけの心の交流の物語だ。それはお互い飛行技術と整備技術と畑は違えど戦闘機散香という共通のアイテムを通じて分かち合える最高レベルでの相通ずるもの分かち合う対話だ。
そして何よりも本作はクサナギからのササクラへのプレゼントであることが解る。
整備士はパイロットが安全に飛べるために機体の整備に余念がないが、ササクラは整備士でありながら飛行機の性能を上げることにもまた貪欲だ。それは整備士としてはある意味冒険である。飛行機が平常通りに安全に飛ぶように整備するのが要求されるのに対し、自分が整備した飛行機が自分の腕と知識でどこまで速く飛べるか手を加えることは失敗するかもしれない実験を伴うからだ。
しかしクサナギはそれをササクラに許し、そして通常ならば遠く離れた地での空中戦でしかササクラの改造の成果が解らないが、PR撮影のために飛行場近くでその成果を披露できる機会を存分に利用して彼女の飛行技術を全て駆使してまでササクラに自身の整備した散香の飛行具合を披露するのだ。初めて自分が仕上げた機体が最高の技術を持つパイロットによって最高の飛行をする様子を見られたササクラの感慨はいかほどだっただろうか。
またPR撮影のために営業スマイルとはいえ、笑顔を見せられるクサナギが新鮮だ。その後どんどん絶望へと沈み、営業スマイルすら見せなくなる彼女の生末を知っているだけに、その笑顔が眩しく感じる。

次の「ナイン・ライブス」はクサナギの許を去り、後に大敵となるティーチャの物語だ。しかし物語と云っても特段ストーリーがあるわけではない。彼が赤ん坊を認知し、扶養手当が認められるところが語られる。そして彼にはモナミという同棲している女性がいるが、もちろんそれまでのシリーズを読んだ者ならその赤ん坊が彼とモナミとの間にできた子でないことは判っている。そう、ここではティーチャとクサナギとの間に生まれた子がどのように育てられたかが判るのだ。
そして最後彼が長じてまで空を飛ぶ理由が語られる。彼は単に命の取り合いをしたい訳ではない。ただ空で戯れたい、自由に空を飛んで遊びたいから飛ぶのだ。そこに命のやり取りが介在しているだけなのだ。そして遊びに行くからこそ死んでもしょうがないかと思えるのだ。なぜなら存分に楽しませてくれたのだから。

「ワニング・ムーン」は空中戦で被弾し、海上へ不時着したパイロットのエピソード。
正直よく判らない物語だ。海のミステリに連なる作品なのか。

「スピッツ・ファイア」は軍人たち御用達のフーコの店での一幕か。
女性はクサナギであることは判るが、男性は誰だろうか?カンナミ・ユーヒチかクリタ・ジンロウか。
とにかくこの2人はフーコの店の前に座っている老人から神の話を聞いて、なぜか基地への道中に神に追いかけられているかのような錯覚を覚える。それはいつもは上空で重力から解放された彼らが地上で飛行機ほどではないが、スピードの出る乗り物に乗っているときに感じる重力の重みなのかもしれない。

「ハート・ドレイン」はクサナギを会社の宣伝塔に仕立て上げたカイが初めてクサナギと邂逅する話だ。
最年少で軍の情報部の階段を上る上昇志向の強いカイの物語。彼女がクサナギと出会ったきっかけの物語だが、出世街道を上るカイの第一歩の物語だ。

「アース・ボーン」はある意味『スカイ・クロラ』シリーズの影の主役かもしれないフーコのエピソードだ。
歴代のパイロットと浮名を流したフーコ。
彼女の新たな門出に乾杯。

シリーズ第1作の謎が解かれるのが「ドール・グローリィ」。
本作はこれまで曖昧になっていたことのほとんどを補完する作品だと云えるだろう。
この言葉でこれまでモヤモヤしていたことが全て判明する。
しかしこのことで再び疑問が生じる。
2つの噂が証明され、そして新たな2つの疑問が生まれた短編だった。

その2つの疑問のうちの1つの回答が得られるのが最後の短編「スカイ・アッシュ」だ。
明確に書かれていないが、クサナギ・スイトの退院後のその後を描いた作品だ。


『スカイ・クロラ』本編では語られなかったエピソードを集めた短編集。その中にはシリーズの内容を補完する物もあれば、他愛のない日常を切り取ったスナップ写真のような作品もある。

そう各編で語られるのは起承転結のない日常風景だ。いわば日記のようなものだ。
しかし登場人物たちの日常を描くことでシリーズには書かれなかった部分が徐々に明らかになってくる。そしてそれまで曖昧なままで閉じられていたシリーズの謎がほとんど解かれることになる、重要な短編集ではある。

一方で飛行機乗りしか判らないようなリアルな描写もある。

例えば空を飛ぶとき、重力から解放されている彼らは少し酩酊状態にある。従って地上に降りて重力を感じるようになると現実感が起こり、そしてもし仲間が亡くなっていたりすると重い失望感に襲われていく。

またパイロットは地上ではケンカしないと述べる者もいるが、これは嘘だ。血気盛んなパイロットは映画でも殴り合いのケンカを繰り広げているではないか。永遠の若さと命を持つキルドレだからこその心情だろう。彼はその永遠の子供であることに絶望しており、唯一死ねる場所、空での交戦を楽しんでいる。それは彼ら彼女らにとってケンカではなく、ゲームであり、ダンスなのだ。
そう命の取り合いや争いをしている感覚はない。ただ単純に戯れているだけだ。
そしてその結果命を落とそうが悔いはない。いや寧ろ死ねるからこそ空を飛ぶことを愛するのだ。

従って空では自分たちが行っている空中戦が命の取り合いだと彼らは思っていない。しかし地上でリアルに人を撃ち殺すと自分が殺人を犯したと暗鬱になる。人を殺すという意味では同じなのに空と地上とでは全く異なる。
それは空では戦闘機という機体を介しての殺人であるのに対し、地上での殺人は生命そのものと相対するからだろう。これはキルドレだけでなく、飛行機乗り全てに共通する感覚なのかもしれない。

あと興味深かったのが整備士ササクラの心情が垣間見れたことだ。パイロットから絶大な信頼を受ける腕を持った整備士のササクラもまた影の主役と云える人物だろう。

彼だけがエース・パイロットのクサナギの散香を整備することができることを知らされる。またそれは自分が整備した機体が戻ってくる確率が高いことを意味する。
丹念に整備した戦闘機が必ずしも無事に生還するかは解らない。どれだけ手を加えても戻ってこなかったら無になるからこそ帰還の確率が高いエース・パイロットの機体の整備や改造は実に遣り甲斐がある仕事であることが解る。

しかしPR撮影に臨むクサナギに眼帯を付けた方が宣伝効果が高いだろうと思ったササクラはエヴァンゲリオンの綾波レイのファンなのだろうか?

さて最初私は本書を『スカイ・クロラ』シリーズを補完する短編集だと書いたが、読み続けるにつれて感じたのは森氏が発見したお話ではないだろうかということだ。

シリーズは完結したが彼の中でクサナギ・スイト、ササクラ、ティーチャ、カンナミ・ユーヒチらは生きており、彼らの語られなかった物語を発見したのだ。そしてそれをここに綴ったのではないだろうか。

正直、中には書かれなくてもよかった話もある。

ただ後半はシリーズの後日譚だ。フーコのその後。成長したクサナギ・スイトの異父妹ミズキのその後。そしてクサナギのその後の物語。

率直に云えば本編を補完するにはこの最後の3編だけがあればいいのではないか。いや「ドール・グローリィ」と「スカイ・アッシュ」2編だけで本編の登場人物たちの謎は氷解する。

森氏が代表作だと意識している『スカイ・クロラ』シリーズだと述べていることは既に知られている。つまりシリーズを補完する2編以外の、それぞれの登場人物の生活の点描や本編で一行、一文だけ書かれた何気ないエピソードについて膨らませて書いたのは作者自身が抱いたこの世界から離れがたい名残惜しさだからではないだろうか。

最後の短編「スカイ・アッシュ」で再会したクサナギとフーコがお互い呟く。
夢みたいだ、夢のようだという言葉はこのシリーズそのものについて作者が抱いている感慨ではないか。

飛行機好きの趣味を思う存分、自分の美意識の中で書き、そして最後まで書けたこと自体に対する思いがまさに「夢のよう」であること。

そして森氏の多くのシリーズ作品では他作品へのリンクが見られるがこの『スカイ・クロラ』シリーズは永遠の子供キルドレという設定ゆえか、全く独立したシリーズである。つまりこのシリーズの物語そのものが作者が見た夢そのものであったのではないか。

独特の浮遊感と力の抜けた、敢えて足さない文章で浮世離れした感のある登場人物たちで織り成されたこのシリーズそのものが常に夢見心地だったように思う。

本書の表紙の色は真っ黒だ。それは星一つない夜空を示しているかのようだ。
夜の訪れは一日の終わりを指す。夢のようなシリーズだっただけにその終わりは夜空が相応しいだろう。

読者も作者もそして登場人物たちも同じ空を飛び、同じ夢を見たようなシリーズだった。

▼以下、ネタバレ感想

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