ナ・バ・テア



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初公開日(参考)2004年06月
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長編小説

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新装版-ナ・バ・テア-None But Air (中公文庫, も25-16)

2022年07月21日 新装版-ナ・バ・テア-None But Air (中公文庫, も25-16)

永遠に死なない子供のキルドレで戦闘機乗りのクサナギは、新しく配属されてきたチームで以前から憧れていた伝説の撃墜王に出会う。彼はパイロットには珍しく大人の男だった。僚機を務め、彼から学び、認められることに喜びを覚えていくが――クサナギ・スイトの物語はここから始まる。〈解説〉吉本ばなな 巻末著者インタビュー〈聞き手〉清涼院流水(「BOOK」データベースより)




書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.50pt

ナ・バ・テアの総合評価:8.55/10点レビュー 38件。Bランク


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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(7pt)

空以外何もない

キルドレという永遠の子供たちの戦闘機乗りたちが主役を務める『スカイ・クロラシリーズ』の第2作。
本作の主人公は前作の主人公カンナミ・ユーヒチが配属された基地の教官だったクサナギこと草薙水素が主人公。彼女がまだ戦闘機乗りだった頃の話。つまり前作から時代が遡った物語となっている。

この『スカイ・クロラシリーズ』、前作同様、端的な描写と独特の浮遊感を湛えた文章で紡がれる。それはクサナギの一人称を通じた戦闘機乗りの、そしてキルドレという特殊な人間の思いだ。その思いは断片的で、実に恣意的だ。つまりこのシリーズはミステリではなく、ジャンル的には純文学に近い。

それらは戦闘シーンと同僚たちとの交流と云った日常的な出来事が淡々と流れるように語られる。
町へ繰り出し、上手いものを食べ、女を抱く同僚たちの日常に、笹倉のバイクを初めて運転させてもらうクサナギの様子など青春グラフィティさながらだ。

その中でもやはり中心となって描かれるのはクサナギが任務に就いている時の戦闘シーン。
短文と改行を多用し、極力無駄を配したリズミカルな文章で紡がれるそれは、数ページに亘り、ページの上部のみに文字が集約され、そして短文であるがために下部が白紙であることで、さながら文章自体が空の雲と空を飛ぶ様子を表しているような感覚を与え、読者が実際に空を飛び、そしてクサナギの感じるGすらも体感するように思える。

また戦闘機乗りの独特の死生観も実に興味深い。
前作では寿命がないために、事故や殺人に遭わなければ永遠に死ぬことのないキルドレの、厭世観や虚無感が全面的に押し出されていた感じがあり、彼らは死ぬことに対して抵抗感がなく、むしろ死ぬ唯一の方法が撃墜されることなのだと云わんばかりに空を飛び、そして敵を戦っていた。また死地である空を飛んでいる時にだけ、彼らは生への充実感を覚え、いつまでも飛んでいたいという矛盾を抱えていた。

本書に登場するクサナギはまだそれほど自分がキルドレであるという運命に対して悲観していない。彼女は純粋に飛行機に乗るのが楽しく、また戦闘機乗りとして空で死ぬのが本望だと思っている。つまりまだ人間の戦闘機乗りの持つ人生観と同じなのだ。

彼らは相手と戦うために飛ぶ。そして実際に相手を撃墜して還ってくる。そのまた逆も然り。
しかしそれが彼らの仕事であり、人生であると悟っている。
命を賭けた仕事という重い職責を負いながらも死と生とは切り離し、純粋に飛行機に乗って戦うことをゲームのように楽しんでいる。ゲームに敗れて死ぬことは任務を、与えられた人生を全うしたことであり、だから飛行機に乗らない人たちになぜ死ぬかもしれないのに戦闘機に乗るのか、怖くないのか、なぜ戦うのか、相手を撃墜することに躊躇いはないのかと、いわゆる一般的な生殺与奪の観点で職務について問い質されること、そして撃墜した死んだことに対して可哀想だと同情されることを嫌う。
自分たちはやるべきことをやって死んだのだからこれほど幸せなことはないと誇りを持っているのだ。唯一残る悔いは相手よりも自分が未熟であったという事実を突きつけられること。
命を賭けた勝負の世界に生きる戦闘機乗りの心情とは本当にこのような物なのだろう。

しかし本書においての草薙水素は飛行機に乗ることが大好きな戦闘機乗りだ。今日も空へと飛び立ち、敵と戦い、帰ってくる。そのために生きているかのように、彼女はその瞬間を愉しむ。

前作の感想では第1作はシリーズの序章と云ったところだろうと私は書いたが、時間軸で云えば2作目の本書は過去へと向かっている。
ミステリが既に起きてしまった事柄の謎を探る、つまり過去に遡る物語であることを考えれば、確かに第1作は序章だ。

しかし今回2作目を読んでこのシリーズは人物を覚えていることが重要であることに気付いた。備忘録のために今回出てきた人物を挙げておくのが肝要だろう。

草薙と同時期に配属されたメカニックの笹倉は前作にも登場。

チームのエースでティーチャはかつての綽名がチータ。

チームの上司合田。既に撃墜された同僚薬田、辻間。キルドレの比嘉澤に栗田。栗田は1作に出てくるクリタ・ジンロウのことだろう。

そうそう娼婦頭と思しき女性フーコもまた前作に登場していたのではないか。

草薙の元同僚赤座に指揮官の毛利、本部の人間甲斐に草薙が不時着した基地にいたのが本田。そして草薙の知り合いの医者が相良。

これらの登場人物は前作から引き続いて登場した者もいる。今後のシリーズでどのように関わってくるのか、そのためにここへ刻んでおこう。

このシリーズは過去へと向かうシリーズだと聞いた。つまりカンナミ・ユーヒチのその後の物語ではなく、第1作目に至るまでの物語だ。特にカンナミという名は重要かもしれない。

このシリーズは基本的に主人公の一人称で物語が進む。従ってクサナギと親しくしていた笹倉が彼女のことをどのように思っていたかは解らない。もしかしたら今前作を読むと何か読み取れるものがあるかもしれない。

私は文庫版で読んだがその橙一色に染め上げられた表紙は黄昏時の空を示しているのかもしれない。草薙水素が絶望に暮れる夜に至る前の物語だという意味が込められての色なのか。
夕暮れ時はどこか切なく哀しい思いにさせられるが、本書の中の草薙水素はまだ元気だ。
None but Air。空以外何もない。
今日も草薙水素は空を飛ぶ。絶望に明け暮れるその日が来るまで。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

ナ・バ・テアの感想

映画スカイクロラを見た後に読みました。特に大きな盛り上がりがあるわけではありませんが,スカイクロラの物語の背景が分かる話でした。航空用語のオンパレードで,よく分からない所もありますが,ドッグファイトの緊迫感が伝わりました。続きを読んでみたくなりました。

語り部
CDYAP869
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未読の方はご注意ください

No.36:
(5pt)

ヴォイドシリーズの後に読みました。

飛行シーンの用語が沢山出てきて、頭の中に映像が取りづらく苦戦していました。
でも読み進めていくうちにスイトが気になり読破。
続けて次回作も購入。
シリーズ最後迄読み、再読しています。
ナ・バ・テアAmazon書評・レビュー:ナ・バ・テアより
4120035417
No.35:
(1pt)

小説の内容ではなく

表紙が折れてました。
どのタイミングかは分かりませんが、新品で購入したため、かなりショックです。
梱包時、配送時に少し注意していただけると助かります。
(ちなみに、一緒に注文したダウン・ツ・ヘヴンも)
新装版-ナ・バ・テア-None But Air (中公文庫, も25-16)Amazon書評・レビュー:新装版-ナ・バ・テア-None But Air (中公文庫, も25-16)より
4122072379
No.34:
(4pt)

大人になるとはどういうことか?

解釈などは人によって異なるが、考えさせられる本だった。
大人、皆の目標として戦闘機を操縦するエースパイロットであるティーチャ、子供(キルドレ)としてティーチャ(大人)を目標に戦闘機を操縦する主人公たち。普段、自分たちが"大人"に描いている妄想と現実。大人になるとは、どういうことなのか?をストーリーを通じて考えさせられた。
ナ・バ・テアAmazon書評・レビュー:ナ・バ・テアより
4120035417
No.33:
(5pt)

お前は敵なのか、味方なのか

散香の動的安定性マージンは、負である。

コックピット後方にプロペラを持つ、プッシャ式(推進式)の戦闘機。主翼の前方にカーナード(前翼)を持つ特異なスタイルは、劇中、天才パイロットである草薙水素によって、軽く、極めて機動性が高い機体として評価されている。この散香の、航空力学における動的安定性マージンは、マイナス(負)となっている。

旅客を快適に輸送するための旅客機は、たとえ操縦桿から手を離したとしても安定したグライド(滑空)を見せる。しかし戦うために作られた散香は、その不安定さこそがアイデンティティーそのものとなっている。一瞬にして揚力を失い、追尾してくる敵機を前方にやり過ごし、そして瞬時に攻守を入れ替えての銃撃。劇中で草薙が得意とする、ストールターンのマニューバ(戦闘機動)だって、この不安定さがあってからこそ成立するギリギリの行動だ。

未だピストンレスエンジン(=ジェットエンジン)は発明されていない、今とは異なる世界。
そこでは世界の安定を図るため、戦争を一企業の営利活動として行わせる、という政策がとられている。有史以来、人の歴史に戦争の絶えたことはなかった。しかしそれを、国家間の大規模な争いでなく、私企業同士の空中戦という形での限定された形に封じ込めることにより、民衆の国家への帰属意識を暴走させることなく、また、人間が本来持っている闘争心を代理消費させることで、大きな混乱を未然に防ぐことに成功した世界。
その私企業の空中戦は、キルドレ、という子どもたちによって行われている。
成長をやめた子どもたち。誰もが中学生程度の年齢で成長を止め、精神的にも肉体的にも未熟なまま、言い換えれば純粋さを持ったまま、永遠に生き続ける子どもたち。
キルドレは誰もが世界の安定のための生贄であることを感じながら、それとはまったく異なる次元に生きている。

それは、白い雲を越えた先の、スカイブルーの世界。
そこで行われる戦闘は、相手を落とさなければ自分が落とされる、という厳然としたルールのもとで行われる、しかしあくまで優美で美しい、“ダンス”。
強烈なGと混濁する意識の中で、互いに相手の後ろを取ろうと、互いに自分優位の体制で機関銃の引き金を引こうと競り合う子どもたちはしかし、とても深いところで互いを尊敬しあい、互いの命を預けあう。どちらかが撃墜されるという前提のもとで交わされる、極めて純粋な敬意と称賛。
そして何より彼らが大切にするのは、高空の中でしか得られない、真の自由。命をやり取りすることで初めて生まれる、尊く気高い自由。
ラダーを切ってフラップを上げ、ナイフ・エッジの体勢からスロットルを開ける。どこまでも自由で、美しい戦闘機動の描写が続く。冷たく、冴えた高空の上で。

それと対比され、キルドレ達が激しく唾棄する、地上の世界。換言すればそれは、大人の世界であり、汚れて、粘着質の情念が渦巻く世界。そこで彼らは呼吸することも満足にできず、コミュニケーションも不全となり、自らを律する背骨を失うように見える。

その、空と陸の、子どもと大人の、清と濁のコントラストが、この「スカイ・クロラ」シリーズのテーマそのものだ。
自分自身は一体、どこを飛んでいる、と思うか?
空気が薄く、気温は低く。その代りどこまでも青く透き通ったあの空か。あるいは濃密な大気圧に押しつぶされ、さまざまな匂いの入り混じったこの地上か。
心はいつでも少年のつもりでいても、自分がしていることは、彼らが憎む大人のやりくちなのではないのか?
筆者である森は、永遠のキルドレのひとりである森は、読み手の喉元に鋭く、その問いを突き付ける。お前は敵なのか、味方なのか、と。

本書の主人公であるキルドレのひとり、草薙水素の愛する機体は散香A2。先行開発型の高性能テスト機である。極めてピーキーなその戦闘機の、動的安定性マージンは、負である。
まさに、この物語そのもののように、危うく、そして鋭角な印象をもたらす。
そしてそれは、我々が生きるこの、二律背反した世界そのものであるとも言えるのではないだろうか?
ナ・バ・テアAmazon書評・レビュー:ナ・バ・テアより
4120035417
No.32:
(3pt)

不思議な改行、心地よい改行

───試験でがんばって、クラスで一番の成績を上げたら、代わりに落ちていく奴がいるわけで、そいつの気持ちを考えなければならない。そいつに対する優しさを持たなければならない。ということだろうか?僕は、もし自分が落ちていく立場になったら、そんな同情は絶対に受けたくないな。まっぴらだ。(p.177-p.178)

───醜いものを、格好の良いものにすり替える。全部うそだ。汚いものを、綺麗なものでカバーする。反対はありえない。外見だけは美しく見えるように作る。しかし、そうすることで、中はもっと汚れてしまう。この反対はない。俺たちの仕事を考えてみろ。格好良くイメージが作られる。今日の写真みたいにな。しかし、実体はどうだ?写真には血の一滴も映らない。オイルで汚れてさえいない。(p.294)

本書では改行を多用する表現が目立つ。楽をしているように見えて(実際はそうかもしれないが)、その行間が独特のテンポを持っていて、主人公の思考とリンクすることができる。人間が頭の中で考えることは、そんなに長い文章ではなく、細切れの分節にすぎない。空を戦闘機で飛んでいる気分が微塵だけれど、不思議と感じられる気がしました。

著者:森博嗣
発行:2005.11.25 初版
読了:2016年30冊(4月7冊)★3.3
ナ・バ・テアAmazon書評・レビュー:ナ・バ・テアより
4120035417



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