ナ・バ・テア
- スカイ・クロラ シリーズ (6)
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書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点6.50pt |
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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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キルドレという永遠の子供たちの戦闘機乗りたちが主役を務める『スカイ・クロラシリーズ』の第2作。 | ||||
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映画スカイクロラを見た後に読みました。特に大きな盛り上がりがあるわけではありませんが,スカイクロラの物語の背景が分かる話でした。航空用語のオンパレードで,よく分からない所もありますが,ドッグファイトの緊迫感が伝わりました。続きを読んでみたくなりました。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
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飛行シーンの用語が沢山出てきて、頭の中に映像が取りづらく苦戦していました。 でも読み進めていくうちにスイトが気になり読破。 続けて次回作も購入。 シリーズ最後迄読み、再読しています。 | ||||
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表紙が折れてました。 どのタイミングかは分かりませんが、新品で購入したため、かなりショックです。 梱包時、配送時に少し注意していただけると助かります。 (ちなみに、一緒に注文したダウン・ツ・ヘヴンも) | ||||
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解釈などは人によって異なるが、考えさせられる本だった。 大人、皆の目標として戦闘機を操縦するエースパイロットであるティーチャ、子供(キルドレ)としてティーチャ(大人)を目標に戦闘機を操縦する主人公たち。普段、自分たちが"大人"に描いている妄想と現実。大人になるとは、どういうことなのか?をストーリーを通じて考えさせられた。 | ||||
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散香の動的安定性マージンは、負である。 コックピット後方にプロペラを持つ、プッシャ式(推進式)の戦闘機。主翼の前方にカーナード(前翼)を持つ特異なスタイルは、劇中、天才パイロットである草薙水素によって、軽く、極めて機動性が高い機体として評価されている。この散香の、航空力学における動的安定性マージンは、マイナス(負)となっている。 旅客を快適に輸送するための旅客機は、たとえ操縦桿から手を離したとしても安定したグライド(滑空)を見せる。しかし戦うために作られた散香は、その不安定さこそがアイデンティティーそのものとなっている。一瞬にして揚力を失い、追尾してくる敵機を前方にやり過ごし、そして瞬時に攻守を入れ替えての銃撃。劇中で草薙が得意とする、ストールターンのマニューバ(戦闘機動)だって、この不安定さがあってからこそ成立するギリギリの行動だ。 未だピストンレスエンジン(=ジェットエンジン)は発明されていない、今とは異なる世界。 そこでは世界の安定を図るため、戦争を一企業の営利活動として行わせる、という政策がとられている。有史以来、人の歴史に戦争の絶えたことはなかった。しかしそれを、国家間の大規模な争いでなく、私企業同士の空中戦という形での限定された形に封じ込めることにより、民衆の国家への帰属意識を暴走させることなく、また、人間が本来持っている闘争心を代理消費させることで、大きな混乱を未然に防ぐことに成功した世界。 その私企業の空中戦は、キルドレ、という子どもたちによって行われている。 成長をやめた子どもたち。誰もが中学生程度の年齢で成長を止め、精神的にも肉体的にも未熟なまま、言い換えれば純粋さを持ったまま、永遠に生き続ける子どもたち。 キルドレは誰もが世界の安定のための生贄であることを感じながら、それとはまったく異なる次元に生きている。 それは、白い雲を越えた先の、スカイブルーの世界。 そこで行われる戦闘は、相手を落とさなければ自分が落とされる、という厳然としたルールのもとで行われる、しかしあくまで優美で美しい、“ダンス”。 強烈なGと混濁する意識の中で、互いに相手の後ろを取ろうと、互いに自分優位の体制で機関銃の引き金を引こうと競り合う子どもたちはしかし、とても深いところで互いを尊敬しあい、互いの命を預けあう。どちらかが撃墜されるという前提のもとで交わされる、極めて純粋な敬意と称賛。 そして何より彼らが大切にするのは、高空の中でしか得られない、真の自由。命をやり取りすることで初めて生まれる、尊く気高い自由。 ラダーを切ってフラップを上げ、ナイフ・エッジの体勢からスロットルを開ける。どこまでも自由で、美しい戦闘機動の描写が続く。冷たく、冴えた高空の上で。 それと対比され、キルドレ達が激しく唾棄する、地上の世界。換言すればそれは、大人の世界であり、汚れて、粘着質の情念が渦巻く世界。そこで彼らは呼吸することも満足にできず、コミュニケーションも不全となり、自らを律する背骨を失うように見える。 その、空と陸の、子どもと大人の、清と濁のコントラストが、この「スカイ・クロラ」シリーズのテーマそのものだ。 自分自身は一体、どこを飛んでいる、と思うか? 空気が薄く、気温は低く。その代りどこまでも青く透き通ったあの空か。あるいは濃密な大気圧に押しつぶされ、さまざまな匂いの入り混じったこの地上か。 心はいつでも少年のつもりでいても、自分がしていることは、彼らが憎む大人のやりくちなのではないのか? 筆者である森は、永遠のキルドレのひとりである森は、読み手の喉元に鋭く、その問いを突き付ける。お前は敵なのか、味方なのか、と。 本書の主人公であるキルドレのひとり、草薙水素の愛する機体は散香A2。先行開発型の高性能テスト機である。極めてピーキーなその戦闘機の、動的安定性マージンは、負である。 まさに、この物語そのもののように、危うく、そして鋭角な印象をもたらす。 そしてそれは、我々が生きるこの、二律背反した世界そのものであるとも言えるのではないだろうか? | ||||
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───試験でがんばって、クラスで一番の成績を上げたら、代わりに落ちていく奴がいるわけで、そいつの気持ちを考えなければならない。そいつに対する優しさを持たなければならない。ということだろうか?僕は、もし自分が落ちていく立場になったら、そんな同情は絶対に受けたくないな。まっぴらだ。(p.177-p.178) ───醜いものを、格好の良いものにすり替える。全部うそだ。汚いものを、綺麗なものでカバーする。反対はありえない。外見だけは美しく見えるように作る。しかし、そうすることで、中はもっと汚れてしまう。この反対はない。俺たちの仕事を考えてみろ。格好良くイメージが作られる。今日の写真みたいにな。しかし、実体はどうだ?写真には血の一滴も映らない。オイルで汚れてさえいない。(p.294) 本書では改行を多用する表現が目立つ。楽をしているように見えて(実際はそうかもしれないが)、その行間が独特のテンポを持っていて、主人公の思考とリンクすることができる。人間が頭の中で考えることは、そんなに長い文章ではなく、細切れの分節にすぎない。空を戦闘機で飛んでいる気分が微塵だけれど、不思議と感じられる気がしました。 著者:森博嗣 発行:2005.11.25 初版 読了:2016年30冊(4月7冊)★3.3 | ||||
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