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ナ・バ・テア



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ナ・バ・テアの評価: 6.50/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.50pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

空以外何もない

キルドレという永遠の子供たちの戦闘機乗りたちが主役を務める『スカイ・クロラシリーズ』の第2作。
本作の主人公は前作の主人公カンナミ・ユーヒチが配属された基地の教官だったクサナギこと草薙水素が主人公。彼女がまだ戦闘機乗りだった頃の話。つまり前作から時代が遡った物語となっている。

この『スカイ・クロラシリーズ』、前作同様、端的な描写と独特の浮遊感を湛えた文章で紡がれる。それはクサナギの一人称を通じた戦闘機乗りの、そしてキルドレという特殊な人間の思いだ。その思いは断片的で、実に恣意的だ。つまりこのシリーズはミステリではなく、ジャンル的には純文学に近い。

それらは戦闘シーンと同僚たちとの交流と云った日常的な出来事が淡々と流れるように語られる。
町へ繰り出し、上手いものを食べ、女を抱く同僚たちの日常に、笹倉のバイクを初めて運転させてもらうクサナギの様子など青春グラフィティさながらだ。

その中でもやはり中心となって描かれるのはクサナギが任務に就いている時の戦闘シーン。
短文と改行を多用し、極力無駄を配したリズミカルな文章で紡がれるそれは、数ページに亘り、ページの上部のみに文字が集約され、そして短文であるがために下部が白紙であることで、さながら文章自体が空の雲と空を飛ぶ様子を表しているような感覚を与え、読者が実際に空を飛び、そしてクサナギの感じるGすらも体感するように思える。

また戦闘機乗りの独特の死生観も実に興味深い。
前作では寿命がないために、事故や殺人に遭わなければ永遠に死ぬことのないキルドレの、厭世観や虚無感が全面的に押し出されていた感じがあり、彼らは死ぬことに対して抵抗感がなく、むしろ死ぬ唯一の方法が撃墜されることなのだと云わんばかりに空を飛び、そして敵を戦っていた。また死地である空を飛んでいる時にだけ、彼らは生への充実感を覚え、いつまでも飛んでいたいという矛盾を抱えていた。

本書に登場するクサナギはまだそれほど自分がキルドレであるという運命に対して悲観していない。彼女は純粋に飛行機に乗るのが楽しく、また戦闘機乗りとして空で死ぬのが本望だと思っている。つまりまだ人間の戦闘機乗りの持つ人生観と同じなのだ。

彼らは相手と戦うために飛ぶ。そして実際に相手を撃墜して還ってくる。そのまた逆も然り。
しかしそれが彼らの仕事であり、人生であると悟っている。
命を賭けた仕事という重い職責を負いながらも死と生とは切り離し、純粋に飛行機に乗って戦うことをゲームのように楽しんでいる。ゲームに敗れて死ぬことは任務を、与えられた人生を全うしたことであり、だから飛行機に乗らない人たちになぜ死ぬかもしれないのに戦闘機に乗るのか、怖くないのか、なぜ戦うのか、相手を撃墜することに躊躇いはないのかと、いわゆる一般的な生殺与奪の観点で職務について問い質されること、そして撃墜した死んだことに対して可哀想だと同情されることを嫌う。
自分たちはやるべきことをやって死んだのだからこれほど幸せなことはないと誇りを持っているのだ。唯一残る悔いは相手よりも自分が未熟であったという事実を突きつけられること。
命を賭けた勝負の世界に生きる戦闘機乗りの心情とは本当にこのような物なのだろう。

しかし本書においての草薙水素は飛行機に乗ることが大好きな戦闘機乗りだ。今日も空へと飛び立ち、敵と戦い、帰ってくる。そのために生きているかのように、彼女はその瞬間を愉しむ。

前作の感想では第1作はシリーズの序章と云ったところだろうと私は書いたが、時間軸で云えば2作目の本書は過去へと向かっている。
ミステリが既に起きてしまった事柄の謎を探る、つまり過去に遡る物語であることを考えれば、確かに第1作は序章だ。

しかし今回2作目を読んでこのシリーズは人物を覚えていることが重要であることに気付いた。備忘録のために今回出てきた人物を挙げておくのが肝要だろう。

草薙と同時期に配属されたメカニックの笹倉は前作にも登場。

チームのエースでティーチャはかつての綽名がチータ。

チームの上司合田。既に撃墜された同僚薬田、辻間。キルドレの比嘉澤に栗田。栗田は1作に出てくるクリタ・ジンロウのことだろう。

そうそう娼婦頭と思しき女性フーコもまた前作に登場していたのではないか。

草薙の元同僚赤座に指揮官の毛利、本部の人間甲斐に草薙が不時着した基地にいたのが本田。そして草薙の知り合いの医者が相良。

これらの登場人物は前作から引き続いて登場した者もいる。今後のシリーズでどのように関わってくるのか、そのためにここへ刻んでおこう。

このシリーズは過去へと向かうシリーズだと聞いた。つまりカンナミ・ユーヒチのその後の物語ではなく、第1作目に至るまでの物語だ。特にカンナミという名は重要かもしれない。

このシリーズは基本的に主人公の一人称で物語が進む。従ってクサナギと親しくしていた笹倉が彼女のことをどのように思っていたかは解らない。もしかしたら今前作を読むと何か読み取れるものがあるかもしれない。

私は文庫版で読んだがその橙一色に染め上げられた表紙は黄昏時の空を示しているのかもしれない。草薙水素が絶望に暮れる夜に至る前の物語だという意味が込められての色なのか。
夕暮れ時はどこか切なく哀しい思いにさせられるが、本書の中の草薙水素はまだ元気だ。
None but Air。空以外何もない。
今日も草薙水素は空を飛ぶ。絶望に明け暮れるその日が来るまで。


▼以下、ネタバレ感想

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