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キルショット



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【この小説が収録されている参考書籍】
キルショット
キルショット (小学館文庫)

キルショットの評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

レナード最盛期はさすがに面白い!

クーンツが得意とする“巻き込まれ型サスペンス”小説だが、レナードが書くと斯くの如き面白い読み物になるのかと感嘆した。
クーンツが、いきなりジェットコースターのように主人公もしくはその仲間を危機、また危機の只中に放り込み、ただただ逃げ惑う設定が多いのに対し、レナードは全く関係のないところから、偶然的に出逢う事になった敵同士を絡ませ、軽妙な会話と挿話を間に挟み、追う者と追われる者が運命の悪戯にて導かれるかのように必然性を伴いながら引き合わされるのが面白い。時間の流れ方が両者では全く違うのだ。

そして今回面白いのは成行きで組む事になった2人の敵役がお互いを心の底から信用していなく、一触即発の中で手を組み合っているところだろう。だから今までのレナード作品に出てきた悪漢達よりも増して、二人の間の関係に緊張感が走り、どんな展開になるか、さらに解らなくなってきている。

ベテランの殺し屋でインディアンのオジブウェイ族とフランス系カナダ人との合いの子であるブラックバードことアーマンド・デガスはその血筋から、インディアンのシャーマニズム・スピリチュアリズムを信じて疑わない男。そして彼は現場に指紋を一切残さず、万全を期した計画を立てないと行動に移らない。
片や悪行で名を馳せたい男リッチー・ニックスは34歳ながらもギラギラした目を持ち、人から指図される事、諭される事を何よりも嫌う、自らの本能と直感を信じ、衝動的に人を殺す、いわゆるアブナイ男である。

この2人の関係は、出会った当初は一日の長があるアーマンドがボス的立場でリッチーを飼い馴らすような上下関係であるのだが、リッチーが狂気にも似た感情を沸々と滾らせるようになってからは、御しれなくなり、次第に逆転していく。
通常ならばこういう2人の場合、私はアーマンドのような老成した男の方に肩入れするのだが、本作ではチンピラのリッチーの方に魅力を感じた。というのも短絡的思考型のこの男が、女の性格を読むことに関しては非常に長けているからだ。

同棲している年上の女性ドナの操り方から始まり、なんと敵のカーメンの母親まで手玉に取る。特に初めて逢って「この女は一番良かれと思ってそいつの人生をメチャメチャにしてしまう女だ」と毒づくシーンは、読書中もやもやしていた事を雲散霧消するほど的確な一言だった。
そして特筆すべきはウェインとカーメンのコールスン夫妻の描写だ。年下のカーメンはウェインに一目惚れして結婚し、結婚生活20年になってもまだウェインにぞっこんなのだが、これが事件に巻き込まれ、非日常生活に苛まれるにつれ、彼女の心理が徐々に変わっていく。
タフで優しく、仕事一筋ながらも妻への愛を忘れないと見えた夫が実は自制心が弱く、何にでも文句をいい、自分のことを語るのが大好きで、妻のことは好きなのだが、女心が一切わからない肉体バカだと気づいていく。この辺の心理描写がものすごく上手く、女性が男を観る視点でカーメンの内的描写がされているのに舌を巻く。特に結婚生活20年も経った夫婦の不満を表す、的確な台詞を云うのだから、レナードの耳は実に明敏だ。
さらにバイキャラクターとしてカーメンの母親レノーアが都度登場するのだが、これが実にウザい、更年期障害持ちのおばさんで、こういう人いるわと笑いながら読んだ。

そしてやはりレナードの筆は冴え渡る。ここでこれしかないという台詞をバシバシ決めてくれるのだから心地よい。
証人安全プログラムの説明を受けた後、憤懣やる方ないウェインがその思いをたった一言で云い表すところなんか、快哉を挙げてしまうほどだった。「帰りも車で送ってもらえるのかな」なんて、私の引き出しにはないし、もうこれ以上最高な台詞もないだろう。

またウェインが高層ビルの鉄骨の上であれこれと思案するシーンなんか最高である。ここでもレナードの台詞が効いている。延々11ページに渡って繰り広げられるウェインの、2人組に対する仕返しの方法で行き着いた彼の決め台詞「待っていたぜ」が、ダブルミーニングをきちんと備えているところが傑作だ。
現場監督や主任らが心配する中で、人を食ったようにするすると鉄骨を降りていくところは笑いが止まらなかった。こういうアクセントが非常に上手い。
鉄骨工ウェインのキャラクターが単なる紙上の設定ではなく、一人の血が通う人間のように錯覚するほどストーリーに溶け込み、物語世界の中で一流の鉄骨工として生活している匂いまで感じるようだ。これがレナードの特筆すべきところで単に特異なキャラクター設定のために取材した知識を披瀝するだけに留まらず、実際の鉄骨工がどう振る舞い、どう仕事をするのかがリアルに伝わってくる。彼らがすべき行動、使うべき言葉を生のままぶつけてくるのだ。

本作の最たる特徴として挙げられるのは主人公2人の夫婦が「証人安全プログラム」の保護を受けること。レナードはこのシステムがいかに杜撰かを容赦なく作中でこき下ろす。
証人を守るためのシステムなのに、監察官がポロッと無駄話のネタとして本名を教えたり、裁判の場所に直行便で訪れ、保護されている証人の居場所がそれにより解ってしまったり、また末端の監察官には情報保護のため、詳しい情報を与えられていないために、保護者が犯罪者であると見なし、蔑みの念を持っていること、等々、どこまでが実話でどこからが創作か解らないほど、説得力のある欠陥を書き連ねていく。これは取材しないと解らない実態だと思うのだが、証人安全プログラムの庇護下にいる人たちをどうやって取材するんだろう?

とまあ、本作にはレナードの筆致がページをはみ出さんばかりに躍動しているのだが、クライマックスがやや冗長すぎた。
折角ここまで引っ張った緊張感をすっきりさせるにはちょっと物足りなかったかなとも感じた。
しかし本作発表の89年頃はレナードの筆がノリにノッている時期であろうことは間違いない。なにしろこんなに面白いんだから!



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