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迷宮百年の睡魔



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迷宮百年の睡魔の評価: 7.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全3件 1~3 1/1ページ
No.3:
(7pt)

永遠の命を得ることは永遠の退屈を得ることなのか

ノンシリーズだと思われた『女王の百年密室』は実は「女王」シリーズとなっており、本書はその第2巻。エンジニアリング・ライタのサエバ・ミチルと相棒のウォーカロン、ロイディの2人がルナティック・シティに続いて訪れるのは周囲を海に囲まれた巨大な建造物からなる島イル・サン・ジャック。そう、もうお分かりであろう、フランスのモン・サン・ミシェルをモデルにした島が物語の舞台である。

長い間マスコミからの取材を遮断して、島民たちは閉鎖された島の中で、聳え立つ城モン・ロゼの城主であるドリィ家の庇護の下、暮らしている。但し病院も学校もなく、医師、看護婦、教師も全てモン・ロゼに待機しており、必要な時に対応してくれる。そんな特殊な閉鎖空間だ。

この一切の取材を断っていた島の王がなぜかサエバ・ミチルの取材の申し出を承諾する。

そして取材に訪れたミチルの前で起きる殺人事件。今回の事件はいわば開かれた密室物だ。
大きな砂絵の真ん中に首なし死体が転がっているが、そこに至る足跡は被害者と検屍をした医者の物のみ。果たして犯人はどうやって足跡を着けずに被害者に近づいて首を切り、そして持ち去ったのか?

メインの殺人事件以外にも色んなエピソードに謎が散りばめられている。
本書の舞台となるイル・サン・ジャックは約30年前にそれまで森だった周囲が一夜にして海に変ってしまった不思議な島である。この一夜の不思議の謎と、いつしか島自体が一日で一回転して常に南に向いているようになったという自転する島の謎が仕込まれている。

本書の時代設定は2114年。前作は2113年だったからルナティック・シティの事件から1年後の話となる。既にクロン技術も確立され、ウォーカロンというアンドロイドが一般的に導入され、労働力にもなっている森氏による近未来ファンタジー小説の意匠を纏ったミステリである本書はその世界そのものに謎が多く散りばめられている。実際謎は上に書いた物だけに留まらない。

島民たちの不思議な振る舞いも謎の1つだろう。とにかく舞台、登場人物、風習、事件、それら全てにミステリの風味がまぶされている。

そして読者はこれが森ミステリであることを認識しなければならない。
その特徴はミステリの定型を裏切り、本当の謎は別のところにあることで、それは本書も同じ。

例えば長きに亘って取材拒否を行ってきた理由はドリィ家の忌まわしき過去にあった。

そしてミステリで云えば核となる殺人事件。砂の曼陀羅の真ん中に坐した老人の首なし死体。そこに至る足跡は検屍した医者のそれしかない、開かれた密室。
さらに第2の殺人も坐した老人の首なし死体。どちらも被害者が発見者に最初に現場に落ちている物を別の場所に捨てに行くよう頼み、その間に死んでいる。

この実に奇妙で不思議な事件。

これを皮切りにこのイル・サン・ジャックの壮大な謎がメグツシュカによって明かされていく。この謎こそが本書のメインの謎であった。

クラウド・ライツ、サエバ・ミチルの生き方、死に様から本書はサルトルの「実存主義」について語ったミステリであると云えるだろう。

存在しながらも非在であるというジレンマがここにはある。

それは既に人間というデータであり存在ではない。しかしウォーカロンという器で現実世界に存在している。
それは今や貨幣からウェブ上での数字でやり取りされる金銭と同じような感覚である。お金として存在はするのに実存せずとも数字というデータで取引が出来、そして実際に現物が手に入る。
この電脳空間で実物性がない中で実物が手元に入る感覚の不思議さを森氏はこのシリーズで投げ掛けているように思える。

金銭でさえもはや数字というデータでやり取りされ、成立するならばもはや人間も頭脳さえ維持されれば個人の意識というデータで生き、そして躰はウォーカロンという器でいくらでも取り換えが利くようになる。それは人間が手に入れた永遠だ。
しかしそこに存在はあるのか。その人は実在しているのか?
そのジレンマを象徴しているのがサエバ・ミチルであり、そして本書の登場したイル・サン・ジャックの人々なのだ。

そんな驚愕の事実を森氏はサエバ・ミチルという特殊な存在を以て語る。

恋人のクジ・アキラをマノ・キョーヤの凶弾によって喪い、自身も瀕死の重傷を負ったことから、無事だった自分の頭部をクジ・アキラの身体に繋げて生き長らえている人造人間。更に彼は自分の意識をウォーカロンのロイディにアップロードして遠隔操作が出来るようになっている。
つまり彼自身の個体は頭を撃たれようが、心臓を刺されようがロイディがいる限りは消滅しない不死の存在なのだ。

しかし彼はそんな自分の身体と精神の乖離にしばしば疑問を持ち、自問する。
生きることとは?
死ぬこととは?
存在とは?
身体はなくとも精神があれば存在しているのか?
身体は所詮、単なる器に過ぎないのか?
作られた身体で感じる肉体性に時折喜びを感じながらも、どこか神経との繋がりに乖離を感じるミチルはしばしば自分の存在意義について問い掛ける。その姿は実は我々悩める現代人と何ら変わらないことだ。

何のために働く?
何のためにこんな苦しい思いをしてまで働く?
我々は何を生み出しているのか?
などなど、ふと苦しい時に自問する我々のそれとミチルの自問は変わらない。

ただ本書で興味深いのはアンドロイドであるウォーカロンと人間の差がどんどん縮まっているとミチルが認識しつつあるところだ。
彼の意識を封じ込めたロイディは即ち彼自身であり、彼は人造人間の身体を持つ人間だ。ならば人間の意識を持つロイディもまた人間になりつつあるのでは?などと錯覚する。そして人工知能を備えたロイディはミチルが心を揺り動かされるほど人間らしく振る舞い、更に女王メグツシュカの侍女であるウォーカロン、パトリシアとなんだかいい雰囲気だったりする。そしてそのミチルとロイディの秘密を見破ったメグツシュカはウォーカロンが人間に近づくためのヒントがこのミチルとロイディの関係にあると説く。

さて森氏のミステリのシリーズにはファム・ファタールとも云うべきミステリアスな女性がシリーズ全体を通じて登場する。

S&Mシリーズではなんといっても真賀田四季だろう。Vシリーズは主人公である瀬在丸紅子がそれに当たるだろうか?各務亜樹良もまたその称号に相応しいが少し弱いか。

そして本書ではスホがそれに該当する。前作『女王の百年密室』のルナティック・シティの女王、50を超えているのに人生の半分近くを冷凍睡眠で過ごしているため、20代の若さと美しさを保っているデボウ・スホ。
本書ではその母メグツシュカ・スホが登場する。しかも彼女はデボウを超える年齢であり、しかも彼女のように冷凍睡眠もしていないのに美しさを保っている、美魔女である。いやそんな世俗的な言葉を超越した存在として描かれている。

現在、人工知能の開発はかなりの進展をしており、かつては人間が勝っていた人工知能と将棋の対戦も人間側が勝てなくなっている。そして人間型ロボットの開発もかなり進歩しており、見た目には人間と変わらない物も出てきている。更に人工知能の発達により今後10~20年で人間の仕事の約半分は機械に取って代わられると予見されている。

2003年に発表された本書は既に15年後の未来を見据えた内容、描写が見受けられ、読みながらハッとするところが多々あった。特に本書に登場する警察は人間の警官はカイリス1人であり、その他の部下はウォーカロンである。このようにいつもながら森氏の先見性には驚かされる。

そしてこの世界ではもはや人間は働く必要はないほどエネルギーは充足している。つまりもはや人間の存在意義や価値はないといっていいだろう。
永遠なる退屈と虚無を手に入れた人間は果たしてどこに向かうのか?
ユートピアを描きながらもその実ディストピアである未来の空虚さをこのシリーズでは語っている。

正直私はまさかこのサエバ・ミチルの存在性がここまで拡散するとは思わなかった。精神性とどこか乖離した肉体性を備えた特異な存在であったサエバ・ミチルはメグツシュカ・スホが理想形とし、そして到達した究極のフィギュアである。
しかし壮大と思えたその実験の行き先は無限に広がる虚無でしかないと思えたのは私だろうか?

森氏の著作に『夢・出逢い・魔性』というのがある。これは即ち「夢で逢いましょう」を文字ったタイトルでもある。
また日本の歌にはこのような歌詞のあるものもある。

“夢でもし逢えたら素敵なことね。貴方に逢えるまで眠りに就きたい”

メグツシュカが作り出したイル・サン・ジャックに住まう人々は永い夢の中で生きる人々なのかもしれない。彼らはそんな夢の中で永遠の安息と変わりない日々、つまりは安定を得て、日々を暮らし、そこに充足を感じている。それがメグツシュカが描いた理想のコミュニティであれば、なんと平和とは退屈なものなのだろうか。

このシリーズは次作『赤目姫の潮解』に続くわけだが、あいにく私はこの作品を持っていない。
本書で辿り着いた虚しさの行き着く先に森氏が用意したのは希望か更なる虚無か?
決して読むことのない続編の行く末は今後の手持ちの森作品で推測していくことにしよう。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

迷宮百年の睡魔の感想

女王シリーズ3部作の第2弾。このSF的世界観、好きです。

ジャム
RXFFIEA1
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

迷宮百年の睡魔の感想

久しぶりの森 博嗣氏の本。これは異質のSF作品だった。個人的にはSF物は好みじゃない。有名な「星を継ぐもの」なんてのも未だに未読。しかし、森 博嗣は森 博嗣で相変わらずの会話の面白さが楽しくて、500ページ程あるがほとんど一気に読み終えた。未来の世界は森 博嗣の心の内の世界なんだろうが、私も共感できる世界だ。閉ざされた迷宮の島イル・サン・ジャック。宮殿モン・ロゼの内部のレポートは100年間一切存在しない。サエバ・ミチルは相棒ロイディと招待されたこの島にやって来た。しかし、僧呂長クラウド・ライツの死体が発見され切断された首が現場には見当たらない。そして老人オスカも殺され首がない死体で見つかる。ふたつの事件とサエバ・ミチルの運命。メグツシュカ女王と島の秘密。一夜にして森が海になった伝説の島。ミチルとロイディとの会話の楽しさ。犀川助教授と西之園 萌絵や瀬在丸 紅子と保呂草などのシリーズでお馴染みの理系的な思考と言葉のやり取りがとても面白くて楽しい。ミステリー度は低いけれどひとつの物語として充分な面白さで森ファンにはおススメの一冊。でも森ファンじゃない人からすればこの本のどこが面白い?と云われるのも考えられる。ロイディなら「不確定だ」ときっと云うだろう。

ニコラス刑事
25MT9OHA

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