■スポンサードリンク


ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイの評価: 6.50/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.50pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

二重スパイに対する作者の率直な激情

『寒い国から帰ってきたスパイ』で一躍ベストセラー作家になり、そして彼のスパイ作家としての地位を盤石の物とした“スマイリー三部作”の第1作が本書。
ソ連が英国情報部通称“サーカス”に潜入させたジェラルドと呼ばれる二重スパイを探し出すためにスマイリーは一度引退した英国情報部の調査に乗り出す。

そう、これは有名なキム・フィルビー事件を題材にした作品である。イギリス秘密情報部(MI6)で長官候補にも挙げられる上位職員でありながら「ケンブリッジ・ファイヴ」と呼ばれるソ連がイギリス上流階級出身者で形成したスパイ網の中の1人だ。
本書発表当時の1974年ではル・カレはまだ自身が英国情報部の元職員であったことを否定していたが、今回の新訳版は訳の刷新だけでなく、ル・カレが1991年に書いた序文が付せられており、当時の創作の裏話や彼の英国情報部員時代のことが書かれている。その中には題材にしたキム・フィルビーやKGBのスパイ、ジョージ・ブレイクのことを語っているが、ル・カレ自身はキム・フィルビーに会ったことがないまでも、彼はブレイクには異様に共感したものの、フィルビーに関しては自分に似すぎているため、嫌悪感を覚えたという。彼はフィルビーに別の自分を見出したようだった。

またこの序文には今では普通に使われるようになった諜報世界での隠語の数々が当時はまだ浸透していなく、長期に潜伏するスパイ、スリーパーなどのことをもぐらと呼ぶがこれもまた本書が最初だったとのこと。そして彼が創作したスパイの隠語は点灯屋(ランプライター)、首狩り人(スカルプハンター)、子守(ベビーシッター)と数々あり、本書で初めて出てくるが、なんとその中にハニー・トラップがあるのを初めて知った。つまり今でこそ一般的にも使われるハニー・トラップはなんとル・カレによって生み出された隠語だったのだ。ちなみに本書では“色仕掛け(ハニー・トラップ)”と表記されている。そんな背景から考えると本書はいわばスパイ小説の文化を創った始まりの書と云っていいだろう。

さてそんな伝説的作品で、かの有名なキム・フィルビー事件を題材にした本書の発端は次のようなものだ。

かつての同僚ピーター・ギラムに呼び出されたジョージ・スマイリーは英国政府の情報機関監査役オリヴァー・レイコンの自宅に連れて行かれて、そこにいた元東南アジア担当のエージェント、リッキー・ターからソ連情報部の大物カーラが英国情報部、通称“サーカス”内にジェラルドという二重スパイを潜入させているという情報が寄せられる。しかもそのスパイはサーカス内でも上位の人間であるらしい。スマイリーはレイコンからこのジェラルドの正体を炙り出すよう依頼される。

そこから物語の主軸は大きく分けて3つになる。

1つはかつてジョージ・スマイリーの上司でもあり、サーカスのチーフでもあったコントロールの下で台頭してきた部下パーシー・アレリンがマーリンという情報屋を掴んで彼を通してソ連の諜報活動の情報を得る、通称「ウィッチクラフト作戦」にて出世の階段を一気に登っていったこと。

2つ目は一方コントロールもまた彼がチェコスロヴァキアで計画していた大型作戦のために持っていた太いパイプ、通称“テスティファイ”と呼んでいたステヴチェクというチェコ砲兵隊の将官を得るが、逆に彼からサーカス内にソ連の二重スパイ、ジェラルドの存在を知らされ、彼もまたその情報を欲しがっているのが明らかになる。

そしてコントロールはそれがサーカス内トップの5人だということまで絞り込んだ。
その5人とはサーカスの後任チーフ、パーシー・アレリンを筆頭にサーカスのロンドン本部長となっているビル・ヘイドン、その補佐役であるロイ・ブランド、サーカスの首狩り人の責任者トビー・エスタヘイス、そして現役時代のジョージ・スマイリーだ。

因みに奇妙な原題はこの5人をマザーグースの表現を借りて鍵掛け屋(ティンカー)(アレリン)、仕立て屋(テイラー)(ヘイドン)、兵隊(ソルジャー)(ブランド)と名付けたことから来ている。題名のスパイはマザーグースにはなく、作者による替え歌(?)だ。なおエスタヘイスは貧者(プアマン)、ジョージ・スマイリーは乞食(ベガーマン)と散々な役が割り当てられている。

そして3つ目はスマイリーが過去の資料を当たり、当時の自身の記憶も手掛かりとして上の2つの大きな動きとアレリンとコントロールの対立を探り出し、容疑者を絞っていくパートだ。

このように書くとシンプルな物語だと思うが、内容はかなり詳細で膨大な数の登場人物が現れ、しかも内容も色んな方向に飛んでいくため、なかなか頭に入りづらかった。
ル・カレ作品は手強いと云われているが、それを初めて実感した。

政府の情報機関監視役から直接ジェラルドの炙り出しを依頼されたスマイリーを取り巻く環境は以前と比べ、だいぶん変化している。

例えば彼の上司であったコントロールは既に長患いの末、心臓麻痺で死出の旅に出ている。
そしてスマイリーは相変わらず情報部時代の癖が抜けず、常に自分の生活圏に変化がないか、五感を研ぎ澄ませている。

しかし二重スパイの炙り出しとはいえ、過去を調べることは自分自身の汚点とも云うべき忘れたい過去をも掘り返すことになるスマイリーは気の毒だ。

なんせ幾度も既に別居中の美しい妻アンが元同僚のビル・ヘイドンと浮気していたことを知らされるのだから。しかも彼が二重スパイ、ジェラルドではないかと過去を洗い出していくうちに、そのことに纏わるチェコで起きたエージェントのジム・プリドーが背中から拳銃で撃たれるような問題が発生し、彼が遅れてそのニュースを知り、オフィスに来たのは自身の妻とビルが寝ていたからだと明らさまに云われる。いやはや何とも云いようがない。

また作中でスマイリーが述べるように、彼ら情報部員は引退しても彼ら彼女らを狙う敵の目に常に脅かされる存在なのだ。

本書でレイコンを訪ね、二重スパイ、ジェラルドの存在を知らせに来る元英国情報部の東南アジア担当だったリチャード・ターもスパイ稼業から足を洗ったにも関わらず、彼が引退生活を送るクアラルンプールに彼に金を貸したと云って探しているフランス人が現れたので英国に逃げてきたとある。

また彼に二重スパイの情報をもたらしたソ連人女性イリーナは亡命直前にソ連に強制送還され、処刑されたことが後に知らされる。

作中、ついに二重スパイ、ジェラルドの正体が解った時、耳をそばだてて会話の一部始終を聞いていたピーター・ギラムが胸に憤怒を滾らせるシーンがある。
モロッコで惨殺された工作員たち、追放され、どんなに努力しても挫折ばかりの日々で若さが指をすり抜けるように失われていく。索漠感に常に囚われ、愛すること、楽しむこと、笑うことが出来なくなってくる。生きる指針にしている事柄が腐食し、自らに抑制を強いて尽くしてきた。そんな思いが彼の胸に次々と去来し、裏切り者へ全て叩きつけたくなる。

このギラムの想いはそのまま作者ル・カレの想いと云っていいだろう。自身、MI5の下級職員として働き、MI6への転属を申し入れ、新人訓練を終える頃に出くわしたのが二重スパイ、ジョージ・ブレイク逮捕の知らせだった。つまり彼もまた各国で潜入してスパイ活動をする工作員たちの苦悩を熟知しており、それゆえにそんな隠密行動を味方のふりをして敵側に情報漏洩する二重スパイに対して多大なる怒りを覚えていたのだろう。
そして彼はまたキム・フィルビーを嫌悪していた。

諜報の世界は感情よりもイデオロギーや自国の利益が優先され、いわば他国を出し抜くために有益な情報をもたらし、そしてまた敵国が被害を被るよう工作を施すのがスパイであり、彼ら彼女らの存在は極秘でもしバレたとしても自身の身分を明かしてはならず、速やかに命を絶つか、別のスパイによって粛清される運命で、中には既に戸籍上亡くなっている者もいるくらいだ。
つまり感情を排することこそが諜報活動では重宝されるが、ル・カレはそんな諜報の世界に身を置き、またそれをテーマに作品を書きながら、敢えて人間を、諜報の世界に所属する人々の感情を描く。

本書が私にとって3作目のル・カレ作品だが、それらを読んで感じたのは結末の余韻が実に抒情的なことだ。

スマイリー三部作の1作目と云われる本書は『寒い国から帰ってきたスパイ』よりも評価が高く、代表作こそコレだと推す人もいる。

正直ル・カレの作品は読後は感嘆はするものの、世評と自分が抱く感想との温度差に戸惑うこともままだ。

しかしこのように感想を書くために物語を再度繙いていくとそれまで見えてなかったものが見え、そしてそれがまた物語全体と最後の結末の余韻を色濃くさせ、しばらく心に留まり続けるのだ。

従って今の時点では本書の評価は7つ星だが、三部作全てを読み切った後はまた変わるかもしれない。

そしてこの三部作はソ連情報部の大物カーラとスマイリーと、英国情報部との戦いを描いているとのこと。
この宿敵の風貌は痩せた小男で髪は白髪交じり、しわだらけのおっとりしたおじさんというのがスマイリーの印象だ。
この後、どんな駆け引きや戦いが繰り広げられるのか、とにかく本書のストーリーが私の中で風化しないうちに三部作に手を付けることとしよう。

▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!